文字数 4,041文字

「とうとうクーデターの決行日が決まった」

 ブロケーオとの騒動から3日後の深夜。
 シャミンとレイファも寝静まった頃、ジンファンは居間にユーコを呼び出し、そう告げた。ユーコの眠たそうな眼がカッと開いた。
 ジンファンは密偵から伝えられたという作戦の詳細を、ユーコに話し始める。
 
「まずその決行日だが……今日から5日後の正午だ」

 ジンファンの言葉に、ユーコの目が一瞬だけ曇った。
 
「ああ……そうだ。その日はシャミンの、新兵達の入隊式だ。しかし、その日が決行日に最も適した日なんだ」

 ジンファンはその理由をユーコへ語った。
 1つに、カオスが確実に王都にいること。
 カオスの活動は不明な点が多いが、例年入隊式には必ず顔を出す。つまりその時間の前後には、カオスは確実に城にいることを意味した。
 2つに、その日の早朝を境に、伯爵亜神の3体が王都からいなくなること。
 現在、自由国と北リュド国の支援を受けるビランツは、なおもムーヤン第3部隊を苦戦させていた。すでにティタンと『音』を司る亜神ソニードはムーヤン隊の元へ向かっており、更に入隊式の日の早朝に――トドメの一手として――ブロケーオもビランツへ投入される手筈になっていた。
 つまりその日の正午には、カオスを取り巻く亜神派の部下は、アムズとグンロン第2部隊、クルト第6部隊だけということになる。
 故に入隊式の日をクーデターの決行日にすると、ジンファンは言った。
 それからジンファンは、更に詳しい作戦内容を話した。
 入隊式の日、カオスを直接守護するのはアムズとフェアラル隊の200騎。
 町の東門に配備されるのはハオユー隊200騎、北門はクルト隊200騎、南門はグンロン隊200騎、そして西門はジンファン隊200騎が守護する手筈になっている。
 クーデター決行の合図は、正午の鐘。
 鐘が鳴るのと同時に、フェアラル隊がアムズをカオスから引き離し、そのままアムズと交戦。東門のハオユー隊は南門のグンロン隊へ、西門のジンファン隊は北門のクルト隊へ赴き、各々交戦を開始する。
 そして自由国の中隊が、東門に残る数人のハオユー隊の兵に案内され、王都へ侵入し、孤立無援となったカオスにSランク機獣兵をぶつける。更に各戦場へ、自由国の中隊が散開し、各部隊の支援を行ってもらう。
 その後3つの戦場を勝ち抜いた残りの戦力でもって、疲弊したカオスを討つ――。全ての戦いは門周辺と城の敷地内で行われるため、城下町への被害もほとんど出ない。
 以上が、作戦の全容だった。
 
「そしてユーコは、クーデターの開始と同時に技術研究棟へ行き、例の剣の奪取と共に、研究棟で整備される機獣兵を停止してきてほしい」

 軍用機獣兵の大半は、現在各国との戦地に散っているが、例え少量でも王都に残った機獣兵が出てこられては厄介だと、ジンファンは語った。
 ユーコはそれに、深く頷いた。
 
「念のため、第5部隊から20人の騎馬をつけよう。テイタクもそこに含める。任せたぞ、ユーコ」

 作戦の詳細を語り、ジンファンの中で、否が応にもクーデターの現実味が増していた。
 自由国中隊の進軍もすでに始まっており、王都カンの東門を目指しているという。追随する機獣兵には――高等級機獣の核能力を応用した機械技術――光学迷彩と気配遮断を施し、隠密行動を取らせている。
 
「万事、順調に進んでいるという訳だ」

 そう語るジンファンの顔は、だが少し強張って見えた。ユーコはその顔をじっと見やる。
 
「……俺は、臆病者だからな。こういう時ほど、漠然と大きな不安に襲われるんだ」

 ジンファンは大きく息を吐く。「どのみち……始まればあっという間、短期決戦か。異変に気付いた3体の亜神が戻ってくる頃には、全てが終わっているだろう」

 ジンファンは無理やり笑顔を作り、「5日後まではどうか平穏に」と、祈るように言った。



 夜が明け、朝日が王都を照らす。
 コウラン家の庭先では、朝から元気な声が聞こえていた。
 ユーコがシャミンに、木刀で稽古を付けている。もう10年以上前――ジルバから教わった剣術を、今度はユーコがシャミンへ伝えているのだ。

「いてっ!」

 と、シャミンが声を上げる。ユーコから1本取られたようだった。
 
「まだまだ!」
 
 と、シャミンはユーコへ突撃する。
 そんな2人の様子を、レイファは縁側から見守っていた。
 
「張り切ってるねーお兄ちゃん。この前市場でやられちゃったからって」
「うるせえ! やられてはいねえ! だけど俺は、もっと強くなるんだよ!」

 レイファはニシシと笑いながら、「もう強くなってるってば、お兄ちゃん」と、誰にも聞こえないような声で呟いた。
―――
――

 私が物心つく前に、両親はすでにいなかった。
 お父さんはカオスという亜神の襲撃時に戦死し、お母さんはお父さんが亡くなった後の働き過ぎで、過労死したからだ。
 私達コウラン家の兄妹は、3人で生きてきた。そしてこれから先も、そうだ。
 少なくても、私とシャミン兄ちゃんは、そう思っていたと思う。だから私は、
 
