第11話
文字数 1,494文字
調査 九日目
疲れ切って家に着くと明かりがついていた。時間は深夜を回り、すでに日付をまたいでいる。帰りは遅くなるので先に寝てくださいと連絡したのだが、若宮さんは起きているのだろうか。あの人は寝るのが下手だから眠れるときに寝て欲しいのに、どうしてボクの言うことを聞いてくれないのか。
だいたい、聞き込みだって若宮さんの方が断然うまい。大の人嫌いのくせに人垂らしだし、必要最小限のウソで最大限の収穫を得るし、ボクなんていつも若宮さんの手のひらで転がされ操られてる。今日だってそうだ。いや、日付をまたいでしまったのだから、正確には昨日だけれど。
本来ならボクは彼女と会う約束をしていたのに、なぜか一人で聞き込みをしている。若宮さんのために休日を使おうと思っていたボクを、彼女のために使えと、許可したのは若宮さんではないか。その結果がコレだ。こうなったら嫌みのひとつでも言ってやろうと決意し、ボクは不機嫌な顔を作り、リビングのドアを少しだけ強めに開けた。
若宮さんはいつものように仰向けでソファに寝そべっていたが、ボクの姿をその艶めかしい目に入れると、ボクでないと気づかないほどの微笑みを口元に浮かべ「おかえり」と言ってくれた。
「あ、ただいま帰りました」
ボクはうっかり、普通に挨拶をする。よく見ると若宮さんの頭には、すでにいくつかの寝癖がついている。お風呂にはちゃんと入ったのだろうか?お風呂上がり以外は、必ず寝癖がついているので判断できない。そういえば今日、出かける前に用意した昼食は食べてくれたのだろうか?もし、ちゃんと食べてくれていたなら、夕食も作っておけば良かったかなと、少し後悔する。
さらによく考えてみれば、若宮さんはあまり体力がない。それに人付き合いは嫌いだ。それなら、若宮さんが苦手なことをボクがするのは、すごく合理的な気がしてきた。わだかまりが解消されたボクは、いつも通りの日常を過ごすことを選んだ。
若宮さんに聞き込みの報告をし、何時に起きるのか確認すると「君が起きたら、起こして」と言ってきた。ちなみに若宮さんは今日、一日中家にいるらしい。夜遅くまで起きているのだから、もう少しゆっくりすればいいのにと、やはりボクは不満に思った。
◇
太斉は憔悴しきっていた。昨日と同じように、何かに怯える様子は変わりないが、どこか諦めに似た暗い雰囲気をまとっている。いつもなら、和田少年や生徒へ積極的に話しかけるというのに、今日は口数も少なく下を向いてばかりだ。
そんな太斉の様子を見た生徒は口々に、太斉は離婚するんじゃないかとか、教師を首になるんじゃないのかと噂する。和田少年は、どちらの噂にも興味を示さない。和田少年にとって『太斉がどうなるのか』ではなく、『太斉がどうするのか』が問題だからである。
なぜなら今朝早く、待ち望んでいた目明かし堂からの連絡が入ったからだ。金曜日には和田少年が熱望していたモノが手に入る。
『あぁ、これでやっと――』
和田少年が期待に胸を膨らませた――そのとき。廊下の向こう側から太斉が肩を落とし、うつむいたままこちらへ歩いて来るのが目に入った。和田少年は何かを決意したかのように、太斉へ声をかける。
「先生、お話があるんです」
突然話しかけられた太斉は怯える。だが、声の主を確認すると太斉の暗く濁った目へ、とたんに光がさした。
「お前か。どうした、おばあ様はもういいのか?」
「来週、お時間ありますか?」
「あ、あぁ、もちろんだ!」
先ほどまで憔悴しきっていたとは思えないほど、太斉の顔は喜びに満ちあふれていた。
――何もかも終わらせる。
和田少年は覚悟を決めた。
疲れ切って家に着くと明かりがついていた。時間は深夜を回り、すでに日付をまたいでいる。帰りは遅くなるので先に寝てくださいと連絡したのだが、若宮さんは起きているのだろうか。あの人は寝るのが下手だから眠れるときに寝て欲しいのに、どうしてボクの言うことを聞いてくれないのか。
だいたい、聞き込みだって若宮さんの方が断然うまい。大の人嫌いのくせに人垂らしだし、必要最小限のウソで最大限の収穫を得るし、ボクなんていつも若宮さんの手のひらで転がされ操られてる。今日だってそうだ。いや、日付をまたいでしまったのだから、正確には昨日だけれど。
本来ならボクは彼女と会う約束をしていたのに、なぜか一人で聞き込みをしている。若宮さんのために休日を使おうと思っていたボクを、彼女のために使えと、許可したのは若宮さんではないか。その結果がコレだ。こうなったら嫌みのひとつでも言ってやろうと決意し、ボクは不機嫌な顔を作り、リビングのドアを少しだけ強めに開けた。
若宮さんはいつものように仰向けでソファに寝そべっていたが、ボクの姿をその艶めかしい目に入れると、ボクでないと気づかないほどの微笑みを口元に浮かべ「おかえり」と言ってくれた。
「あ、ただいま帰りました」
ボクはうっかり、普通に挨拶をする。よく見ると若宮さんの頭には、すでにいくつかの寝癖がついている。お風呂にはちゃんと入ったのだろうか?お風呂上がり以外は、必ず寝癖がついているので判断できない。そういえば今日、出かける前に用意した昼食は食べてくれたのだろうか?もし、ちゃんと食べてくれていたなら、夕食も作っておけば良かったかなと、少し後悔する。
さらによく考えてみれば、若宮さんはあまり体力がない。それに人付き合いは嫌いだ。それなら、若宮さんが苦手なことをボクがするのは、すごく合理的な気がしてきた。わだかまりが解消されたボクは、いつも通りの日常を過ごすことを選んだ。
若宮さんに聞き込みの報告をし、何時に起きるのか確認すると「君が起きたら、起こして」と言ってきた。ちなみに若宮さんは今日、一日中家にいるらしい。夜遅くまで起きているのだから、もう少しゆっくりすればいいのにと、やはりボクは不満に思った。
◇
太斉は憔悴しきっていた。昨日と同じように、何かに怯える様子は変わりないが、どこか諦めに似た暗い雰囲気をまとっている。いつもなら、和田少年や生徒へ積極的に話しかけるというのに、今日は口数も少なく下を向いてばかりだ。
そんな太斉の様子を見た生徒は口々に、太斉は離婚するんじゃないかとか、教師を首になるんじゃないのかと噂する。和田少年は、どちらの噂にも興味を示さない。和田少年にとって『太斉がどうなるのか』ではなく、『太斉がどうするのか』が問題だからである。
なぜなら今朝早く、待ち望んでいた目明かし堂からの連絡が入ったからだ。金曜日には和田少年が熱望していたモノが手に入る。
『あぁ、これでやっと――』
和田少年が期待に胸を膨らませた――そのとき。廊下の向こう側から太斉が肩を落とし、うつむいたままこちらへ歩いて来るのが目に入った。和田少年は何かを決意したかのように、太斉へ声をかける。
「先生、お話があるんです」
突然話しかけられた太斉は怯える。だが、声の主を確認すると太斉の暗く濁った目へ、とたんに光がさした。
「お前か。どうした、おばあ様はもういいのか?」
「来週、お時間ありますか?」
「あ、あぁ、もちろんだ!」
先ほどまで憔悴しきっていたとは思えないほど、太斉の顔は喜びに満ちあふれていた。
――何もかも終わらせる。
和田少年は覚悟を決めた。
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