エメラルドグリーンのヘアブラシ
文字数 1,511文字
お昼ごはんのラーメンを食べ終わって、なんとはなしにテレビを見ていると、ピンポーンとチャイムが鳴った。
モニターを見た母が私に言った。
「愛ちゃん、来てくれたよ」
愛は、小学校のころからの友達。
私が学校から遠ざかっても、こうして会いに来てくれる。
最初は、他の子も来てくれた。
でも、私はうまく話せなくなっていった。
それまで、どうやって話していたのか思い出せない。頭の中でいろんな考えがぐるぐるぐるぐる回って、なにを話していいのかわからない。
こういうときは、どんな返事をするんだっけ……、どんな顔して聞いたらよかったっけ……。どんなことを言えば、私は嫌われないんだっけ……。
考えれば考えるほど言葉は出なくなり、堅い空気だけが漂った。
私がそんなだから、会いに来てくれていた同級生も、少しずつ来なくなった。
愛の前では、それまでの私のまま話せたし、笑うこともできた。
私が玄関まで迎えに行くと、体操服姿の愛が立っていた。熱中症対策で、夏は体操服登校が認められている。夏休み明けの初日は午前中授業だから、学校帰りに寄ってくれたのだ。
「おつかれ」私は言った。
「ほんとに、おつかれだよ」色白の額に汗をにじませながら愛は言った。
母が出てきて
「愛ちゃん、こんにちはぁ。いつも、ありがとうね〜。お昼、まだ食べてないよね?なにか食べる?」と愛に聞いた。
「おばさん、こんにちは。お昼ごはんは母がお弁当を作って置いて行ってくれてるので大丈夫です。二葉と少し喋ったら失礼するので」ニコッと笑って愛が言う。
「そお? お腹空いたよね。おやつだけ少しつまんで行って。部屋に持っていくから」と母。
「ありがとうございます」愛は感じよく、ペコリとお辞儀をした。
階段を登り、部屋に向かいながら私は愛に言った。
「ほんとに愛は親受けがいいよね」
イヤミでもなんでもない。その場その場にふさわしい、感じのいい応対ができる愛を、心から尊敬しているのだ。
「そういうのはミッチリ、おばあちゃんに仕込まれたからね。二葉のことだって、うちの家族みんな大好きだよ」
愛にとってはなんでもない会話なのかもしれない。
でも、私にとっては泣きたくなるほどの言葉——「大好きだよ」——。
学校に行けなくなってから、私のことを一番嫌いなのは私なんじゃないかと思う。こんな私が大嫌い。こんな私……。
こんな私は、誰にも好かれない。みんな、私のことが大嫌い。
そんなことばかり考える。
でも、愛はこうやって、いつもふと、「大好きだよ」のメッセージをくれる。
ずっと変わらない。
愛と私は、小学5年生の時に同じクラスになった。
愛と友達になったのは、5月の林間学校。同じ班になり、寝る部屋も一緒だった。
距離が縮まったのは、エメラルドグリーンのヘアブラシ。100円ショップで買ったプラスチック製の物で、色がきれいなそのブラシを、愛も持っていた。
私たちは、そのときまるで運命の出会いのように感じた。
「同じブラシだねー」と話しながら、この子とはすごく仲良くなるだろうな、と思った。愛もそう思ったと、後で言っていた。
母がお盆の上にカルピスとハッピーターンを乗せて、開けたままのドアから入ってきた。
ハッピーターン。愛も私も大好きなお菓子。これに芋けんぴがつけば、パーフェクトな組み合わせ。体型を気にしつつも成長期の私たちは、おいしいお菓子に目がない。
「今日はハッピーターンだけにしとくね」
そう言って、母は階段を降りて行った。
カルピスを飲み、ハッピーターンの包みをガサガサ開けながら、私たちは大好きなアイドルの話をした。
心配事など、なにもない中学生のように。
14歳、中2の夏。
モニターを見た母が私に言った。
「愛ちゃん、来てくれたよ」
愛は、小学校のころからの友達。
私が学校から遠ざかっても、こうして会いに来てくれる。
最初は、他の子も来てくれた。
でも、私はうまく話せなくなっていった。
それまで、どうやって話していたのか思い出せない。頭の中でいろんな考えがぐるぐるぐるぐる回って、なにを話していいのかわからない。
こういうときは、どんな返事をするんだっけ……、どんな顔して聞いたらよかったっけ……。どんなことを言えば、私は嫌われないんだっけ……。
考えれば考えるほど言葉は出なくなり、堅い空気だけが漂った。
私がそんなだから、会いに来てくれていた同級生も、少しずつ来なくなった。
愛の前では、それまでの私のまま話せたし、笑うこともできた。
私が玄関まで迎えに行くと、体操服姿の愛が立っていた。熱中症対策で、夏は体操服登校が認められている。夏休み明けの初日は午前中授業だから、学校帰りに寄ってくれたのだ。
「おつかれ」私は言った。
「ほんとに、おつかれだよ」色白の額に汗をにじませながら愛は言った。
母が出てきて
「愛ちゃん、こんにちはぁ。いつも、ありがとうね〜。お昼、まだ食べてないよね?なにか食べる?」と愛に聞いた。
「おばさん、こんにちは。お昼ごはんは母がお弁当を作って置いて行ってくれてるので大丈夫です。二葉と少し喋ったら失礼するので」ニコッと笑って愛が言う。
「そお? お腹空いたよね。おやつだけ少しつまんで行って。部屋に持っていくから」と母。
「ありがとうございます」愛は感じよく、ペコリとお辞儀をした。
階段を登り、部屋に向かいながら私は愛に言った。
「ほんとに愛は親受けがいいよね」
イヤミでもなんでもない。その場その場にふさわしい、感じのいい応対ができる愛を、心から尊敬しているのだ。
「そういうのはミッチリ、おばあちゃんに仕込まれたからね。二葉のことだって、うちの家族みんな大好きだよ」
愛にとってはなんでもない会話なのかもしれない。
でも、私にとっては泣きたくなるほどの言葉——「大好きだよ」——。
学校に行けなくなってから、私のことを一番嫌いなのは私なんじゃないかと思う。こんな私が大嫌い。こんな私……。
こんな私は、誰にも好かれない。みんな、私のことが大嫌い。
そんなことばかり考える。
でも、愛はこうやって、いつもふと、「大好きだよ」のメッセージをくれる。
ずっと変わらない。
愛と私は、小学5年生の時に同じクラスになった。
愛と友達になったのは、5月の林間学校。同じ班になり、寝る部屋も一緒だった。
距離が縮まったのは、エメラルドグリーンのヘアブラシ。100円ショップで買ったプラスチック製の物で、色がきれいなそのブラシを、愛も持っていた。
私たちは、そのときまるで運命の出会いのように感じた。
「同じブラシだねー」と話しながら、この子とはすごく仲良くなるだろうな、と思った。愛もそう思ったと、後で言っていた。
母がお盆の上にカルピスとハッピーターンを乗せて、開けたままのドアから入ってきた。
ハッピーターン。愛も私も大好きなお菓子。これに芋けんぴがつけば、パーフェクトな組み合わせ。体型を気にしつつも成長期の私たちは、おいしいお菓子に目がない。
「今日はハッピーターンだけにしとくね」
そう言って、母は階段を降りて行った。
カルピスを飲み、ハッピーターンの包みをガサガサ開けながら、私たちは大好きなアイドルの話をした。
心配事など、なにもない中学生のように。
14歳、中2の夏。