桃色のハンカチ
文字数 969文字
あの日、逃げ帰ってそれきりバスケ部の練習には行ってない。
しばらくは行ったふりをして練習着を洗濯に出しておいた。
「二葉、部活行ってないの……?」
数日経った朝、母に問われた。
「里ちゃんのママから、二葉が何日も部活を休んでるって聞いて……。お母さん、全然知らなかったからびっくりしちゃった」
深刻にならないように気遣いながら母は歪 な笑顔を作った。里ちゃんはミニバス時代から一緒の、ひとつ上の先輩。お母さん同士気が合うらしく、ランチに行ったりしていた。
バッシュの件があった時、先輩たちはまだ来ていなくて体育館には1年生だけだった。だから、なにがあったか先輩たちは知らないと思う。
「だまって休んでごめんなさい……」
私は母に謝った。
「謝ることない。なにかあったんだね」
「ごめんなさい……」
「今日も休む……?」
「うん……」
「お母さんは仕事に行っても大丈夫?」
行く用意を済ませた格好で、母はそう聞いた。
「うん」
休んでほしいという思いもあった。でも仕事なのだからそんなに簡単に休めないだろうということもわかっていた。
「帰ってきたら話、聞かせてね」
その言葉には答えられずに黙ってうつむいた。
時間が迫っているらしく、母は腕時計に目をやる。
「行ってくるね。何かあったら携帯電話に連絡入れてね」
私にそう言い残して母は出かけた。
これでもう嘘をつかなくていいと思うとほっとした。
なにがあったか……。
話したい気持ちと、言えるわけないという気持ちがせめぎ合う。
話した方がらくになるのだろうか。でも母がうろたえて大事 にするのではないかという不安がよぎる。
大事 にはしてほしくない。
でも……いつまでも黙っているわけにもいかないだろうな……。
自分に起きていることなのに、どこか他人事のような気がした。
でもやっぱりたったひとりで悩んでいるより、母に聞いてもらいたい——。
話そう、そう決めて、母が作っておいてくれた目玉焼きを少しずつ食べた。
リビングのテーブルの上に桃色のハンカチがある。
母の忘れ物だろうか。
私が黙って部活を休んでいることを知り、母は胸を痛めたのだろうか。もしかするとそのハンカチで涙をぬぐったのかもしれない。
母を悲しませたくないのに。
迷惑をかけたくないのに。
冷めた目玉焼きは食べきれないまま、お皿の上で固くなっていた。
しばらくは行ったふりをして練習着を洗濯に出しておいた。
「二葉、部活行ってないの……?」
数日経った朝、母に問われた。
「里ちゃんのママから、二葉が何日も部活を休んでるって聞いて……。お母さん、全然知らなかったからびっくりしちゃった」
深刻にならないように気遣いながら母は
バッシュの件があった時、先輩たちはまだ来ていなくて体育館には1年生だけだった。だから、なにがあったか先輩たちは知らないと思う。
「だまって休んでごめんなさい……」
私は母に謝った。
「謝ることない。なにかあったんだね」
「ごめんなさい……」
「今日も休む……?」
「うん……」
「お母さんは仕事に行っても大丈夫?」
行く用意を済ませた格好で、母はそう聞いた。
「うん」
休んでほしいという思いもあった。でも仕事なのだからそんなに簡単に休めないだろうということもわかっていた。
「帰ってきたら話、聞かせてね」
その言葉には答えられずに黙ってうつむいた。
時間が迫っているらしく、母は腕時計に目をやる。
「行ってくるね。何かあったら携帯電話に連絡入れてね」
私にそう言い残して母は出かけた。
これでもう嘘をつかなくていいと思うとほっとした。
なにがあったか……。
話したい気持ちと、言えるわけないという気持ちがせめぎ合う。
話した方がらくになるのだろうか。でも母がうろたえて
でも……いつまでも黙っているわけにもいかないだろうな……。
自分に起きていることなのに、どこか他人事のような気がした。
でもやっぱりたったひとりで悩んでいるより、母に聞いてもらいたい——。
話そう、そう決めて、母が作っておいてくれた目玉焼きを少しずつ食べた。
リビングのテーブルの上に桃色のハンカチがある。
母の忘れ物だろうか。
私が黙って部活を休んでいることを知り、母は胸を痛めたのだろうか。もしかするとそのハンカチで涙をぬぐったのかもしれない。
母を悲しませたくないのに。
迷惑をかけたくないのに。
冷めた目玉焼きは食べきれないまま、お皿の上で固くなっていた。