第17話

文字数 4,140文字

 「オアシスへの侵略」

 1人で過ごすプライベートタイムをこよなく愛する僕にとって、1番の死活問題は僕のことを知る人物に遭遇しないことだ。
気心知れた親友ならば、遭遇したとしても新たに楽しいひと時を過ごせるだろうから、よしと思えるのだが。
中途半端に面識のある同級生などは、とかく厄介だと言わざるを得ない。
ましてや不良連中や、そのグループに準ずる連中と遭遇するなど論外で、あってはならないことだと恐れていた。

 参中時代、僕にはそんなプライベートタイムに足繁く通っていた駄菓子屋があった。
参中の校区内にも何軒かの駄菓子屋的な店は存在していたが、もちろん同級生や参中生に遭遇してしまうリスクを冒してまで、僕が行くはずはなかった。
平日ならばいざ知らず、基本的に野球部の練習や試合漬けの中のたまの休日を、誰にも邪魔されたくはなかった。
当時の移動手段は自転車。
もちろん電車などの交通機関を乗り継ぎ、中心地に出掛けて行くこともあった。
だが根っこは引きこもりぼっち体質の僕だから、あまりの遠出にはそれなりの覚悟と動機を要した。
ゆえに貴重な休日のテンションに任せて出掛けたくなっても、ほとんどは校区外以上電車移動未満、つまるところ自転車で行ける範囲の遠出に限られた。
2つ3つ隣接する校区を超えた地域によく出没して、僕好みの店や楽しい時間を過ごせそうな場所を開拓していくことに徹していた。
 
 そんな中で、僕は某所にある駄菓子屋I商店と出会った。
外観からいかにもな佇まいで、手動による引き戸をくぐれば、そこは昭和の香りが溢れたレトロな空気に満ちていた。
偶然自転車で裏道に入った際に発見し、初めて訪れて以来、僕はこの店にたまらなく魅入られてしまった。
5円チョコや10円から買えるお馴染みの駄菓子の数々から、コマやけん玉などの駄菓子屋玩具。
さらにミニカーなどのおもちゃも結構な品揃えで取り扱われており、僕の心をくすぐった。
中でも、幼少期より大好きなウルトラマンなどの特撮ヒーローものの玩具も、店の規模の割にはかなり豊富だった。
リアルタイムなおもちゃばかりでなく、数年前に発売されたウルトラマンや怪獣のソフトビニールの人形など、買い逃していたラインナップも当たり前のように棚に並んでいたのには、胸が高鳴ったものだ。
ただ当時の僕の所持金はたかが知れていたので、今ならば大人買いをして買い占めもしただろうに、毎回数ある商品の中から、この怪獣の人形と駄菓子数点といった買い方しかできなかった。
「次に来た時にはあれを買おう!」と心密かに誓いを立てて店を後にして、また結構な時間と距離を自転車をこいで帰ったが、それも楽しかった。

