文字数 4,057文字

 再び林の中を、数頭の馬が駆ける音がする。しかし馬に跨る者達は、先程のガラの悪い盗賊達とは違う。
 先頭を駆ける馬に乗るのは、20代後半程の男で、髪は茶色のミドルヘアをしている。
 その隣を駆ける馬には、茶髪の男と同年代の、茶色のロングヘアの女が乗っている。
 その後ろの馬に乗るのは、これまた同年代の、坊主頭の大男――サリム。サリムは自身の背に大量の荷物を担いでいた。
 更にサリムの後ろを駆けるのは3頭の馬。青色の髪を前に伸ばした10代後半程の男と、黒髪のポニーテールをした20歳程の女が乗っている。
 そして3頭の右端の馬には2人が一緒に乗っており、先頭に乗る1人は16歳程の見た目をした金髪ショートの少女。小さな八重歯が特徴的だった。
 金髪の少女の後ろに乗るもう1人は、彼女よりも若干見た目の幼い、銀長髪の少女――ユーコであった。
 
「くそぉ……なんで俺だけこんな量の荷物を……アサドぉ」

 サリムが先頭を走る茶髪の男――アサドへ不満げに漏らした。

「サリムさんが油断して、商人にあんな見得切るから。その罰ですよ~」

 後ろの馬に乗るポニーテールの女が、サリムへ諫めるように言う。

「ナディナちゃんの言う通りよ。ユーコちゃんに感謝しないとね、サリム」

 アサドの隣を走る茶髪の女が穏やかな声で言った。彼女の言葉で、ユーコはムフーと、胸を張った。
 
「わーってるよアリシア。ちゃーんと感謝してるぜ~ユーコ。あとで頭撫でてやるからな」
「あ、私も私も!私も撫でさせてください~ユーコの頭」

 サリムとポニーテールの女――ナディナがユーコに笑顔を向けると、ユーコも2人に笑顔で返した。

「ちょっとー。あんまりユーコを甘やかさないでよね」

 ユーコの前方に乗る、金髪の少女が声を上げる。

「確かに剣の腕はあるかもしれないけど、それ以外はこの子、ズボラなんだから。まだ馬にも乗れないんだもの。ここに来て1年も経つのに」
「おーおー、リルは厳しいな~」

 サリムが金髪の少女――リルへ茶化すように言った。リルはユーコへ降り返る。

「ユーコ、剣の稽古も良いけど、また後で馬術の特訓もするわよ。良いわね?」

 リルはそう言って、「おー!」と右腕を上げる。ユーコもリルと同じように、右腕を上げた。
 
「リルはユーコのことになると張り切るな」

 アサドが小さく笑いながら言った。茶髪の女――アリシアも微笑みながらそれに続く。
 
「妹ができた感じだものねリルちゃん。それまでは、うちではリルちゃんが末っ子みたいなものだったし」
「うんにゃあ……だがまだまだ、リルも可愛い盛りだぞ!」

 サリムが声を上げ、ナディナも「まったくその通りです~」と頷いた。

「ちょっとやめてよ。気持ち悪い」

 リルの言葉に、「「ガーン」」と声に出すサリムとナディナ。
 ナディナの横の馬に乗る、前髪を伸ばした男が、フフッと小さく笑った。ナディナは頬を膨らませる。
 
「ちょっとスハイヴ~。今笑ったでしょ~?」

 前髪を伸ばした男――スハイヴは、なおもフフフと笑っていた。どうやら少しだけ、彼のツボに入ったようだった。ナディナはスハイヴに、「も~!」と声を荒げている。

「……だが、そうか」

 アサドは目を細めながら、呟くように言った。

「ユーコがここに来て、もう1年になるか――」


――
―――

 南リュド国の中央付近にある廃村に、アサド、アリシア、サリム、スハイヴ、ナディナ、リルの6人はいた。
 彼らの周りには、数体の機獣兵が倒れている。機獣狼が2体と機獣大狼が3体だった。
 
「少々、手間取りましたね」

 ナディナが息をつく。「核2つ持ち(Cランク)が3体もいましたから~」

 アサド達も息をついている。そんな中、リルだけが何やらそわそわとしていた。それから、

「使える機械片がないか、ちょーっと見てくるわね!」
 
 そう言って、倒れる機獣兵に駆け寄っていった。アリシアが、「あ!」と声を上げる。

「ちょっとリルちゃん! まだ危ないわ!」
「俺が行く」
 
 アサドがすぐに歩き出した。「まったくあいつは、機械のことになると……」
 
「――やったやった! 破損が少ないパーツよ!」

 リルは自身の腕の長さ程の大きな機械片を掲げながら声を上げている。
 リルは目を輝かせながら、更に別の機獣兵の体を調べようとした、その時だった。
 リルの後ろに倒れていた機獣大狼が、ギギギと小さな鈍い音を立てながら動き出し、立ち上がる。――核の破壊が甘かったのだろう。
 機械片に気を取られているリルは、まだその存在に気付いていない。
 
「リルッ!」

 アサドは必死な形相で駆け出した。機獣大狼が、リルへと迫る。
 その時――朽ちた建物の陰からゆらりと人影が現れたと思うと、その人影は手に持った白い光の小剣で、流れように機獣大狼の頭を真っ二つにする。
 今度こそ機獣兵の核は破壊され、機獣大狼は音を立てて地面へ倒れた。
 その音で、何か異変に気付いたリルが振り返ると、そこに居たのは、銀色の髪を肩まで伸ばした15歳程の少女だった。次いで横に倒れる機獣大狼を見て、ようやく事態を察したリルは、銀髪の少女に口を開いていた。
 