「やだ! しらない人とくらしたくない! ぜったいにやだー!」

 突然、私達家族の中に入ってきたユーコという存在は、受け入れがたかった。その気持ちは、シャミン兄ちゃんも同じだったように思う。
 まあ確かに、このユーコという人の境遇には、少しだけ同情はした。まだ15歳くらいなのに、ジンファンお兄ちゃんと同じ戦場で戦わなければならないのだから。
 でも……それでも、家族の一員になるということとは、話が別だった。
 だってこの人、全然喋らないし、文字も下手だし、何だかズボラだし、すっごくよく食べるし。その当時はまだ将軍ではなかったジンファンお兄ちゃんの稼ぎだけでは、家は決して裕福ではなかった。それなのに、すっっごくよく食べるし!
 とにかく私は、この人を〝お姉ちゃん〟と認めることは、絶対に絶対にできなかった。
 
 ――はあっ……はあっ……と、息を切らした、ユーコが立っていた。
 ある日私は、町から少し離れた北西の森で採れる薬草が、高値で売れるという話を聞いた。私はシャミン兄ちゃんと一緒に、2人でその薬草を採りにいった。少しでも家計の足しになれば良いと、そう思って。
 森では沢山の薬草が採れた。その帰り道、私達は徘徊する機獣兵に襲われた。
 その時のことを思い出すと、私は今でも震える。
 シャミン兄ちゃんは必死になって私を守ろうとしてくれたが、それはほんの僅かな時間稼ぎにしかならなかった。
 もう駄目だ、死んじゃうんだって、本当に恐くて怖くて、恐怖で一歩も動けなくなった時……ユーコが、来てくれたんだ。
 ユーコは息を切らし、体はあちこちが汚れていた。きっと必死になって私達を探し回ってくれたんだと思う。
 ユーコは今まで私達に一度も見せたことのない、それは恐ろしい表情を、その機獣兵に向けた。そして、ユーコはあっという間に機獣兵を倒した。
 私は、思わず泣きながらユーコへ抱きついていた。
 これまであんなに彼女を拒絶していたのに、私は、調子のいい子供に見えただろうか?
 ……本当は、分かっていた。
 ユーコはいつも私達に優しく笑いかけ、頑張って私達に歩み寄ってくれていたことを。
 私は何か――きっかけが欲しかっただけなのかもしれない。
 
 私はそれから……素直に彼女を、新しいお姉ちゃんとして受け入れた。
 シャミン兄ちゃんも、素直になってみれば早かった。というかその翌日から、もうユーコお姉ちゃんを師匠と呼び、剣を習っていた。シャミン兄ちゃんが、瞬く間にユーコお姉ちゃんを好きになっていくのが分かった。
 まあユーコお姉ちゃん、無口なだけでとっても優しいし、美人さんなのに愛嬌いっぱいで可愛いし、強いし。思春期の男の子だったら好きになっちゃうよね。
 ま、応援してあげるよシャミン兄ちゃん。早くくっついちゃえ。
 そうなると、ジンファンお兄ちゃんも、早くお嫁さん見つけないとね。
 ……なんて。私達がいるから、恋人も作れないんだよね、きっと。
 もう少しだけ待ってね、ジンファンお兄ちゃん。私達、早く大人になるからさ。

――
―――
 木刀を振るうシャミンとユーコを見て、不意にレイファはえへへと笑い声を漏らした。

(ジンファンお兄ちゃんも、シャミン兄ちゃんも、ユーコお姉ちゃんも)
「みーんな大好き」

 レイファの呟いた声に、「いでーっ!」というシャミンの声が、大きく重なった。




 月が怪しい煌めきを放つ小夜。
 ここはセイラン国城の王の間。ぽつんと置かれた玉座以外に不要なものは何1つない、横にも縦にもただただ広い空間。そこに、2つの人影があった。
 玉座に座るのは、煌びやかな貴族服を着た、1人の青年。灰色のショートヘアで、艶やかさを全身に纏っているような美青年である。彼こそが、『混沌』を司る君主階級の亜神、カオスであった。
 そしてもう1人の人物、カオスの座る玉座に跪く者は――フェアラルだった。
 
「今日もそなたは美しい」

 カオスの妖艶な声が響いた。「人間にしておくのは、実に惜しい」
 
「もったいないお言葉ですわ」

 フェアラルは顔を俯かせながら言った。
 カオスは玉座から立ち上がりフェアラルへ近寄ると、彼女の顎に右手を乗せ、その顔を上に向ける。カオスの両眼が、フェアラルの両眼に映り込む。

「そなたの心は、常に希望に満ち満ちている。だがその裏で、重責、焦燥、憂心、絶望の欠片も飼い合わせている。光と闇。それらが混ざり合った時、そなたは真に美しくなろう」

 カオスは玉座へと戻り、再びフェアラルを向く。そして言った。
 
「そなたは、余のなんだ?」
「忠実なる(しもべ)でございますわ」

 フェアラルの答えに、カオスは妖艶な笑みを浮かべる。

「そうだ。そなたは余の下僕。余のためだけに勤める存在。さあ、今一度斉唱を」
「私は、カオス様の忠実なる、僕でございます」

 立ち上がったフェアラルの両眼は、夜空に浮かぶ月と同じ、怪しい光を帯びていた。
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