クリスタルちゃんの決心

文字数 3,058文字

 その頃。
 ムーンバックスクリスタルレイクビーチ支店。
 ビキニヴァルキリーズの出動を見送ってから、店長マリオ・アッバーテ(43)は、店員一同を指揮して甲斐甲斐しく避難してきた市民のケアに当たっていた。温かい飲み物と甘い甘いドーナッツを配り、サメから逃げ延びた人々にささやかな幸せを提供した。
 やがてドーナッツとムーンバックスラテ(乳製品アレルギーの人にはソイラテ、お子様にはココア)が全員に行き渡り、避難者の顏に笑みがもどる。
「どうやらピークは過ぎたようだね。君たち、後は任せていいかな」
「はい、店長は休んでください」
 店長はエプロンを外し、奥のオフィスに入る。さらに奥の扉を開ける。
 店の倉庫のさらに奥に、ひっそりと小さなドアがあった。
 それはこの建物がムーンバックスカフェクリスタルレイクビーチ支店になるずっと前から、ひっそりとそこにあった。その向こうには、分厚い壁に囲まれた窓一つない部屋。長い間忘れられてきたが、文明の発展とともに新たな役割を与えられた。
 そこには、椅子と、机と、銀色のノートパソコンとウェブカメラ、そしてヘッドセットが置かれている。
 店長は静かにヘッドセットを装着し、パソコンのスリープを解除した。深呼吸を一つ、クリックひとつ。
『はぁ〜い、こちらはクリスタルレイクビーチの非公認Vチューバー、クリスタルちゃんでーす!』
 
 OMG!
 今明かされる真実。美少女Vチューバークリスタルちゃんの中の人(しょうたい)は、ムーンバックスカフェクリスタルレイクビーチ支店の店長、マリオ・アッバーテさん(43)だったのだ! そう、これが。これこそが世にも名高いバーチャル美少女受肉おじさん、略してバ美肉おじさんなのだ!
 カワイイを追求したあざとすぎないアバター、入念に調整されたボイスチェンジャーによって、本来の渋い低音ボイスはしゅわっとアイスクリームソーダのはじけるような甘い萌え萌えボイスに変換される、奇跡の相性。そして、恥ずかしがらずに美少女のテンションで話す鋼の精神!
 おお賢明なる読者諸氏は既にご存知であろう。これは機具とカワイイアバターだけでは成し得ない。マリオ氏個人の資質である。才能である! 彼は血のにじむような鍛練と研ぎ澄ませた感性によって、おじさんの知恵と叡知、そして少女の魂を合せ持つVチューバーとなったのだ!
 誉めよ、あがめよ、讃えよ、まさにこれこそ達人の技。

『聞いてください。今、ビキニヴァルキリーは最後の決戦に向かっています。私たちを救うために。クリスタルレイクビーチの観光協会は、かたくなにサメの存在を否定しています。しかしサメはいます!』

 マリオ店長は、いや、クルスタルちゃんは華麗に指を踊らせる。ノートパソコンに接続されたマウスを操作し、動画を流した。トークネードにアップロードされたあまたのサメ災害動画を! 市長が、副市長が、numadaの買い物客が無残にもサメに丸のみされて行く。残るのは破壊された建物、砕かれたガラス、スマホ、靴、サンダル、帽子、眼鏡。そして大量の血しぶき。

『私たちを守るため、ビキニヴァルキリーは戦っているのです』

 大写しになるサーフィン大会の動画!
 戦う三人の女戦士たち。両手持ちハンマー、赤い斧、弓矢。武器をぶん回して縦横無尽、悪魔のサメ軍団をばっさばっさと切り刻む。たたきつぶす。貫き通す!
『今、この瞬間も』

 LIVEと表示された動画が写る。
 そうだ、これは中継だ。ウミノ博士の調査船を追跡しているドローンから、リアルタイムで送信しているのだ。
 赤、水色、水玉。今しも釣り船の上で三人のビキニヴァルキリーが、巨大なホワイトシャークに向かって武器を構えた瞬間が映し出される。