「この機獣……あなたが?」

 銀髪の少女は首を縦に振ろうとするが、少女はぐらりと体を傾けると、そのまま地面に倒れてしまう。

「ええ!? ちょっと、もしかして怪我とか――」

 リルは言いながら、慌てて少女へ駆け寄った。直後、銀髪の少女のお腹から、『グー』と大きな音が鳴る。銀髪の少女の背負うリュックは、げっそりとしぼんでいた。

「……もしかして、お腹減ってるの?」

 銀髪の少女は、倒れたままコクリと頷いた。

―――
――


「はっはっは! そうだったそうだった! 確かその後、俺達の食料を全部食っちまったんだよな!」

 アサド、アリシア、サリム、スハイヴ、ナディナ、リル、ユーコの7人と馬6頭は、林の開けた場所で休息を取っていた。
 サリムの言葉に、テレテレとユーコは頭を掻いた。アサドも小さく笑いながら、しかし頃合いを見て、両手を叩いた。
 
「よしよし。昔話はその辺にして、もう少し休んだら行くぞ」

 6人がアサドへ顔を向ける。アサドは再び口を開いた。

「今日中にサザンカの町まで行きたい。できればそこで、奴らの荷物を換金した後、村に配る物資も購入しておきたいな」
「今回の遠征は、南リュドの北西部だったか?」

 サリムの問いに、アサドは「そうだ」と頷く。

「あの辺はまだ機獣大戦による復興の目処すら立っていない。にも拘わらず、次は野良機獣に亜神だ。まだまだ俺達のやることは多いぞ」

 アサドはそう言って少しだけ沈黙したあと、6人に向かってスッと頭を下げる。

「皆……すまないが、引き続き汚れ役を頼む」

 その言葉に、サリム達も神妙に頷いた。厳かな雰囲気がこの場を包み込んだ。
 しかし、ややあって、
 
「あのぅ……真剣な話のあとでアレなんだけどさ」

 リルがおずおずと口を開く。「サザンカの町に行くんなら、ちょーっとだけさ、いやホントちょっとで良いんだけど、あそこの機械技師のお店に寄っても良いかしら?」

 リルの言葉で、ふっと場の空気が和らいだ。ナディナが微笑みながら、リルのほっぺをつつく。

「本当に機械が好きですね~リルは~」

 リルは少しだけ頬を赤らめて、ナディナの手を払いのけながら、「まあね」と言った。

「勿論機獣は好きじゃないけど、機械自体は本当に素敵よね。だってだってさ、すごい技術だと思わない?」

 リルの目が、爛々としていく。「生活は便利になるし、これまで諦めるしかなかったことも解決させちゃう。自由に動かせる義手や義足、最近は視力の戻る義眼だってあるのよ? それに私みたいなか弱いレディが使っても、すっごい威力を出せる武器だって作れるんだから!」

 リルは自身の背に担ぐ、自作の機械の弓を掲げてみせた。

「……熱量が、すごい」

 スハイヴは思わず呟いていた。その言葉でリルはハッとし、また少し頬を赤らめていた。アリシアは「うふふ」と笑う。

「そりゃあリルちゃんの夢は、自由国(サマンシス)の研究者だものね」
「ちょ、ちょっとアリシア!」

 リルが動揺した声を上げる。「それはまだ秘密だってばぁ!」

 サマンシス共和国――通称自由国と呼ばれるこの国は、文化というものに、非常に寛容であった。現在この国には、帝国の機械技術を研究しようとする技師達が集まる、機械工学の1番の先進国となっている。
 アリシアの発した、リルが自由国の研究者になりたいという話を聞き、きょとんとするサリム達。やがてリルは、観念したように言う。
 
「ええ、ええ……そうよ。私には、2つの夢がある。元帝国領の調査隊に入ることと、機械技術の研究者になること。だから私はここでお金を貯めて、いつか絶対自由国に行きたいの! そして研究者になって、自由国の調査隊に加わるの!」

 リルの大声が辺りに響き渡ったあと、シンと、静寂が訪れる。堪らずリルが、再び声を上げる。
 
「な、何よ皆? なんか言いなさ――」
「い、い、行かないでくれー!」「行かないでください~!」

 半べそをかくサリムとナディナ。更にユーコ。3人は一斉に、リルの体へ纏わり付いた。サリムとナディナは、なおも情けない声を上げる。
 
「いつ行くんだ~? いや行くな~!」「そ、そんな急に~受け止めきれないです~!」
「ええーい! 鬱陶しい!」

 リルはサリムとナディナを足蹴にする。次いでユーコを体からそっと剥がすと、ユーコの頭に優しく手を置いた。
 
「まったく馬鹿ね……〝いつか〟って言ってるでしょ。私はまだまだ皆と一緒にいるわよ」

 その言葉に、ホッと息をつくユーコ。リルは小さく笑う。
 
「何よその顔。やっぱりユーコは、私がいないと駄目ね」
「あ、あの……もう少し俺達にも優しくしてくれんかね?」

 サリムの言葉に、ナディナもコクコクと頷いた。スハイヴはナディナの肩に手を置く。
 
「……仲間の夢だ。応援しよう」
「そんなこと、分かってるけど~……」

 それからアサドが笑いながら立ち上がり、「そろそろ出発だ」と、皆に告げた。
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