第8話
文字数 2,523文字
「夢見るM谷、どうでもいい。」
ぽしょぽしょと、僕の後ろで何かが囁いていた。
まるでゴキブリが室内の物陰に潜み、カサカサと見えはしないが確実に存在感だけは放っているかのように。
言うまでもない、M谷がつらつらと囁き続けているのだった。
一応断っておくが、僕にM谷との会話の意志はなかった。
そう、M谷の独り言だ。
異世界ファンタジーものなら、魔界から何かを召喚する儀式か、魔の呪文を連想させてしまうほどに、陰鬱に陰気にそのくせ何かねちゃねちゃしてそうで。
向こうでやってくれないかな~、いっそこの世の果ての果ての誰もいない世界で、好きなだけやってくれればいいのにな~。
唐突に始まり終わりが見えないM谷の囁き、ずっと無視を決め込みながら、僕はクラスメートのN松と他愛もない話をしているのだけれど。
何だろう、このM谷の囁きの絶妙に気持ち悪い音声のボリュームは。
通常の会話のボリュームにはもちろん程遠く、けれども無視し切れるには僕の耳をザワザワさせて、聞き捨てならなかった。
まるでその内容に興味はないのだけれど、所々、「軍に捧げる」とか「ここは俺のいる世界なのか」とか聞き取れてしまって、怖い怖い怖い!キモイキモイキモイ!!
このままではN松との会話もどこか上の空になってしまいそうで、かと言ってM谷と会話するのはあまりにリスキーだと、本能が告げていた。
僕の葛藤など知る由もなく、囁き続けるM谷は何かだんだんと興奮してきていた。
そんな時、N松が「ちょっとトイレに行ってくる」と席を外した。
僕も連れションに興じてもよかったのだが、どうせM谷も尿意がなくともぴったり付いてくることはわかっていたので、断念することにした。
ただ突っ立ったまま、N松の帰りを待つのも何なので、僕は自分の席へと戻り腰を下ろした。
座席に座った僕の真後ろには、もちろんM谷が突っ立っていて、囁き続けていた。
まだ終わらないのかと呆れている反面、若かった当時の僕は、ある好奇心に突き動かされてしまいそうだった。
どうせM谷がこのまま囁き続けるのならば、いっそその内容に聞き耳を立ててやったらどうか。
そこから何かM谷攻略に関する有益な情報の1つも得られるかもしれない、さすればこの終わることなきM谷のストーキング地獄にも、M谷よってもたらされる僕の風評被害を断ち切れるのではないか。
今思うとよせばいいのに、「虎穴に入らずんば虎子を得ず」とばかりに、僕は禁断のM谷の囁きに聴覚に意識を集中させて、聞いてみたのだった。
「俺が活躍するべき時代は本来、第2次世界大戦中のドイツだったはずだ。
なのに何故俺はこんな場所でぬるま湯に浸かって、生きおおせているというのか。
俺に使命を授けてくださった、女神アーモンドプードル様に顔向けができないではないか。」
「(ナッツ類なの?ワンちゃんなの?)」
「ああ、何てことだ、嘆かわしいことだ。
だが、俺のような老兵にとっては、それもふさわしいのかもしれぬな。
ああ、ヒトラー様!ヒトラー様!!
