水色の手紙
文字数 2,437文字
それから部活が終わる時間になると、私は3人に置いていかれないように必死だった。
佑衣と美夏と晴美が帰る日は、私も片付けをせずに帰るようになった。そして3人が片付けに残る日は一緒に残る。
1年生の部員は9人。
練習後のボールの片付けやコートのモップがけは1年生がすることになっている。
私は片付けは1年生みんなでしたほうがいいと思っていた。
でも佑衣たちには言えない。
そのうち、佑衣と美夏と晴美は一切片付けをしなくなった。私は自分はどうしたいのかという気持ちを見ないようにして、3人と一緒に帰った。
そんなことが1、2週間続いたある日、1年の部員が集められた。
3年部長の高縄先輩がやさしい口調で話す。
「練習が終わった後の様子を見て気になったんだけど、片付けは1年生みんなでしたほうがよくない? 手分けしてみんなですればすぐに終わるよ」
みんな黙っていたけど、私はその言葉にほっとした。これからはみんなで片付けができる。
チラッと顔を見渡すと、美夏だけが違う表情をしている気がした。先輩の前だから露骨にではないけど、どこか反抗的な気配を感じる。
高縄先輩は「じゃ、そういうことで。よろしくね!」と言った。
1年生の私たちは「はい!」と返事をした。美夏も……そう返事をしたと思う。
先輩がコートに向かって走って行った後、バッシュを取りにカバンのところに戻るとき、美夏がボソッと言った。
「あの5人の誰かが告げ口したんだよ」
私はゾクッとした。
告げ口——。
そんなふうに考えたことなかった。
たとえ1年の誰かが先輩に話したとしても、それはバスケ部をいい方向に持っていくための相談で……。高縄先輩は私たち4人を責めたんじゃなくて、これからはこうしていこうという方向を示してくれた。このまま間違ったほうに行かなくてよかった。
美夏はさらに言った。
「まさか、二葉じゃないよね」
私は一瞬、言葉が出なかった。
「そんなこと、言ってないよ……」
美夏は続ける。
「私たちと帰るときも片付けのこと気にしてたでしょ」
私は声が途切れそうになりながら必死で話した。
「でも、片付けはみんなでしたほうがいいかなって……。そんなに大変じゃないし、片付けも練習のうちって私は思ってたから……」
「すごいね。やっぱり二葉は。私たちはそこまでバスケに入れ上げてないから」
美夏が吐き捨てるように言った。
思ってもみない方向に話が進み、どうしていいかわからない。
すると晴美が
「とにかくバッシュ履こ! もうすぐ練習始まるよ」と言った。
佑衣はなにも言わずに話を聞きながら、もうバッシュを履き終えている。
「集合ー」
先輩の掛け声で、みんなはコートの中央に集まっていく。
私だけがまだ靴下のままということに気づき、慌ててバッシュを履いた。
紐を結ぶ手が思うように動かない。
その日、美夏たちも片付けに残った。そして、ボールだけを片付けて帰って行った。
私は他の1年生のメンバーとモップをかけ、集めたゴミをちりとりに乗せゴミ箱に捨てた。
あおいが「二葉、ありがとう」と声をかけてくれた。
ミニバス経験者のあおいは中学校に入学するときに引っ越してきた。1年生でミニバス上がりなのはあおいと私のふたり。
あおいが声をかけてくれたのに私はなにも言えない。
「今まで片付けを押し付けてごめんね」……伝えたいことはあるのに声になって出てこない。
ひとりで家に帰ると、家の前に隼人 が立っていた。
近所に住む幼なじみで、母親同士が仲がいいので小さいころからよく一緒に遊んだ。
それこそ、お互いにオムツを履いているころから知っているけど、小学校の高学年になってから隼人はなぜかモテている。サッカーをしていて、リフティングなんかもサーカスの曲芸みたいに華麗にこなすから、それがかっこいいのかな。今は一丁前に、テニス部のかわいい彼女がいる。
「よお」隼人が言った。
