第29話

文字数 3,860文字

 「今日もどこかからドロップキック」

 今日も今日とて、S倉は虫の居所が悪いのだろうか?
いや、彼の場合、社会的通念も倫理感も一般良識も、当てはまることはないし適用されることもない。
 
 この日も体育の授業時間、準備運動のストレッチに励んでいたところに、ふてぶてしく遅刻して体育館内に現れたS倉は、さも当たり前のように社交辞令のように、「本田ーーーー!!!」と僕の名を叫びながら、長い距離を走って助走をつけてから宙を飛んでいた。
振り向きざまに受け身の体勢を取ることもままならぬ僕の横っ腹に、S倉はそのままとびっきりのドロップキックをかましてきやがったのだった。
そのような暴虐の前後には、必然性はまったく見られることもなく、彼もまた初めからそれらを求めてさえいなかった。
はっきりしていることと言えば、突然現れたS倉に理由もなくドロップキックをお見舞いされたことと、そのキックが尋常じゃないくらいに痛かったということだけだった。
 その後、これまた当たり前のようにバスケットボールをしている男子生徒たちの中に割って入っていっては、平等に分けられたチーム編成や試合展開を無視して、瞬く間に輪の中心に君臨しだしたS倉は、さながら遅れてやって来たスターの如き超VIP待遇で、やりたい時にバスケに興じては、興味を失うと体育館を後にしては、さっさとどこかへ消えて行ってしまうのだった。
 神をも恐れぬ傍若無人ぶりには、体育教師とて抑止し切れずに手を焼いている始末で、散々場を乱された残された僕たち男子生徒たちにも、抗う術はなかった。
しかしそれもある意味で参中での日常に過ぎず、やりたい放題のS倉はもちろんのこと、虐げられる僕たちにとっても、悲しくも歓迎せざるを得ない受け入れるしかない日常として、繰り広げられていくのだった。

 非日常的な参中における不良連中の傍若無人・理不尽ぶりを、彼らの生態も含めて、僕が体験した具体的なエピソードも交えながら、ここでもう少し掘り下げていこうと思う。

 ある日、僕は新しく買ったばかりのスニーカーを履いて登校していた。
たかだか靴を新調しただけにすぎないのに、目に映る風景も吸い込む空気もいつもとは違い新鮮に感じられたのだから、僕も現金なものである。
 通学路を歩き校門を潜って校舎内へと侵入した僕が自分のクラスの教室に向かう道中、廊下に差し掛かった時だった。
通行する一般生徒を妨げるように、群れを成して屯をしている不良の一団が視界に飛び込んできた。
僕は可能な限り気配を殺してやり過ごそうとすぐに決意を固め、無重力空間を歩いていくみたいに足音も立てずに連中の横を通過して、教室を目指してみた。
が、どんな時でも不良連中というのは往々にして目ざといものだ。
 「本田ーー、ちょっと待てーーー!!」
有無を言わせぬ一方的で質の悪い掛け声が、僕に向けて注がれた。
こうなると無視し続けるわけにもいかず、僕は立ち止まってこちらにのっそりと向かってくるI川を迎え撃つしかないわけで。
「(何だろう、また何かやってしまったのだろうか?)」
連中の機嫌を損ねることをやってしまったのかと思案に暮れる僕だったが、今登校してきたばかりの自分には当然ながら思い当たる節などあるはずもなかった。
けれどどんどん近付いてくるI川は、たいそうご機嫌斜めのご様子で威嚇することを怠りはしていなかった。
「本田ーー!!」
朝っぱらから実に質の悪い、しゃくりあげてくる威圧感が迫りくる。
「な・・・何・・・・?」
「お前のその靴・・・・・・」
「へ?」
意外な部分を指摘された僕は、虚を突かれたまま視線を自分の足元へと落としていた。
「俺の靴と、かぶってるやないかーーーー!!!!」
 続々と登校してきた生徒たちで賑わい始めていた廊下に、I川の怒声が響き渡った。
そして間髪入れずに僕の顔面目掛けて、I川の拳が飛んできたのだった。
いきなり殴りつけられた僕は体勢を崩してよろめくと、なおも容赦なく興奮気味のI川が胸ぐらを掴んできた。
学ランを乱暴に掴まれた僕は、そのままI川によって廊下の隅にまで追いやられていき、暴力的ないちゃもんの数々と鉄拳を浴びせられ続けた。
 必要性をまったく感じられないいちゃもんと暴力を受けた僕は、連中が去って行った後しばし座り込んだまま、土足の廊下に積もっていた砂によって学ランは汚れ果ててしまっていた。
新鮮に感じていた1日の始まりは、とんだケチがついたことで僕の心は瞬く間にブルーになっていた。
 1学年40人程度で6クラス、それが3学年分ともなれば、ざっと700人以上の生徒が参中にはいたわけで。
靴の自由化が認められていた校内において、当然ながら同じ靴を履いている生徒がいる可能性だって多分にあるわけで。
そんな状況下で誰がどんな靴を履いているかなんて、いちいち把握しているわけないでしょうが!!
 しかし、そのような至極もっともな正論なんて不良連中には通用するわけがないのをわかっていた僕は、やるせなさに震えながら口をつぐんで耐えるしかなかった。

