文字数 2,813文字

 南リュド北西部の山の麓には、小さな村がある。
 その村に住む者達は、元々は山を登った先の、大きな村で暮らしていたのだが、数年前機獣兵に襲われ、その村は滅んでしまったのだ。
 山奥に残るその廃村に、アサド達7人はいた。
 時刻は夜。月明りだけが辺りを照らしている。
 サザンカの町での情報が正しければ、これからこの場で人身売買の取引が行われる。
 アサド達はじっと闇に身を潜めていた。
 ――その時、子供が泣いているような声が、微かに聞こえた。
 7人は動き出す。
 ほとんど暗黒の廃村の中を、その声だけを頼りに、泣き声の元へ歩み寄る。
 聞こえる泣き声が、大きくなっていく。
 ついに7人は村の広場のような所へ出た。月明りによって、声の主が照らされる。その声の主は――無機質な機械装置だった。
 
「録音機……!? やっぱり罠か!」

 サリムが声を上げた、次の瞬間、周囲から十数の矢が飛んでくる。
 ユーコとアサドは咄嗟に剣を抜き、間一髪でそれらを斬り落した。
 次いで、辺りに松明が次々と灯っていく。廃村が揺らめく炎で照らされると、アサド達の周りに、十数人の武装した――近辺の町の兵士達が姿を現した。
 更にその奥には、兵長らしきガタイの良い男と、小太りで豪奢な服装の男が立っていた。

「まさか出てくるとはな、デニス」

 アサドが小太りの男――デニスに語り掛ける。「こそこそ隠れてなくてよかったのか?」

「アサドぉ……! 傘下の商人共をことごとく喰らいおってからに。目の前で悶え死ぬ姿を拝めなけりゃあ、ワシの怒りは収まらんのだよ。このドブ鼠どもが」
「さーてさて。悪名高い盗賊団も、今日が命日となる」

 デニスの隣に立つ兵長の男が薄く笑う。アリシアも薄く笑い、言葉を返す。

「兵士様。あなた様のお隣に、更なる極悪党がいらっしゃいますが?」

 兵長の男とデニスは顔を見合わせ、揃って肩を竦めた。それから兵長は、右手を上げる。
 アサド達を囲む兵達が、一斉に弓を構えた。だがサリムは、「へっ」と口を開く。

「その程度の数で俺らを止められるとでも? 銭をケチったかぁ? デニス」

 その言葉に、デニスは薄ら笑いを浮かべた。続いてデニスは懐からレバーのついた小さな機械装置を取り出すと、そのレバーを降ろした。
 突如、耳が割れるような高音が辺りに鳴り響く。ややして、ガサガサガサと音を立て、機獣大狼が数体現れた。ナディナが声を上げる。
 
「野良の機獣を呼び寄せる機械ですかぁ!?」
「でも」

 スハイヴは冷静に言う。「それならあっちにも被害は出るはず。何か、別の……」

 更に上空から、何かが羽ばたく音が聞こえる。見ると、大きな機械の翼を持つ鳥型の機獣兵――機獣鳥が3体現れた。2体は全長が15メートル程の大型機で、もう1体は更にその二回り以上の大きさの、超大型の機獣鳥だった。いずれの機獣鳥も、体内に煌めく球――核を複数個持っている。
 
「核が3つ……! あいつら、高等級(Bランク)か……!?」

 驚くサリムに、アサドは「違う」と呟いた。アサドの額には汗が滲んでいる。超大型の機獣鳥から放たれる核の煌めきは、4つ――

「最も大きな機獣鳥は……最上等級(Aランク)機だ!」
「最上等級だと!? 馬鹿な! 大戦時だってそんな大物滅多に――」

 刹那、上空に3つの赤い光が灯る。3体の機獣鳥の口元が、燃えるように輝いていた。
 
「来るぞ!」

 3体の機獣鳥から、分厚い炎が放射される。アサド達7人は咄嗟に後退し、それらを紙一重で避けた。
 だが避けた先には、狂ったように暴れ回る複数の機獣大狼がいた。
 アサド達は機獣大狼の鋭い爪と牙を何とか回避するも、上空からの炎の雨も降り続ける。
 しばし7人は防戦一方だった。
 地と空で、機械の獣が敵味方関係なく無差別に暴れ狂っている――はずだった。
 しかし、なぜかデニスの兵士達には少しも焦る様子はなかった。兵士達はゆっくりと、自身の弓に矢をつがえている。
 妙だった。それはまるで、自分達は機獣兵に襲われないと分かっているような――。
 
「まさか」
 
 アリシアが声を上げる。「あの装置、機獣を完全に操作しているの(・・・・・・・・・・)……!?」
「は、はあ!? そんなことできるのは、自由国の技術くらいよ!」
 
 リルの大声が、夜の廃村に響き渡った。



「――まさか本当に機獣を操作することができるとは。デニス殿の交友関係は広いですな」
 
 暴れ回る機獣兵達を眺めながら、兵長の男が声を漏らす。デニスはニヤリと笑った。

「なに、自由国のとある腕の立つ、研究者のスポンサーをしていてね。優秀な男なのだが、幾分自由過ぎる性格――つまり、倫理観がまるでない者でね。自由国という国に身を置いてなお、爪弾きにあっているという。……可哀想に。研究者に探求心以外の何が必要だというのか」

 デニスはわざとらしく頷く。「彼曰く、元帝国領で捕らえた最上等級(Aランク)機の戦闘データが欲しいというのでね。今回はワシがその場を、提供してあげたのだよ」



「最上等級機とは……流石にこれは想定外だなアサド。どうする? 一旦退くか?」
「すまないサリム――俺は退けない」

 アサドは凛として言った。この山を下った先には、村がある。もしアサド達が逃げ出せば、行き場を失った機獣兵がその村を襲うかもしれない。
 加えて、ようやく表に出てきたデニスを倒せる、またとない機会。
 故にこの場で機獣兵を操るデニスと決着をつけねばならない。アサドはそう言った。
 
「だが、極めて危険な状況なのは確かだ。退きたい者は退いても――」
「ああ、ああ、変なこと聞いちまったな。どうするお前ら? 逃げるなら今の内だぞ?」
「そのお話なら~もうこの前、済んだはずですよ?」

 ナディナの言葉に、他の4人も頷いた。アサドは小さく笑い、それから声を上げた。
 
「やるぞ皆!」
「「おお!!」」

 サリム達は鬨の声を上げた。
 アサドは6人へ、2人1組に分かれて行動するよう指示を出す。アサドとリル、サリムとアリシア、スハイヴとナディナの組になって散開する。
「ユーコは――」と、アサドが言いかけた時、ユーコはすでに、最上等級(Aランク)の機獣鳥が飛ぶ方向へ駆け出していた。リルは慌ててユーコを呼び止めようとする。

「!? 馬鹿! ユーコ――」

 しかしそんなリルを、アサドは手で制していた。アサドはリルに小さくかぶりを振った。
 
「な、なんで?」
「……行かせよう。なぜならユーコは、特別(・・)だからだ」

 アサドは真剣な面持ちでリルに言った。

「あの機獣鳥は俺達にとって予想外だったが、ユーコの存在もまた、デニス側には予想外だろう。あの子は、強い。俺達と出会って、恐らくユーコはこれまで1度として本気で戦ったことはないはずだ。この戦いに活路を見出せるとしたら、ユーコだけだ」

 あの子を信じよう、と最後にアサドは言った。リルはギュッと拳を握りしめ、

「ユーコおお! 死んだら承知しないからああ!」

 もう随分遠くを走るユーコの背中に向かって、リルは大声を上げた。
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