第3話

文字数 2,483文字

 「M谷はK田先生がお好き」

 今日も今日とて、僕の15センチ後ろには、ぴったりとM谷がいた。
振り返れば、ストーキング・トラブルM谷がいた。

1年生からの3年間、僕が所属したクラスの音楽の授業は、音楽教師の1人K田先生が担当だった。
このK田先生、なかなかにパンチの効いたルックスをしていらした。
頭は整備されいているのか整備されていないのか、どちらとも判断のつかないハゲ散らかりようで、ボディバランスがおかし過ぎないかと問いたくなるような、超短足。
イタチをペットにされており、結構な量の唾液をお飛ばしになりながら、よく吠えていた。
「ひっじょーに、腹が立つ!!」と。
アクセントは「ひっ」に付けていただきたい。

 いつの日の授業だったか、突然前後の脈絡などとは何の関係もなく、何か恨みでもあるのかと思うくらい、「浪花のモーツァルト」と呼ばれている某音楽家のことを、痛烈にこれでもかと糾弾し批判し続けていたことがあった。

 超が付くほど個性的なK田先生ではあったが、マイナスにマイナスをかけるとプラスになるのか、これまた超個性的で、同学年の生徒たちから「過激派」認定されていたM谷だけは、妙にK田先生のことを気に入っていた。
何なら心酔していたまであったかもしれない。
 僕の15センチ後ろで、「何だかK田先生の発想は鹿児島県人っぽい」と目を輝かせたかと思うと、K田先生のことを「鹿児島」と呼ぶようになった。
えっ、どこら辺が?一体何をもって鹿児島県人出て来たの?
M谷のネーミングセンス力を疑ったのはさておきとして、偏見にも程があるだろう。
 
 ある時は、中庭の茂みの中に長方形の木材が落ちていて、「これは鹿児島のアジトの入り口に違いない!」と、目をキラキラさせていたM谷。
たまたまその近辺でK田先生を目撃しようものなら、
「ほら、やっぱり♡」と、頬を赤らめながら聞いてもいない僕に熱っぽく語りかけてきたりして、乙女か!!
ていうかやめてくんない、鬱陶しいし、近い近い近いから!!
その後も、「黒板消しのこと、ラーフルって言わないかな♡」、あー、鹿児島ではそう言うらしいですね。
「アジトで密かに怪人の改造手術していないかな♡」、まだK田先生アジト説引きずってるのかよ。
それらを僕の後ろ15センチの距離で語っていたM谷の瞳は、変質者のような興奮した荒い息をしながら恋する乙女かのごとく、キラッキラッしていた。
ゲームセンターで撮影したプリントシールに、キラキラ補正かけている女子高生のそれよりも、瞳がキラッキラッしていたまであった。
当然、僕は鳥肌を立て悪寒に見舞われ続けていた。

 音楽の授業中、所々個性的な一面が垣間見えるものの、一応普通の内容を説明したり教えているK田先生の一言一句に、時に腹を抱えて、時に噛み締めるように、僕の後ろで笑っていたM谷。
どこが面白いのか、僕には全然わからねえよと、突っ込んだら負けだと悟った当時の僕は、無念無想を誓いながら、そんな恋するM谷に耐えていた。

 授業中によくあった光景についても、触れておこう。
 授業中女子生徒なんかが手紙を回してやり取りしているのは、割と日常的な光景として今日でも存在していると思う。
その手紙の輸送ルート中に、M谷を挟んで経由する場合は、だいたいドメスティックバイオレンス。
 例えば縦に女子・M谷・女子の並びの席順だった場合、後ろの女子からM谷に手紙が回されてきた。
当然M谷の前の席の女子に渡してということなのだが、普通だったら小声で話しかけて渡すとかするところを、M谷の場合は100パーセントその女子の背中をグーパン。
しかも中指を少し立てた状態で繰り出されるM谷のグーパンなもんだから、破壊力が段違い。
手紙来ました、ハイ、グーパン!!
手紙来ました、ハイ、グーパン!!
本当にちょっとシャレにならない、リアルな鈍い音がしていたからね。
そんなテロまがいの攻撃を受けた女子は、マジに涙目で「キッ!!」という効果音が出るくらいに、M谷のことを睨んでいた。
ある女子などは、M谷のグーパンの洗礼に、授業中だということも忘れて、「痛いな!何すんのよ、キーー!!」と、絶叫していた。
M谷よ、本当にハンパないって、常識ないって。
グーパンをお見舞いしたM谷はというと、何故かちょっと満足気で、得も言われぬ笑顔を浮かべていたな、必ず。
きっとM谷にとっては、女子とのコミュニケーション大・成・功!!って感じで、でっかい木製の看板を掲げているような気分だったのだろう。

 そんなM谷ではあったが、美術などの芸術性が問われる分野においては、独自の感性が火を噴いていた。
 油絵で、鏡に映した自分の顔、つまり自画像を描くという授業があった。
みんな真剣に、鏡に映った自分の顔を注意深く観察し、思い思いに下書きをして色を塗り、少しずつ形にしていっていた。
満を持して下書きを完成させたM谷が、いよいよ油絵の具で着色していく頃合いを迎えた。
水彩絵の具だと肌色なんて色もあるが、人間の肌のリアルな色そのものかと問われると、往々にしてそうでもなく、したがって茶系や黄土色などの絵の具を混ぜ合わせていき、自分の肌の色に近い色へと、各々が試行錯誤していった。
そして恐る恐るといった具合に、下書きが描き終わったキャンパスに、着色を試みていく面々。
 沈黙が支配した美術室。
しかしその沈黙を破る者がいた。
言うまでもない、そう、M谷だ。
M谷は、書道なんかで大きな筆にバケツ一杯の墨を付けて豪快に文字を書き殴っていくかごとく、バシャっと、絵の具をナイフですくった。
ただその色が緑なのだ、まごうことなき完璧なる真緑。
続けて躊躇うことなどなく、自身の下絵に緑でドバドバと着色していった。
「芸術は爆発」どころか、完全にカオスであった。
えっ、悪魔的な何かを描いてらっしゃるのと、その光景を目の当たりにした、僕を含めた周囲の生徒たちの顔色が、真っ青を通り越して緑になっていったのであった。
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登場人物紹介

僕(本田)・・・1997年4月から2000年3月まで参中に通い、ありとあらゆるトラウマを背負う。野球部所属。

Y下・・・同級生男子、野球部を通して出会った終生の親友。

O田・・・同級生男子。天然な性格で癒し系、僕の終生の親友3人衆の1人。

S木・・・同級生男子。プロ野球の知識が豊富な僕のプロ野球仲間で、終生の親友3人衆の1人。

T中先生・・・野球部の顧問であり社会科の教師。鬼の厳しさを持っており、僕は戦々恐々の思いを抱く。

M谷・・・入学式で倒れたところを僕が助けたがために、付きまとわれる羽目に。僕の参中での3年間の命運を、ある意味大きく握って狂わせた元凶たる同級性男子。

S倉・・・同級生男子で不良グループの中心的人物。何かと理不尽な暴力が絶えない人物。

O倉・・・S倉と共に不良グループの中核を担っていた同級生男子。一方的な肉体言語を持って、学内を闊歩している。

OS・・・同級生女子。僕が恋焦がれていた女子だった。

K田先生・・・ハゲ頭の音楽教師。個性的な強烈なキャラを持ったオッサン。

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