第15話
文字数 2,141文字
「何がですか?」
自分でも間抜けな質問だなとは思ったが、つい口から出てしまった。高校生は、そんなボクの間抜けな質問に震える唇で答えた。
「太宰が……おばを道連れにしたなんて、ありえません」
高校生はうつむき、言葉を続ける。
「日記では……おばが太宰に思いを寄せていました。太宰はおばなんて、気にもとめていなかった! ……だから、ありえません……気にもならない相手と死ぬなんて……ありえませんっ」
ヱイさんは太宰に思いを寄せていた。それは日記を読んだボクにも感じられるほど、一方的な思いだった……が、ヱイさんが思いを寄せていたのは「太宰かなえ」だ。虚偽の報告をするように言われているので、ボクの口からは何も言えない。
でも、一体どうしたのだろう。高校生にとって遠い先祖とはいえ、身内に殺人を犯した人間はいないほうがいいだろうに。おばあ様も、それを望んでの調査依頼のはずだ。ボクは、高校生へ何か慰めになるような言葉をかけようとしたが、その時――。
突然、それまでほぼ眠っていたような若宮さんが、とんでもないことを口にした。
「『人殺し』だよ、おば様は」
驚いたボクは若宮さんを見る。若宮さんは相変わらず、カップをぼんやりと眺めていた。先ほど、物騒な言葉を発したようには到底見えない。高校生を見ると、彼も驚いた表情で若宮さんを見ていた。
「おば様が太宰鯛蔵を殺した。そうじゃないと困るんだろ、君は」
「何が困るんですか?」
高校生ではなく、思わずボクが若宮さんへ聞き返す。『人殺し』なんて聞いてない。今朝、心中事件の首謀者を太宰鯛蔵にしたのは、まぎれもなく若宮さんだ。虚偽の報告に否をとなえようとしたボクを無視してそうしたはずだ。なのに今更、人殺しって何だ。
「日記にある〝ダザイ様〟は『太宰かなえ』、〝あの男〟は太宰かなえの夫『太宰鯛蔵』――ご存じですよね」
疑う余地もないだろうと言わんばかりに、高校生へ言い捨てた。高校生は驚きのあまり声がでないようだ。ボクも昨日まで、まったく同じ境遇だったからよくわかる。
「おば様は、太宰鯛蔵の妻である太宰かなえに好意を寄せていた。当時なら許されない恋のはずだ。日記へは相手が男性だと思わせるよう「ダザイ様」と書き、その夫も同じ名字だから仕方なく「あの男」と書いたんだろうよ」
高校生を見ると、膝の上で握りしめていた手が少し震えている。
「男の評判は最悪だった。日記に書かれていた『あの男』と一致する。それに『ダザイ様』に使われた表現が、当時の女性へ使うのに適当なものばかりだ」
ボクは若宮さんの説明に、一人感心していた。なるほど、日記に書かれていた表現で女性だと気づいたのか。さすが若宮さんだ。なら、わかった時点で教えてくれてもいいじゃないですか。
「君が隠し持っている、もう一冊の日記には、おば様が心中に至った心情が書かれていたんじゃないかな」
高校生の目が泳ぐ。
「あえて日記を隠したのは、おば様が太宰鯛蔵の命を奪ったという、第三者によるお墨付きが欲しかったからだ。君が用意できる、おばあ様の手紙やおば様の日記……まあ、よくて当時の新聞記事くらいでは、心許なかったんだろうね。だから、あえて第三者である僕らに依頼した」
若宮さんがボクの知らない何かを話し始めたので、聞き逃さないように注意する。この人は、謎の全容がわかっても教えてくれないことが多いからだ。もちろん、今回も例外ではない。
「僕から見れば、君とおば様はよく似てるよ。お人好しで慎重だ。おまけに家族思いだね」
ボクは若宮さんの言葉を聞いて安心した。若宮さんは「お人好し」に甘いからだ。この高校生の抱える問題が何かはわからないが、若宮さんがすべて良いようにお膳立てして解決してくれるから大丈夫だろう。
「君はずい分と追い詰められていたようだから、おばあ様も心配するはずだよ」
「祖母に会ったんですか?」
高校生が青い顔のまま若宮さんを見る。
「会うわけない。さすがに入院先にまで押しかけるようなマネはしない」
それはウソだ。若宮さんは必要なら、そこが立ち入り禁止だろうが、人の敷地だろうが関係なく押しかける、というより忍び込む。今回はおばあ様に会う必要もなく、ただ単純に面倒くさかっただけだろう。
「推測でしかないけれど……君がよこした手紙は、おばあ様が書いた内容の半分しか書かれていないんじゃないか?残りの半分は君に関することが書かれていたはずだよ」
高校生は、また黙ってしまった。
「日記の最後の方だったかな? あの男に……太宰鯛蔵に自分の秘密がばれて脅されていた様な記述がいくつかあった。本格的な脅しではないけれど、それがエスカレートするのに時間はかからなかっただろうね。相手は誰からも嫌われるような輩だし」
若宮さんは自分の嫌いな相手を『輩』と揶揄するクセがある。
「おばあ様が手紙におば様のことを書いたのは、同じようなことが起こうとしてたんだろうよ、きっと。それを止めたくて、僕に依頼したんだ。まあ、実際には君が偽装した依頼だけど」
「殺そうとは……思っていません」
高校生はうつむいたまま、聞こえるか聞こえないほどのか細い声で答える。
「そうだろうね。君はおば様の事件を利用し、逆に教師を脅そうとしたんだ」
