第9話
文字数 1,943文字
調査 七日目
憂鬱な月曜日を憂鬱な気分のまま、なんとか和田少年はのりきった。今日も目明し堂の指示通り、これから祖母のお見舞いに行く予定である。和田少年は下駄箱で靴に履き替えるため屈みこむと、後ろから名前を呼ばれた。
「和田!」
声の主は太斉だ。小太りの太斉が和田少年へ向かって、小走りで走っている雰囲気をだしながら歩いてきた。
「そろそろどうだ? 手は空いたか?」
和田少年は太斉を見ないよう、自分の足下を見つめる。
「まだ……」
「和田――」
太斉が和田少年の肩に手をかけようとすると「すみません」と、太斉の後ろから非難めいた声をかけられた。和田少年の友人だ。
友人は和田少年と同じくらい背が高いので、太斉を見下すように見下ろしながら、自分の下駄箱入れの前からどけ、と無言の圧力をかける。
「あっ……あぁ、すまん」
太斉が道を空けると今度は「太斉先生!!」と、叫ぶ声が聞こえる。それは、あの美術教師のものだった。太斉はあわててその場を移動し、美術教師から逃げるように和田少年へ背中を向け立ち去った。
和田少年は気まずそうに友人を見る。これから部活に向かうのだろう。大きなバックを提げたまま、太斉が去った廊下をにらみつけていた。
「気持ち悪りぃんだよ」
友人は小さな声でそう吐き捨て、和田少年へ一度も視線を向けることなく部活へと向かった。
和田少年は、ただ絶望していた。
◇
ボクが帰宅すると、今日も若宮さんはいなかった。いびつな字で「昨日よりは早く帰る」と書かれたメモはダイニングテーブルへ残されていた……が、問題が発生した。痣の件ではない。いや、もちろん痣の件も心配だがボクが言いたいのはそれではない。
あの人は自分より十一も年上の四十一歳(見えないが)だし、か弱くもない。老若男女問わず人の目を引くが、基本的に誰も話しかけてこない(これない)ので、それも問題ではない。問題なのはボクが手にしている一枚の『写真』が、である。
写真を手にしたボクは、この上なく驚愕していた。そこにはブレザー服を身に着けた学生が写しだされていたからだ――あられもない格好で。顔こそ見切れているとはいえ、上半身は乱れ下半身は何も身につけてはいない。
性的傾向はひとつではない。それは問題ない、ごく自然なことだ。写真に写っているのは学生で、未成年だというのは大問題だと思う。むしろ完全に犯罪だ。ただ、ボクにとって一番の問題は、写真の内容よりも拾った場所が問題なのだ。
今、ボクは自宅にいる。いつものように帰宅し、いつものように若宮さんのメモを見つけ、いつものように若宮さんの部屋を覗いた。もちろん、若宮さんはいなかった。メモにもそう書かれていた。そしてボクは床に落ちていた、この写真を拾う……若宮さんの自室で。『まさか』と、昨日の若宮さんの痣を思い出す。痣はこの写真が関係しているのだろうか?写真に写っている人物の親か、写真の存在を知った脅迫者にでもやられたのだろうか?
夜十時を過ぎたころ、若宮さんは帰ってきた。連絡してくれれば迎えに行ったのにとも思ったが、今はそれどころではない。さっそくボクは、写真を見せ問いただす。若宮さんはそれを見て、特別あわてるでもなく「一枚足りないと思ったけど……落ちてたのか」と、冷静に答え「興味あるなら、あげるよ」と、写真を受け取る気配も見せない。
「いやいやいや、そういうことじゃなくて……ですね! これ、誰なんですかっ?」
今度は若宮さんの顔の前に写真を突き出した。若宮さんはそれをしばらく見つめ「知らない」と答える。
「いや、ダメですからね? 知らないとか、そういう問題じゃなくて高校生はダメですよ!」
連日の疲れも溜まっているのだろう。ひどく面倒くさそうにボクを見上げているが、それでも質問に答えてくれた。
「大丈夫。実際に調べたわけじゃないけどね、彼は高校生の格好をした大人だよ」
若宮さんを信じたいボクは、それ以上言葉が出ない。若宮さんは「世羅くん、髪洗って」と、何事もなかったように言い出したのでお風呂の準備をし、若宮さんの髪を丁寧にマッサージをするように洗った。痣は増えていなかったので安心する。
とりあえず、あとで写真をシュレッダーにかけることにしよう。けして証拠隠滅のためではない。あの人は何か、重要な何かを調査しているのだ……たぶん。そして、使い道はまったくわからないが、どうしても例の写真が必要だったのだ……と、思いたい。おば様の心中を調べているはずなのに、想像を超えたことばかりを若宮さんは仕掛けてくる。
ボクはこれといった用事もないが、久しぶりに友人の声が聞きたくなったので連絡することにした。連絡した友人はたまたま弁護士を生業にしているだけで、決して他意はない。
