第23話
文字数 1,208文字
「僕が十代のころさ、姉さんに酷く注意されたことがあるんだ」
若宮さんが懐かしそうに話し出したので、ボクはうっかり聞く体制に入ってしまう。
「その時、姉さんはもう社会人で……誰だったかな? 関係性は忘れたけど、中年くらいの男が姉さんにずい分と失礼な態度をとっていたんだ。セクハラやパワハラ、モラハラか? まあ、詳しくは何も覚えていないんだけど」
興味の向かないことには記憶力を発揮しない、実に若宮さんらしい内容だ。今のところ、お姉さまに失礼な態度を取った中年男がいたという情報しかない。
「姉さんが席を外した時に、僕はうっかりその男を床に落としてしまってね。そいつがあまりにも僕に怯えるものだから、戻ってきた姉さんに気づかれてしまったんだ」
「床に沈めた」ではなく、あえて「床に落とした」と表現するのは、若宮さんは不注意による不幸な事故だと、ボクに主張したいからだろう。何の意味も持たないが。
「家に帰ると姉さんに言われたよ。僕のしたことは相手を力で押さえつけ、恐怖によってただ口を聞かせなくしただけだって」
さすが若宮さんのお姉さまだ。とてもわかりやすく、説得力がある。
「僕は姉さんに言われて気づいた。僕は間違っていた。いつだって姉さんは正しい……」
若宮さんは穏やかだが、どこか自嘲的な笑みを浮かべボクを見つめる。
「悪いね、世羅くん。僕は姉さんのように優秀じゃないから、こんな子供じみた方法しか思い浮かばなかったんだ。姉さんなら――」
ボクは暴力を受けた加害者教師のことを、もう一度考えていた。暴力を振るわれるほどのことをしたのかと聞かれれば……仕方がないかもしれない、と答えるだろう。被害者は消えることのない深くえぐられた傷をつけられ、幾度となく甦るであろう恐怖を抱えて生きることを強制されたのだ。許される行為ではない。
若宮さんは加害者へ同じ行為をした。相手に傷を与え、消えない恐怖を植え付けたのだ。法律は正しく、若宮さんは間違っている。ただ、同時に被害者や被害者家族にとっては多少なりとも救いに――と、ボクの心が若宮さんの行動を肯定しかかると、若宮さんが両手を合わせたのだろう。ぽんっと小さな音がした。
「姉さんなら、相手を完全に懾伏させただろうよ」
「しょう……ふく?」
いつのまにか若宮さんから自嘲的な表情は消え去り、どこか愉快そうな顔に変わっている。
「『相手を黙らせるという行為は、何の意味も持たない。中途半端なことはせず、やるなら徹底的に懾伏させろ』って言われたよ。僕の考えややり方は、実に未熟でつまらないね。姉さんに相談すればよかったかな」
恐怖による口封じだけでなく、服従までがセットということか……さすが若宮さんのお姉さまです。この弟にして、あのお姉さまありです。ボクはボクの意見が若宮さんにとって、何の意味を持たないことを知ったので、いつも通りの日常を送ることにする。
「明日は何時に起こしましょうか?」
若宮さんが懐かしそうに話し出したので、ボクはうっかり聞く体制に入ってしまう。
「その時、姉さんはもう社会人で……誰だったかな? 関係性は忘れたけど、中年くらいの男が姉さんにずい分と失礼な態度をとっていたんだ。セクハラやパワハラ、モラハラか? まあ、詳しくは何も覚えていないんだけど」
興味の向かないことには記憶力を発揮しない、実に若宮さんらしい内容だ。今のところ、お姉さまに失礼な態度を取った中年男がいたという情報しかない。
「姉さんが席を外した時に、僕はうっかりその男を床に落としてしまってね。そいつがあまりにも僕に怯えるものだから、戻ってきた姉さんに気づかれてしまったんだ」
「床に沈めた」ではなく、あえて「床に落とした」と表現するのは、若宮さんは不注意による不幸な事故だと、ボクに主張したいからだろう。何の意味も持たないが。
「家に帰ると姉さんに言われたよ。僕のしたことは相手を力で押さえつけ、恐怖によってただ口を聞かせなくしただけだって」
さすが若宮さんのお姉さまだ。とてもわかりやすく、説得力がある。
「僕は姉さんに言われて気づいた。僕は間違っていた。いつだって姉さんは正しい……」
若宮さんは穏やかだが、どこか自嘲的な笑みを浮かべボクを見つめる。
「悪いね、世羅くん。僕は姉さんのように優秀じゃないから、こんな子供じみた方法しか思い浮かばなかったんだ。姉さんなら――」
ボクは暴力を受けた加害者教師のことを、もう一度考えていた。暴力を振るわれるほどのことをしたのかと聞かれれば……仕方がないかもしれない、と答えるだろう。被害者は消えることのない深くえぐられた傷をつけられ、幾度となく甦るであろう恐怖を抱えて生きることを強制されたのだ。許される行為ではない。
若宮さんは加害者へ同じ行為をした。相手に傷を与え、消えない恐怖を植え付けたのだ。法律は正しく、若宮さんは間違っている。ただ、同時に被害者や被害者家族にとっては多少なりとも救いに――と、ボクの心が若宮さんの行動を肯定しかかると、若宮さんが両手を合わせたのだろう。ぽんっと小さな音がした。
「姉さんなら、相手を完全に懾伏させただろうよ」
「しょう……ふく?」
いつのまにか若宮さんから自嘲的な表情は消え去り、どこか愉快そうな顔に変わっている。
「『相手を黙らせるという行為は、何の意味も持たない。中途半端なことはせず、やるなら徹底的に懾伏させろ』って言われたよ。僕の考えややり方は、実に未熟でつまらないね。姉さんに相談すればよかったかな」
恐怖による口封じだけでなく、服従までがセットということか……さすが若宮さんのお姉さまです。この弟にして、あのお姉さまありです。ボクはボクの意見が若宮さんにとって、何の意味を持たないことを知ったので、いつも通りの日常を送ることにする。
「明日は何時に起こしましょうか?」
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