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文字数 2,904文字
ユウコは結局、女の家まで連れて来られた。女の名はシャノイといった。
シャノイは椅子に座るユウコの対面に、ドカッと座る。そしてぶっきらぼうにに言った。
「あんたに出す茶なんてないよ」
ユウコは「結構だ」と返し、リュックから干し肉を取り出すと、見せつけるように口でちぎって食べ始める。ややあって、シャノイが口を開いた。
「あんたは何なんだい? ガイアをどうする気だ?」
「それはこっちの台詞だ。亜神と知っていて庇うなど、どうかしている」
「ガイアはもううちの子なんだ。危険なんて何もありはしないよ」
「そう、言わされているのだろう? 正直に話してくれ。私が、必ずあいつを狩ってやる」
シャノイはユウコを、言葉の通じない者でも見るかのような目で見やり、大きく息を吐いた。
「あの子はね……世間様が言うようなこと――人の魂を欲しがったりしたことなんて、一度だってないんだよ」
シャノイは説き伏せるように語り始める。
「村の大人達も子供達も、みーんなあの子を受け入れてる。あの子は『大地』を司る精霊さんでね。魔術を使って、村の畑仕事やら家の修繕やら、手伝ってくれるんだ。人の輪に溶け込める、そういう亜神だってね、いるんだよ」
シャノイは最後、捲し立てるように言い切った。ユウコは少しの間黙っていたが、やがて口を開いた。
「たった少しの生活で、奴らの本性が分かったつもりか?」
「少しなんかじゃない。あの子がここにきて、もう3年になる」
「3年?」
ユウコの目が僅かに開いた。「3年もこの家で暮らしているのか?」
「そうだよ。……もう一度言う。ガイアはもううちの子だ」
気が付くと、シャノイの目には哀愁が帯びていた。
「旦那も息子も……帝国に奪われた。これ以上私から、何も奪わないでおくれ」
「だが――」
「さあ、話は終いだ。村の皆が怒る前に、さっさと村から出ていきな。勇敢な旅人さん」
そう言ってシャノイはユウコを無理やり家から閉め出し、ピシャリと戸を閉めた。
ユウコは小さく息を吐き、仕方なく村中へ向け、歩き出した。
ユウコが少しの間歩いていると、目の前から赤髪の少女――ガイアが現れた。
「アハハ。どうだった? シャノイおばちゃん。迫力あるでしょ?」
「……のこのこと1人で、良い度胸だな」
「凄んでも無駄だよ。君が誰かは知らないけど、君は今、迷っているはずだ。本当にボクを殺しても良いのか、ってね」
ユウコは無言のままガイアを見据えた。ややあって、口を開いた。
「3年前から暮らしていると聞いた。この村で」
ガイアは頷いた。それからガイアは、「ボクの話を聞かせてあげるよ」と、この村へやってきた経緯を話し始めた。
「帝国との戦いが終わって、自由になったボクは、あてもなくフラフラしていたよ。……だけどどうしたものかね。この姿で山や森を歩いていると、小汚い格好をした人間達が沢山襲ってきてさ。正直言って、人魂には事を欠かなかった」
ユウコはガイアを睨みつけた。ガイアは「おっと」と、両手を小さく上げる。
「でもこれは自衛だろう? ボクは自分から人間を襲ったことなんて無いんだよ」
ガイアは小さく笑い、話を続ける。
「とは言えボクは、元々機獣にはけっこう好戦的な性格でさあ。ある時、たまたま近くを徘徊してるっていうもんだから、あの大型砂竜機――『災害』と戦ってみたんだけど……まあこれがいけなかったね」
ガイアは舌を出す。「結果は大負け。定期的に人魂を摂取できてたし、ある程度強くなったと思ってたけど……災害はヤバかったね。何とか逃げ出すことに成功したボクは、それはもうボロボロの状態で、この村へ流れ着いたんだ。それで、そんなボクを手当してくれたのがシャノイおばちゃんだったって訳。でも手当している時、流石にボクの体が普通じゃないっておばちゃんも気付いてさ。『ああそうだボクは亜神だ』って魔力を見せてやったんだよ。……でもおばちゃんは、『そうかい』ってそれだけ言って、そのまま家に置いてくれたんだ」
ガイアは目を細くする。「その時からかなあ。ボクが人間に興味を持ったのは。……だから一緒に暮らしてる。それだけさ」
ガイアはニッと破顔した。ユウコはガイアの顔をじっと見つめ、問いかける。
「活動のエネルギーはどうしてる? 3年間も、何も無しは有り得ない」
「機体の進化に人魂は必要だけど、活動だけに限ればそれは別のエネルギー、人間の食物なんかでも賄える。……それは君もよく分かっているんじゃないかな? 旅人さん」
ユウコは無言のままガイアを見つめた。しばらくして、ガイアがポンッと手を叩く。
