青いパーカー
文字数 1,824文字
「私たちとしましては、娘が苦しむ姿を見て、その説明で納得しろと言われても難しいです。なぜもっと早く問題に踏み込んでいただけなかったのか……」
学校から電話があった翌日、担任の吉永先生とバスケ部顧問の山﨑先生が家に来て、ことの経緯を説明した。
先生たちと、父と母が話す様子を私は階段の影に隠れてこっそり聞いた。
父の言葉に先生たちは無言になった。
「非力で申し訳ございません」
しばらくして山﨑先生が言った。
「この件に関してご連絡をいただいてからバスケ部の生徒一人ひとりに聞き取りをし、学校としての対応はしたと認識しております」
山﨑先生の言葉をかき消すように吉永先生が慌てて言った。先生は簡単に謝ってはいけないというような規則があるのだろうか。
「先生がた、お子さんはいらっしゃいますか?」
「今はこんなこと聞いちゃいけないのかしら……。でも……」
「でも、もしご自身のお子さんの身に起こった出来事だったらと想像してみてください」
そう言う母の声に涙が滲んだ。
「そう考えても同じことが言えますか?」
わかり合うための時間じゃない。そんな虚しさが伝わってきた。
「ただ……」
「山﨑先生が諦めずに何度もバスケ部の生徒さんたちに問いかけ続けてくださったと聞いています」
「ありがとうございました」
母は泣きながらそう言った。
私は聞いているのが辛くなって自分の部屋に戻った。
父と母は、私の痛みを私と同じように、もしかしたら私以上に感じながら怒りをこらえ、私を守ろうとしてくれている。
ふたりが支えてくれたから、きっと私は今もバスケが好きなままでいられる。あんなことがあってもバスケまで嫌いにならずにいられる。
強くなりたい。
強くなりたい。
心からの笑顔をふたりに見せたい。
私はハンガーにかかった青いパーカーを羽織って部屋を出た。
「二葉……」
リビングのドアを開けると、涙で赤くなった目で母が私を見つめた。
「先生。私、学校に行きたいです」
「バスケ部に戻って部活がしたいです」
気がついたら私も泣いていた。
吉永先生も、泣いていた。
「浜口。学校に戻ろう。どんなサポートでもする。学校に戻ろう」
山﨑先生が言った。
それから数日にかけて、何人かの保護者から謝罪の電話があった。
佑衣はご両親と一緒に家にやって来た。
「娘が二葉さんを傷つけて申し訳ございませんでした。どんな謝罪をしても二葉さんの心の傷がいえるものではないと思っております。これからこの子と向き合い、私ども親としての至らなさにも向き合っていこうと思います」
そう言って、佑衣のお父さんとお母さんは深々と頭を下げた。
「頭をお上げになってください。佑衣さんは二葉を傷つけました。でもこのままではいけないとひとりで行動を起こしてくれたんです」
父が言った。
「佑衣さん、ありがとう」
母はそう言って佑衣の顔を見た。
同席した私は黙ってみんなの様子を見ていた。
その日も佑衣はひっしで涙をこらえているように見えた。
強い子だな、と思った。
泣けば、まだ子どもだから被害者のふりができる。加害者なのに。そうなるのは卑怯だと、きっと佑衣は思っている。私にはそう見えた。
私はパーカーの袖をぎゅっと握って言った。
「佑衣、私バスケ部に戻ろうと思う」
佑衣が私の顔を真っ直ぐに見た。
佑衣のお父さんとお母さんが佑衣を見つめる。
「待ってる」
やっとのことで声を出すように、佑衣はそう言った。
美夏の家からの連絡はなかった。そのことに関しては父が学校に電話をかけて確認をした。
「あちらの親御さんには何があったのかきちんと伝えてくださったのですよね?」
「はい……。はい……。そうですか……。わかりました」
電話を切って父がため息をついた。
「矢部さんの親御さんは、矢部さんは誰かに無理やりやらされたんじゃないかと言っているそうだ」
母は黙って聞いていた。
「これ以上は仕方がない……。全く納得はできないけど、仕方がないことにとらわれていなくていい。ただもし何かおかしなことがあったらその時はすぐに相談するんだよ」
父は心配を隠しきれない目で私を見つめながらそう言った。
不安はある。
不安しかない。
でも——。
前に進みたい。
母が洗濯してくれた青いパーカーがソファに畳んで置いてあった。
「お父さん、お母さん」
