第30話

文字数 3,797文字

 「参中フォーエバー」
 ~2020年1月3日~

 新年のおめでたい空気が満ちる三が日、実家から自転車を走らせて近所の散歩へと何となく出掛けていた。
行く当てが特にあったわけではなかったが、いい加減まったりしすぎた正月気分にも飽きてきた頃合いだった僕は、これまた何となく懐かしの通学路をたどりながら自転車をこいでいた。

 自宅を出発して間もなく、公園を抜けた先にM小の校舎が目に飛び込んできた。
ここまで来るだけなら、徒歩でも5分はかからないほど近くに僕は住んでいるのだけれど、単なるサイクリングの中継地点にすぎないので仕方がない。
 M小・・・・・、7歳から12歳までの6年間を僕が過ごした場所。
小学5~6年生時に在籍していたソフトボールチームの練習場所でもあったグラウンドの、規模の小ささに今更ながら少し驚いた。
当時はホームベースからライト後方に位置していた校舎のガラス窓や、その先にある公園へのホームランを狙って、躍起になって強振していたことを思い出した。
結局公園への場外ホームランどころか、校舎の窓ガラスに直撃するホームランさえ打ち込むことはできなかった。
そんな悔恨があったから、さぞかし広く感じていたグラウンドが、大人になった今客観的に見た時、大したスケール感を感じずむしろ狭くこじんまりとした印象を受けたことは、僕にとって少なからずカルチャーショックだった。
 ただ僕がもっと驚いた点は施設の規模の小ささなどではなく、当時とは一新されたM小の全貌だった。
参中に通っていた頃よりもさらに前だから、約25年のタイムラグがあるとはいえ、どこもかしこも変わりすぎであった。
まぁ在学中の当時、校舎や各種施設がぼろいという感想を持っていたくらい、すでにあちこちが老朽化していた感は否めなかったから、当たり前の処置と言えばそれまでなのだが。
 プールに体育館、ジャングルジムなどの遊具類、ニワトリやうさぎが買われていた飼育小屋に給食室、どれもこれも取り壊されて新設されていた。
また敷地内の施設の配置も当時とは微妙に変わっていて、全体的に無駄なスペースが整理されて機能的に生まれ変わったような印象を受けた。
無理もない、僕が在学していた頃から四半世紀近くの年月が経過しているのだ。
その間には、世間は移り変わり価値観や重要視される物たちの基準だって大きく変わってしまったのは必然だろうし。
 おまけに正門には警備員の詰所のような施設までできており、子供たちの身の安全性が叫ばれている昨今、学校を訪問する人間や不審者に対するセキュリティーも万全と見えた。
自転車を正門近くの校内の全容が見える位置に停車させて校内の様子を眺めていた僕だったが、すっかり面影なく変わり果てたM小の姿にどこかしらけた気持ちになってしまい、詰所から正月にもかかわらず警備員がこちらを窺ってくる視線にも居心地が悪くなったために、わずか数分間立ち寄っただけで急いで自転車をこいでは、立ち去って行ったのだった。

 「青春時代の思い出はきれいなままに取っておいた方が良い」
とは誰かに言われた言葉だっただろうか、なまじ変わり果てた現実を直視してしまっては止めておくべきだと思い知らされた僕は、気分転換に出かけたはずのサイクリングの出鼻をくじかれた気持ちだった。
しかし、M小に立ち寄ったのだから、ついでに若き日の延長線上に存在する参中にも、立ち寄ってみたくなる気持ちにも駆られてきていた。
 
 他に行くべきところもなかったことを言い訳にして、僕は参中への通学路を記憶を頼りに、できる限り忠実になぞりながら自転車を走らせていった。
道中は住宅街の中を進んでいくものだったから、目に移り込んでくる風景は大きくは変わっていなかった。
これが町の中心部の辺りならば、劇的なる進化と変貌を遂げていただろう。
が地域に根付いた住宅街とくれば少々の時間が経過していたとしても、変化する割合は格段に落ちる。
実際平屋の古い民家が建て替えられていたり、所々にマンションが新たに建設されていたくらいで、かつての記憶との違和感を感じるまでには至らなかった。
とはいえ、とある会社の社宅が連なっていた一帯がすべて取り壊されて、広大なる草むらになっていたのにはさすがに驚きもしたが・・・・・。
 それらを抜けて、N文房具店が見えてきた。
参中指定の体操着などを取り扱う、参中生御用達の店はまるで変わってはいなかった。
そしてN文具店が健在だということは、斜め向かいに立地する参中が目と鼻の先の距離にまで近付いて来ていることを意味していた。
先ほど目にしたばかりのM小の変貌ぶりが少なからず尾を引いていた僕は、ペダルをこぐ脚の筋肉に緊張が走っているのを感じていた。

