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文字数 2,936文字

「クーデターだって!? もう何が何やら……!」

 500人の新兵が集まる軍施設でも、混乱は極まっていた。
 教官達も動揺を隠せず、判断をこまねいている様子だった。内乱を知る反亜神派の教官だけは、新兵を部屋の外へ出さないように努めていた。
 だが、それも限界だった。とうとう1人の新兵が、部屋の外へと飛び出す。
 それは、シャミンだった。
 
「シャミン! 駄目だ! 戻ってこい!」

 教官の声に、しかしシャミンは止まらない。シャミンは妙な胸騒ぎがしていた。

「兄貴……レイファ……ユーコ……! 皆、大丈夫だよな?」

 一先ずシャミンは、自身のいる南部から、自身の家のある(レイファのいる)町の北東部へ向け、駆け出していた。



(なんだか……町の様子がおかしいな)

 レイファは東部の市場で買い物をしながら、町から漂う剣呑な雰囲気を感じ取っていた。
「今日は家から出るな」と、レイファは今朝、ジンファンに釘を刺されていた。
 今日は町に特に用事もなかったので、レイファは深く考えることもなく、ジンファンの言葉に素直に頷いていた。
 しかしレイファは正午になる少し前、シャミンの好物であるガチョウの卵を買い忘れていたことに、はたと気が付いた。入隊式のある今日の夕食は、全てシャミンの好きな料理にする予定だった。
 散々迷った挙句、結局レイファは、市場へと赴いていた。

(沢山卵も買えたし、早くお家へ帰ろうっと)

 レイファが踵を返そうとした、その時だった。
 突然市場の奥から、爆発音が聞こえた。思わず顔を向けると、槍を持った女と体中を武器だらけにした女が、同時に飛び出すのが見えた。



「キャアアアア!」

 市場のあちこちから、悲鳴が立ち昇る。
 しかしアムズはそれに構わず暴れ回った。右半身に生やす4本の腕には大剣を、左半身に生やす4本の腕には斧を持ち、目の前のフェアラルへ無茶苦茶に振り回す。
 アムズの猛攻を1本の槍では受け切れず、堪らずフェアラルは、後方へ跳躍し距離を取った。
 直後、アムズの上半身に無数の穴が開く。
「ばあっ!」というアムズの掛け声と共に、小さな砲弾が放たれた。
 フェアラルは咄嗟に真横へ跳んだが、後方の建物が爆発音と共に粉々になった。
 再び上がる人々の悲鳴。
 フェアラルは少しでも人のいない所で戦おうと、辺りを見回す。

「雑魚が気になって集中できねえかあ!? 大英傑様よお!?」

 アムズの8本の腕が伸び、8つの凶器がまたフェアラルへ降り注ぐ。
 フェアラルは顔を歪め、再度真横へ跳んで回避する。そうしてまた、人のいない所を探し始める。アムズが声を荒げた。
 
「雑魚のために逃げて逃げてで、これじゃあつまらねえなあ! ……いっそ、全部壊すか。そうすりゃあ! オレのことだけ見るだろお!? テメエもよお!」

 アムズの体中に小さな穴が開き、そこに太い鉄の矢が生成される。
 アムズは前方に、手をかざした。するとフェアラルの後方で怯える人々の額に、赤いバツ印が浮かび上がる。
 
「逃げ遅れた馬鹿共18人、全員にロックオォォン!」
「!?」

 フェアラルの顔が一瞬のうちに青ざめる。「やめなさいッ! アムズッ!」
 
「オレに命令すんなクソアマあああ! 全員、死ねや!」

 アムズの生成した無数の矢が放たれようとした――次の瞬間。
 ザクッと、アムズの後頭部に、何かが突き刺さった。

「あ?」

 それは、剣だった。その剣はどうやらアムズの後方から飛んできたようだった。
 アムズが後ろへ振り向くと、市場の入口には1人の新兵――シャミンが立っていた。
 
「ア、アムズ総司令。恐れながら進言を。民を傷つけるのは、軍律違反です」

 一瞬の静寂が、辺りを包み込んだ。
 刹那。
 アムズの首が(・・・・・・)飛んだ(・・・)

