文字数 3,217文字


  〜没帝国後(新ユガナ歴)??年〜



 鬱蒼と木々が生い茂る、薄暗い密林。
 3体の機獣狼と2体の機獣熊が、全長10メートル程の大蛇を捕食している。
 そこに、茶色のローブを身に纏い、リュックを背負った、美しい銀色の長髪をなびかせた少女が現れる。
 少女は15歳程の見た目で、右手には短剣、左手には長方形の固形食料を握っていた。少女は固形食料を口に入れながら、凛々しい顔をして歩いている。
 機獣兵達は悠然と歩く少女へ体を向けた。だが少女は機獣兵のことなどまるで気にする様子なく、そのまま平然と通り過ぎようとする。
 瞬間、3体の機獣狼が少女へ飛び掛かった。
 少女はほとんど体勢を変えずに、短剣を数回振るう。すると機獣狼達が、ぼとぼとと地面へ落ちていった。見ると喉元の核が、全て綺麗に両断されていた。
 続く2体の機獣熊が突進する。銀髪の少女はそれをひらりとかわし、そのかわしざまに素早く短剣を2度振るう。喉元の核は破壊され、2体の機獣熊もバタリと倒れた。
 少女は倒した機獣に目もくれず、固形食料の最後の一口を口に放り、森の中を進んだ。
 
 やがて銀髪の少女の前に建物が見えた。
 木々から伸びるツタがこれでもかと建物に巻き付いている。
 少女はおもむろにリュックへ手を入れると、今度は小さな干し肉を取り出し、口に放った。それから建物の扉へ進み、右手の短剣で鍵部を破壊する。少女は扉を乱暴に蹴破った。
 少女はなおも表情を変えずに建物へ入り、中を歩き始める。
 地下へ伸びる長い階段を降り切ると、今度は先が見えない程の、長い廊下が待ち受けていた。
 廊下の左右の壁は大部分が硝子張りだった。防音硝子なのか、部屋の中の音はほとんど聞こえない。中には、大量の人間がいた。
 中の人々は、オブジェとして生きたまま飾られていたり、体中に無数の注射を打ちつけられていたり、殺し合いをさせられていたり、無理やり生殖行為を行わされていた。
 あらゆる形の『非道』が、そこでは行われていた。
 廊下を進む少女は硝子の中に敢えて視線を向けなかったが、その顔には僅かに嫌悪が浮かんでいた。
 廊下の奥には、複数の錠前が取り付けてある、厳重な鉄の扉があった。少女は扉を破壊しようと、短剣を構える。
 すると、まるで意思があるかのように、錠が次々と外れ、扉が独りでに開いた。
 少女は少しも躊躇わずに、中へと入った。
 そこには、沢山の機器に囲まれた、白衣に身を包む20代後半程の男が立っていた。男は毒々しい紫の髪をしている。白衣の男は、銀髪の少女に口を開いた。
 
「偶然密林に迷い込んだ旅人、という訳でもないだろう? どうやってこの場所が?」

 少女はそれには答えず、リュックの留め具を外すと、中から何かが飛び出した。
 その何かは、球の形をした小型な機械で、プカプカと宙に浮かんでいる。ふいに、その機械が声を上げる。
 
『亜神ハンノウ有り、亜神ハンノウ有り』

 白衣の男は眉を上げた。それから大げさにため息をついたあと、口を開いた。
 
「如何にも。私は『病魔』を司る精霊、公爵階級のモルブスだ」

 少女は無言のまま、右手の短剣を構える。白衣の男——モルブスは、フッと息を吐く。

「そう慌てるな。せっかくここまで来たのだ。少し話でもしようではないか」

 モルブスは近くの椅子に座り、言った。「知りたくはないか? 魂の神髄というものを」

 少女の眉根が、僅かに動いた。モルブスは小さく頷き、言葉を続ける。
 
「私はね、人間の魂の変化によるエネルギー量の増減を研究している」

 モルブスは薄く笑みを浮かべた後、ペラペラと語り始めた。
 
「人間は外的要因によって魂の色を変化させる。私は実験でその色を変化させ、魂の味が変わるのを楽しんでいた。人魂をただ取り込むだけでは何も面白くはない。そこに刺激的なエッセンスが欲しかった。お前も分かるはずだ。食事には味付けが必要だということを」