俺がお側にいられましたらば、強力な毒薬の開発、新兵器の開発、お力になることができましたのに。」
「(M谷お前、理科のテストの答案用紙空欄だらけだったじゃねえか。)」
「あれはそう、パリでの夜の出来事だったなあ。」
「(ドイツじゃねえのかよ。)」
「ヒトラー様の右腕を務められるのは俺しかおりませぬ、ゴメスの奴には務まりますまい。」
「(ゴメスって誰だよ、中日?)」
「俺がトリカベトを採取してきた暁には・・・」
「(噛んでんじゃねえよ、トリカブトって言いたいんだろ?トリカベトって。)」
「ヒトラー様、俺は最近不眠症気味でありまして。テレビですやすや熟睡している、い〇の家の姿を目にする度に、殺意が湧いてきます。」
「(国民的アニメを、何ゆがみ過ぎた見方してるんだよ。)」
「ていうか~、俺って~根っからの肉体派の軍人気質じゃないですか~」
「(知らねえよ、てか何急に女子高生みたいなしゃべり方になってんだよ。)」
「実弾射撃とか大得意ですから。毎日家の中でのエアガンの練習を欠かしたことはありませぬゆえ。」
「(銃という武器をなめてるのか、スナイパーに頭を撃ち抜かれればいいのに。)」
「この間もですね、あっしになめた口きいてきやがったM田を、しばきまわしてやりやしたぜ!!俺っちの狂犬ぶりと来た日にゃあ、もう。」
「(一人称統一してくんない!キャラぶれちゃってるけれど。M田って女子じゃん。しかもどちらかと言えば、終始押されてたじゃん。)」
「とにかくヒトラー様、作戦参謀であり、武闘派で肉体派の俺さえお側におりますれば!」
「(いや、お前運動からっきしダメな虚弱系だろ。ガリガリだし、この前も体育のマラソンでスタート早々息切らせて歩いてたじゃん。)」
「あ~~~、誰でもいいから殺したい、大量虐殺したいですぞ!!」
「(お前のテロリスト的な性格は納得できるけど、絶対無理だよ。)」
「ヒトラー、ヒトラー、ヒトラー、ヒトラー・・・・・・」
「(そんなベントラー、ベントラーみたいに言うんじゃないよ。)」
「ゴメス、ゴメス、ゴメス、ゴメス・・・・・」
「(だからゴメスって誰だよ!中日のサード?)」
「鈴木〇理奈と結婚して、ヒトラー様に仲人おば。」
「(時代設定守れや!どっぷり現代のぬるま湯に浸かってんじゃねえか!!)」
「おう、本ちゃん待たせたな!」
いい加減聞き耳を立てながら突っ込み疲れた僕のところに、用を足し終えたN松が戻ってきた。
「お・・・・おう。」
何だかごく短時間しか経過していないというのに、精神的にかなり疲弊してしまった僕。
それでもなお、M谷は僕のぴったり後ろで囁き続けていた。
全身で身悶えしながら恍惚の表情を浮かべ、荒い息を繰り返しながら夢見る少女の瞳で。
実際には、変態にしか見えない怪し過ぎる挙動で薄ら笑みを浮かべる、ただの汚い男子中学生がそこにはいた。
何も得るものはなく、くだらない戯言に付き合わされた俺は、やり場のない怒りに震えた。
M谷の夢か・・・・・、どうでもいいわ!!
ぽしょぽしょと、僕の後ろで何かが囁いていた。
まるでゴキブリが室内の物陰に潜み、カサカサと見えはしないが確実に存在感だけは放っているかのように。
言うまでもない、M谷がつらつらと囁き続けているのだった。
一応断っておくが、僕にM谷との会話の意志はなかった。
そう、M谷の独り言だ。
異世界ファンタジーものなら、魔界から何かを召喚する儀式か、魔の呪文を連想させてしまうほどに、陰鬱に陰気にそのくせ何かねちゃねちゃしてそうで。
向こうでやってくれないかな~、いっそこの世の果ての果ての誰もいない世界で、好きなだけやってくれればいいのにな~。
唐突に始まり終わりが見えないM谷の囁き、ずっと無視を決め込みながら、僕はクラスメートのN松と他愛もない話をしているのだけれど。
何だろう、このM谷の囁きの絶妙に気持ち悪い音声のボリュームは。
通常の会話のボリュームにはもちろん程遠く、けれども無視し切れるには僕の耳をザワザワさせて、聞き捨てならなかった。
まるでその内容に興味はないのだけれど、所々、「軍に捧げる」とか「ここは俺のいる世界なのか」とか聞き取れてしまって、怖い怖い怖い!キモイキモイキモイ!!
