第24話

文字数 1,693文字

 休み明けの月曜日。

 和田少年の学校で、予定にはない全校集会が体育館で開かれた。複雑な表情を浮かべた校長は自ら演台に立つと「理科担当の太斉先生が、一身上の都合により退任されました」と短く告げる。それを聞いた生徒たちはざわつき始めた。なぜなら、真実はすでに生徒全体へ知れ渡っていたからである。

 目明かし堂の予告通り、報告会翌日の新聞には「児童ポルノ禁止法で高校教諭の男を逮捕」という小さな記事が掲載された。加害者名こそ伏せられていたが、それを見た一部の生徒たちは「普段から評判の悪いあの『太斉』ではないか」とコミュニケーションアプリで噂を広めていたのだ。そして太斉がいない今、噂は真実だと証明される。

 全校集会の間、美術教師は気づかれないよう和田少年を見る。校長の言葉を聞いた和田少年の表情には明るさが感じられ、彼女は安堵した。美術教師は和田少年の様子に、疑念を抱いていたのだ。どこか暗い表情をするようになった和田少年に、何か困りごとでもあるのかと尋ねるが、いつも「大丈夫です」と拒絶されていた。暗い顔は日を追うごとに更新され、よからぬことを考えているのではと心配している間に美術室にも来なくなってしまった。

 困り果てた美術教師は、美術室を点検することにした。大人しい生徒はミスを異常に怖がる傾向がある。もしかして、自分には言いにくい失敗を美術室で犯したのかもしれない。そういうことならこちらで失敗を見つけ、たいした問題ではないことを伝えようと考えたのだ。備品が壊れていないか、生徒の作品に異常はないかを確認する――が、とくに異常は見当たらない。自分の思い過ごしだったかとため息をつき、備品の確認のため曲げていた腰を伸ばし、顔を上げ、そして驚愕する。

 己の視界で、教師が生徒に抱きついていたからである。

 もちろん、美術室での出来事ではない。顔を上げた先には窓があり、窓の先には外気の空間を大いに挟んだあと、二階にある理科室と理科準備室が見える。その理科準備室で犯行は行われていた。しかも明らかに生徒は嫌がっている。それを見た美術教師は、年齢も運動不足なことも忘れ、三階から階段を駆け下り――骨折した。はやる気持ちに足が追いつかず、階段から転げ落ちたのだ。転げ落ち、うめきながらも這って二階にある理科室へ向かっていたところを、通りかかった生徒に見つけられ助けられた。

 その騒ぎのおかげか理科教師の太斉も「大丈夫ですか?」と何食わぬ顔で準備室から出てきたため、和田少年に魔の手が伸びきるのを防ぐこととなった。美術教師は病院へ行く前に校長室に寄り「太斉先生を生徒に近づけないでください」と言い残し、やっと学校を後にする。すべてを理解した彼女は病院へ移動する間も、治療を受けている時間も大いに悩んでいた。

 何を聞いても「大丈夫です」と、かたくなに被害を隠す和田少年だ。うかつにそれを指摘してしまえば、自分の殻に閉じこもってしまう可能性がある。あの校長に言っても、すぐには解決しないだろう。他の生徒に太斉は危険だから近づくなと伝えれば、不用意に生徒を不安に陥れたとして辞めさせられるかもしれない。そうなれば何も知らない無防備な生徒へ危険が迫り、被害が拡大する。朝まで眠れず、眠らずに対策を練った結果、太斉を見張ることに決めた。学校でも、学校外でも、だ。

 おかしな噂を立てられていることに気づいてはいたが、彼女は止めなかった。校長へ太斉の聞き取りを行うよう何度も直談判し、太斉本人にも生徒と二人きりになるなと忠告する。証拠を集めたいが、被害者である和田少年による証言は絶望的だ。

 一度だけ和田少年が登校して来たところを待ち伏せし、遠回しだが太斉のことを聞き出そうとしたことがある。「秘密は必ず守るから、何があったか教えて欲しい」と頼んでいた時にチャイムが鳴り、これ幸いにと和田少年は逃げるように走り去ってしまった。その姿を見て無理に証言を得ても、さらに傷をえぐることになるかもしれないと考えた彼女は、彼女のできる限り、思いつく限りのことをやり尽くすことにした。

 そして、念願の全校集会が開かれたのだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

若宮カイ(41)

目明し堂を営む張本人

人嫌いで、大のめんどくさがり屋/なまめかしい雰囲気を漂わせている/いつも寝癖がついている/受けた依頼は、世羅くんを振り回してきっちり解決する、やればできる人

世羅宏(30)

若宮の助手兼、運転手、本業は医師

善良な人間(若宮談)/料理を含む、家事全般が得意/彼女が途切れない/いつも若宮に振り回されてる、ちょっとかわいそうな人

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み