文字数 4,396文字

 町外れにある集会所。中から明かりが漏れないように、窓はついていなかった。
 ユーコとジンファンがその集会所の中へ入ると、すでにそこには十数人の人々でひしめき合っていた。
 その十数人は、錚々たる面子だった。セイラン国の大商人や、兵士訓練学校のベテラン教官、更には第1部隊のフェアラル、第4部隊のハオユーといった将軍までいた。
 フェアラルは彼らをゆっくりと見渡したあと、口を開いた。

「皆さん、緊急の召集でごめんなさい。――ではこれより、反亜神派(・・・・)会合を始めますわ」

 反亜神派。亜神を盲信する者達――亜神派がいる中で、国を支配する亜神を討ち倒そうと考える、反亜神派も存在した。
 亜神国の抱える負の側面も、無論大きかった。
 強制的な兵制、終わりのない侵略行為への絶望、下民への非人道的行為、亜神による住民への横暴、そして非戦闘員からの人魂の徴収……。滅多にないことだが、カオスが戦場へ出る際は、そのエネルギーの消費も凄まじく、大量の人魂が求められていた。
 そんな亜神国の闇から解放されるべく、反亜神派は実に13年の年月を掛け、謀反(クーデター)の準備を着々と進めていたのだった。
 カオス襲来の際、ピンウィン国の兵であった父を殺されたジンファンや、カオスの軍政策に大きな不満を抱くハオユーも、反亜神派の1人であった。
 そして当時ピンウィン国の大将軍(現在の軍総司令のような立場)であったフェアラルが、反亜神派のリーダーとなっている。
 そう、セイラン軍は水面下で、真っ二つに分かれていたのだ。
 表向きは亜神に従っているが、第1・第4・第5の3部隊は、反亜神派なのである。無論、この3隊の全兵士が同じ志を持っている訳ではなかったが、現在この王都に待機する各隊の200騎は、反亜神派であった。
 そして、彼ら反亜神派は他国とも繋がっていた。
 今やセイラン国はユガナ大陸全土の敵――第2の帝国となっている。各国にとっても反亜神派に手を貸すことは、利害が一致しているのだ。
 その最大の支援国は、かの自由国サマンシスであった。
 セイラン国から自由国へは、ウェンフェ国を経由しても辿り着ける。現在ウェンフェを侵攻しているのは、ジンファン隊。ジンファンは国境周辺に抜け道を用意し、自由国の密偵をセイランへ行き来できるようにしていた。
 ……余談だが、いくら反亜神派とはいえ、侵攻の手をはっきりと緩めることはできないでいた。侵攻を停滞させていると、亜神が戦線へ投入され、更には亜神派から不要に疑惑を持たれてしまうからだ。
 と、このように反亜神派は、戦力を蓄えてはいる。
 だがそれでも、亜神の力は強大であった。伯爵階級でさえ、1個1軍に匹敵する。公爵のアムズであれば、半端な戦力では歯が立たないだろう。更に君主階級のカオスに至っては、その力は計り知れなかった。
 しかし――。フェアラルが、小さく笑う。
 
「自由国側に、大きな進展がありましたの。超上等級(Sランク)機を、回収できたというお話ですわ」

 集会所内が騒然とする。が、フェアラルが人差し指を口元に立てると、再び彼らは静かになった。
 
「本当にまだ……実在したのか」

 ハオユーが、遅れて呟いた。
 超上等級――またの名を危険度Sランク機獣兵。最上ランクとされるAよりも更に上位の機獣兵であり、各個体が5つ以上の核を擁している。
 帝国ヤギンの最終兵器とされ、戦場に亜神が投入された際、初めてその存在が露わにされた。総勢で8体、その存在が確認されていたという。
 機獣大戦が激化し――ついに帝国の首都へ3体の君主亜神と5体の公爵亜神が迫った時――帝国は2体を残した計6体のSランク機獣兵を、亜神へぶつけた。
 8体の上位亜神と6体のSランク機獣兵。その戦いはまさに熾烈を極めたという。
 結果は亜神側の勝利で終わり、この決着により、事実上帝国ヤギンの敗北が決した。
 しかし上位亜神達も、簡単に勝利を収めた訳ではなかった。
 大英傑と称されていたフェアラルは、その決戦を終えた際の君主亜神の状態を、間近で確認していたのだ。
 
「あの決戦で、破壊された上位亜神こそおりませんでしたが、確かに私は見たのです。君主亜神のカオス、更には君主亜神のあのバール(・・・・・)でさえも、ダメージを負っている姿を」

 そして、その決戦で出てこなかった2体のSランク機獣兵は、機獣大戦が終わり十数年経過した今もなお討伐されず、ユガナ大陸のどこかを徘徊している。
 ……はずなのだが、その内の1体を、自由国は見事捕獲できたというのだった。
 
「どんな技術を使ったのか……にわかには信じられませんが」

 ジンファンは唸った。「しかし……この状況で妄言を吐く訳もありませんしね」

 フェアラルは頷き、話を続ける。
 捕獲後、自由国にて調整を重ねたそのSランク機獣兵を操作し、クーデター時にカオスへぶつけるという。
 それにより、カオスの討伐までは見込めなくても、ある程度の損傷を与えることはできるはず。あとは反亜神派の残存戦力を集結させ、一気に叩き潰そうという計画だった。
 
「勿論、自由国は他にも、一個中隊と大量の機獣兵を投入してくれるとのことですわ。……もうこんな好機は二度と訪れないでしょうね。ですから皆さん、ここが勝負の時となります」