「それじゃあ質問はもう良いかな? 旅人さん。そんなに亜神を殺したいって言うんなら――もっと悪さをする奴らを探しにいけば?」
ガイアはそう言って、その場から去って行った。
ユウコはしばしその場に立ち尽くしていた。しかしやがて、ユウコは難しい顔をして村道を歩き出した。
『――ユウコ。あの亜神を、信用するのですか?』
宙に浮かぶサポタから、デクナの声が聞こえる。ユウコは肩を竦めた。
「無論、亜神に心を許す気など毛頭ないさ」
『そうですか』
デクナの安堵したような声が聞こえた。
「……お前だって知っているだろう。私は一度、手痛い裏切りを受けたことがある。精霊のことなど……1つも信用していないさ」
そう言ってユウコは、村中へ進んでいった。
その後ユウコは、村内で調査を始めた。
村人1人1人に、ガイアという亜神がこの村にやってきたことで、何か不審な事がなかったかと聞いて回った。大半の者達がガイアを庇うように、「何もない」と証言した。
だが……ある2組の夫婦が、気になる話をした。
1組の夫婦は、去年、自身の子供が謎の死を遂げており、更にもう1組の夫婦も、2年前、子供が奇怪な死を遂げていると、ユウコに語った。
彼らの子供は、村の南に広がる森の中で、死体で発見されたのだという。
しかし、2組の夫婦は、この事件はガイアとは無関係だとも言った。
事件のあったどちらの日も、ガイアは村中でその姿が確認されており――つまりガイアが南の森へ行く時間などなかったからだ。
そして死体の胸には孔が空き、心臓が抜き取られていたため、子供達は森にいた機獣兵にやられたのだと、そう判断された。元々この村周辺は、運良く機獣兵の徘徊ルートから外れてはいるが、それでも南の森には時折機獣兵が発見されている。
故に森へ迷い込んだ者が機獣兵に襲われることも稀にあったのだ。
2組の夫婦は悲しそうにそれらを語り……それ以上はもう、何も話してはくれなかった。
村内での調査を終え、ユウコは改めて、ガイアが村へ深く馴染んでいることを理解した。
しかしそれでもなお、ユウコのガイアへの猜疑心が晴れることはなかった。
「――デクナ、流石に人魂の残滓の追跡はできないよな?」
『そうですね……ただ』
デクナは一瞬間を置いたあと、続ける。『機獣の行動ログならば、ある程度は調べられます。数年前ならばこの村周辺のデータもまだ残っているでしょう』
ユウコは、「ならば急いで頼む」と、サポタに向かって言った。
シャノイは椅子に座るユウコの対面に、ドカッと座る。そしてぶっきらぼうにに言った。
「あんたに出す茶なんてないよ」
ユウコは「結構だ」と返し、リュックから干し肉を取り出すと、見せつけるように口でちぎって食べ始める。ややあって、シャノイが口を開いた。
「あんたは何なんだい? ガイアをどうする気だ?」
「それはこっちの台詞だ。亜神と知っていて庇うなど、どうかしている」
「ガイアはもううちの子なんだ。危険なんて何もありはしないよ」
「そう、言わされているのだろう? 正直に話してくれ。私が、必ずあいつを狩ってやる」
シャノイはユウコを、言葉の通じない者でも見るかのような目で見やり、大きく息を吐いた。
「あの子はね……世間様が言うようなこと――人の魂を欲しがったりしたことなんて、一度だってないんだよ」
シャノイは説き伏せるように語り始める。
「村の大人達も子供達も、みーんなあの子を受け入れてる。あの子は『大地』を司る精霊さんでね。魔術を使って、村の畑仕事やら家の修繕やら、手伝ってくれるんだ。人の輪に溶け込める、そういう亜神だってね、いるんだよ」
シャノイは最後、捲し立てるように言い切った。ユウコは少しの間黙っていたが、やがて口を開いた。
「たった少しの生活で、奴らの本性が分かったつもりか?」
「少しなんかじゃない。あの子がここにきて、もう3年になる」
「3年?」
ユウコの目が僅かに開いた。「3年もこの家で暮らしているのか?」
「そうだよ。……もう一度言う。ガイアはもううちの子だ」
気が付くと、シャノイの目には哀愁が帯びていた。
「旦那も息子も……帝国に奪われた。これ以上私から、何も奪わないでおくれ」
「だが――」
「さあ、話は終いだ。村の皆が怒る前に、さっさと村から出ていきな。勇敢な旅人さん」
そう言ってシャノイはユウコを無理やり家から閉め出し、ピシャリと戸を閉めた。
ユウコは小さく息を吐き、仕方なく村中へ向け、歩き出した。
ユウコが少しの間歩いていると、目の前から赤髪の少女――ガイアが現れた。
「アハハ。どうだった? シャノイおばちゃん。迫力あるでしょ?」
「……のこのこと1人で、良い度胸だな」
