紫のグラデーション

文字数 1,483文字

 毎週日曜日のバスケが私の楽しみになった。

 自分を受け入れてもらえること。
 居場所と思える場所があること。

 冷たく、固くなっていた心と体がどんどんほぐれていくようだった。

 でもなぜか、それとは逆に同級生と話をしようとすると全く言葉が出なくなることが増えた。表情も動かない。なにをどんなふうに話せばいいのか考えれば考えるほど、頭の中がぐるぐるするだけでらちが明かない。ただ堅い沈黙が横たわる。
 愛とは変わらず楽しいおしゃべりができた。初対面でも話せる人もいる。でも前から知っていても固まってしまう相手もいる。
 2年生になりクラス替えがあった。
 学校の配慮なのか、私の新しいクラスにはバスケ部の女子はいなかった。でも愛とも離れてしまった。
 新しい担任の先生は新学期初日から家に来た。若い女の先生だった。その先生に言われてか、週に1~2回、クラスの子がプリントなどを届けに来るようになった。せっかく届けに来てくれたからと最初のころは玄関で受け取った。

「こんど林間学校があるから浜田さんも行こうよ!」

 明るく話しかけられても応えられない。
 ひきつる顔で固まってしまう。辛うじて小さくうなずく。

 クラスで中心的な存在なんだろうな、という空気をまとった女の子たち。

 なに、この子。せっかくやさしくしてあげてるのに……。

 私はそんなふうに思われているだろうか。

「じゃあバイバイ。学校来てね! みんな待ってるからね!」

 どう考えても嘘とわかるせりふを残して帰って行く。

 それほどの圧はなく穏やかそうな人でも話せない。
 焦れば焦るほど話せない。

 それが辛くなり、玄関まで出ることもなくなって届け物は母が受け取るようになった。
 そのうち届けに来る人もいなくなった。
 愛だけは変わらず遊びに来てくれる。

 佑衣のラインには『うん』と返事をした。
 『いつ行ったらいいか教えてください』とメッセージが来た。
 そのまま返事できずに1か月以上が過ぎた。
 佑衣がなにを話しにくるのか、そのことも不安だけど、まともに話せない自分のことのほうが不安だった。こんなんじゃもっと嫌われてしまう。そう思うと佑衣に会う勇気が出なかった。

 リビングにあった市の広報誌をなに気なく見ると、表紙の下に小さく ≪人権コンクール優秀賞 第五中学校 矢部美夏 ≫ と書いてある。

 去年の美術の授業で描いた美夏のポスターが優秀賞を取り表紙を飾っていた。
 『それはあなたの正義?』というコピーと制服姿の女の子のうつむく顔、背景に紫のグラデーションが丁寧に塗られたポスターだった。

 美夏は美術が得意だったんだ……。
 人権コンクール……。

 私に配られたケント紙は今も真っ白のまま部屋にある。去年、美術の丸田先生から「作品だけでも出してくれたら成績がつくから」と何度か連絡をもらったけど結局なにも描けなかった。

 私は心のどこかでずっと、バッシュを隠したのは美夏ではないかと思っていた。
 美夏が中心になってしたことではないかと。
 それまでの美夏の私に対する言葉を思い出すとそう思わずにいられなかった。

 その美夏がこんな作品を描いている。
 私は腹が立って悔しくて仕方なかった。
 どんな顔をしてこのポスターを描いたのか見てやりたかった。

 でもしばらくすると、もしかしたら正論を言っているのは美夏なのかもしれないと思えてくる。
 私を排除するのが美夏たちの正義なのだろうか。
 私はそうされても仕方のない人間なの?
 そうされても仕方ないなにかをしたの?
 私がいやな子だから?
 どうして?
 なぜ……?

 答えのない問いが耳鳴りのように私を責め立てた。






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