13

文字数 3,932文字

「ウロゥ……お前、は……!」

 ユウコはボロボロと涙を零していた。

「私は、なんてことを……! お前も私と、同じだったのに……! 私はウロゥを信じてやることが、できなかった……!」

 ユーコはそっと、泣き崩れるユウコの両手を、包み込むように握った。

「すまない……すまないウロゥ……! こんな弱い姉で、本当にすまなかった……!」

 ユーコはふるふると、首を振った。ユウコは、ユーコの目を見据えた。
 
「ウロゥ……私のことを許してくれ、とは言わない。ただ、もう一度……お前に情愛を向けることだけは、許してくれないか?」

 ユーコは、ユウコの両手を離した。それから、ユウコの体をギュッと抱きしめる。
 ユウコは目を瞑った。肉体を失っているが、ユーコの体温を感じる気がした。
「温かいな……」と、ユウコは呟いていた。

 ややして、ユーコは立ち上がり、指を差す。
 ユウコも立ち上がり、ユーコの指す方へ顔を向けた。その先に、僅かに光が見えた。
 
「分かった」
 
 ユウコは頷く。「ここから抜け出そう。デクナの術の外へ!」

 ユウコとユーコは、光差す方を目指して走り出した。
 辺りは漆黒の闇で、何も見えない。
 しかし走れば走るほど、僅かにではあるが、光が大きくなっている気がした。
 だがその時。
 右側から炎、左側から雷が放たれた。2人は咄嗟に後退し、それをかわす。
 2人の前方に、赤茶髪を逆立てた大男と、ガタイの良い黄短髪の女が現れる。

「サラマンダー、トゥルエノ……!?」

 ユウコが声を上げる。それは、炎を司る精霊サラマンダーと、雷を司る精霊トゥルエノだった。

「私が取り込んだ精霊の魂か……!」

 混ざれ ここに留まれ
 雑ざれ 帰すものか
 貴様らも ま ざ れ え え え
 
 四方から反響するように、おぞましい声が聞こえ続ける。
 
「ウロゥ、力を貸してくれ」

 ユーコは勿論とばかりに、胸を勢いよく叩いた。ユウコは小さく頷く。

「だが、武器をどうする――」

 ユウコが声を漏らした、その直後。
 ユーコの右手に、白い光を放つ小剣が出現する。ユウコは目を開く。
 
「そうか! ここは魂の世界。想いがそのまま力となるのか!」

 言いながら、ユウコも左手に闇剣を出現させる。
 
「皮肉なものだな。結局私を守ってくれるのは、慣れ親しんだこの剣なのか」
 
 ユウコはふっと笑い、声を上げた。

「いこう! ウロゥ!」
 
 ユウコとユーコは闇を蹴り、大きく跳んだ。
 ユーコの光剣がサラマンダーを、ユウコの闇剣がトゥルエノを斬り裂いた。2体は声も上げずに、静かに闇中へと消えていった。
 2人はまた、光を目指して走り出す。だがそこに、再び精霊の姿が現れる。
 今度は白衣を着た男、病魔のモルブスと、ツインテールの少女、大地のガイアだった。
 モルブスは注射器を持った腕を十数本生やし、ガイアは周囲の闇から巨大なツタを生み出し、一斉に2人へ放った。
 ユーコとユウコは、それらを全て剣で斬り落とす。それから大きく跳び、モルブスとガイアを、2人の大剣で両断した。
 2体の精霊が音も立てずに消え去る。それを確認し、ユーコとユウコは再び駆け出した。

「――今度は、易々とはすまなそうだな……!」

 ユウコが緊張した面持ちで呟いた。少し進んだ先の闇中より姿を現したのは――カオスとバールだった。
 2体はギョロリとした眼をユーコとユウコへ向けている。だが、それだけではない。
 
「やはり、あの程度では消せないか……!」

 ユーコとユウコの後方には、7体の精霊が並んでいた。
 先程倒したはずの、サラマンダー、トゥルエノ、モルブス、ガイア。それに加え、青白い髪を伸ばす女、水のウンディーネ、前髪と爪が長い男、毒のヴェノム、仮面をつけた細身の男、闇のシェイドの姿もあった。
 ユウコの額に、僅かに汗が浮かぶ。
 しかし――ユーコは怯まなかった。
 ユーコはユウコに、勇ましい小さな笑顔を向ける。それを見たユウコの両眼に、再び闘志が滾った。
 
「そうだな、ウロゥ。魂が、心が折れたら、そこでお終いだ」

 2人は力強く頷くと――ユーコは前方を、ユウコは後方を向き――背中合わせになった。
 ユーコは背中越しに、ユウコの右手を握る。ユウコもまた、その手をギュッと握り返した。
 カオスの周囲に、混沌色をした球が無数に浮かび、バールの周囲には、鋭利で巨大な槍が無数に浮かぶ。後方の精霊達も、各々の魔術を浮かび上がらせていた。
 ユーコとユウコの剣が、扇剣へと変化する。2人は更に強く、互いの手を握った。
 
「来い! 私達は! 負けないッ!」

 ユウコが叫ぶのと同時に、精霊達の魔術が放たれようとした――その時だった。
 ズバンッと鋭い音が2つ聞こえたかと思うと、バールとカオスの体は両断されていた。
 続いてパパンッという破裂音と共に、伯爵精霊5体の顔と、モルブス、ガイアの魔術が吹き飛んだ。
 
