心残りは何ですか?
文字数 2,080文字
やりたいこと。
私のやりたいことって何だろう。
ぽわん、ぽわんと光の球体が現れては消えて行く。浮かぶのは私の記憶。
飼い犬のジョンは去年十三才で死んじゃったし、別に家族にも会いたいとは思わない。特にお母さんがやばい。きっとまた怒られる。みっともない、役立たずって。いや。だめ。せっかく死んで縁が切れたのに。
「さあさあ、さあ、さあ、さあ、さあ!」
おじぞーさまがせかす。やわらかな笑顔でプレッシャーをかけてくる。
「順番押してるんですよー。一回こっきりですから、悔い無きように、慎重に!」
急がなきゃ、他の人を待たせちゃいけない。
何だろう、私がやりたくて、できなかったことって。
「あ」
あった! 一つだけ、あった。
「映画」
回る。回る。
記憶のシャボン玉。私をとりかこんでくるくる回る。今までより明るくて鮮やかだ。
バイトして、チケットを予約した。(一日中重たい荷物を運んで腰が痛くなったけど、最後までやり通した。バイト料はほとんどお母さんにとられたけど、チケット代だけ残れば充分だった)
シリーズ初の4DX上映。(ゆれる! においを感じる! 水も出る!)
手帳に花丸つけて、シールも貼って、楽しみにしていた。
「ほう、映画ですか」
「はい!」
「いいですね、文化的ですね! しかもあなたは努力した。報われなければいけません」
おじぞーさまは満面の笑顔でほめてくれた。頭をなでてくれた。いんだ、私。自分のしたいこと、言ってもいいんだ。
「私、秋の新作サメ映画が見たい!」
どーんっと映画のポスターが浮かぶ。
『ホワイトシャーク~悪魔の白鮫伝説』
細かい所までくっきりと再現されてる。
「好きなんですね」
「はい! サメ映画はいいです。たとえサメの造形が駄菓子屋さんのゴム玩具のレベルでも。アゴが動かなくても。合成の境目がバレバレどころかくっきりはっきり黒々と見えていても。サメが人をもりもり食べてればそれで満たされるんです。たとえ腕組みして突っ立って、意味があるんだか無いんだかわかんない事をしゃべってるだけのシーンが延々と続いても。サメが来るとわかっているから待てるんです。何って言うかこう、満たされるんです。救われるんです!」
「そう、それはよかった」
「サメは破壊の化身なんです。常軌を逸した場所から出現して、日常をぶち壊し、人を食って消えてゆく。そのために存在するんです。どんな災害も、サメを倒すと安易に解決する。現実ではうまくいかないからこそ!」
「そう、それはよかった」
「映画を見ている間はサメに脅かされ、グロいシーンにうげえっとなって、でも、でも、映画が終わると全て解決する。その解放感がたまらない。控えめに言ってサイコーなんです! さらに、さらに好きな俳優さんが出ていたり。好きな声優さんが吹き替えしているとしあわせになれるんです!」
「あの、ちなみにエンドクレジットの後にざばーっと出てくるサメは?」
「デザートです!」
「うんうん、いい目をしていますね」
「はい! 毒を食らわば皿まで、サメ映画はエンドクレジットまで、です!」
おじぞうさまはにっこり笑った。ずっと笑っていたけど、今度は眩しい。光ってる。頭の後ろが輝いている。
これって、後光?
「よくわかりました。あなたの願いは本物ですね」
「はい!」
ぷっくりした手が杖をもちあげ、とん、と地面をつく。わっかが触れ合って、しゃらんしゃらん、ときれいな音がした。
「その願い、かなえましょう」
おじぞーさまの口から音が出る。耳じゃなくて頭の中に直接ひびく。光がそのまま音になったような声。
オーン カカカ ビサンマエイ ソワカ
ぶわーっと白い光に飲み込まれる。
「え、またミサイル?」
「安心なさい、これは転生の光」
あまり変わらない気がする。
「さあ、おゆきなさい幼き者。祈っていますよ。今度こそよき生を」
え、そこは保証ないんだ。
「つかみとりなさい」
体がしゅわーっと溶けてゆく。泡になって、あったかい霧に溶けてゆく。感覚が全部消えた。
重さもない。手も足もお腹も顏も頭もない。なんにもない。すごく気持ちいい。
ずーっとこのままいたいなあ。
オーン カカカ ビサンマエイ ソワカ
あ、あ、あ。
散らばっていた私が、また一つに集まってく。重くなり。みっちりする。体の真ん中から端っこに向かって、めきめきっと組み上がって、最後にぽんっと頭ができた。
考えるのに、頭っていらないんだな。
ずしっと体が重くなる。水から上がって、浮かぶ力が消えた時の感覚。
うーん、だるい。
やばい、このままじゃ、沈む。
夢中でもがいていたら、ふかっと柔らかい何かに包み込まれる。
ふかふかして、もっちもちで、いいにおいがする……。
気持ちいい。
何が起きたんだろう。ここは、どこなんだろう。気になる。
OK、まずは目を開けよう。って言うかずっと閉じてたんだ。よし、とにかく、あけるぞ。
えい。
私のやりたいことって何だろう。
ぽわん、ぽわんと光の球体が現れては消えて行く。浮かぶのは私の記憶。
飼い犬のジョンは去年十三才で死んじゃったし、別に家族にも会いたいとは思わない。特にお母さんがやばい。きっとまた怒られる。みっともない、役立たずって。いや。だめ。せっかく死んで縁が切れたのに。
「さあさあ、さあ、さあ、さあ、さあ!」
おじぞーさまがせかす。やわらかな笑顔でプレッシャーをかけてくる。
「順番押してるんですよー。一回こっきりですから、悔い無きように、慎重に!」
急がなきゃ、他の人を待たせちゃいけない。
何だろう、私がやりたくて、できなかったことって。
「あ」
あった! 一つだけ、あった。
「映画」
回る。回る。
記憶のシャボン玉。私をとりかこんでくるくる回る。今までより明るくて鮮やかだ。
バイトして、チケットを予約した。(一日中重たい荷物を運んで腰が痛くなったけど、最後までやり通した。バイト料はほとんどお母さんにとられたけど、チケット代だけ残れば充分だった)
シリーズ初の4DX上映。(ゆれる! においを感じる! 水も出る!)