 学校の正面、つまるところ正門から参中をじっくりと目にするのは、おそらく卒業以来初めてのことではないだろうか?
自転車を正門付近に停めて、自分の足でアスファルトの大地を踏みしめてたどり着いたその先、・・・・そこには当時とまったく変わることのない参中の姿が広がっていた。
 固い門扉によって施錠されているため敷地内に足を踏み入れることこそかなわなかったが、僕の目に飛び込んでくる何もかもも、鼻腔をくすぐる匂いも空気感も、すべてが20年前のあの頃のままだった。
逆に変わってなさすぎだろうと、時の流れが止まってしまっているのかと錯覚してしまうくらい、僕が知る僕が通っていた参中がそこにあった。
 正門から校舎へと通じる入り口では、野球部での部活終わりにT中先生による締めのあいさつが毎日繰り広げられていた。
グラウンドと校舎の間にひっそりとある水飲み場では、校舎の上階からO倉によって水がまかれて、僕は頭から見事にかぶってしまい昼休みにびしょ濡れになったこともあった。
道路沿いにフェンスで仕切られた一帯にはプールがあり、水泳の授業中水着姿の思い人に対して、邪な視線を浴びせてもいた。
正門の辺りをぶらぶら歩きながら、施設の老朽化が時代を刻んでいるのを目にしては、僕も年を取ったものだと一丁前に物思いにふけっていた。

 続けて自転車にまたがり正門からは真裏の位置に当たる、線路沿いの細い道まで移動していった。
ここからは、より鮮明に敷地内の様子が見渡せるからだ。
そして何より、3年間僕が汗水たらして白球を追いかけていた、グラウンドがよく見えた。
 小さなプレハブ小屋のような運動部の控えめな道具置き場の前に、錆びた金網のバックネットがあり、その対面18.44メートル先にはマウンドが存在していて。
三が日中ということで、野球部を筆頭にどの部活も練習はしておらず、グラウンドの中には1人の人影もなかった。
だけど線路に面した緑色のフェンスから見つめている僕の視界には、真っ白な練習着を泥だらけにして躍動する、あの頃の僕たち参中野球部のナインの姿がフラッシュバックしてきていた。
 過去の記憶の脳内上映開始に合わせて、僕の主戦場だったレフトの守備位置に目を移した。
女子ソフトボール部も合わせて使用していた僕のポジションは、やはりあの時と同じように野球部が管理していた内野に比べてグラウンド整備の若干の不備が見受けられて、ぼこぼことイレギュラーしそうな荒れ方だった。
シートノックの際、何度もミスをしてはT中先生にグラウンド中に響き渡る大声で激しく叱責されていた光景が、いくばくにも嫌でも見えてしまい、思わず苦笑いしるしかなかった。
 青春の思い出とは、気持ちを黄昏させていけない。
一目見ただけですぐに後にしようと思っていた僕だったが、何かに後ろ髪を引かれてしまい、フェンスにもたれながら煙草に火をつけて紫煙をくゆらせながら、なおも参中の姿を目に焼き付けていった。

 小人というには生意気にも複雑な心模様で、大人というにはまだまだ幼かった、思春期と呼ばれる年代の少年・少女が織り成していたコミュニティー。
根も葉もないうわさに踊らされた偏見や誤解に満ち満ちた不平等極まりない民主主義、そこには正義も正論も存在せず通用もしない、ただ理不尽ばかりがまかり通る狭くも影響力の強かった世界が構築されていて。
 小学生を終えたばかりの僕がいきなりそんな世界に放り込まれて、実際に数々の出来事やトラブルを体験して、その結果ずいぶんとトラウマを抱えてしまった。
思春期の頃に抱えてしまったトラウマは、未だにその存在と脅威が消えることもなく、人生のあらゆる局面で望みもしないのに存在を主張してきてたまらない。
良い思い出ばかりとはとてもじゃないがお世辞にも言えない、きれいな美しい思い出や記憶なんてほんのわずかしかない。
かといってすべてが忌むべき悪しき思い出や記憶かと問われれば、そうとも言い切れない何とも憎いあんちきしょうである。
 何だかんだ言いながらも、よくもあの時代を乗り切れたものだとしみじみ思う。
それでも、確かに間違いなく、僕は3年間をこの参中で過ごしたのだ。

 タバコを吸い終えた僕は、最後に大きく1つ煙を吐きながら、現在進行形でこの参中でトラウマを抱えつつ青春時代を過ごしている生徒たちに思いを馳せてみて、エールを送りながら自転車をこぎだして家路についていった。 
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登場人物紹介

僕(本田)・・・1997年4月から2000年3月まで参中に通い、ありとあらゆるトラウマを背負う。野球部所属。

Y下・・・同級生男子、野球部を通して出会った終生の親友。

O田・・・同級生男子。天然な性格で癒し系、僕の終生の親友3人衆の1人。

S木・・・同級生男子。プロ野球の知識が豊富な僕のプロ野球仲間で、終生の親友3人衆の1人。

T中先生・・・野球部の顧問であり社会科の教師。鬼の厳しさを持っており、僕は戦々恐々の思いを抱く。

M谷・・・入学式で倒れたところを僕が助けたがために、付きまとわれる羽目に。僕の参中での3年間の命運を、ある意味大きく握って狂わせた元凶たる同級性男子。

S倉・・・同級生男子で不良グループの中心的人物。何かと理不尽な暴力が絶えない人物。

O倉・・・S倉と共に不良グループの中核を担っていた同級生男子。一方的な肉体言語を持って、学内を闊歩している。

OS・・・同級生女子。僕が恋焦がれていた女子だった。

K田先生・・・ハゲ頭の音楽教師。個性的な強烈なキャラを持ったオッサン。

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