私はそのパーカーを手に取って立ち上がり、今伝えたい気持ちの全てをこめて言った。
「ありがとう」
父と母の眼差しが私を包んだ。
学校から電話があった翌日、担任の吉永先生とバスケ部顧問の山﨑先生が家に来て、ことの経緯を説明した。
先生たちと、父と母が話す様子を私は階段の影に隠れてこっそり聞いた。
父の言葉に先生たちは無言になった。
「非力で申し訳ございません」
しばらくして山﨑先生が言った。
「この件に関してご連絡をいただいてからバスケ部の生徒一人ひとりに聞き取りをし、学校としての対応はしたと認識しております」
山﨑先生の言葉をかき消すように吉永先生が慌てて言った。先生は簡単に謝ってはいけないというような規則があるのだろうか。
「先生がた、お子さんはいらっしゃいますか?」
「今はこんなこと聞いちゃいけないのかしら……。でも……」
「でも、もしご自身のお子さんの身に起こった出来事だったらと想像してみてください」
そう言う母の声に涙が滲んだ。
「そう考えても同じことが言えますか?」
わかり合うための時間じゃない。そんな虚しさが伝わってきた。
「ただ……」
「山﨑先生が諦めずに何度もバスケ部の生徒さんたちに問いかけ続けてくださったと聞いています」
「ありがとうございました」
母は泣きながらそう言った。
私は聞いているのが辛くなって自分の部屋に戻った。
父と母は、私の痛みを私と同じように、もしかしたら私以上に感じながら怒りをこらえ、私を守ろうとしてくれている。
ふたりが支えてくれたから、きっと私は今もバスケが好きなままでいられる。あんなことがあってもバスケまで嫌いにならずにいられる。
強くなりたい。
強くなりたい。
心からの笑顔をふたりに見せたい。
私はハンガーにかかった青いパーカーを羽織って部屋を出た。
「二葉……」
リビングのドアを開けると、涙で赤くなった目で母が私を見つめた。
「先生。私、学校に行きたいです」
「バスケ部に戻って部活がしたいです」
気がついたら私も泣いていた。
吉永先生も、泣いていた。
「浜口。学校に戻ろう。どんなサポートでもする。学校に戻ろう」
山﨑先生が言った。
それから数日にかけて、何人かの保護者から謝罪の電話があった。
佑衣はご両親と一緒に家にやって来た。
「娘が二葉さんを傷つけて申し訳ございませんでした。どんな謝罪をしても二葉さんの心の傷がいえるものではないと思っております。これからこの子と向き合い、私ども親としての至らなさにも向き合っていこうと思います」
そう言って、佑衣のお父さんとお母さんは深々と頭を下げた。
「頭をお上げになってください。佑衣さんは二葉を傷つけました。でもこのままではいけないとひとりで行動を起こしてくれたんです」
父が言った。
「佑衣さん、ありがとう」
母はそう言って佑衣の顔を見た。
同席した私は黙ってみんなの様子を見ていた。
その日も佑衣はひっしで涙をこらえているように見えた。
強い子だな、と思った。
泣けば、まだ子どもだから被害者のふりができる。加害者なのに。そうなるのは卑怯だと、きっと佑衣は思っている。私にはそう見えた。
私はパーカーの袖をぎゅっと握って言った。
「佑衣、私バスケ部に戻ろうと思う」
佑衣が私の顔を真っ直ぐに見た。
佑衣のお父さんとお母さんが佑衣を見つめる。
「待ってる」
やっとのことで声を出すように、佑衣はそう言った。
美夏の家からの連絡はなかった。そのことに関しては父が学校に電話をかけて確認をした。
「あちらの親御さんには何があったのかきちんと伝えてくださったのですよね?」
「はい……。はい……。そうですか……。わかりました」
電話を切って父がため息をついた。
「矢部さんの親御さんは、矢部さんは誰かに無理やりやらされたんじゃないかと言っているそうだ」
母は黙って聞いていた。
「これ以上は仕方がない……。全く納得はできないけど、仕方がないことにとらわれていなくていい。ただもし何かおかしなことがあったらその時はすぐに相談するんだよ」
父は心配を隠しきれない目で私を見つめながらそう言った。
不安はある。
不安しかない。
でも——。
前に進みたい。
母が洗濯してくれた青いパーカーがソファに畳んで置いてあった。
「お父さん、お母さん」
私はそのパーカーを手に取って立ち上がり、今伝えたい気持ちの全てをこめて言った。
「ありがとう」
父と母の眼差しが私を包んだ。