銀色の涙

文字数 795文字

 次の日、練習が始まる前。

「山﨑先生が職員室で呼んでるから行ってきて」

 あおいが一人でいる私のところに来て言った。私の顔を見ずに。

 顧問の山﨑先生が私を……?
 不自然なことはすぐにわかった。あおいの様子を見ても、こちらを見るでもなくことのなり行きを伺っている美夏たちの雰囲気からも。
 職員室になんて行きたくなかった。
 きっと山﨑先生は私のことなんて呼んでない。
 なにかが始まる。
 私がいやな気持ちになるなにかが。
 それを見て楽しもうとする人たちの前で。

 そこまでわかっているのに行くしかない。悔しくて惨めだけど抗うことができない。

「わかった」

 履きかけていたバッシュを脱いで壁際に置き、体育館を出た。

 職員室には行かなかった。

 1年生の教室が並ぶ誰もいない廊下の窓から外を見ていた。夏休みの学校は少し現実味が薄い。テニスコートでテニス部が練習している。吹奏楽部の奏でる楽器の音が聴こえる。穏やかそうなこの風景の中で、なにが起こっているのだろう。そして誰かを傷つけるなにかが起きようとしていても、学校という場所は何食わぬ顔をしているんだな、とも思った。

 しばらく時間をつぶして体育館に戻った。

 私のバッシュがなくなっていた。

 私の心はその時に折れてもうがんばれない。

 人にダメージを与えるにはその人が大切にしているものを攻撃すればいい。こんなオーソドックスないやがらせがこんなにも痛いんだ。

 私の大切な場所に、もう私の居場所はない。そう思うと今までこらえていた涙があふれた。泣きたくないのに。泣いているところなんて見せたくないのに。悔しいとか悲しいとか感情を込めたくない。この涙はそんな哀れな涙じゃない。空洞の涙。温度なんてない。

 私はかばんを持って体育館を出た。そしてバッシュを探した。体育館の裏や花壇。ゴミ置き場。トイレ。思いつくところを探して回ったけど、私のバッシュは見つからなかった。



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