 2年生の12月に入ったばかりのある休日、僕は例に漏れずI商店に行くことにした。
いつものように通い慣れてきた道を自転車を走らせかけた時、僕は携帯ゲーム機用の電池が切れていたことを思い出し、参中の近くのコンビニに立ち寄って乾電池を買った。
後々振り返ってみれば、僕がこの時取った何てことない行動が、後悔してもし切れない事態へ突入していく発端となろうとは、知る由もなかった。
 冬景色に変わり始めた季節の移り変わりを目にしつつ、自転車を走らせた僕はI商店にたどり着いた。
すっかり肌寒さが本格的に感じられる中、僕はすぐに店内には入らず、店の外に設置してあったレトロゲームをプレーするのも乙だなと思い、ゲーム筐体の椅子に腰かけて硬貨を投入した。
シューティング系のゲームで、黙々と敵を撃ち続けていた僕だったが、3ステージ目を迎えた辺りで、初冬の寒さとは異なる悪寒を感じ思わず身震いした。
そして、気のせいだろうが背後から視線を感じるような気もしなくはなかった。
それでもプレーを続けた僕は、ゲームオーバーになるまでゲームを堪能した。
さすがに寒くなってきたし、お腹もすいてきたので、少し滑りの悪い引き戸を引き店内へと足を踏み入れた。
休日だというのに奇跡的に無人の店内、店主に迎えられ軽く挨拶をした。
毎日通い詰めているわけではなかったけれど、僕が休日の際にはかなりの頻度で通っていたからか、店主にも顔を覚えられていた。
あまり店員との会話を好まない僕であったが、この店の雰囲気がそうさせるのか、しばらく店主と話してみた。
店主にしてみても、いつもウルトラマンの人形を買っていくあんちゃんと認知していたのだろう、「新しい怪獣の人形入ってるよ!」と言われ、案内に従って僕は棚に並べられた人形を見ていた。
「やっぱり最近の物は、クオリティーが上がってきましたね。」などと、やり取りしているその時だった。
 落ち着いた空気に満ちていた店の引き戸が開け放たれ、誰か客が来たんだなと振り返った瞬間、僕は尻餅をついてしまった。
店内に現れた人物、それがM谷だったのだから。
参中の校区から遠く離れたこの店に、本来いるはずのない、否いてはならない人物がやって来た。
「(何故だ、何故なんだ!!)」と、激しく僕は動揺した。
驚いている僕の姿を確認したM谷は、口の両端を吊り上げるように笑った。
「(キモイキモイキモイキモイ!!)」
そのままズカズカと店内に侵入してきたM谷は、僕の近くまでやって来ると、囁くようにぽしょぽしょと、「コンビニで見かけて付いてきた・・・。」と、のたまった。
彼女が家に突然やって来て、「来ちゃった♡」みたいなノリで言うなよ!!
可愛くないんだよ!おぞましいんだよ、気持ち悪いんだよ!!
そう、I商店に来る前に偶発的に立ち寄ったコンビニで、M谷に見付かっていたのだ。
休日に一緒に遊ぶ友達などいるはずもないであろうM谷。
そんなM谷の前に僕が現れてしまったとなれば、そのまま1時間ちょっとの道のりを、お互いに自転車をこぎながらストーキングすることなど、M谷にとってはさも必然で造作もないことだった。
「(油断していた!!校区を離れたことで、知り合いに会うかもしれないという、いつもの警戒心が緩んでいたのか!!)」
一瞬にして絶望のどん底に叩き落されてしまった僕の顔面を、脂汗が次々と滴っていった。
己の注意力の至らなさを大いに悔いていた僕の横で、M谷はウキウキだった。
「何・・・・買おうかな・・・・ぶふふふふふっふ!!」とか、
「良い・・・お店ですね・・・・うんうんうんうん!!」などと、店主と話しているのか独り言なのか、とにかく何か囁いていた。
「(やばい!初めて来たのに、すでにお気に召してらっしゃるうーー!!)」
「これ・・・ください・・・!」
と、購買意欲満々だったM谷が買ったものは、5円チョコ1個だけだった。
「(しかもケチい!しけていらっしゃるうーー!!)」
もう訳がわからなくなり、楽しさとかすべてのポジティブな感情が削ぎ落されてしまった僕には、I商店を楽しむ気力など残されてはいなかった。
「すみません、用事思い出したんで、今日は帰ります・・・。」とだけ力なく言い残した僕は、一刻も早く家に帰りたくて仕方がなかった。
店を出た僕は一目散に自転車のロックを外し、またがった。
背後では、「必ず・・・また来ます・・しゅしゅしゅすう・・・!」と追跡してくる気配をM谷が見せ始めたので、僕は全速力の立ちこぎで走り去っていった。
野球部内でも体力と持久力に定評のあった僕に、M谷が追い付いてくることはなかったけれど、振り返った時に浮かべていたM谷の微笑が、ひどく気になった。