自分でも間抜けな質問だなとは思ったが、つい口から出てしまった。高校生は、そんなボクの間抜けな質問に震える唇で答えた。
「太宰が……おばを道連れにしたなんて、ありえません」
高校生はうつむき、言葉を続ける。
「日記では……おばが太宰に思いを寄せていました。太宰はおばなんて、気にもとめていなかった! ……だから、ありえません……気にもならない相手と死ぬなんて……ありえませんっ」
ヱイさんは太宰に思いを寄せていた。それは日記を読んだボクにも感じられるほど、一方的な思いだった……が、ヱイさんが思いを寄せていたのは「太宰かなえ」だ。虚偽の報告をするように言われているので、ボクの口からは何も言えない。
でも、一体どうしたのだろう。高校生にとって遠い先祖とはいえ、身内に殺人を犯した人間はいないほうがいいだろうに。おばあ様も、それを望んでの調査依頼のはずだ。ボクは、高校生へ何か慰めになるような言葉をかけようとしたが、その時――。
突然、それまでほぼ眠っていたような若宮さんが、とんでもないことを口にした。
「『人殺し』だよ、おば様は」
驚いたボクは若宮さんを見る。若宮さんは相変わらず、カップをぼんやりと眺めていた。先ほど、物騒な言葉を発したようには到底見えない。高校生を見ると、彼も驚いた表情で若宮さんを見ていた。
「おば様が太宰鯛蔵を殺した。そうじゃないと困るんだろ、君は」
「何が困るんですか?」
高校生ではなく、思わずボクが若宮さんへ聞き返す。『人殺し』なんて聞いてない。今朝、心中事件の首謀者を太宰鯛蔵にしたのは、まぎれもなく若宮さんだ。虚偽の報告に否をとなえようとしたボクを無視してそうしたはずだ。なのに今更、人殺しって何だ。
「日記にある〝ダザイ様〟は『太宰かなえ』、〝あの男〟は太宰かなえの夫『太宰鯛蔵』――ご存じですよね」
疑う余地もないだろうと言わんばかりに、高校生へ言い捨てた。高校生は驚きのあまり声がでないようだ。ボクも昨日まで、まったく同じ境遇だったからよくわかる。
「おば様は、太宰鯛蔵の妻である太宰かなえに好意を寄せていた。当時なら許されない恋のはずだ。日記へは相手が男性だと思わせるよう「ダザイ様」と書き、その夫も同じ名字だから仕方なく「あの男」と書いたんだろうよ」
高校生を見ると、膝の上で握りしめていた手が少し震えている。
「男の評判は最悪だった。日記に書かれていた『あの男』と一致する。それに『ダザイ様』に使われた表現が、当時の女性へ使うのに適当なものばかりだ」
ボクは若宮さんの説明に、一人感心していた。なるほど、日記に書かれていた表現で女性だと気づいたのか。さすが若宮さんだ。なら、わかった時点で教えてくれてもいいじゃないですか。
「君が隠し持っている、もう一冊の日記には、おば様が心中に至った心情が書かれていたんじゃないかな」
高校生の目が泳ぐ。
「あえて日記を隠したのは、おば様が太宰鯛蔵の命を奪ったという、第三者によるお墨付きが欲しかったからだ。君が用意できる、おばあ様の手紙やおば様の日記……まあ、よくて当時の新聞記事くらいでは、心許なかったんだろうね。だから、あえて第三者である僕らに依頼した」
若宮さんがボクの知らない何かを話し始めたので、聞き逃さないように注意する。この人は、謎の全容がわかっても教えてくれないことが多いからだ。もちろん、今回も例外ではない。
「僕から見れば、君とおば様はよく似てるよ。お人好しで慎重だ。おまけに家族思いだね」
ボクは若宮さんの言葉を聞いて安心した。若宮さんは「お人好し」に甘いからだ。この高校生の抱える問題が何かはわからないが、若宮さんがすべて良いようにお膳立てして解決してくれるから大丈夫だろう。
「君はずい分と追い詰められていたようだから、おばあ様も心配するはずだよ」
「祖母に会ったんですか?」
高校生が青い顔のまま若宮さんを見る。
「会うわけない。さすがに入院先にまで押しかけるようなマネはしない」
それはウソだ。若宮さんは必要なら、そこが立ち入り禁止だろうが、人の敷地だろうが関係なく押しかける、というより忍び込む。今回はおばあ様に会う必要もなく、ただ単純に面倒くさかっただけだろう。
「推測でしかないけれど……君がよこした手紙は、おばあ様が書いた内容の半分しか書かれていないんじゃないか?残りの半分は君に関することが書かれていたはずだよ」
高校生は、また黙ってしまった。
「日記の最後の方だったかな? あの男に……太宰鯛蔵に自分の秘密がばれて脅されていた様な記述がいくつかあった。本格的な脅しではないけれど、それがエスカレートするのに時間はかからなかっただろうね。相手は誰からも嫌われるような輩だし」
若宮さんは自分の嫌いな相手を『輩』と揶揄するクセがある。
「おばあ様が手紙におば様のことを書いたのは、同じようなことが起こうとしてたんだろうよ、きっと。それを止めたくて、僕に依頼したんだ。まあ、実際には君が偽装した依頼だけど」
「殺そうとは……思っていません」
高校生はうつむいたまま、聞こえるか聞こえないほどのか細い声で答える。
「そうだろうね。君はおば様の事件を利用し、逆に教師を脅そうとしたんだ」
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