茶色の勇気

文字数 1,043文字

 中学校に入って初めての夏休み。
 
 誰にも会わずに体育館に着きたい——。息を詰めるようにうつむいて学校に向かった。

 角を曲がった所で向こうから女子達が喋る声が聞こえた。ビクッと肩がこわばる。バスケ部の子ではなかった。

 怖い——。

 バスケ部の1年生が、怖い。

 こんな気持ちのまま、部活なんてできるのだろうか。

 体育館に着くとあおい達のグループがいた。美夏達や先輩はまだ来ていない。

 私はあおい達と離れた場所にかばんを置いて、バッシュを出した。

 しばらくすると美夏と佑衣と晴美が来た。そして美夏は体育館の中央に向かって

「よく平気な顔して来れるよねー」

 と言った。

 その足には通学用の靴を履いたままだった。

 私は——。
 どうしてもそれが気になった。

 体育館に土が上がると、プレー中に選手が滑って怪我の元になる。だからバスケットボールプレーヤーなら土足で体育館に上がることはしない……はず。

「土足は脱いだほうがいいよ」
 私は言った。美夏の顔は見られなかった。

 一瞬の間があって、美夏が私の方に寄って来た。

「は?! なんて?! なんか言った?」
 私に詰め寄って美夏が言う。

「体育館に土が上がるとよくないから、土足は脱いだ方がいいと思う……」
 怖い。でも、大好きなバスケをするこの場所を守りたい。そう思って言葉にすることができた。

「出た。あんた、ちょっとバスケが上手いからって先輩面? 私達同級生だよね。片付けはみんなでしろとか、靴を脱げとか、なんでそんな偉そうに言えるんですか?」

 美夏のすごい剣幕になにも言えずにいると、晴美が
「先輩、来たよ」
 と言った。

 美夏はさっと靴を脱いで、私から離れて行った。

 先輩達が来て、フリーシュートが始まった。私は無心で何本も打った。ミドルもロングもよく入った。指先からボールが離れる瞬間の感覚が

「間違ってない。なにも間違ってないよ」

 と、私を肯定してくれている気がした。

 顧問の先生が来て、ストレッチをするために大きな輪になって座る。私の両隣は少し間隔が広い。そのことに気づいているのは1年生だけなのだろうか。先輩達に気づいてほしいのか、気づかれたくないのか、自分の気持ちがわからなかった。

 
 練習が終わり、バッシュをシューズケースにしまう。お気に入りのバッシュ。白いところが擦れて少し茶色くなっている。

 練習の間も片付けの時間も、誰とも話さなかった。でも、昨日より少し怖くなくなった。

 バスケが私に勇気をくれる。
 
 昨日とは少し違う気持ちで体育館を後にした。
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