『私はずっと見守って来ました。彼女たちも、最初は非力な観光客の一人でした。そうです、彼女たちはクリスタルレイクビーチの市民ではありません。しかし、自ら武器をとって戦っているのです。私たちは万能ではありません。圧倒的サメ災害の前に、無力です。逃げるしかありません。動画を撮影して、トークネードにアップするぐらいしかできません。だけど、そんな私たちにもできることがあります。祈るんです。願うんです!』
 ぐっとマリオさんは拳を握る。
 画面の中の美少女も、ぐっと拳を握る。
『ヒーローを応援するのです! トークネードは悪意を届けるだけのツールじゃない。善き心も、祈りも、希望も届けることができるんです!』
 クリスタルちゃんの動きが熱い。声が熱い。それはVチューバーと中の人の熱き魂が完全に同調(シンクロ)した奇跡の瞬間!
『#をつけてみんなでビキニヴァルキリーを応援しましょう! #がんばれビキニヴァルキリー #信じてるビキニヴァルキリー  #ビキニヴァルキリー最高!』
 輝く時!
『願って。希望は届く。必ず!』

     ※

 もっともプリミティブな形態の『お守り』とは、神聖な何かの形を模した何かである。
 形の再現度が高ければ高いほど、秘めたるパワーは強くなる。それが世界の法則なのだ。
 何故その話をまた蒸し返すのか?

 理由がある。

 アームストロング家に伝わりし青きサメ牙。雷神トールのルーンの浮かぶペンダントは今、ビキニヴァルキリーの一人、サーガことサミィの胸に輝いている。そしてペンダントはアームストロング船長の子孫、アームストロング老人によって複製され、それがまたさらに数多のアクセサリー職人によって模倣され、土産物屋を通じて、クリスタルレイクビーチを訪れた観光客に。地元の住人の間に広がっていった。
 売れたのだ。
 おおらかな老人は、デザインの権利を主張しなかった。何故なら彼は本能的に悟っていたからだ。形を模すことは、神聖なるパワーを宿すことであると。
 思い出していただきたい。実際、彼自身の作ったサメ牙ペンダントは、キャシィとシンディの手に渡り、青き牙と共鳴してサメに対抗する不思議な力を発揮したではないか!
 残念ながらレプリカのレプリカになるにつれてサメ除けのパワーそのものは弱くなった。しかし、オリジナルの青き牙との繋がりは決して消えない。
 セレブにも人気のお土産としてトークネードでブレイクし、凄まじい勢いでクリスタルレイクビーチに拡散した幾千ものサメ牙ペンダントが今。非公式Vチューバー、クリスタルちゃんの呼びかけに答える。

『みんなで、ビキニヴァルキリーを応援しよう! がんばれー!』

 見よ。避難所で。ホテルで。自宅で。スマホを握り、死んだ魚の目でうなだれる人々の目に再び光りがともる。
 彼らは無意識にサメ牙ペンダントを握りしめていた。

「がんばれビキニヴァルキリー……」
 小さなつぶやきは、次第に呼びあい響きあう。
「負けるなビキニヴァルキリー!」
「がんばれビキニヴァルキリー」
「ビキニヴァルキリー!」
「ビキニヴァルキリー!」
 いつしか合わさり、巨大なうねりとなって呪われし町クリスタルレイクビーチを震わせる!
「ビ、キ、ニ!」
「ビ、キ、ニ!」
「ビ、キ、ニ!」
 カタカタと小石が震える。テーブルの上の食器がふるえる。
「ビ、キ、ニ!」
「ビ、キ、ニ!」
 じわじわと高まる。そしてついに、その瞬間がおとずれる!
「……ヴァルキリー、GO!」
 サメ牙ペンダント(レプリカ)が輝き、人々のスマホから、一斉に光の矢が放たれた!
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登場人物紹介

鰐口ささめ
16歳、サメ映画大好きJK。炎天下の強制ボランティアで熱中症に倒れ、見捨てられ、その死は隠匿される。
無惨な前世を救済すべくお地蔵様の慈悲により金髪ビキニ娘サミィとして転生するが、そこはサメ映画の世界だった。
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キャシィ
サミィの姉。グラマーな金髪美女。アメリカの大学生。妹をでき愛するお姉ちゃん。

彼氏に二股をかけられたあげく一方的に別れを告げられ、傷心を癒すべく妹と幼なじみのシンディと共にクリスタルレイクビーチにやってきた。

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シンディ
キャシィとサミィ姉妹の隣に住む。姉妹とは幼なじみ。鍛え上げた体とライフセイバーの資格を持つ男気のある姐さん。
父親は消防士。
傷心のキャシィを案じて二人をクリスタルレイクビーチに誘う。

待ち受ける災厄を知る由もなかった。

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