群青のアイコン
文字数 1,979文字
すみれさんのパスをキャッチして打ったシュートはゴールネットをシュッ! とくぐり抜けた。
「ふぅちゃんナイスシュート!」
かけ声が体育館に響く。
私が参加させてもらったバスケットボールサークルは、大学生からお孫さんがいる世代の方まで幅広い年齢層のバスケ好きの人が集まるサークルだった。
活動場所の体育館は私が住む街からふたつ離れた市にある。
最初の日、体育館に向かう車の中で父が言った。
「二葉の事情はすみれさんに伝えてあるからなにも気にしなくていいよ」
そう言われてほっとするというより複雑な気持ちになった。父の影にかくれてこそこそする私——そんな自分の姿が頭に浮かんだ。
体育館に着くと扉の向こうからバンバンとドリブルの音がする。
大好きな音……。
談笑する声。
キュッキュッと、バッシュが体育館の床を踏む音。
前は当たり前に耳にしていた音。
それが聴けなくなった。
約半年ぶりに聴く音に、胸が詰まった。
父が体育館の扉を開ける。
父に促され、恐る恐る中に入るとすみれさんが私たちに気づいて駆けて来てくれた。明るくて頼りになるお姉さんという印象のすみれさんは、父の同僚の娘さんで大学生だそうだ。
その日の練習には15人ぐらいの人がいた。練習の初めにすみれさんが私を紹介してくれた。
「浜口二葉さんです。しばらくバスケはしていないけど、小学校時代はミニバスでバリバリのゴリゴリだったんだよね?」
みんなが私に注目した。
「よろしくお願いします」
パチパチと拍手が鳴る。
私は思い切って言った。
「中学1年生です。私は今、事情があって学校に通っていません。バスケ部に入っていたけど行けなくなりました。でもバスケが好きです。みなさんと一緒にバスケをさせてください」
一瞬の間があり、誰かが言った。
「一緒にやろう!」
他の人も続いた。
「楽しくみんなでバスケしよ〜!」
「二葉ちゃんだから……ふぅちゃんだね! ふぅちゃん! よろしく!」
「ふぅちゃん! いいね!」
想像していなかった温かい空気に驚いた。
勇気を出してよかった。
新しいバッシュを踏みしめ感触を確かめる。
逃げたくない。
今はまだ弱いけど、強くなりたい。
バッシュの紐をもう一度結び直してストレッチの輪に入った。
体力こそ落ちていたけど、バスケットボールを触るとどんどん体が動く。汗をかいて走るのが気持ちいい。
ボールがボードに当たる。床を跳ねる。すみれさんがリバウンドを取ってパスをする。そのボールは私の手に収まり、ステップを踏んで打ったスリーポイントはきれいに決まった。
「ふぅちゃんナイスシュート!」
公式戦には一般部門でチーム登録をしているので中学生の私は出られないけど練習試合なら出られるから、ということで練習試合に出してもらえることになった。
日曜日の午後、相手チームは普段から交流のあるチームで、私たちと同じようなメンバー構成だそうだ。その中に私と同じ歳ぐらいの子がいた。目が合ってハッとした。
晴美だった。
晴美も私に気づいて驚いているようだった。
晴美はジーパンを履き、バスケはしないような格好だった。そういえば晴美のお母さんは趣味でバスケをしていると前に晴美が話していた。お母さんについてきたのだろうか。
晴美は私がここでバスケをしていたとみんなに言いふらすだろうか。学校にも行ってないくせにバスケしてると先生に話すだろうか。
暗い不安が過 ぎる。
ピーーーッ
審判役の水野さんがホイッスルを鳴らす。
「始めますよー」
とにかく今は忘れよう。
私はベンチから試合を応援した。
「ふぅちゃん、出るよ!」
しばらくしてすみれさんが言った。
「メンバーチェンジ」
オフィシャルが声をかける。
コートの淵に立ち、ドキドキした。
試合は一進一退。
第3クォーターの終了間際、私は相手チームのパスをインターセプトし、そのままドリブルしてシュートを決めた。
「ナイッシュー!」
チームの声援に紛れて
「二葉ナイスシュート!」
晴美の声が聞こえた。
私はコートの中から晴美を見た。晴美は拍手をしていた。
試合後も晴美と話すことはなかった。シュートが決まったあのとき、晴美が私に声をかけてくれた気がした。聞き違いかもしれない。私が勝手にいいように考えているだけかもしれない……。
答えのない考えが頭の中ををぐるぐる巡った。
そしてしばらくして思った。
もう考えるのはやめよう。
今日は試合ができて楽しかった。いい汗をかいた。
そのことだけをかみしめよう。
数日後、思いがけない人からラインが来た。
佑衣だった。
群青の空が山際から明けていく。夜の終わり、朝のほんの初め。
その空を丸く切り取った佑衣のアイコンがそれを伝えた。
メッセージを開くと
