第14話

文字数 2,847文字

 「参中、水族館へ」

 2年生の初秋の頃だっただろうか、僕たちの学年は校外学習で水族館へ行くこととなった。

 学校までの道中、一緒に登校していたS木が、コンビニに立ち寄りたいと言った。
僕は特に買いたい物はなかったので、何となく店内を見ていた。
S木はというと、一直線にレジへと向かい、「すみません!スポーツ〇〇1部!!」と、店内にそれはよく響き渡る良い声で、スポーツ新聞を買っていたのだった。
 学校に着き、何台かのバスに分乗して目的地へと向かった。
僕の隣の席で、中年サラリーマンの風格を醸し出しながら、渋い顔でスポーツ新聞を広げてS木は熟読していた。
うん、今はそっとしておいてあげよう。
よっぽど昨日のプロ野球の結果が気になってたんだね。
しばらくの間バスに揺られ、ようやく新聞を読み終えたS木と、榎本喜八を議題の中心に野球談議に花を咲かせながら、到着まで僕は過ごしていた。

 目的地の水族館に到着した。
いくつかの諸注意を受けた後、各々好きな連中でグループを組み、自由行動となった。
僕は、Y下やS木たちと行動を共にすることにした。
珍しくO田は、別行動らしかった。
なお言うまでもなくではあるが、この日も僕の後ろ15センチの距離には、ぴったりと無許可でM谷が付いて来ていた。
 歩き出した僕たちの元へ、同じ野球部のO野が走り寄ってきた。
「本田君、この前教えてもらったアニメの主題歌、覚えてきたよ!!」
得意げな笑顔で宣言したO野は、一般客も大勢いる館内で、いきなり大声で某アニメ作品の主題歌を歌い始めたのだった。
するとそのO野の歌声に呼応するかのように、M谷も歌い出したのだった。
えっ、何で!?
2人揃って絶妙に上手くない歌声が、奇跡的なハーモニーを生んでいた、悪い意味で。
そんなゲリラライブテロが繰り広げられていた中、僕に対して何とも形容し難い冷たい視線が注がれていることに気付いた。
僕たちの少し前にいた女子のグループの中から発せられているらしいその視線は、何と当時の僕が心密かに恋焦がれていた女子、OSからのものだった。
「(いや、ち・違うんですよ!!僕は関係ないんですよ!!誤解しないで!!)」と、僕の心は悲痛な声を上げていたが、さらに乗ってきた僕の右隣にスタンバったO野と、真後ろに張り付き続けたM谷は、1コーラス目をとっくに歌い上げて、2コーラス目どころか、フルコーラス歌い上げていったのだった。
「(やめてくれ・・・やめてくれよ!!絶対OSに誤解されてるよ!!頼む、助けてくれーー!!)」
 完全に巻き込まれただけの僕に対して、OSは冷たく何でも簡単に凍らせてしまうような蔑んだ目線を送った後、すたすたと行ってしまった。
「(またかよ!またこのパターンかよ!!M谷による 風評被害 いつ終わる、字余り)」と、心の中で読み上げてしまった僕の精神力は、最悪のグルーヴ感で魔のデュエットを奏でられたことで、すでに消滅寸前にまで追い込まれてしまっていたのだった。

 すっかり脱力してしまった僕は瀕死の状態で館内を歩き、投げやりに魚を見ていた。
その後ろ15センチの距離には、ぴったりとM谷。
「(いやいやいや、魚に興味を示しなさいよ!あわよくば、一緒に水槽の中を泳いでサメ辺りに食われなさいよ!!)」
歌い切ったことで満足して、さっさと別のグループのところに去って行ったO野とは対照的なM谷に、声を大にして言ってやりたかった。
僕はせめてもの抵抗として、M谷のことを空気以下の存在としてやり過ごし続け、精一杯Y下やS木たちとのコミュニケーションに徹した。

