第19話

文字数 2,235文字

「なんで高校生は依頼の手紙を偽装したんですかね?」

 ボクは助手席のリクライニングを倒して、のんびりしている若宮さんへ問いかける。

「単純に家族へ心配かけたくなかったんだろ。わざわざ電車を使うくらい離れた場所を、待ち合わせに指定するぐらいだしね。誰にも知らせず自分一人で解決することで、問題なんて何も抱えていない普通の高校生を演じたかったんだ。ほら、今回の件とは違うけど……学校で暴行や恐喝に遭っている子だって、家族に隠そうとするだろ? 親に心配かけたくないのと、犯罪に巻き込まれた事実が惨めで恥ずかしいと思ってしまうんだ。恥ずべきは卑しい行為をしてる相手側なんだけどね、本来は」

「写真で脅されたって言ってましたけど、友人同士なら気軽に写真くらい撮ればいいんじゃないですか? わざわざ隠れて撮らなくても……」

「二人で撮った写真もあると思うよ、友人同士だもの。あの高校生は特別な写真が欲しかったんじゃないかな、自分だけの秘密の写真がね。よく芸能人の公式の写真じゃなくて、隠し撮りされた写真とかが売れたりするだろ。そういう心理じゃないか」

「でも本人に隠れて撮るなんて、犯罪じゃないですか。盗撮ですよ」

 ボクが困惑してそう言うと「君も隠し撮りされてそうだけどね」と、若宮さんは恐ろしいことを言ってきた。さらに困惑するボクをよそに、若宮さんは自分の鞄の中から金平糖の箱を取りだし、ひとつぶ口に放り込む。それをしばらく口の中で転がしていたので、ボクは隠し撮りのことはひとまず置いといて、本題に入ることにした。

「痣と部屋に落ちていた写真は何だったんですか?」

「………………」

 若宮さんはやましいことがあるためか、わかりやすく黙る。
 沈黙で問題は解決しないことを示すため、ボクはさらに問い詰めた。

「片がついたら話す、って言いましたよね」

 気まずい空気が車内を包み込んだが、ボクは引くつもりはない。若宮さんにつけられた痣の正体と、部屋に落ちていた例の写真の説明がなければ、友人の弁護士へ相談できないからだ。ボクの確固たる意志を感じとったのだろう。諦めた若宮さんはリクライニングを少しだけ起こし、ゆっくりと話し始めた。

「……君、心中の日付のこと覚えてる?」

「日付ですか?」

「あぁ、日付。おば様が心中した日付がさ、間違っていただろ?」

 ボクは心中した日付のことを思い出していた。間違っていたというのは、高校生が伝えた日付と、実際に心中事件が起こった日付が一日だけ違っていたことだろう。

「それがどうしたんですか?」

「あれはさ、高校生が二冊目に書かれた最後の日付を亡くなった日だと勘違いしたんだよ。日記というのは、ほとんどの人がその日の終わりに書く物だ。だから日記の終わった翌日が正解だよね。亡くなった日に書くことはできない」

 そう言われてみれば、そうかもしれない。ボクも日記は寝る前に書くから、若宮さんの言うことは理にかなっている――が、しかし。

「それがどうかしたんですか?」

 ボクはさっきよりも少し強めの口調で問いただす。運転しているため、若宮さんの様子は見えないが、おそらく……両手の指先をそろえたり離したり、指を組んだり、指を一本ずつひっぱったり、こすり合わせたりと、さかんに手遊びをしているはずだ。考え事がまとまらないときは手遊びし、考えがまとまると自分の顎を触るのが若宮さんのクセだからだ。しばらくの沈黙のあと、若宮さんは口を開いた。

「………………お風呂上がってからでいいですか?」

 ごまかしきれないと悟ったのだろう。若宮さんは少ししょげた雰囲気を出して、風呂上がりなら真相を説明すると言ってきた。ボクはため息をつき「いいですよ」と、了承の言葉を告げる。おそらく若宮さんの優美な指先は、顎に触れていない。見てはいないが、ボクはそう確信した。



 電車が止まると扉が開き、一人の少年だ飛び出した。

 和田少年である。目明かし堂から手渡された二つの封筒を持ち、和田少年は走る。なぜなら、病院の面会終了時間が迫ってきていたからだ。今日は学校をウソの体調不良で早退し、報告会に参加した。もちろん目明かし堂の指示でだ。

 和田少年は、気づく。すべては目明かし堂の計画通りなのだと。和田少年が隠した願いも、祖母の隠されてしまった憂いも、目明かし同はいとも簡単に見抜いてきた。そして何もかもにケリをつけたとき、和田少年がどう行動するかですら、目明かし堂にはわかっていたのだ。だからこそ、和田少年は急ぐ。目明かし堂の計画をすべて実行するために。

 面会終了十五分前、和田少年は息が切れるのも気にせず、病院まで走りきった。受付を通り過ぎエレベーターを使い、そして十階にある祖母の個室へと飛び込む。祖母はベッドの上に横たわっていたが、和田少年の泣きはらした顔を見るなり、狼狽えるどころか「何てことを!」と、ベッドから飛び起き、怒りをあらわにした。

 その様子に和田少年は笑ってしまう。体調を崩し入院までしているというのに、自身の身より孫の一大事を案じる祖母の温かく、力強い気持ちが嬉しかったのだ。和田少年は祖母を抱きしめ、感謝の言葉を伝える。祖母はよくわからないまま、自分よりだいぶ背の高い孫の背中に手を回しさすってやる。和田少年は目明かし堂の言葉を思い出していた。祖母は小柄だが、力強く、頼もしい。

 そして――自分の最強の味方だ。

 和田少年は目明かし堂の計画通り、彼の最強の味方にこれまでの経緯をすべて語り始めた。
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登場人物紹介

若宮カイ(41)

目明し堂を営む張本人

人嫌いで、大のめんどくさがり屋/なまめかしい雰囲気を漂わせている/いつも寝癖がついている/受けた依頼は、世羅くんを振り回してきっちり解決する、やればできる人

世羅宏(30)

若宮の助手兼、運転手、本業は医師

善良な人間(若宮談)/料理を含む、家事全般が得意/彼女が途切れない/いつも若宮に振り回されてる、ちょっとかわいそうな人

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