レモンイエローの月

文字数 2,272文字

「私は、自分の手に入らないものを二葉がなんなく手に入れているみたいで、それがうらやましくて、二葉を見ていると自分がみじめになって……それでいやがらせをしてしまった」

 佑衣も私も、一粒の涙も流していない。

「ごめん……」

「どうして今、それを私に話しに来たの?」

「このままでいいわけないと思ってた。部活をしていても楽しくなかった。でも先輩がいる時はなんとか気持ちをごまかすことができた。先輩が引退して、自分たちが部活をまとめていく立場になって、もうごまかせなくなった。私も……」

「私もバスケが好きだから」

 そう言った佑衣の目に初めて涙が(にじ)んだ。でも佑衣は、下唇をギュッと噛んでそれを押し(とど)めた。何がなんでも泣かない。佑衣のそんな思いが噛み締めた頬から伝わってきた。

「二葉と倉持さんの仲の良さがうらやましかった。私もそんな友達がほしかった。当たり前だけど、人を(ねた)んでいやがらせするような私にそんな友達ができるわけない。そんなこと最初からわかりきったことだけど……」

「山﨑先生が事あるごとに『浜口のことはこのままでいいのか?』って私たちに投げかけた。犯人探ししたりするわけじゃないけど、ずっと言われ続けた。もういっそのこと忘れてしまいたいのに、逃げさせないって言われているみたいだった。それで、2年生だけでミーティングがしたいって山﨑先生に頼んだ。そして初めて二葉のことをみんなで話した」

「先生がいた方がいいか? って聞かれたけど、まずは自分たちだけでって部活の時間に教室を借りて話をした。一人ひとり、二葉にしたことをどう思うか話した。みんな『二葉に悪いことをした。謝りたい。二葉に帰ってきてほしい』というようなことを言った。あおいと美夏だけは最後まで黙っていて……」

「美夏が『私がみんなを巻き添えにしただけだから、先生に本当のことを話して私がバスケ部をやめる』って言った」

「そしたら晴美が」

「『あの時は美夏の気持ちもわかった』って……。『美夏から園田の話を聞いてたから、なんで二葉はそんなことするんだろうってほんとに少し腹が立った。バスケも上手くて先輩からも好かれて、二葉は楽しいだろうなって。それで少しぐらい意地悪してもいいかって思った。だから私は巻き添えになったんじゃなくて自分の意思でやった』って」

「そしたら美夏が『園田のこと、みんなの前で言うんだね……』って……」

「晴美は焦って謝ってたけど、それで美夏は園田のことをみんなに話した。私は晴美から聞いて少し知っていたけど、初めてその時に詳しいことを聞いた」

「美夏は『本当に悔しくて腹が立って二葉のことが大嫌いだった。でもそう思えば思うほど自分のこともどんどん嫌いになった。野口さんに言われた通り、こんな私を園田も誰も好きになるわけない。でもひとつだけ二葉に言えるなら、その気がないなら最初からちゃんとそう園田に伝えてほしかった』って泣いた」

 美夏。
 私は知らない間に美夏のことをそんなに傷つけていたんだ。

 全然知らなかった。

 私はクローゼットからバッシュを出して抱きしめた。美夏たちに捨てられたバッシュ。絵里花が届けてくれたバッシュ。

 私が美夏なら、どうしていただろう。
 わからない。
 想像がつかない。

 美夏だけじゃなく、園田のことも傷つけていたのかな。
 恋なんて知らないからわからない。

「二葉は人のことを妬んだりしないからわからないだろうけど、私も美夏も二葉のことを妬む気持ちに負けた」

 佑衣はもう余力は少ししか残っていないというふうに小さく息を吐いてそう話した。

「……私もあるよ」

「え?」

「私も妬む気持ち、ある……」

「そうなんだ……」

「愛のこと」

「倉持さんのこと?」

 佑衣は驚いて私の顔を見た。

「愛は私がいなくても学校で楽しく過ごしてるだろうし……。私がいない方がほかの友達と仲良くできてよかったのかもしれない。学校に行けなくなってからもずっとやさしくしてくれる愛にそんなこと思う……」

「……違う」

「え……?」

 佑衣はうつむいて、座っている太ももに乗せた手をぎゅっと握って言った。

「二葉が学校に来なくなって、倉持さんはよく教室でひとりぽつんとしてた。私は隣のクラスだったから、1組の前を通るたびに気になって倉持さんの様子を見てた。ほかの子といる時も二葉といた時ほど楽しそうにしてることはなかった。2年になって廊下ですれ違っても、二葉といたときみたいな笑顔は見たことないよ……」

「……」

「だから倉持さんを見かけるたびに、私は二葉からバスケだけじゃなくて、倉持さんと過ごす楽しい時間も奪ったんだって思った」

「………………」

 今度は私が泣きそうになった。でも佑衣が涙を見せずに話しているその覚悟のようなものを、私も受け止めなくちゃいけないんじゃないかとひっしで我慢した。泣いてもよかったのかもしれないけど、ぐっとこらえた。

「教えてくれてありがとう」

「……ごめん……。本当にごめん……。二葉の大切なものをふたつも無茶苦茶にして」

 私は大切なものを無茶苦茶にされたのかな。

 腕の中にあるバッシュは痛みではなく温もりを私に伝えているようだった。

 どうしてかわからない。
 そんな気がした。

 母が帰宅して、佑衣が帰って行った。またラインしてもいいか聞かれて、「うん」と答えた。

 帰っていく佑衣の背中が見えるうちに家に入った。

 玄関の扉を閉めながら見上げた空に、レモンイエローの細い月が浮かぶ。

 欠けていく月か、満ちていく月かどっちかわからないけど、それは固く閉じた扉を開ける鍵のように、そのとき私には見えた。

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