文字数 2,614文字

「はははは! これはどうだ?」 

 バールの首元からその顔が5つに増え、各々の口が同時に開いた。

「「機獣を真似たぞ。しっかり防げよ」」

 バールの全ての口が赤く光る。
 ユーコの隣には、4つの首がもげた五岐大蛇機だったものが無残に転がっていた。核のエネルギーも尽き果て、もうピクリとも動かない。
 バールの5つの顔から、分厚い熱光線が放たれる。
 ユーコは扇剣を前方に構え、防御障壁を発生させる。扇剣は熱光線を浴び、そのエネルギーを吸収し赤く染まっていく。
 だが、そのエネルギー量は途方もない大きさだった。扇剣の許容量を超え、ヒビが入ろうとした――その間際。バールはピタリと、自身の攻撃を止めた。
 
「さて。これで十分溜まったろう」
 
 バールの5つの顔に笑みが浮かぶ。「次はお前の番だ。撃ってこい」
 
 ユーコは必死な形相で、扇剣を赤い色の蛇腹剣へ変化させる。ユーコの機体進化の影響によって、その刀身は3つから5つに増えていた。
 ユーコは5つの刃を、バールの5つの頭へ放つ。風を裂く、鋭い5つの刃。
 ボッと鈍い音を立て、バールの頭が、2つ破壊される。
 しかし、バールの残り3つの頭は、その口で、蛇腹剣の刀身を受け止めていた。バールは口を開き、刀身をユーコへ返した。バールは残念そうに息をつく。
 
「止められたのは3つか。これは悔しいな。次は全て、受け止めてやろう」

 ――遊ばれている。

 リルは2人の戦いを後ろで見つめながら、そう思った。
 五岐大蛇機を破壊し終え、バールはとうに戦いの目的を変えていた。ユーコ1人では、命を懸けるまでもない。ならば飽きるまで遊びつくしてやる――。
 バールはそういう腹なのだろう。
 リルは唇を噛んだ。何もできないことがもどかしかった。
 下手な援護は、ユーコの足を引っ張るだけ。故に自身は、ユーコが遊ばれ傷つく姿を、ただ見ていることしかできない。
 マクスウェルが何者かの策略で突如姿を消したことで、五岐大蛇機へのエネルギー供給は不可能。機体進化を行ったとはいえ、ユーコ1人では、勝ちの目はもうほとんどないだろう。
 
 ――いや、違う。
 
 リルは思う。例え作戦通りマクスウェルがこの場に残り、五岐大蛇機を絶えず動かし続けていたとしても、この戦いは敗色が濃厚だったろう。
 そしてそれは、マクスウェルも分かっていたはずだ。だから自身はあの時、マクスウェルに頭を下げられたのだ(・・・・・・・・・)
 
(……ええ、分かっているわ。その覚悟は決めてきた。もうユーコが勝つには、これしかない)
「ユーコ!!」

 リルは大口を開け、叫び声を上げた。「私を、使って!!」
 
 リルの声が戦場に響き渡る。
 ユーコの体が、一瞬だけ止まった。しかし。
 ユーコはまた、何事もなかったように、バールとの戦いを再開した。
 リルはギュッと拳を握りしめ、再び大声で叫んだ。

「ユーコ! 私を魂剣に! そうすればまだ、勝機はあるわ!」
 
 マクスウェルは、リルの魂を魂剣に取り込まなければ、バールに勝てないことを理解していた。それ故に、リルをこの戦場に置いたのだった。
 そしてそれを、勿論リルも理解していた。理解していたのだ。
 大気を震わす程のリルの大声を、しかしユーコは何も聞こえていないように、バールと戦い続ける。その体を、ボロボロに傷つけながら。
 ユーコも分かっているはずだ。敗北が迫っていることは。そしてその先に待つのは、自身の死だけでなく、世界の死。
 だが、それでもリルの魂を犠牲にすることを、拒絶し続けてくれている。その想いを感じ、こんな状況下にあっても、リルは嬉しかった。
 しかしだからこそ、そんなユーコを死なせる訳にはいかない。
 リルは、なおも叫び続けた。
 先に痺れを切らしたのは、バールだった。無論バールにもリルの声は聞こえていた。
 突如バールは大きく跳躍し、リルの後ろに着地する。そして、リルの頭を掴み上げた。
 
「おい女。あの小娘がまだ強くなる方法があるのか?」
「……ええそうよ。それを行えば、あんたなんかにユーコは負けないわ」
「そうか」
 
 バールはニタリと笑う。バールはユーコに、リルの体を掲げて見せた。
 
「ならば小娘。ただちにそれを行え。行わなければ――この女を、殺す」

 ユーコの顔が、一瞬にして蒼白に染まった。バールは淡々と続ける。
 
「拒む理由があるのだろうが、どの道このままいけば、お前は死ぬ。そしてこの女も死ぬ。ならば少しでも強くなり、少しでも俺を楽しませろ」

 ユーコの体は小刻みに震え、「はっ、はっ」と、小さく息を切らし始める。
 
(……ごめんね。ごめんねユーコ。こんなことで、悩ませて)

 それは、究極の選択だろう。自身で手を下すか、バールに殺されるかの、究極の2択。

(うん……そうだよね、ユーコ。できないよね、そんなこと。うん、あなたはしない)

 バールに頭を掴み上げられるリルは、苦渋の表情を浮かべるユーコをじっと見つめた。

(分かるよ、ユーコ。理屈じゃない。私があなたの立場でも、きっと私も、まだ生のあるあなたを剣で貫くことなんて、できない。だから……あなたがこのまま悩んでいれば、この亜神が私を殺してくれる。そうすればユーコ、あなたは私を、剣で貫ける――)

 ふいに、リルはフッと、小さく笑った。

「でも、だからといって……あんたに殺されるのは、なんか癪だわ」
「ああ?」

 直後、リルは懐から鋭い矢尻を取り出し、それを自身の喉に、突き刺した。
 
「!?」

 リルの喉から激しく血が噴き出し、口からも血が溢れ出る。
 
(きっとこれが――私の役目。あの時、皆が助けてくれたのは、この時のため)

「なんだこの女……?」

 途端にバールはリルへの興味をなくしたように、リルの体をぶんと放り投げた。
 ユーコは絶叫しながら、全力で駆け出した。
 ユーコは落下するリルを、その腕で抱きとめる。ユーコは腕の中のリルに顔を寄せた。ユーコの涙が、リルの頬に次々と零れ落ちる。
 リルの喉は潰れ、もう何も喋れない。リルは慈愛を帯びた霞む目で、ただユーコを見つめた。
 
(ああ……そんな悲しい顔をしないで、ユーコ。愛しい愛しい……私の、ユーコ)

 リルは薄れゆく意識の中で、何か温かさを感じた。地面に置かれた自身の胸に、ユーコが光剣を貫いたのだった。リルが、小さく笑う。
 
(そう……それで良いの、ユーコ。……またいつか……会えたら……いいな)

 リルの肉体は光の粒子となり、そのまま戦場に散っていった。
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