第1話
文字数 2,292文字
「M谷との遭遇」
1997年、4月。
小学生としての6年間を、そこそこのトラブルに彩られたことを除いては、概ねそれなりに過ごした僕は、中学校入学を迎え、世間一般の誰もが抱くであろう未来への希望や期待を、恥ずかしながら例に漏れず胸に秘め、入学式の門を叩いた。
僕の通った参中は、隣接する2つの小学校の校区を一まとめとし、両校の生徒たちを迎え入れる形の中学校だった。
僕が在学していたM小と、お隣の校区のE小とが合体といった具合に。
入学式が始まる前、僕は一緒に登校したM小出身の同級生N村と、掲示板に貼り出されたクラス発表を目視し、決められたクラス、1年4組の教室へと足を運んだ。
ぞろぞろと教室に集まりだす生徒たち、2つの小学校の合併校であるから、クラスを見渡して見た顔触れも、だいたい半分は見たことがある顔、もう半分は完全なる新顔であった。
数十分後、簡単なあいさつや中学校についての説明がつつがなく行われ、入学式に向けて体育館へと、クラスごとに集団で移動をしていった。
入学式特有のどこか浮ついた空気が満ちている中、定刻通りに入学式が始まった。
が、その時は割とすぐにやって来た。
開始から数えた方がはるかに早い時間帯に、いきなり僕の後ろの男子生徒が倒れた。
「M谷君! M谷君!」
担任教師T口先生や、周囲の生徒の声が飛び交った。
どうやら貧血で倒れたようだった。
「えっ、ちょっと倒れるにしても早過ぎない!?まだ始まって数分だよ!倒れる定番の校長先生の話すら始まってないよ!!」
さすがに声には出せなかったけれど、僕は盛大に心の中で突っ込んでしまっていた。
クラスの生徒と来賓がざわめく中、僕はT口先生に言われ、倒れたM谷を保健室に連れて行くことと相成った。
まあ、一番近くの席順の、同じ男子生徒だしね。
その理屈は、十分理解できた。
しかし、始まって間もなく倒れるくらい具合が悪かったのなら、始まる前に言えよと、心の中で思わなくもなかった。
僕はM谷に肩を貸したまま、ものすごい視線を集めながら、やむなく体育館を後にして、保健室へと向かった。
保健室の先生にM谷の身柄を引き渡し、とりあえず安堵の息をついた僕、やれやれであった。
多少の唐突感はあったものの、まあ入学式や卒業式、全校集会などでは、よくある光景だよね。
ところがである。
この入学式での一件が、向こう中学3年間、はたまたその先へも続いていくことになる、様々な災厄と事件とトラウマを巻き起こす、M谷の壮大な呪縛ストーリーの始まりになってしまうのだった。
大人になった現在、当時を振り返りふと思う。
もう、神様や運命のいたずら屋さん!とね。
M谷ストーリーは、翌日どころか入学式終了後に、早速始まってしまった。
入学式の間中、保健室で休息を取っていたM谷は、式が終わり生徒たちが各々の教室に戻りだした頃には、それなりに回復したらしく、僕らと同じタイミングで教室に戻ってきていた。
当然入学式での席順と同じく出席番号順の座席であるM谷の席は、僕の真後ろであった。
「さっきはありがとう。」
「いいえ、どういたしまして。」
と、社交辞令的なやり取りをお互いに済ませ、よし、気分を改めて僕の中学校生活が始まるぞと、意気揚々の僕であったが、その認識は甘かった。
帰り際から、M谷ストーリー開演。
特に会話を交わすこともなく、用もないのに、僕のぴったり15センチ後ろにくっ付いてくるM谷。
まあ初日だし、他に話し相手もいないのだろう。
あんなこともあったしね、仕方ない仕方ない。
が、翌日登校して来てからも、それは変わらなかった。
M谷がやっぱりきっちり僕の後ろ15センチの間隔をキープしたまま、それ以上間を詰めずだけど決して離れず、僕がどこに行こうにも何をしようとも、付いてくるのだ。
「15センチの距離」なんて聞くと、初々しい男女の甘酸っぱいセンチメンタルなメモリーとして語られそうだけれども、そんなことは微塵もなかった。
酸っぺえー!いやもう酸っぱ過ぎるよ!苦しい辛い、助けてー!!
ペットが飼い主になつくかの如く、いやお願いだから僕になつかないで!
可愛い子猫ちゃんならともかく、思春期丸出しの野暮った過ぎる中学生男子M谷よ、僕になつかないで!!
