えんじ色のロゴマーク

文字数 1,323文字

 バスケがしたい。

 それでも私は学校に行けなかった。

「バスケは学校でしかできないわけじゃないよ」

 父が夕食のハンバーグを食べながら言った。

「二葉。辛さのなかに閉じこもっていなくてもいいんだよ」

「……どういう意味?」

 私の食欲はバスケをしなくなってずいぶん減った。母は私のために小さなハンバーグを作ってくれる。

「好きなことや楽しいことをしてもいいってこと」

「でも……」

「楽しいことって学校で探さなきゃいけないの?」

なにも答えられずにいる私にスマホを見せながら父は言った。

「お父さんの同僚の娘さんがバスケットボールサークルでバスケをやってるんだって。二葉もやってみないかな」

 父が開いたネットのページには『バスケがしたい人集まれ!』と書いてあった。

「学校に行ってないのに、行ってもいいのかな……」

「学校に行ってない人はなにをしてもいけないの?」

「……」

「そんなことない。できること、したいことをすればいい」

 父は残りのハンバーグをパクッと頬張った。
 父のお皿に残ったサラダを見ながら母が言う。

「野菜もちゃんと食べてね」

「わかってますよ」

 父は笑いながらサラダを口に押し込んだ。

「お母さんも二葉がバスケしてるとこ見たいな」

 母がにこっと笑いながらそう言った。

「やってみようかな……」

 私がそう呟くと

「よしっ! そうと決まれば次の日曜日に新しいバスケットシューズを買いに行こう!」

 と父がうれしそうに言った。

 絵里花が届けてくれたバッシュは、ずいぶん傷んでいてもう履くことはできない。

「前のバッシュ、捨てる?」

 母が聞いた。

「残しておいてもいい?」

 見ると辛いことも思い出してしまうけど、でも捨てたくなかった。

「わかった」

 母はやさしくそう言うと

「じゃあついでにお母さんは新しいコートでも買ってもらおうかな〜」

 とはしゃぎ出した。

「もういくつも持ってるだろ」

 父が困ったように言う。

「嘘です。家族でお出かけなんて久しぶりだからなんだかうれしくて」

「そうだね」

 父がしみじみとそう言った。

「二葉。友達とうまくやることが子どもの使命ってわけじゃないよ」

「ほんとね……。大人だってしょっちゅう揉めてるし」

「どっちかっていうと、壁にぶつかったときにとことん悩むのが中学生の任務かもな」

「私も中学生のころはあれこれ悩んでたな……」

「だから二葉は使命をしっかり遂行している中学生ってことだ」

 父と母は私を一生懸命励ましてくれる。

 その言葉をそのまま素直に受け止めることはできないけど、ありがたいと思う。

「誰かに見られたらどうしよう」

 せっかく明るくしてくれている雰囲気なのに、気になっていることを口にしてしまう。

「気になる?」

「うん……」

「じゃあ少し遠くのお店に行こうか」

「……ありがとう」

「でも誰に会っても見られても、二葉は逃げも隠れもしなくていいんだよ」

 ——学校に行ってないくせに——

 この言葉が私の心を突き刺す。
 誰に言われたわけでもないのに。


 日曜日。

 えんじ色のロゴマークが入ったバッシュを買ってもらった。
 
 私の新しいバッシュ。

 少しでいいから強くなりたい。
 大切なものを取り戻す力がほしい。
 
 紙袋に入ったバッシュの重みを感じながら、私はそう思った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み