憂鬱な月曜日を憂鬱な気分のまま、なんとか和田少年はのりきった。今日も目明し堂の指示通り、これから祖母のお見舞いに行く予定である。和田少年は下駄箱で靴に履き替えるため屈みこむと、後ろから名前を呼ばれた。
「和田!」
声の主は太斉だ。小太りの太斉が和田少年へ向かって、小走りで走っている雰囲気をだしながら歩いてきた。
「そろそろどうだ? 手は空いたか?」
和田少年は太斉を見ないよう、自分の足下を見つめる。
「まだ……」
「和田――」
太斉が和田少年の肩に手をかけようとすると「すみません」と、太斉の後ろから非難めいた声をかけられた。和田少年の友人だ。
友人は和田少年と同じくらい背が高いので、太斉を見下すように見下ろしながら、自分の下駄箱入れの前からどけ、と無言の圧力をかける。
「あっ……あぁ、すまん」
太斉が道を空けると今度は「太斉先生!!」と、叫ぶ声が聞こえる。それは、あの美術教師のものだった。太斉はあわててその場を移動し、美術教師から逃げるように和田少年へ背中を向け立ち去った。
和田少年は気まずそうに友人を見る。これから部活に向かうのだろう。大きなバックを提げたまま、太斉が去った廊下をにらみつけていた。
「気持ち悪りぃんだよ」
友人は小さな声でそう吐き捨て、和田少年へ一度も視線を向けることなく部活へと向かった。
和田少年は、ただ絶望していた。
◇
ボクが帰宅すると、今日も若宮さんはいなかった。いびつな字で「昨日よりは早く帰る」と書かれたメモはダイニングテーブルへ残されていた……が、問題が発生した。痣の件ではない。いや、もちろん痣の件も心配だがボクが言いたいのはそれではない。
あの人は自分より十一も年上の四十一歳(見えないが)だし、か弱くもない。老若男女問わず人の目を引くが、基本的に誰も話しかけてこない(これない)ので、それも問題ではない。問題なのはボクが手にしている一枚の『写真』が、である。
写真を手にしたボクは、この上なく驚愕していた。そこにはブレザー服を身に着けた学生が写しだされていたからだ――あられもない格好で。顔こそ見切れているとはいえ、上半身は乱れ下半身は何も身につけてはいない。
性的傾向はひとつではない。それは問題ない、ごく自然なことだ。写真に写っているのは学生で、未成年だというのは大問題だと思う。むしろ完全に犯罪だ。ただ、ボクにとって一番の問題は、写真の内容よりも拾った場所が問題なのだ。
今、ボクは自宅にいる。いつものように帰宅し、いつものように若宮さんのメモを見つけ、いつものように若宮さんの部屋を覗いた。もちろん、若宮さんはいなかった。メモにもそう書かれていた。そしてボクは床に落ちていた、この写真を拾う……若宮さんの自室で。『まさか』と、昨日の若宮さんの痣を思い出す。痣はこの写真が関係しているのだろうか?写真に写っている人物の親か、写真の存在を知った脅迫者にでもやられたのだろうか?
夜十時を過ぎたころ、若宮さんは帰ってきた。連絡してくれれば迎えに行ったのにとも思ったが、今はそれどころではない。さっそくボクは、写真を見せ問いただす。若宮さんはそれを見て、特別あわてるでもなく「一枚足りないと思ったけど……落ちてたのか」と、冷静に答え「興味あるなら、あげるよ」と、写真を受け取る気配も見せない。
「いやいやいや、そういうことじゃなくて……ですね! これ、誰なんですかっ?」
今度は若宮さんの顔の前に写真を突き出した。若宮さんはそれをしばらく見つめ「知らない」と答える。
「いや、ダメですからね? 知らないとか、そういう問題じゃなくて高校生はダメですよ!」
連日の疲れも溜まっているのだろう。ひどく面倒くさそうにボクを見上げているが、それでも質問に答えてくれた。
「大丈夫。実際に調べたわけじゃないけどね、彼は高校生の格好をした大人だよ」
若宮さんを信じたいボクは、それ以上言葉が出ない。若宮さんは「世羅くん、髪洗って」と、何事もなかったように言い出したのでお風呂の準備をし、若宮さんの髪を丁寧にマッサージをするように洗った。痣は増えていなかったので安心する。
とりあえず、あとで写真をシュレッダーにかけることにしよう。けして証拠隠滅のためではない。あの人は何か、重要な何かを調査しているのだ……たぶん。そして、使い道はまったくわからないが、どうしても例の写真が必要だったのだ……と、思いたい。おば様の心中を調べているはずなのに、想像を超えたことばかりを若宮さんは仕掛けてくる。
ボクはこれといった用事もないが、久しぶりに友人の声が聞きたくなったので連絡することにした。連絡した友人はたまたま弁護士を生業にしているだけで、決して他意はない。
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