 はっきり言って、参中での3年間の僕の中学生生活では、いわれのないいちゃもんをつけられたり怒鳴りつけられたりする程度の理不尽は、その中でもまだマシな部類だったと言えただろう。
だって参中を牛耳っていた不良連中による理不尽とは、そんな許容範囲では到底飽き足らずに、かなりの確率で突発的に、逃れようのない暴力を伴ってお見舞いされるのだから。
暴力が振るわれるとさすがに危険信号、いくら時代を経ても1歩間違えば警察沙汰のれっきとした事件へと発展するので、とりわけ注意が必要だった。

 虫歯ができたために歯が痛いと言って、廊下に偶然居合わせただけで殴ってきたS倉。
寝違いによる頭痛のため気が立っていて、教室内にいた僕を含めた男子生徒たちを手当たり次第に蹴ってきたり殴ってきたO倉。
僕の名前を呼びつけてきて30秒以内にたどり着けなければ、僕の学ランのボタンを引きちぎりながら背負い投げしてきたSR谷。
休み時間中席を離れていた僕の椅子に、画鋲をセットして気付かずに座ってしまい痛がっている様子を、遠目からドッキリ気分で楽しんでいたM岡。
 
 もちろんこのような事態も、あまりに度が過ぎてしまった場合には、生徒指導の教師を中心とした教師軍団の注意や指導対象になるのだが、その裁きが実行に移される場合は現実的にはあまりなく、鬼の居ぬ間に何とやらといった具合に、不良連中たちは巧妙に監視の目を掻い潜っていったものだから悪質極まりなかった。
 だから虐げられる側の僕たちは、いついかなる時も不良連中と接触してしまったら最後、災厄から逃れられないと自然に学んでいき、いかにして接触そのものを回避して平和な学校生活を送っていけるかということに、重きを置いていたものだった。

 そのような各自の危機管理意識下においても、冒頭のS倉のドロップキックときたもんだ。
厳密に言うと、僕がS倉にドロップキックを食らわされたのは、1度や2度ではなかった。
 ある放課後、僕は授業を終えて部活に向かうために、いち早く教室を後にしていた。
学校内を移動中というのが、不良連中たちと予期せぬ接触を被ってしまうリスクが非常に高いことを身をもって理解していた僕は、部活への移動の時のみならず、移動教室の際など、とにかく無防備になりがちな移動時には、不良連中への注意と警戒レベルを最大限にまで高めて動いていた。
参中での生活において日々入手した、S倉たちの時間帯別の出没ポイントと頻度、実体験や目撃情報などからあらゆる不良連中の行動パターンを頭に入れて、その時々で最もリスクが少なくて安全と思われる移動ルートを選択し、速やかに行動に移していたものだ。
 だが時に不良の神出鬼没さは、データや経験をはるかに凌駕するのだった。
その日も僕が選択したグラウンドへ向かう最善と思われたルートでさえも、背後の廊下からS倉が突如出現し怒気を孕んだ大声で、「本田ーーーーー!!!!!」と叫びながら全速力でこちらに猛ダッシュしてきて、僕の背中に会心のドロップキックを炸裂させてきたのだから。
S倉のドロップキックが命中した箇所は、キックなど食らおうものなら即座に息ができなくなってしまう急所。
僕はその場に倒れ込んだまましばらく息をすることもままならず、ドロップキックの痛みに悶え苦しんで、耐えるしかなかった・・・・・。

 改めて言わせていただきたい。
参中における不良連中との共生共存、それは限りのない不可能を意味していて、僕たち一般的な生徒たちには、強い忍耐と精神力を必然性がまったくないままに強要してくるだけのものだった。
神出鬼没で避けられず、どれだけ拒んでも抗ってみても、有形無形に迷惑をかけ続けてくるだけの公害。
ただただ、被害者であるはずなのに己の運命を呪い悔いるしかなかった存在たち。
 それが、あの当時の参中を支配していた世紀末覇者的な、不良連中そのものだった。
そしてそんな連中が平然と何食わぬ顔で猛威を振るい、存在がまかり通っていた場所と時間軸、それこそが僕の青春時代と言える20世紀末期の参中での日常だった。
不良連中によって受けたトラウマの数々は、20年の年月を経た現在でも鮮明に僕の記憶と肉体に紡がれて、痛みを伴いながら蘇ってきて仕方がない。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

僕(本田)・・・1997年4月から2000年3月まで参中に通い、ありとあらゆるトラウマを背負う。野球部所属。

Y下・・・同級生男子、野球部を通して出会った終生の親友。

O田・・・同級生男子。天然な性格で癒し系、僕の終生の親友3人衆の1人。

S木・・・同級生男子。プロ野球の知識が豊富な僕のプロ野球仲間で、終生の親友3人衆の1人。

T中先生・・・野球部の顧問であり社会科の教師。鬼の厳しさを持っており、僕は戦々恐々の思いを抱く。

M谷・・・入学式で倒れたところを僕が助けたがために、付きまとわれる羽目に。僕の参中での3年間の命運を、ある意味大きく握って狂わせた元凶たる同級性男子。

S倉・・・同級生男子で不良グループの中心的人物。何かと理不尽な暴力が絶えない人物。

O倉・・・S倉と共に不良グループの中核を担っていた同級生男子。一方的な肉体言語を持って、学内を闊歩している。

OS・・・同級生女子。僕が恋焦がれていた女子だった。

K田先生・・・ハゲ頭の音楽教師。個性的な強烈なキャラを持ったオッサン。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み