 館内を1周し少しだけ立ち直ってきた僕は、昼食を取ることにした。
広場の適当な場所に腰を下ろし、持参した弁当をY下たちと食べた。
するとそんな僕たちのところに、これまた野球部のK川がやって来た。
このK川は、僕がOSに好意を抱いていると知っている人物だった。
K川は僕に、OSと一緒に写った写真を撮ってあげるよと、提案してきた。
厳密に言えば、一緒に並んで撮る2ショット写真ではなく、少し離れた位置に配置された2人を、強引に1つのフレームに入れて撮ってしまおうというものだった。
言うなれば、OSには真意を知られることなく撮る写真。
もちろん僕と同じフレームに入った写真である同意も取らず、そのような写真を撮ることはマナー違反であり倫理に反するとも理解していたし、僕の良心も激しく葛藤したのだが、初々しくも思春期真っ只中の僕にとっては、とても魅力的な悪魔の提案だったことも悲しくも事実であった。
結局、僕は誘惑に負けた。
 K川とOSには多少面識があるらしかった。
浜辺で女友達とおしゃべりしていたところへ偶然を装い、さも自然な流れで会話をし始めたK川は、OSに写真を撮ってあげるよと切り出した。
単なるOSを中心とした女友達数名での記念撮影ということで、何ら疑うこともなく喜んで応じていた。
その女子数名の写真の背景に、僕が通行人のふりをして、一緒に写り込んでしまう作戦だった。
 作戦が決行され、K川が僕への合図に右手を挙げた。
僕はそれを確認して、フレーム内に写り込めるよう移動した。
K川が2度3度とシャッターを切り、その度僕は懸命に背景の一部として同化して、写真に写り込んだ。
作戦は無事に完了し、K川に渡していた撮影済みの僕の使い捨てカメラを受け取り、「ありがとう!!」と深々と頭を下げながら、力強く何度も握手を交わした。
 散々でまたずいぶんと心をすり減らした今回の校外学習だったけれど、最後に最高の宝物をゲットできたと、僕は誰にも言えない幸福感に包まれ、バスに揺られ帰路についていった。
早速家に帰るなり、全速力で写真屋に写真の現像を頼みに行った。
そして翌日、出来上がった写真をしかと受け取り、ゆっくり写真を堪能しようと家路をたどった。

 自分の部屋で、震える手つきで写真を取り出した。
順番に写真をめくっていき、ようやくお目当ての写真のところに来た。
が、写真を目にした瞬間、僕は愕然とした。
変則的で反則的ではあったものの、僕とOSが写っているはずの写真。
その僕の背後には3枚共すべてに、M谷もしっかり写り込んでいるではないか!!
何ならOSよりもM谷にピントが合っていて、くっきりととても見過ごせないほどに写り込んでいるではないか!!
しかもM谷、カメラ目線だし・・・・。
 僕はまるでこの世が終わってしまったかのように悲しくなってきて、同じくらい殺意に近い怒りも込み上げてきて、思わずあれだけ楽しみにしていた写真を乱暴に掴むと、ビリビリにすべてを破ってしまっていた。
そして窓を開け放ち、破いた写真を2階からまき散らしながら、叫んだ。
「台無しじゃねえかよ、M谷ーーーー!!!」
夕陽が差し込む暮れなずむ空、僕は心で呟いた。
「(神様、1回M谷を殺ってもいいですか?)」
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登場人物紹介

僕(本田)・・・1997年4月から2000年3月まで参中に通い、ありとあらゆるトラウマを背負う。野球部所属。

Y下・・・同級生男子、野球部を通して出会った終生の親友。

O田・・・同級生男子。天然な性格で癒し系、僕の終生の親友3人衆の1人。

S木・・・同級生男子。プロ野球の知識が豊富な僕のプロ野球仲間で、終生の親友3人衆の1人。

T中先生・・・野球部の顧問であり社会科の教師。鬼の厳しさを持っており、僕は戦々恐々の思いを抱く。

M谷・・・入学式で倒れたところを僕が助けたがために、付きまとわれる羽目に。僕の参中での3年間の命運を、ある意味大きく握って狂わせた元凶たる同級性男子。

S倉・・・同級生男子で不良グループの中心的人物。何かと理不尽な暴力が絶えない人物。

O倉・・・S倉と共に不良グループの中核を担っていた同級生男子。一方的な肉体言語を持って、学内を闊歩している。

OS・・・同級生女子。僕が恋焦がれていた女子だった。

K田先生・・・ハゲ頭の音楽教師。個性的な強烈なキャラを持ったオッサン。

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