このままではN松との会話もどこか上の空になってしまいそうで、かと言ってM谷と会話するのはあまりにリスキーだと、本能が告げていた。
僕の葛藤など知る由もなく、囁き続けるM谷は何かだんだんと興奮してきていた。
そんな時、N松が「ちょっとトイレに行ってくる」と席を外した。
僕も連れションに興じてもよかったのだが、どうせM谷も尿意がなくともぴったり付いてくることはわかっていたので、断念することにした。
ただ突っ立ったまま、N松の帰りを待つのも何なので、僕は自分の席へと戻り腰を下ろした。
座席に座った僕の真後ろには、もちろんM谷が突っ立っていて、囁き続けていた。
まだ終わらないのかと呆れている反面、若かった当時の僕は、ある好奇心に突き動かされてしまいそうだった。
どうせM谷がこのまま囁き続けるのならば、いっそその内容に聞き耳を立ててやったらどうか。
そこから何かM谷攻略に関する有益な情報の1つも得られるかもしれない、さすればこの終わることなきM谷のストーキング地獄にも、M谷よってもたらされる僕の風評被害を断ち切れるのではないか。
今思うとよせばいいのに、「虎穴に入らずんば虎子を得ず」とばかりに、僕は禁断のM谷の囁きに聴覚に意識を集中させて、聞いてみたのだった。
「俺が活躍するべき時代は本来、第2次世界大戦中のドイツだったはずだ。
なのに何故俺はこんな場所でぬるま湯に浸かって、生きおおせているというのか。
俺に使命を授けてくださった、女神アーモンドプードル様に顔向けができないではないか。」
「(ナッツ類なの?ワンちゃんなの?)」
「ああ、何てことだ、嘆かわしいことだ。
だが、俺のような老兵にとっては、それもふさわしいのかもしれぬな。
ああ、ヒトラー様!ヒトラー様!!
俺がお側にいられましたらば、強力な毒薬の開発、新兵器の開発、お力になることができましたのに。」
「(M谷お前、理科のテストの答案用紙空欄だらけだったじゃねえか。)」
「あれはそう、パリでの夜の出来事だったなあ。」
「(ドイツじゃねえのかよ。)」
「ヒトラー様の右腕を務められるのは俺しかおりませぬ、ゴメスの奴には務まりますまい。」
「(ゴメスって誰だよ、中日?)」
「俺がトリカベトを採取してきた暁には・・・」
「(噛んでんじゃねえよ、トリカブトって言いたいんだろ?トリカベトって。)」
「ヒトラー様、俺は最近不眠症気味でありまして。テレビですやすや熟睡している、い〇の家の姿を目にする度に、殺意が湧いてきます。」
「(国民的アニメを、何ゆがみ過ぎた見方してるんだよ。)」
「ていうか~、俺って~根っからの肉体派の軍人気質じゃないですか~」
「(知らねえよ、てか何急に女子高生みたいなしゃべり方になってんだよ。)」
「実弾射撃とか大得意ですから。毎日家の中でのエアガンの練習を欠かしたことはありませぬゆえ。」
「(銃という武器をなめてるのか、スナイパーに頭を撃ち抜かれればいいのに。)」
「この間もですね、あっしになめた口きいてきやがったM田を、しばきまわしてやりやしたぜ!!俺っちの狂犬ぶりと来た日にゃあ、もう。」
「(一人称統一してくんない!キャラぶれちゃってるけれど。M田って女子じゃん。しかもどちらかと言えば、終始押されてたじゃん。)」
「とにかくヒトラー様、作戦参謀であり、武闘派で肉体派の俺さえお側におりますれば!」
「(いや、お前運動からっきしダメな虚弱系だろ。ガリガリだし、この前も体育のマラソンでスタート早々息切らせて歩いてたじゃん。)」
「あ~~~、誰でもいいから殺したい、大量虐殺したいですぞ!!」
「(お前のテロリスト的な性格は納得できるけど、絶対無理だよ。)」
「ヒトラー、ヒトラー、ヒトラー、ヒトラー・・・・・・」
「(そんなベントラー、ベントラーみたいに言うんじゃないよ。)」
「ゴメス、ゴメス、ゴメス、ゴメス・・・・・」
「(だからゴメスって誰だよ!中日のサード?)」
「鈴木〇理奈と結婚して、ヒトラー様に仲人おば。」
「(時代設定守れや!どっぷり現代のぬるま湯に浸かってんじゃねえか!!)」
「おう、本ちゃん待たせたな!」
いい加減聞き耳を立てながら突っ込み疲れた僕のところに、用を足し終えたN松が戻ってきた。
「お・・・・おう。」
何だかごく短時間しか経過していないというのに、精神的にかなり疲弊してしまった僕。
それでもなお、M谷は僕のぴったり後ろで囁き続けていた。
全身で身悶えしながら恍惚の表情を浮かべ、荒い息を繰り返しながら夢見る少女の瞳で。
実際には、変態にしか見えない怪し過ぎる挙動で薄ら笑みを浮かべる、ただの汚い男子中学生がそこにはいた。
何も得るものはなく、くだらない戯言に付き合わされた俺は、やり場のない怒りに震えた。
M谷の夢か・・・・・、どうでもいいわ!!