黄金色の体育館

文字数 1,433文字

 美術のポスターの仕上げは夏休みの宿題になった。
 いろんなプリントがひと通り配られ、明日から夏休みに入る。
 2学期制なので今日が終業式ではなく、単なる夏休みの前の日で、給食があり、授業も6時目までみっちりあった。

 終礼が終わり、荷物を片付けていると愛が机の間を通ってこっちに来る。

「二葉は今日、部活だよね」
 学校の決まりで、部活は平日に1日と土日どちらかに休養日を取ることになっている。

「うん……。部活」
 うつむきながら答える私に愛が聞く。
「どうしたの? なんかあった?」

 ——話したい。
 でも、話せない……。

 愛を信用していないんじゃなくて、愛の前ではいつも通りの私でいたい。
「ううん。なにもない。今日も暑いだろうなあと思って。愛は部活?」
 私は精一杯、平気なふりをした。

「うん。部活だけど……。二葉、なんかあったら話してよ。私じゃ頼りにならないかもしれないけどさ」

 少しでも気持ちをゆるめたら涙が出そう。でもギリギリのところでせき止めて、愛の顔を見て笑った。
「なに言ってんの。頼りにしてるよ。明日か明後日、うちにおいでよ。DVD観よっ」
 愛は「キャ〜」と言ってピョンピョン飛び跳ねた。
「行く! 行く! 楽しみ〜っ! 私はこないだ買った雑誌、持って行くよ」

 お金のない私たちは、オタ活も協力体制。全てを買い集めることはできないから、相談しながら入手し、一緒に楽しんでいる。それがまたすごく楽しい。

「じゃあそろそろ行ってくる」私が言うと、愛は「わかった。かんばってね! オタ活についてはまた連絡しますっ」と敬礼のような真似をした。

 愛と話してると、どうしてこんなに楽しいんだろう。気がつくと笑ってる。元気が出る。
 愛に手をふって、私は廊下に出た。

 あれから、美夏たちとは話していない。私はあおいたちのグループに入れてもらっている。

 体育館に着き、あおいたちのところに行こうとするとあおいたちがその場をさっと離れた。

 頭から氷水をかけられたような気持ちになった。

 美夏たちがそんな私を見ているような気がして、顔をあげることができない。

 私はうつむいたまま、少し離れたところにカバンを置いてバッシュを履いた。

 練習に集中できずに何度もミスをした。
 なにかが起きている。
 私の周りで、私だけが知らないなにかが。

 私は真っ暗な穴の中にいて、穴の外でみんなが私を笑ってる。

 練習が終わると美夏たちはボールだけを片付けて帰って行った。

 私は誰とも話さず、あおいたちと残りの片付けをした。
 避けられているとわかると、話しかけるのが怖い。
 私はただ黙って、片付けをした。

 みんなが帰ってがらんとした体育館に、私はひとりで立っていた。
 グラウンドからどこかの部活のかけ声が聞こえる。
 
 するとあおいが戻ってきて
 「二葉、ごめんね」
 と言った。体育館の入り口に立って聞こえるか聞こえないか、そんな声で。そしてなにかを振り払うように背を向け、帰って行った。

 体育館の窓から入る夕暮れ時の光は、いつもと変わらずやわらかい黄金色(こがねいろ)。 
 大好きな体育館。
 ここはいつも私を受け入れてくれる場所だった。
 ここならなにも気にせず自分でいられた。
 
 その場所を、私は失うの……?
 
 
 私はみんなを怒らせるようなことをしたのだろうか。
 あおいは私になにを謝ったのだろう。

 黄金色の体育館が私をやさしく包み込む。
 
 どうか、どうかこの場所を私から奪わないでください——。

 不安なまま、私は体育館を後にした。
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