「なによ」私はぶっきらぼうに応えた。
「なんだよ、機嫌悪いなあ」隼人は言う。
「練習で疲れてるの。なに? なんか用?」私が言うと、「はい」と水色の封筒を私に差し出した。
「園田から」
封筒を受け取りながら、小学5年で同じクラスだった園田に前にも同じ封筒をもらったことがあることを思い出した。
園田とは5年のときにリコーダーの合奏でペアになり、ふたりでなん度も練習した。練習を重ねるごとにハーモニーは綺麗になり先生に褒められた。園田も隼人と同じサッカーチームに入っていた。やさしくて親切なところが隼人とは全然ちがう。
6年に上がる前の春休みに手紙がポストに入っていた。なんの手紙だろうと思って開けてみると、園田が私のことを好きだと思ってくれているということが書いてあった。
5年の終わりごろになるとちらほら「つき合う」子たちが出てきた。彼女とか彼氏とか、そういう話も時々出た。
でも私は全然ピンとこなかった。
だから園田からその手紙をもらったとき、うれしかったけどどこかぼんやりしていた。
手紙にも返事をくれとかつき合ってほしいとかそういうことは書いていなかったからそのままにした。
「園田がラインで二葉とつながりたいって」
私がなにも言わずに封筒を見つめていると
「とにかく渡したからな」
隼人はそう言ってスタスタと歩き出した。
少し進んで立ち止まり、振り向くと私に言った。
「二葉、顔暗いぞ」
「そんなことないよ」
私が答えると隼人は言った。
「たまには俺が相手してやろうか? 久々に河川敷でサッカーでもする?」
なにも考えずに、思い切り走りたい。
私は封筒をカバンに入れながら隼人に言った。
「お母さんに言ってくるから待ってて」
そして日が暮れるまでの少しの時間、隼人とサッカーボールを蹴って遊んだ。
川との間には雑草がぐんぐん背を伸ばしている。
もうすぐ夏休みだ。
いやな予感なんて、知らない間に消えてほしい。
熱気をはらんだ風に吹かれながら、私は隼人に向かって思い切りボールを蹴った。
佑衣と美夏と晴美が帰る日は、私も片付けをせずに帰るようになった。そして3人が片付けに残る日は一緒に残る。
1年生の部員は9人。
練習後のボールの片付けやコートのモップがけは1年生がすることになっている。
私は片付けは1年生みんなでしたほうがいいと思っていた。
でも佑衣たちには言えない。
そのうち、佑衣と美夏と晴美は一切片付けをしなくなった。私は自分はどうしたいのかという気持ちを見ないようにして、3人と一緒に帰った。
そんなことが1、2週間続いたある日、1年の部員が集められた。
3年部長の高縄先輩がやさしい口調で話す。
「練習が終わった後の様子を見て気になったんだけど、片付けは1年生みんなでしたほうがよくない? 手分けしてみんなですればすぐに終わるよ」
みんな黙っていたけど、私はその言葉にほっとした。これからはみんなで片付けができる。
チラッと顔を見渡すと、美夏だけが違う表情をしている気がした。先輩の前だから露骨にではないけど、どこか反抗的な気配を感じる。
高縄先輩は「じゃ、そういうことで。よろしくね!」と言った。
1年生の私たちは「はい!」と返事をした。美夏も……そう返事をしたと思う。
先輩がコートに向かって走って行った後、バッシュを取りにカバンのところに戻るとき、美夏がボソッと言った。
「あの5人の誰かが告げ口したんだよ」
私はゾクッとした。
告げ口——。
そんなふうに考えたことなかった。
たとえ1年の誰かが先輩に話したとしても、それはバスケ部をいい方向に持っていくための相談で……。高縄先輩は私たち4人を責めたんじゃなくて、これからはこうしていこうという方向を示してくれた。このまま間違ったほうに行かなくてよかった。
美夏はさらに言った。
「まさか、二葉じゃないよね」
私は一瞬、言葉が出なかった。
「そんなこと、言ってないよ……」