「ああ!?」

 フェアラルだった。
 フェアラルは一瞬の虚を突き、右手の槍でアムズの首をはねたのだ。
 更にフェアラルは槍を構え直し、鋭い突きで、アムズの胸に埋め込まれた核を突き刺そうとする。――が、槍はアムズの3本の腕によって、防がれていた。見ると、すでに切断された頭の修復は始まっている。
 
「油断も隙もねえアマだ……!」

 フェアラルは即座にアムズと距離を取る。それと同時に、アムズの体に生成されていた18本の鉄の矢が、暴発するように放たれた。
 矢は市場にいる人々へと向かっていくが、全ての矢の照準がブレたようで、人々には当たらなかった。フェアラルはホッと、小さく息をつく。
 
「ズレたじゃねえかクソがあ! そこの雑魚兵もクソアマも、まとめて殺すッ!」

 アムズの体が振動する。ボコボコと音を立てるように、もう1つの頭が生えてくる。
 アムズの頭は2つとなり、片方はフェアラルを、もう片方はシャミンを向いていた。



 レイファは露店の隅でガタガタと震えていた。
 腰が抜け、足も動かない。人の形に似た全身武器だらけの化物が、何かずっと恐ろしい言葉を叫んでいる。
 
 ――この場にいたら駄目だ。殺されてしまう。
 
 そのことだけが、はっきりと分かった。
 何とかこの場から脱出しようと、レイファは勇気を振り絞って市場を見渡した。すると、
 
(シャミン兄ちゃん!?)

 レイファはようやく、化物と相対している自身の兄を認識した。
 兄は少し震えながらも、勇敢な目をして、その化物を睨みつけている。
 そんなシャミンの姿を見て、なぜかレイファの震えは(・・・)止まった(・・・・)
 そして、レイファは予感した。あの化物と対峙する、兄の末路を――。
 
 ――駄目だよ兄ちゃん。駄目。それだけは駄目。絶対絶対に、駄目だよ。
 
 気がつくとレイファは、シャミンの元へと駆け出していた。



「おい雑魚兵。1つ教えてやる。軍律はオレだ。オレ様が、ルールなんだよ!」

 遠くのアムズが声を荒げる。アムズの威圧感、殺気がビリビリとシャミンの肌に突き刺さる。
 自身の剣は投げてしまった。シャミンは懐からナイフを取り出し、構えようとする。

「っ……!?」

 しかしナイフは、即座に弾かれた。アムズが目にも止まらぬ速度で、矢を放ったのだ。
 更に、それだけではなかった。
 シャミンの前方には、アムズが伸ばす手に握られた、鋭く光る両刃の大剣が迫っていた。
 
 ――駄目だ。もう武器が。避けられない。――違う。避けろ。諦めるな。――でも。もう。目の前に――
 
 シャミンの一瞬の長考が終わり、シャミンが大剣の直撃を悟った直後――シャミンの斜め前方から、何か大きな衝撃が走った。
 シャミンは後ろに突き飛ばされる。そしてその代わりに、自身を突き飛ばした何かが、アムズの大剣に貫かれていた。
 その何かとは……レイファだった。

「は?」

 尻餅をついたシャミンの口から、渇いた声が漏れ出た。
 
「駄目だよ……兄ちゃん。誰彼構わず……突撃しちゃあ」

 レイファは掠れた声で笑う。

「えへへ……でも、そんなとこも大好き、兄ちゃん」
「レイ、ファ……? おい……レイファ」

 レイファの胴体からは血が溢れ、止まらない。
 自身の妹だったものは、もうピクリとも動かない。
 シャミンの両腕が震える。
 悲しみ、怒り、自責、あらゆる感情が綯(な)い交ぜになって、腕が震えた。

 ああああああああああああ!!
 
 全ての感情をぶちまけるように絶叫しながら、シャミンはレイファに突き刺さった大剣を、引き抜いた。
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