第6話

文字数 2,537文字

 「前日譚 イエローブーイング」

 女子絡みのエピソードを書いたついでに、さらに時をさかのぼり、M小時代のことにも触れてみたいと思う。

 小学校6年生の時だったか、掃除の時間のこと。
 僕を含めた男女数名のグループは、体育用具室、通称体育倉庫の掃除を担当していた時期があった。
僕個人としては、掃除をするという行為自体は特に好きでも得意なわけでもなく、どちらかというとちゃっちゃっと終わらせて、後はのんびりしようよというスタンスだ。
なので、その当時も僕はY田、Y澤といった男子連中の尻を叩いて、迅速に作業を終わらせられるよう、日々掃除に当たっていた。
 ところが同じグループの女子の中に1人、いつも文句タラタラ、何かと聞くに堪えない理屈をこねまわしては、一向に掃除をしないHK子がいた。
昨日もタラタラ、今日もタラタラ、相反して僕たちは汗をダラダラとかいて動いているというのに。
何日も変わることなく、改善する気配も見えなかった。
それでも自分たちさえちゃんと掃除を終わらせればいいのだと、HK子を中心に感染拡大していく掃除サボリ病に侵された、女子たちのやかましくも禍々しい雑音をやり過ごしながら、10日ばかり過ぎた頃、さすがに僕の我慢も限界を突破してしまい、あれはそう夏の暑い日だった。
「黙ってちゃんと掃除しなさいって言ってるでしょうがーー!!」と、熱血スポ根漫画の主人公のように、僕は瞳に炎を宿しながらHK子に言い放ってしまった。
 すると顔から表情が消えたHK子はすっくと立ち上がり、猛ダッシュで駆けて行ってしまった。
どうやら掃除を放棄して、僕たちのクラスの教室に帰っていったようであった。
すっかり悪くなってしまった空気の中でも、何とかその日の掃除を終わらせて教室に帰ろうと、体育用具室を後にした。

 僕のクラス6年3組の教室は、体育用具室から一番離れた位置の校舎の最上階にあった。
トボトボと教室に向かい、グラウンドを歩いていく僕。
おや、上空から何か聞こえるような、数歩進む僕。
うん?やっぱり上空で何か叫んでいるような声がするなと、僕は視線を上げた。
 すると、6年3組の教室の窓一面に、ずらっと女子が横一列に勢揃いして並んでおり、僕に向かって声を荒げているではないか。
「本田ーー!!HK子ちゃんに何てこと言うのよ!!」
「えらそうに説教しているんじゃないわよ、キーー!!」
「王様か!王様気取りか!!」
「ほら、僕は裸の王様ですって言ってみろよ!!」
広大なグラウンドの中に佇むただ1人のみを標的とした、罵声の一斉放火。
ていうか、裸じゃねえよ!!
クラスの女子全員による放火の勢いは衰えることなく、十数分続いた後、職員室から教師総動員で出動する、大事件へと発展していったのだった。
 そして担任のY口先生を中心に一応事態は沈静化したのだが、正論しか言っていないはずの僕が、何故かHK子を中心としたクラスの女子全員に頭を下げ、謝罪させられたのは今もって解せない結末だ。

 体育用具室の一件からしばらく経った、体育の授業中でのこと。
運動会を目前にして、どうやらこの日は選抜リレーのクラス代表を決めるらしかった。
 先に女子の方から選抜は行われた。
選抜といっても、クラスの男子、女子をそれぞれ全員横一列に並べ一斉にスタートさせ、単純に最も早くゴールした上位2名ずつが、男女それぞれのクラス代表となるものだった。

 男子の順番がやって来た。
僕は運動会に特に思い入れはなかったので、一応本気を出して走りはするけれど、勝敗を特に意識してはいなかった。
しかしこの頃の僕はいわゆる成長期で、急激に身長は伸びクラスでは一番背が高かったし、また運動における身体能力という点においても、急速に進化していた時代でもあったので、勝ちを望みはしないが自信もそれなりにあったことは、否めなかった。
 さて、そんなわけで位置について、よーいスタート。
僕はただ無心に、50メートル先のゴールに向かって全速力・・・、勝ってしまった。
しかも、それまでクラス内で最速と謳われていたK保を抜き去って、まさかの1着でのゴールであった。
 その瞬間広がる沈黙、共に走った男子生徒たちからも、戦況を見ていた女子生徒たちからも、担任教師Y口先生さえからも。
クラス内の誰もが予想だにしていなかった結末、それは僕自身でさえもさすがに予想できない決着だった。
しばしの沈黙が支配した重たい空気、そしてその時は来た。
「フライングよー!!」「フライングだわーー!!」「本田のくそ野郎がフライングしやがりましたわーー!!」
1人、2人と女子が叫び出したのを魔女狩りの号砲として、クラスの女子すべてを巻き込んで拡散していくのは、一瞬であった。
「フライング!!」「フライング!!」「フライング!!」
グラウンドに木霊する黄色過ぎる、僕に対するフライングコール。
その異様な光景に、Y口先生も動けなかった。
あーー、そうなっちゃうのか・・・・・。
そうかそうか、僕が勝つとそうなっちゃうのか・・・・・。
「フライングしてまで勝ちたくねえよ」とただ一言、ボソリと呟いた僕の肩は震えていた。
まだ授業中だというのに、僕は1人寂しく教室へ帰っていくしかなかった。
「フライング!!」「フライング!!」「フライング、マイウエイ!!」

 だが一部の男子生徒の中には、「隣で見ていましたが、彼はフライングなんてしていませんでしたよ。」(6年3組S木君の証言)
「むしろスタートダッシュで、少し出遅れたようにも見えましたよ。」(6年3組S澤君の証言)

 結局物議を醸した僕のフライング疑惑は決して晴れることはなかった。
それでも運動会当日には、選抜リレーのクラス代表として出場した僕だったが、主にクラスの女子たちからの声援よりは圧倒的なブーイングの前に本来の力を発揮することはできず、たいした戦果も上げることができないまま、運動会は幕を閉じた。
何だったのだろう、あの時の僕の胸に芽生えた「最初から燃え尽き症候群」のような感覚は。

 最後にあえて言っておこう、僕はフライングなどしていなかった。
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登場人物紹介

僕(本田)・・・1997年4月から2000年3月まで参中に通い、ありとあらゆるトラウマを背負う。野球部所属。

Y下・・・同級生男子、野球部を通して出会った終生の親友。

O田・・・同級生男子。天然な性格で癒し系、僕の終生の親友3人衆の1人。

S木・・・同級生男子。プロ野球の知識が豊富な僕のプロ野球仲間で、終生の親友3人衆の1人。

T中先生・・・野球部の顧問であり社会科の教師。鬼の厳しさを持っており、僕は戦々恐々の思いを抱く。

M谷・・・入学式で倒れたところを僕が助けたがために、付きまとわれる羽目に。僕の参中での3年間の命運を、ある意味大きく握って狂わせた元凶たる同級性男子。

S倉・・・同級生男子で不良グループの中心的人物。何かと理不尽な暴力が絶えない人物。

O倉・・・S倉と共に不良グループの中核を担っていた同級生男子。一方的な肉体言語を持って、学内を闊歩している。

OS・・・同級生女子。僕が恋焦がれていた女子だった。

K田先生・・・ハゲ頭の音楽教師。個性的な強烈なキャラを持ったオッサン。

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