『話したいことがあるから、二葉の家に行ってもいいですか』
と書いてあった。
「ふぅちゃんナイスシュート!」
かけ声が体育館に響く。
私が参加させてもらったバスケットボールサークルは、大学生からお孫さんがいる世代の方まで幅広い年齢層のバスケ好きの人が集まるサークルだった。
活動場所の体育館は私が住む街からふたつ離れた市にある。
最初の日、体育館に向かう車の中で父が言った。
「二葉の事情はすみれさんに伝えてあるからなにも気にしなくていいよ」
そう言われてほっとするというより複雑な気持ちになった。父の影にかくれてこそこそする私——そんな自分の姿が頭に浮かんだ。
体育館に着くと扉の向こうからバンバンとドリブルの音がする。
大好きな音……。
談笑する声。
キュッキュッと、バッシュが体育館の床を踏む音。
前は当たり前に耳にしていた音。
それが聴けなくなった。
約半年ぶりに聴く音に、胸が詰まった。
父が体育館の扉を開ける。
父に促され、恐る恐る中に入るとすみれさんが私たちに気づいて駆けて来てくれた。明るくて頼りになるお姉さんという印象のすみれさんは、父の同僚の娘さんで大学生だそうだ。
その日の練習には15人ぐらいの人がいた。練習の初めにすみれさんが私を紹介してくれた。
「浜口二葉さんです。しばらくバスケはしていないけど、小学校時代はミニバスでバリバリのゴリゴリだったんだよね?」
みんなが私に注目した。
「よろしくお願いします」
パチパチと拍手が鳴る。
私は思い切って言った。
「中学1年生です。私は今、事情があって学校に通っていません。バスケ部に入っていたけど行けなくなりました。でもバスケが好きです。みなさんと一緒にバスケをさせてください」
一瞬の間があり、誰かが言った。
「一緒にやろう!」
他の人も続いた。
「楽しくみんなでバスケしよ〜!」
「二葉ちゃんだから……ふぅちゃんだね! ふぅちゃん! よろしく!」
「ふぅちゃん! いいね!」
想像していなかった温かい空気に驚いた。
勇気を出してよかった。
新しいバッシュを踏みしめ感触を確かめる。
逃げたくない。
今はまだ弱いけど、強くなりたい。
バッシュの紐をもう一度結び直してストレッチの輪に入った。
体力こそ落ちていたけど、バスケットボールを触るとどんどん体が動く。汗をかいて走るのが気持ちいい。
ボールがボードに当たる。床を跳ねる。すみれさんがリバウンドを取ってパスをする。そのボールは私の手に収まり、ステップを踏んで打ったスリーポイントはきれいに決まった。
「ふぅちゃんナイスシュート!」
公式戦には一般部門でチーム登録をしているので中学生の私は出られないけど練習試合なら出られるから、ということで練習試合に出してもらえることになった。
日曜日の午後、相手チームは普段から交流のあるチームで、私たちと同じようなメンバー構成だそうだ。その中に私と同じ歳ぐらいの子がいた。目が合ってハッとした。
晴美だった。
晴美も私に気づいて驚いているようだった。
晴美はジーパンを履き、バスケはしないような格好だった。そういえば晴美のお母さんは趣味でバスケをしていると前に晴美が話していた。お母さんについてきたのだろうか。
晴美は私がここでバスケをしていたとみんなに言いふらすだろうか。学校にも行ってないくせにバスケしてると先生に話すだろうか。
暗い不安が
ピーーーッ
審判役の水野さんがホイッスルを鳴らす。
「始めますよー」
とにかく今は忘れよう。
私はベンチから試合を応援した。
「ふぅちゃん、出るよ!」
しばらくしてすみれさんが言った。
「メンバーチェンジ」
オフィシャルが声をかける。
コートの淵に立ち、ドキドキした。
試合は一進一退。
第3クォーターの終了間際、私は相手チームのパスをインターセプトし、そのままドリブルしてシュートを決めた。
「ナイッシュー!」
チームの声援に紛れて
「二葉ナイスシュート!」
晴美の声が聞こえた。
私はコートの中から晴美を見た。晴美は拍手をしていた。
試合後も晴美と話すことはなかった。シュートが決まったあのとき、晴美が私に声をかけてくれた気がした。聞き違いかもしれない。私が勝手にいいように考えているだけかもしれない……。
答えのない考えが頭の中ををぐるぐる巡った。
そしてしばらくして思った。
もう考えるのはやめよう。
今日は試合ができて楽しかった。いい汗をかいた。
そのことだけをかみしめよう。
数日後、思いがけない人からラインが来た。
佑衣だった。
群青の空が山際から明けていく。夜の終わり、朝のほんの初め。
その空を丸く切り取った佑衣のアイコンがそれを伝えた。
メッセージを開くと
『話したいことがあるから、二葉の家に行ってもいいですか』
と書いてあった。