断っておくが、僕にBL属性などまったくありはしないのだから。
だが僕の心の叫びも虚しく、この現象、名付けて「M谷ぴったり15センチストーキング戦法」は、中学3年間、一時も途絶えることはなく、続くことになるのであった。
まあね、まあね、付いてくるだけなら1000歩譲って無視していればいいだけだしね、気をしっかり持っていこうよ。
ところがところがである。
このM谷、僕に付いてくるだけではなく、ポイントポイントで色々とやらかすのだ。
そして決まって僕が、何かM谷の保護者みたいな目で見られて、100パーセント巻き込まれてしまうのだから、たまったものではなかった。
M谷がやらかした数々の事件簿はおいおい詳しく語るとして、そんなわけだから、いつの間にかクラス内の女子などからは、何もしていない僕もM谷と並んで女の敵みたいな認識で見られるようになっちゃって、僕のクラス内での女子人気急降下。
M谷さん、本当勘弁してくださいな。
そして僕に自由をください、翼をください、どうか解放してください。
M谷が何かをやらかす度に、僕はこのような言葉の数々を、般若心経を読経するかのごとく、心の中で唱え続けていた。
1997年、4月。
小学生としての6年間を、そこそこのトラブルに彩られたことを除いては、概ねそれなりに過ごした僕は、中学校入学を迎え、世間一般の誰もが抱くであろう未来への希望や期待を、恥ずかしながら例に漏れず胸に秘め、入学式の門を叩いた。
僕の通った参中は、隣接する2つの小学校の校区を一まとめとし、両校の生徒たちを迎え入れる形の中学校だった。
僕が在学していたM小と、お隣の校区のE小とが合体といった具合に。
入学式が始まる前、僕は一緒に登校したM小出身の同級生N村と、掲示板に貼り出されたクラス発表を目視し、決められたクラス、1年4組の教室へと足を運んだ。
ぞろぞろと教室に集まりだす生徒たち、2つの小学校の合併校であるから、クラスを見渡して見た顔触れも、だいたい半分は見たことがある顔、もう半分は完全なる新顔であった。
数十分後、簡単なあいさつや中学校についての説明がつつがなく行われ、入学式に向けて体育館へと、クラスごとに集団で移動をしていった。
入学式特有のどこか浮ついた空気が満ちている中、定刻通りに入学式が始まった。
が、その時は割とすぐにやって来た。
開始から数えた方がはるかに早い時間帯に、いきなり僕の後ろの男子生徒が倒れた。
「M谷君! M谷君!」
担任教師T口先生や、周囲の生徒の声が飛び交った。
どうやら貧血で倒れたようだった。
「えっ、ちょっと倒れるにしても早過ぎない!?まだ始まって数分だよ!倒れる定番の校長先生の話すら始まってないよ!!」
さすがに声には出せなかったけれど、僕は盛大に心の中で突っ込んでしまっていた。
クラスの生徒と来賓がざわめく中、僕はT口先生に言われ、倒れたM谷を保健室に連れて行くことと相成った。
まあ、一番近くの席順の、同じ男子生徒だしね。
その理屈は、十分理解できた。
しかし、始まって間もなく倒れるくらい具合が悪かったのなら、始まる前に言えよと、心の中で思わなくもなかった。
僕はM谷に肩を貸したまま、ものすごい視線を集めながら、やむなく体育館を後にして、保健室へと向かった。
保健室の先生にM谷の身柄を引き渡し、とりあえず安堵の息をついた僕、やれやれであった。
多少の唐突感はあったものの、まあ入学式や卒業式、全校集会などでは、よくある光景だよね。
ところがである。
この入学式での一件が、向こう中学3年間、はたまたその先へも続いていくことになる、様々な災厄と事件とトラウマを巻き起こす、M谷の壮大な呪縛ストーリーの始まりになってしまうのだった。
大人になった現在、当時を振り返りふと思う。
もう、神様や運命のいたずら屋さん!とね。
M谷ストーリーは、翌日どころか入学式終了後に、早速始まってしまった。
入学式の間中、保健室で休息を取っていたM谷は、式が終わり生徒たちが各々の教室に戻りだした頃には、それなりに回復したらしく、僕らと同じタイミングで教室に戻ってきていた。
当然入学式での席順と同じく出席番号順の座席であるM谷の席は、僕の真後ろであった。
「さっきはありがとう。」
「いいえ、どういたしまして。」
と、社交辞令的なやり取りをお互いに済ませ、よし、気分を改めて僕の中学校生活が始まるぞと、意気揚々の僕であったが、その認識は甘かった。
帰り際から、M谷ストーリー開演。
特に会話を交わすこともなく、用もないのに、僕のぴったり15センチ後ろにくっ付いてくるM谷。
まあ初日だし、他に話し相手もいないのだろう。
あんなこともあったしね、仕方ない仕方ない。
が、翌日登校して来てからも、それは変わらなかった。
M谷がやっぱりきっちり僕の後ろ15センチの間隔をキープしたまま、それ以上間を詰めずだけど決して離れず、僕がどこに行こうにも何をしようとも、付いてくるのだ。
「15センチの距離」なんて聞くと、初々しい男女の甘酸っぱいセンチメンタルなメモリーとして語られそうだけれども、そんなことは微塵もなかった。
酸っぺえー!いやもう酸っぱ過ぎるよ!苦しい辛い、助けてー!!
ペットが飼い主になつくかの如く、いやお願いだから僕になつかないで!
可愛い子猫ちゃんならともかく、思春期丸出しの野暮った過ぎる中学生男子M谷よ、僕になつかないで!!
断っておくが、僕にBL属性などまったくありはしないのだから。
だが僕の心の叫びも虚しく、この現象、名付けて「M谷ぴったり15センチストーキング戦法」は、中学3年間、一時も途絶えることはなく、続くことになるのであった。
まあね、まあね、付いてくるだけなら1000歩譲って無視していればいいだけだしね、気をしっかり持っていこうよ。
ところがところがである。
このM谷、僕に付いてくるだけではなく、ポイントポイントで色々とやらかすのだ。
そして決まって僕が、何かM谷の保護者みたいな目で見られて、100パーセント巻き込まれてしまうのだから、たまったものではなかった。
M谷がやらかした数々の事件簿はおいおい詳しく語るとして、そんなわけだから、いつの間にかクラス内の女子などからは、何もしていない僕もM谷と並んで女の敵みたいな認識で見られるようになっちゃって、僕のクラス内での女子人気急降下。
M谷さん、本当勘弁してくださいな。
そして僕に自由をください、翼をください、どうか解放してください。
M谷が何かをやらかす度に、僕はこのような言葉の数々を、般若心経を読経するかのごとく、心の中で唱え続けていた。