手帳に花丸つけて、シールも貼って、楽しみにしていた。
「ほう、映画ですか」
「はい!」
「いいですね、文化的ですね! しかもあなたは努力した。報われなければいけません」
おじぞーさまは満面の笑顔でほめてくれた。頭をなでてくれた。いんだ、私。自分のしたいこと、言ってもいいんだ。
「私、秋の新作サメ映画が見たい!」
どーんっと映画のポスターが浮かぶ。
『ホワイトシャーク~悪魔の白鮫伝説』
細かい所までくっきりと再現されてる。
「好きなんですね」
「はい! サメ映画はいいです。たとえサメの造形が駄菓子屋さんのゴム玩具のレベルでも。アゴが動かなくても。合成の境目がバレバレどころかくっきりはっきり黒々と見えていても。サメが人をもりもり食べてればそれで満たされるんです。たとえ腕組みして突っ立って、意味があるんだか無いんだかわかんない事をしゃべってるだけのシーンが延々と続いても。サメが来るとわかっているから待てるんです。何って言うかこう、満たされるんです。救われるんです!」
「そう、それはよかった」
「サメは破壊の化身なんです。常軌を逸した場所から出現して、日常をぶち壊し、人を食って消えてゆく。そのために存在するんです。どんな災害も、サメを倒すと安易に解決する。現実ではうまくいかないからこそ!」
「そう、それはよかった」
「映画を見ている間はサメに脅かされ、グロいシーンにうげえっとなって、でも、でも、映画が終わると全て解決する。その解放感がたまらない。控えめに言ってサイコーなんです! さらに、さらに好きな俳優さんが出ていたり。好きな声優さんが吹き替えしているとしあわせになれるんです!」
「あの、ちなみにエンドクレジットの後にざばーっと出てくるサメは?」
「デザートです!」
「うんうん、いい目をしていますね」
「はい! 毒を食らわば皿まで、サメ映画はエンドクレジットまで、です!」
おじぞうさまはにっこり笑った。ずっと笑っていたけど、今度は眩しい。光ってる。頭の後ろが輝いている。
これって、後光?
「よくわかりました。あなたの願いは本物ですね」
「はい!」
ぷっくりした手が杖をもちあげ、とん、と地面をつく。わっかが触れ合って、しゃらんしゃらん、ときれいな音がした。
「その願い、かなえましょう」
おじぞーさまの口から音が出る。耳じゃなくて頭の中に直接ひびく。光がそのまま音になったような声。
オーン カカカ ビサンマエイ ソワカ
ぶわーっと白い光に飲み込まれる。
「え、またミサイル?」
「安心なさい、これは転生の光」
あまり変わらない気がする。
「さあ、おゆきなさい幼き者。祈っていますよ。今度こそよき生を」
え、そこは保証ないんだ。
「つかみとりなさい」
体がしゅわーっと溶けてゆく。泡になって、あったかい霧に溶けてゆく。感覚が全部消えた。
重さもない。手も足もお腹も顏も頭もない。なんにもない。すごく気持ちいい。
ずーっとこのままいたいなあ。
オーン カカカ ビサンマエイ ソワカ
あ、あ、あ。
散らばっていた私が、また一つに集まってく。重くなり。みっちりする。体の真ん中から端っこに向かって、めきめきっと組み上がって、最後にぽんっと頭ができた。
考えるのに、頭っていらないんだな。
ずしっと体が重くなる。水から上がって、浮かぶ力が消えた時の感覚。
うーん、だるい。
やばい、このままじゃ、沈む。
夢中でもがいていたら、ふかっと柔らかい何かに包み込まれる。
ふかふかして、もっちもちで、いいにおいがする……。
気持ちいい。
何が起きたんだろう。ここは、どこなんだろう。気になる。
OK、まずは目を開けよう。って言うかずっと閉じてたんだ。よし、とにかく、あけるぞ。
えい。