 少女はただじっと、モルブスを見据えていた。モルブスの口角が上がる。

「だがある時、私はそこに、エネルギーの変動があることにも気が付いた。分かるか? 魂力の増減は、操作できる可能性があるのだよ! さすれば、効率的な魂力回収法への道が開かれたも同然! 私はここで更なる研究を続ける。そうして私が——」

 モルブスは仰々しく、両手を広げた。「君主階級に、最高位の精霊へと成るのだ!」

 ややあって、銀髪の少女は大げさに、「ふう」と息をついた。そして、口を開く。
 
「——クソ亜神が。もう喋るな」

 その声は冷たく、しかし透き通るような美しい声色だった。少女は続けた。
 
「そんな行為に意味はない。臆病風に吹かれ、闇に隠れ、弱者のみから搾取する。そんな者が魂の真髄に辿り着くことなど、一生かけてもできはすまい」
「……何だと?」

 モルブスが少女へ、鋭い目を向けた。
 その時だった。球体の機械が、再び声を上げる。
 
『解析カンリョウ。大気チュウニ、有害ブッシツハンノウ有り』

 モルブスの顔が、僅かに歪んだ。少女は薄く笑う。
 
「なるほど、毒か。大方、透明で無臭の神経毒霧か何かだろう。だからペラペラとくだらない講釈を垂れていたのか。まったく……臆病者に相応しい、素晴らしい戦略だな」

 刹那、モルブスは立ち上がり、口から濃い赤紫色の霧を勢いよく噴射した。
 少女の体を、深い霧が包み込む。モルブスは大きく口角を上げた。
 
「息を吸わなくとも、皮膚から少しでも吸収されれば即死するウイルスだ。人間用に、特別に配合したものだよ」

 赤紫の毒霧が晴れる。と、モルブスの目は開き、顔が歪んだ。
 銀髪の少女が、なおも平然と立っていたからだ。
 少女の鋭い眼光が、モルブスに突き刺さる。
 モルブスは反射的に、隣に設置される機械装置のボタンを右拳で叩き押した。
 四方の機器がパキンと割れ、中から緑色の液体が入った十数本の注射器が飛び出す。モルブスは背中から十数本の腕を生やし、その全ての注射器を掴んだ。
 
「人間、大型機獣——亜神すらも、たちどころに崩壊させる特別ウイルスだ!」

 言いながら、モルブスは注射器を握った無数の腕を、触手のように少女へ差し向けた。
 無数の黒い剣閃が——宙に走った。
 それから全ての腕が、ぼとぼとと床に落ちる。

「そんなものが私に当たると、思ったのか?」

 見ると少女の握っていた短剣は、刃渡り60センチ程の両刃小剣(ショートブレード)に変化していた。更に剣の刀身には、深い闇が纏わりついている。
 少女は床を数歩蹴り、怯むモルブスの胸元に、闇纏いの剣を突き刺した。
 モルブスの核が、パキンと砕ける音がする。同時にモルブスの目が開き、声が漏れ出た。
 
「私は……私は上位精霊だ……! こんな、こんなところでぇ——!」

 モルブスの体からドス黒い光が溢れ、少女の闇剣に吸い込まれていく。
 少女が剣を引き抜くと亜神の目の光は消え、体はただの機械の塊となり、ガシャンと音を立てて地に伏した。
 
「——その腐りきった魂さえも貰い受けるとしよう。我が力の糧となれ。クソ亜神が」

 少女は横たわる機体を踏み越えると、廊下の硝子を、闇剣でバラバラに斬り裂いた。
 中の人間達が、一斉に銀髪の少女へと目を向ける。
 少女はリュックから地図を取り出し、「お前達はもう自由だ」とだけ言い、地図をパサリと前に投げ捨てた。
 彼らはわっと飛び出し、地図へと群がった。
 その中の少女——銀髪の少女と歳の頃が変わらなそうな1人の少女が、銀髪の少女へ恐る恐る声をかける。
 
「ほ、本当にありがとう……。あの……あなたは、一体何者なの? お名前は?」

 銀髪の少女はしばし黙った後、

「……名は、ユウコだ」

 と、それだけ答え、銀髪の少女——ユウコは建物を後にした。
 ユウコが外に出た時、球体の機械から声が鳴る。それは機械音声ではなく男の声だった。
 
『ユウコ、お疲れ様でした』
「デクナか」
『はい。一度帰還を。あなたとサポタのメンテナンスをさせてください』
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