「……は?」
「へえ、面白い。本当に両断できるなんてな」
「や、やった! よかった! ちゃんと斬れた!」

 ユーコの前方に――バールを斬った、長刀を握る壮年の男と――カオスを斬った、剣を握る少年が、立っていた。壮年の男が少年に顔を向ける。
 
「お前、ガキのくせに良い剣筋じゃねえか。さては、師匠が良いな?」
「ガキじゃねえよ! 名はシャミン、セイラン国の兵士だ! 師匠が良いのは本当だ!」

 壮年の男は、「そうかそうか」と笑った。
 更にその横から、ローブを纏う5人組が現れる。その内4人は弓を持ち、1人はナイフを両手に持っている。
 
「派手にぶっ飛ばしてやったぜ! 俺の弓の腕も健在だな」
 
 坊主頭の男が声を上げ、
 
「そうねサリム。でも私はその倍の数は吹き飛ばしたわ」
 
 長髪の女がからかうように笑い、

「意地悪を言ってやるな。アリシアの腕前に勝てる者などそうはいない」

 茶髪の男が苦笑した。その横で、ポニーテールの女が、前髪の長い男に声を上げている。
 
「やったやった~! 私も倒せたよスハイヴ~!」
「……うっさいナディナ。まだ油断すんなよ」

 ユーコは、信じられないようなものを見るかのように彼らをじっと眺め、ただ呆然と立ち尽くしていた。
 その時、残ったモルブスとガイアが魔力を纏い、彼らに迫っていた。が、2体の頭に鋭い矢が刺さると、大きな爆発と共にその頭は吹き飛んだ。
 
「どう? アリシア。私の腕前も、中々のものになったでしょ?」

 彼らの後ろから、機械の弓を持った金髪の女と、ボブヘアの少女も現れた。
 それから少女は何かに気付き、「あ!」と、朗らかな声を上げる。
 
「やっぱりシャミン兄ちゃんもいる! それに――ユーコお姉ちゃん!」

 少女の声に、8人は一斉に、ユーコの方へ向いた。
 
「「ユーコ!」」

 9人がワッと、ユーコの元へと駆け寄る。未だ目をパチクリさせているユーコに、壮年の男が声をかける。
 
「なんだかお前に、呼ばれたような気がしてな。そしたらなんか、体まで出てきてよ」

 ――そうか。と、ユウコは思った。
 
(彼らは……ウロゥが魂剣に取り込んでいた人々の、魂なのか)

 ユウコとユーコ、互いの魂剣が、自身(ユウコ)の核――魂を通じて繋がったことで、彼らの魂もまた、この世界(自身の魂剣)にやってくることができたのかと、ユウコは考えた。
 そして魂が触れ合っているからか、ユーコと彼ら9人の関係性が、ユウコにも何となくだが分かってきた。
 彼らに囲まれるユーコは、もう笑っているんだが泣いているんだか分からない顔で、彼らの顔を何度も何度も見直している。やがて、金髪の女――リルが口を開いた。
 
「あはは……さっきぶりね、ユーコ」

 ばつが悪そうにリルは言った。ユーコは目を潤ませながら頬を膨らまし、ぼすぼすとリルを叩く。リルは苦い顔をしながら、「ごめん、ごめんってば」と謝っていた。
 
「というかリル。あの時からまた大きくなってねえか?」
「すっごく綺麗になってますね~! リル!」

 坊主頭の男とポニーテールの女――サリムとナディナの言葉に、リルは「そう?」と照れ臭そうに言った。
 次に少年――シャミンが、気合を入れた顔をユーコに近づける。
 
「ユ、ユーコ! 今度こそ、俺が守るからな!」

 ユーコは破顔し、シャミンの頭を優しく撫でた。
 シャミンは、「だ、だからそういう感じじゃなくて……」とブツブツ言っていたが、その顔は満更でもなさそうだった。
 
「な、なんだこのガキ! ら、ライバルの予感……!」

 リルがシャミンに悔しそうな顔を向けていると、
「お姉ちゃーん!」と、少女――レイファがユーコに抱きついた。
 ユーコがレイファの頭も撫でようとすると、そこに、「「ユーコ~!」」と、サリムとナディナも飛び込んできた。ユーコは堪らず苦笑する。

「ははっ。良い顔するようになったじゃねえか、ユーコ」

 その様子を見ながら、壮年の男――ジルバが嬉しそうに呟いた。

「あなたも、混ざってきたらどうです?」

 茶髪の男――アサドが茶化すように言う。
 するとジルバはニカッと笑い、「そうすっかな~」と言って、ユーコへ抱きつきにいった。見ると、長髪の女と前髪の長い男――アリシアとスハイヴもそれに続いている。
 アサドは苦笑し、「最後は俺だぞ!」と声を上げた。

 ――羨ましいな。
 
 ユウコはふとそう思った。しかし、そんなこと思う資格すらないと、ユウコは顔を逸らす。と、その先には、リルの顔があった。思わずユウコはぎょっとする。
 
「それで、姉妹喧嘩はもう済んだのかしら?」

 リルはしれっと言った。「あんたには言いたい事沢山あるけど。ま、全部終わったらね」
 
 リルの言葉に、ユウコはしばし呆気に取られていたが、やがて、「ありがとう」と、リルに深く頭を下げた。リルは小さく笑い、ユウコの肩を、ポンと叩いた。
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