「凄んでも無駄だよ。君が誰かは知らないけど、君は今、迷っているはずだ。本当にボクを殺しても良いのか、ってね」
ユウコは無言のままガイアを見据えた。ややあって、口を開いた。
「3年前から暮らしていると聞いた。この村で」
ガイアは頷いた。それからガイアは、「ボクの話を聞かせてあげるよ」と、この村へやってきた経緯を話し始めた。
「帝国との戦いが終わって、自由になったボクは、あてもなくフラフラしていたよ。……だけどどうしたものかね。この姿で山や森を歩いていると、小汚い格好をした人間達が沢山襲ってきてさ。正直言って、人魂には事を欠かなかった」
ユウコはガイアを睨みつけた。ガイアは「おっと」と、両手を小さく上げる。
「でもこれは自衛だろう? ボクは自分から人間を襲ったことなんて無いんだよ」
ガイアは小さく笑い、話を続ける。
「とは言えボクは、元々機獣にはけっこう好戦的な性格でさあ。ある時、たまたま近くを徘徊してるっていうもんだから、あの大型砂竜機――『災害』と戦ってみたんだけど……まあこれがいけなかったね」
ガイアは舌を出す。「結果は大負け。定期的に人魂を摂取できてたし、ある程度強くなったと思ってたけど……災害はヤバかったね。何とか逃げ出すことに成功したボクは、それはもうボロボロの状態で、この村へ流れ着いたんだ。それで、そんなボクを手当してくれたのがシャノイおばちゃんだったって訳。でも手当している時、流石にボクの体が普通じゃないっておばちゃんも気付いてさ。『ああそうだボクは亜神だ』って魔力を見せてやったんだよ。……でもおばちゃんは、『そうかい』ってそれだけ言って、そのまま家に置いてくれたんだ」
ガイアは目を細くする。「その時からかなあ。ボクが人間に興味を持ったのは。……だから一緒に暮らしてる。それだけさ」
ガイアはニッと破顔した。ユウコはガイアの顔をじっと見つめ、問いかける。
「活動のエネルギーはどうしてる? 3年間も、何も無しは有り得ない」
「機体の進化に人魂は必要だけど、活動だけに限ればそれは別のエネルギー、人間の食物なんかでも賄える。……それは君もよく分かっているんじゃないかな? 旅人さん」
ユウコは無言のままガイアを見つめた。しばらくして、ガイアがポンッと手を叩く。
「それじゃあ質問はもう良いかな? 旅人さん。そんなに亜神を殺したいって言うんなら――もっと悪さをする奴らを探しにいけば?」
ガイアはそう言って、その場から去って行った。
ユウコはしばしその場に立ち尽くしていた。しかしやがて、ユウコは難しい顔をして村道を歩き出した。
『――ユウコ。あの亜神を、信用するのですか?』
宙に浮かぶサポタから、デクナの声が聞こえる。ユウコは肩を竦めた。
「無論、亜神に心を許す気など毛頭ないさ」
『そうですか』
デクナの安堵したような声が聞こえた。
「……お前だって知っているだろう。私は一度、手痛い裏切りを受けたことがある。精霊のことなど……1つも信用していないさ」
そう言ってユウコは、村中へ進んでいった。
その後ユウコは、村内で調査を始めた。
村人1人1人に、ガイアという亜神がこの村にやってきたことで、何か不審な事がなかったかと聞いて回った。大半の者達がガイアを庇うように、「何もない」と証言した。
だが……ある2組の夫婦が、気になる話をした。
1組の夫婦は、去年、自身の子供が謎の死を遂げており、更にもう1組の夫婦も、2年前、子供が奇怪な死を遂げていると、ユウコに語った。
彼らの子供は、村の南に広がる森の中で、死体で発見されたのだという。
しかし、2組の夫婦は、この事件はガイアとは無関係だとも言った。
事件のあったどちらの日も、ガイアは村中でその姿が確認されており――つまりガイアが南の森へ行く時間などなかったからだ。
そして死体の胸には孔が空き、心臓が抜き取られていたため、子供達は森にいた機獣兵にやられたのだと、そう判断された。元々この村周辺は、運良く機獣兵の徘徊ルートから外れてはいるが、それでも南の森には時折機獣兵が発見されている。
故に森へ迷い込んだ者が機獣兵に襲われることも稀にあったのだ。
2組の夫婦は悲しそうにそれらを語り……それ以上はもう、何も話してはくれなかった。
村内での調査を終え、ユウコは改めて、ガイアが村へ深く馴染んでいることを理解した。
しかしそれでもなお、ユウコのガイアへの猜疑心が晴れることはなかった。
「――デクナ、流石に人魂の残滓の追跡はできないよな?」
『そうですね……ただ』
デクナは一瞬間を置いたあと、続ける。『機獣の行動ログならば、ある程度は調べられます。数年前ならばこの村周辺のデータもまだ残っているでしょう』
ユウコは、「ならば急いで頼む」と、サポタに向かって言った。