 それからというもの、休日にI商店に出掛ける度に僕は妙にドキドキしていて、緊張と極度の警戒を強いられることとなった。
ある日は僕が到着した時、すでにM谷が店内にいたり。
もちろん入店することなく引き返し、家に帰ってからアクションゲームをプレーして怒りをぶつけた。
また別の日は、I商店目前の曲がり角を曲がりかけた時に、店から帰るところのM谷を見かけ、必死に物陰に隠れてニアミスをやり過ごした。
今日は店内にもいないし尾行されている気配もないと思って店に入れば、店主に話しかけられた。
「君の友達のM谷君、最近毎日のように来てくれて、5円チョコ2つ買っていってくれるよ。」と、ごく短期間で名前を憶えられているどころか、完全にM谷の憩いの場と化していた。
相変わらずM谷の懐はしけていたが。
「いや、別に友達ではないんですけどね・・・。」と、何か大切なものが奪われてしまったような、ショックを受けたあの日のことは鮮明に覚えている。
 野球部で休日が稀にしかない僕と、帰宅部のM谷とでは、通える頻度が圧倒的に違った。
そのどうしようもない泣き所を突かれて、M谷によるI商店のある種の侵略が完遂していた。
別にM谷に気を遣って、僕がI商店を利用しない義理もなかった。
ただ、いつ遭遇するかもわからないM谷の存在を、常に気にしながら通うこともためらわれたし、とても癪に障った。
本当、どうしてM谷っていつも物事を台無しにするの!!
「I商店に行きたいけれどM谷が・・・。」
休日を迎える度、僕の脳内はこの言葉によっての自問自答の繰り返しだった。
だって学校では背後に常にM谷の存在があり、本来解放されるべき休日にまでM谷にかかわるなんて、心の底からごめん被りたかったし、世が世ならとっくに刀で首を切り捨てていただろう。
結局3年生になった辺りから、M谷に侵略されてしまったI商店から、僕の足は次第に遠のいていった。
参中時代の僕にとって、結構大きな心のオアシスだったI商店への訪問は、M谷という侵略者によって急速に失われていったのだった。

 数年前、三十路になる手前に久しぶりに訪れたI商店は、店主の高齢化のため程なく閉店となったそうだ。
最後に買ったテレスドンの人形を手に、今も時々I商店を思い出す。
けれどそんなノスタルジーの中にでも、M谷が割り込んでくるのだった。
「M谷、お前は出て来るな!!記憶から抹消させてくれよ!!」
いつの日か、僕の記憶も徐々に忘れられていくのだろう。
M谷より先にI商店のことを、多分忘れてしまうだろうが。







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登場人物紹介

僕(本田)・・・1997年4月から2000年3月まで参中に通い、ありとあらゆるトラウマを背負う。野球部所属。

Y下・・・同級生男子、野球部を通して出会った終生の親友。

O田・・・同級生男子。天然な性格で癒し系、僕の終生の親友3人衆の1人。

S木・・・同級生男子。プロ野球の知識が豊富な僕のプロ野球仲間で、終生の親友3人衆の1人。

T中先生・・・野球部の顧問であり社会科の教師。鬼の厳しさを持っており、僕は戦々恐々の思いを抱く。

M谷・・・入学式で倒れたところを僕が助けたがために、付きまとわれる羽目に。僕の参中での3年間の命運を、ある意味大きく握って狂わせた元凶たる同級性男子。

S倉・・・同級生男子で不良グループの中心的人物。何かと理不尽な暴力が絶えない人物。

O倉・・・S倉と共に不良グループの中核を担っていた同級生男子。一方的な肉体言語を持って、学内を闊歩している。

OS・・・同級生女子。僕が恋焦がれていた女子だった。

K田先生・・・ハゲ頭の音楽教師。個性的な強烈なキャラを持ったオッサン。

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