美夏は続ける。
「私たちと帰るときも片付けのこと気にしてたでしょ」
私は声が途切れそうになりながら必死で話した。
「でも、片付けはみんなでしたほうがいいかなって……。そんなに大変じゃないし、片付けも練習のうちって私は思ってたから……」
「すごいね。やっぱり二葉は。私たちはそこまでバスケに入れ上げてないから」
美夏が吐き捨てるように言った。
思ってもみない方向に話が進み、どうしていいかわからない。
すると晴美が
「とにかくバッシュ履こ! もうすぐ練習始まるよ」と言った。
佑衣はなにも言わずに話を聞きながら、もうバッシュを履き終えている。
「集合ー」
先輩の掛け声で、みんなはコートの中央に集まっていく。
私だけがまだ靴下のままということに気づき、慌ててバッシュを履いた。
紐を結ぶ手が思うように動かない。
その日、美夏たちも片付けに残った。そして、ボールだけを片付けて帰って行った。
私は他の1年生のメンバーとモップをかけ、集めたゴミをちりとりに乗せゴミ箱に捨てた。
あおいが「二葉、ありがとう」と声をかけてくれた。
ミニバス経験者のあおいは中学校に入学するときに引っ越してきた。1年生でミニバス上がりなのはあおいと私のふたり。
あおいが声をかけてくれたのに私はなにも言えない。
「今まで片付けを押し付けてごめんね」……伝えたいことはあるのに声になって出てこない。
ひとりで家に帰ると、家の前に
近所に住む幼なじみで、母親同士が仲がいいので小さいころからよく一緒に遊んだ。
それこそ、お互いにオムツを履いているころから知っているけど、小学校の高学年になってから隼人はなぜかモテている。サッカーをしていて、リフティングなんかもサーカスの曲芸みたいに華麗にこなすから、それがかっこいいのかな。今は一丁前に、テニス部のかわいい彼女がいる。
「よお」隼人が言った。
「なによ」私はぶっきらぼうに応えた。
「なんだよ、機嫌悪いなあ」隼人は言う。
「練習で疲れてるの。なに? なんか用?」私が言うと、「はい」と水色の封筒を私に差し出した。
「園田から」
封筒を受け取りながら、小学5年で同じクラスだった園田に前にも同じ封筒をもらったことがあることを思い出した。
園田とは5年のときにリコーダーの合奏でペアになり、ふたりでなん度も練習した。練習を重ねるごとにハーモニーは綺麗になり先生に褒められた。園田も隼人と同じサッカーチームに入っていた。やさしくて親切なところが隼人とは全然ちがう。
6年に上がる前の春休みに手紙がポストに入っていた。なんの手紙だろうと思って開けてみると、園田が私のことを好きだと思ってくれているということが書いてあった。
5年の終わりごろになるとちらほら「つき合う」子たちが出てきた。彼女とか彼氏とか、そういう話も時々出た。
でも私は全然ピンとこなかった。
だから園田からその手紙をもらったとき、うれしかったけどどこかぼんやりしていた。
手紙にも返事をくれとかつき合ってほしいとかそういうことは書いていなかったからそのままにした。
「園田がラインで二葉とつながりたいって」
私がなにも言わずに封筒を見つめていると
「とにかく渡したからな」
隼人はそう言ってスタスタと歩き出した。
少し進んで立ち止まり、振り向くと私に言った。
「二葉、顔暗いぞ」
「そんなことないよ」
私が答えると隼人は言った。
「たまには俺が相手してやろうか? 久々に河川敷でサッカーでもする?」
なにも考えずに、思い切り走りたい。
私は封筒をカバンに入れながら隼人に言った。
「お母さんに言ってくるから待ってて」
そして日が暮れるまでの少しの時間、隼人とサッカーボールを蹴って遊んだ。
川との間には雑草がぐんぐん背を伸ばしている。
もうすぐ夏休みだ。
いやな予感なんて、知らない間に消えてほしい。
熱気をはらんだ風に吹かれながら、私は隼人に向かって思い切りボールを蹴った。