第16話

文字数 987文字

 教師という言葉に、高校生の顔がこわばった。

「だから調査結果が欲しかった。脅しの材料として使うためにね」

 話が流れるように進むが、ボクにはまったくわからない。数十年も前の事件で、教師を脅すことなんて可能なのだろうか?

「自分の身内には、自らの命を賭けて人を殺めた人間がいる。自分だって同じことをするかもしれない。だからもう、こんなことはやめて欲しい――そんなとこだろ」

 高校生の顔がさらに青ざめ、呼吸も浅くなる。

「だから『ヱイさんは太宰に殺された』という表現は、君にとって困ることなんだ。それじゃあ、脅しに使えないからね。『ヱイさんが太宰を殺した』という事実が欲しかったんだ」

 いまいち事態を飲み込めないボクに気づいた若宮さんが、耳打ちで簡単に説明してくれた。

「彼は同性に好意を抱いていた。それを教師に見つかり、言うことを聞かなければばらすぞ、と脅された。おばあ様は孫が当時の心中前のおば様と様子が似ているのに気づいて、依頼をしてきたってことだよ」

 教師が脅迫者だと聞かされ、ボクは初めて若宮さんの行動の意味を理解した。若宮さんが高校生を毎日お見舞いに行かせ、家族以外と連絡を取らせなかったのは、教師から高校生を守るためだったのだ。高校生のスマートフォンはおばあ様が持っていることになっている、帰宅さえしてしまえば連絡する手段がない。学校では休憩時間以外、授業がぎっしりつまっているし、一番長い昼休憩でさえ、教師たちは何らかの仕事をしているはずだ。

 若宮さんは高校生が教師と接する機会を極限に少なくすることで、被害を最小限に抑えようとしたのか。ボクがそんなことを考えながら高校生へ目を向けると、顔が見えないどころか、頭のつむじしか見えないほど下を向ききっている。

「誰かに好意を抱くことを恥ずかしがる必要はないし、世間に知られることを怖がる必要もない」

 泣いているのかもしれない高校生へ、ボクは清潔なハンカチを渡す。それを見た若宮さんは、よくやったと言わんばかりにボクの顎を指先で二度、少しなでる。

「まあ……そんなこといわれても無理だろうけどね。精神は羞恥を覚えるし、体は恐怖に強固する。しかも君が受けた脅迫は、今後も相手の存在が頭をよぎるたびに甦る……やっかいだね」

 高校生は受け取ったハンカチで顔を押さえ、慟哭している。「だから」若宮さんの言葉は続く。
「同じ目に会うべきだ」
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登場人物紹介

若宮カイ(41)

目明し堂を営む張本人

人嫌いで、大のめんどくさがり屋/なまめかしい雰囲気を漂わせている/いつも寝癖がついている/受けた依頼は、世羅くんを振り回してきっちり解決する、やればできる人

世羅宏(30)

若宮の助手兼、運転手、本業は医師

善良な人間(若宮談)/料理を含む、家事全般が得意/彼女が途切れない/いつも若宮に振り回されてる、ちょっとかわいそうな人

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