 その言葉に、皆が力強く頷いた。ユーコもドンと、胸を叩く。
 フェアラルはユーコへ顔を向けると、優しく微笑みながら頷いた。
 
「ええ、あなたのことも頼りにしておりますわ、ジンファンの義妹(いもうと)さん。そして……私の盟友、ジルバ・ラディーンの剣技を継ぐ者」

 フェアラルとユーコの視線が交わり、2人は小さく頷いた。

「ああ、そうでしたわ」

 ふいにフェアラルは手を叩き、自身の隊の副将の男を呼んだ。
 現れた男はユーコに、
 
「ユーコさん。あなたの探している短剣(・・)ですが、その場所が分かりました」

 と言った。ユーコの目が、大きく開いた。
―――
――

 ユーコは4年前、ビッザの街でドームの崩壊に飲み込まれたあと、アムズ配下の3亜神の1体――『土』を司るティタンによって、密かに回収されていた。ギュンターの部下数人と、機獣兵の研究データと共に。
 あとになって聞いた話では、不死鳥機との戦闘を観察していたティタンが、ユーコを亜神国の戦力として隷属させるために、独断でユーコを回収したのだという。
 ユーコを回収した際、ティタンは意識を失っていたユーコから短剣を奪い取り、それから王都のどこかに短剣を収容したのだった。
 
 その後のユーコだが、まず王都カンの軍病院へ入れられる。最低限の治療を施し、速やかに戦場へ立たせるために。
 その時、同じく怪我で入院をしていたジンファンと出会ったのだ。
 ジンファンは人懐こいユーコとすぐに打ち解けたが、か弱い少女に見えるユーコが軍病院にいることに、ジンファンは疑問を抱いていた。
 やがてジンファンはどこからか、ユーコを戦場に立たせようとする軍上層部の思惑を知る。そして、「こんな少女まで兵にするのか!」と、ジンファンは上層部へ訴えかける。しかし彼らは、「これは決定だ」とだけ、ジンファンへ告げたのだった。
 これ以上、上層部と掛け合うことは意味がないと、ジンファンは知っていた。
 ジンファンはならばせめてと、ユーコを自身の中隊に引き入れること決意する。このたおやかで可憐な少女を、少しでも自身の手で守れるように――。
 
 その、少し前。
 ユーコは意識を取り戻した時、すぐに自身の剣が紛失していることに気が付いた。
 しかし軍病院の者に、身振り手振りや拙い書き言葉で伝えても、剣の在りかは一向に掴めない。その後ユーコは軍病院にあった地図を使い、今いる場所を尋ねた。
 ユーコはビッザの街で剣を紛失したと考え、街まで探しに戻ろうとしたのだ。
 だが、病院を抜け出し王都カンから出ようとしたユーコは、門兵に止められる。そして知る。この国から出るには、軍に所属するしかないことを……。
 
 少し経ち、ユーコの体が回復した頃。
 ユーコはジンファンの正式な預かりとなっていた。住むところもないユーコは、そのままジンファンと共にコウラン家へ赴いた。
 そこには、まだ幼い12歳のシャミンと9歳のレイファがいた。
 
 それからまた少し経ち、ユーコが兵士として初めての遠征に参加した時のことだった。
 セイラン国の国境に差し掛かった時、ユーコは脱走を試みる。ユーコはまだビッザの街へ行くことを諦めていなかったのだ。
 
 ――しかし、そこに現れたのは、不運にもアムズだった。
 アムズはちょうどユーコの向かうはずだった戦地で任務があり、一暴れ終えたところだった。アムズは当時の第5部隊将軍から、新兵――ユーコ脱走の報告を受け、ユーコを捕えるべくすぐに動いた。
 通常、1人の新兵の脱走などに、アムズは動かない。
 だがアムズは、ティタンの連れてきた、あの短剣(・・・・)を持っていたユーコという存在に、何かを感じていた。
 この国から出してはならない、この国で永遠に飼い殺しにしてやる――と、アムズは脱走を試みるユーコの前へ、その姿を現した。
 
 ユーコといえど、光剣がなくては、とても公爵階級の亜神には敵わない。ユーコはアムズの攻撃を受け、すぐにボロボロになった。
 傷だらけのユーコは、しかし持っていた地図を広げ、ビッザへ行きたい旨をアムズへ訴える。アムズはすぐに、ピンときた。
 
「ああ……あの剣を探して」

 アムズは笑う。「良い子にしてたら返してやる。だが、オレらに逆らったらどうなるか分かるな? 剣だけじゃねえ……周りの人間も、バラバラになるぜ」

 ユーコはアムズの言葉に、弱々しく頷くことしかできなかった。
 こうしてユーコは、兵士として亜神国に貢献することを、余儀なくされたのだ。
 
 その後、戦場で活躍するユーコに、ジンファンは目を見張った。
 更にコウラン家での生活を通して、ジンファンはユーコの温かな内面も知った。
 もはやジンファンによってユーコは、か弱い少女ではなく、1人の信頼できる部下となっていた。
 ついにジンファンは、ユーコを反亜神派へと(いざな)った。
 ユーコも亜神を討ち倒さんとする考えに賛同し、反亜神派の一員となることを受け入れる。そして彼らに、自身の大切な剣の在りかも探ってもらっていたのだった。

――
―――
 副将の男の話では、ユーコの剣は、最近新設された北の研究棟で保管されているらしい。
 クーデターの決行日に、その混乱に乗じて奪取するのが良いだろうとフェアラルは言った。ユーコは大きく頷いた。
 
「――こうやって、大勢で集まれるのは今回が最後でしょう」

 フェアラルがメンバーを1人1人見渡しながら言う。

「決行日と詳しい作戦内容は、追ってお伝え致します。……分かっているとは思いますが、問題事や目立った行動は、ご法度ですわ」

 フェアラルの言葉に、皆はまた力強く頷いた。
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