第18話
文字数 1,493文字
突然、若宮さんの声が聞こえた。
いつの間にか若宮さんはテーブルの上に置かれたカップを両手で持っている。ボクが高校生へ気を取られている隙に、手は抜き取られてしまっていた。
「『あいつ』というのは理科教師の太斉だね。君が校庭を見ている間、太斉も君を見ていたんだろうよ。そして太斉が美術室に入ってきたことに気づかなかった君は、サッカー部の一人を写真にとり、その写真に……まぁ、写真を慈しんでいるところを見られてしまった」
高校生は若宮さんの話に、何度も無言でうなずく。
「君が写真のことをごまかしたことで、逆に太斉は確信を持ったんだ。君が写真の相手に好意を寄せていることをね。そして君は太斉に脅された」
ボクは若宮さんの説明で、高校生の伝えたいことがはっきりと理解できた。
「初めは優しく、理解のあるフリをして相手を油断させる。自分は味方だと思わせ、徐々に要求を突きつける。要求を拒否すれば、お前のためだと罪悪感で縛り付ける。要求は過激になっていき……最終的には秘密をばらすぞと脅しに入る。典型的なグルーミングのやり方だ。まあ、やり方としては効果的だけど、未成年に使うのはどうだろうね」
高校生はハンカチに顔を押しつけたままだ。
「脅された君は、何かの偶然……というか、おばあ様が入院された時だろうね、きっと。封印のされていない僕宛の茶色い封筒と手紙、そして日記を二冊見つけた。二冊目の日記には、おば様が太宰かなえを夫である鯛蔵から救うため、心中を企てていたことが書かれていたはずだ。君はおばあ様の手紙をねつ造し、自分には人殺しの血が流れているという証拠を集めさせ、理科教師の脅しをやめさせようとしたんじゃないか? 太宰鯛蔵と同じ目に会いたくなければ――ってね」
この時、なぜ「封印のされていない封筒」のことまでわかったのかを若宮さんに聞くと、「自分宛てじゃない手紙を、わざわざ封印を破ってまで読みやしないだろ。封印されていないどころか、手紙はすぐ目につくほど広げっぱなしで置かれていたはずだ。あの子は人の手紙をあさってまで、盗み見るような子じゃないよ」と、さも当たり前のように言われてしまった。
「ただね、遠回りすぎるよ。相手は君よりだいぶ年寄りだ。君よりいろんな経験をしている。君が調査資料や日記を出したところで、相手になんかされやしない。子供がいくら本気で訴えたところで、大抵の大人は舐めてかかる。君だって小さな子供に脅されたところで、鼻で笑うだろ? そんなもんだよ」
高校生は、とうとうテーブルに頭をうずめてしまう。
「ただ――君は運が良い」
若宮さんは自分の鞄の中から、ボクの知らない封印されたA4サイズの茶色い封筒を出してきた。
「君を脅している相手より年上で、数え切れないほどの困難を乗り越え、多様な経験を積み、何より君のことを大切に思っている最強の味方がいるんだからね」
茶色い封筒をテーブル越しに高校生へ渡す。高校生は泣きはらした顔をあげ、それを受け取った。そこには「和田キヨ様」と、いびつだが力強い字で書かれていた。
「おばあちゃん……」
「それを本来の依頼者であるおばあ様に渡しておいて。報告書と正式な契約書が入っている。順序は逆だけど……まあ今回は特別だ。今度は君ではなく、おばあ様の署名を頼むよ。あと、さっき渡した報告書も忘れず渡しておいて」
高校生は泣きながら、封筒が折れるのも気にすることなく抱きしめ、何度も頷いた。
「早ければ明日の新聞で――遅くても、月曜日には学校のホームルームか、全校集会で君に有利な知らせが届くよ」
若宮さんはそう言うと、冷え切ったお茶を一気に飲み干した。
いつの間にか若宮さんはテーブルの上に置かれたカップを両手で持っている。ボクが高校生へ気を取られている隙に、手は抜き取られてしまっていた。
「『あいつ』というのは理科教師の太斉だね。君が校庭を見ている間、太斉も君を見ていたんだろうよ。そして太斉が美術室に入ってきたことに気づかなかった君は、サッカー部の一人を写真にとり、その写真に……まぁ、写真を慈しんでいるところを見られてしまった」
高校生は若宮さんの話に、何度も無言でうなずく。
「君が写真のことをごまかしたことで、逆に太斉は確信を持ったんだ。君が写真の相手に好意を寄せていることをね。そして君は太斉に脅された」
ボクは若宮さんの説明で、高校生の伝えたいことがはっきりと理解できた。
「初めは優しく、理解のあるフリをして相手を油断させる。自分は味方だと思わせ、徐々に要求を突きつける。要求を拒否すれば、お前のためだと罪悪感で縛り付ける。要求は過激になっていき……最終的には秘密をばらすぞと脅しに入る。典型的なグルーミングのやり方だ。まあ、やり方としては効果的だけど、未成年に使うのはどうだろうね」
高校生はハンカチに顔を押しつけたままだ。
「脅された君は、何かの偶然……というか、おばあ様が入院された時だろうね、きっと。封印のされていない僕宛の茶色い封筒と手紙、そして日記を二冊見つけた。二冊目の日記には、おば様が太宰かなえを夫である鯛蔵から救うため、心中を企てていたことが書かれていたはずだ。君はおばあ様の手紙をねつ造し、自分には人殺しの血が流れているという証拠を集めさせ、理科教師の脅しをやめさせようとしたんじゃないか? 太宰鯛蔵と同じ目に会いたくなければ――ってね」
この時、なぜ「封印のされていない封筒」のことまでわかったのかを若宮さんに聞くと、「自分宛てじゃない手紙を、わざわざ封印を破ってまで読みやしないだろ。封印されていないどころか、手紙はすぐ目につくほど広げっぱなしで置かれていたはずだ。あの子は人の手紙をあさってまで、盗み見るような子じゃないよ」と、さも当たり前のように言われてしまった。
「ただね、遠回りすぎるよ。相手は君よりだいぶ年寄りだ。君よりいろんな経験をしている。君が調査資料や日記を出したところで、相手になんかされやしない。子供がいくら本気で訴えたところで、大抵の大人は舐めてかかる。君だって小さな子供に脅されたところで、鼻で笑うだろ? そんなもんだよ」
高校生は、とうとうテーブルに頭をうずめてしまう。
「ただ――君は運が良い」
若宮さんは自分の鞄の中から、ボクの知らない封印されたA4サイズの茶色い封筒を出してきた。
「君を脅している相手より年上で、数え切れないほどの困難を乗り越え、多様な経験を積み、何より君のことを大切に思っている最強の味方がいるんだからね」
茶色い封筒をテーブル越しに高校生へ渡す。高校生は泣きはらした顔をあげ、それを受け取った。そこには「和田キヨ様」と、いびつだが力強い字で書かれていた。
「おばあちゃん……」
「それを本来の依頼者であるおばあ様に渡しておいて。報告書と正式な契約書が入っている。順序は逆だけど……まあ今回は特別だ。今度は君ではなく、おばあ様の署名を頼むよ。あと、さっき渡した報告書も忘れず渡しておいて」
高校生は泣きながら、封筒が折れるのも気にすることなく抱きしめ、何度も頷いた。
「早ければ明日の新聞で――遅くても、月曜日には学校のホームルームか、全校集会で君に有利な知らせが届くよ」
若宮さんはそう言うと、冷え切ったお茶を一気に飲み干した。
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