灼熱地獄のボランティア

文字数 2,477文字

 私、鰐口ささめ。サメ映画大好きな十六才!
 日本を会場にした世界的大運動会のボランティアに来たんだけど、もうすぐ死にそうです。
 人間って、すごくカンタンに死んじゃうみたいです。
 こんなに天気がいいのに。雲一つない、真っ青に晴れた真夏日なのに。
 ……あれ、だからかな?

 よくわかんないんですが、四年に一度の大イベントなので、各学校からボランティアを出すことになったのです。一学年から三十人、「一応書いて出しなさい」って先生に言われたけど別に申込書なんて書いてないはずなのに、人数合わせでいつの間にか入れられてました。しかたないです、部活にも入ってないし、家、近いし。お母さんにも言われました。
「あんた夏休みどうせヒマなんでしょ?」
 確かにやることはありません。
「ちょっとは社会のお役に立ちなさい。家に言たってどうせあんたは役立たずなんだから」
 そんな訳で学校からバスに乗ってやって来ました。ほんとに役に立ってるのかな。何か意味があるのかな。
 朝からずっと見知らぬ街角に立って、道行く人にウチワ配ってます。ボール紙一枚のぺなぺなのウチワ。表は市松模様のリング、裏には知らない女の人の写真。都知事さんだそうです。よくわかんないけど。だって私、東京に住んでないし。
 一緒に組むほど仲の良い友達もいないから、うちの学校で来てるのは私一人だけ。友達いたら、こんなとこまで来ないですんだのかな。

 それにしてもなぜウチワ。穴が空いてるだけの丸いぺなっぺなの紙ウチワ。したじきであおいだ方がまだマシなレベルでぺなっぺな。表には世界的大運動会のロゴ、裏には都知事さんの写真と名前と役職とキャッチフレーズが印刷されてる。これって、実質、名刺? 名刺……ですよね。
 もっと他にやらなきゃいけないこと、あるような気がするんです。ちらっと聞いたけど、他所では人手不足みたいだし。だけどそれを聞いたら、ボランティアリーダーのおばちゃんにしかられました。
「これは大事な仕事です! あなたは言われたことだけやってればいいんです!」
 キーンって頭に響きました。お化粧のにおいも、鼻にツーン。なんであんなにこってり塗るのかな。UVスプレーひとふきすれば済むのに。加齢臭が気になるのなら、デオドランドスプレーひとふきすれば消せるのに。紫外線。加齢臭。どっちもお化粧じゃあ消せないし防げない。私よりずっと長く生きてるはずなのに。旦那さんも社会的地位のあるえらい人なのに(聞いてないけど何度も言ってた)なんで知らないのかな。
「若い子はそうやってすぐサボろうとする。もっと楽でかっこいい仕事がしたいんでしょう? 目立ちたいのね、あさましい! あなたに一体何ができるって言うの。さっさとウチワを配りなさい!」
 言うだけ言って、行っちゃいました。後に残ったのは段ボール箱にぎっしり詰まったウチワ。これで二箱めです。道にいっぱい落ちてるんだけどなあ。みんな受け取ってすぐ捨てるから。ゴミ増やしてどうするんだろう。

「まったく、かっこつけたがりなのよ今の若い子は」
 聞えてきます。こっちを見て、仲の良いおばちゃんが四人でこそこそ言ってます。正確にはこそこそってレベルじゃないけど。もしかして聞かせたいのかな。あ、目があった。
「あの子程度の人材なんかいくらでも代わりはいるのにねー」
「だいたい、あんな格好でボランティアとか、なめてるわよ」
「下着が透けてるじゃない、いかがわしい」
「見てほしいのよ、若い体しか取り柄がないから」
 すいません、これ学校の制服なんです。学業の一環だから、制服以外認められませんでした。白いブラウスの下に白い下着つけて、汗で濡れたら透けます。物理的に。帽子も無し。制服じゃ無いから。タオルの使用は知事さんが許可してくれたそうなんですけど、頭に被ったらものすごく怒られました。みっともない、って。ちゃんと首に巻けって。最初は濡れてて気持ちよかったけど、既にからっからで、むしろ暑いです。
 せめて髪の毛をポニーテールに結べたら良かったのに。きゅっとあげて、首筋が少しは涼しくなったのに。
 校則で禁止されているからダメ。『異性の劣情を誘うから』禁止って生徒手帳に書いてあるんだけど、なんでかな。うち女子校なのに。校内にいる異性って言ったら先生ぐらいしか……強いて言うなら飼育小屋の雄鳥?

「何しに来たのかしらね」
「1000円のプリペイドカードが目当てなんですよ、何ていやしい」
 そんな低賃金のアルバイト、受けたくないです。時給じゃないし。日給だし。食費とバス代で飛んじゃいます。むしろ赤字。
「この役立たず!」
 露骨な舌打ち。ずきんと心臓が疼く。
 変だなあ。役に立つために来たはずなのに。
 あぁ、何か、がっくり来る。膝からすーっと力が抜けて、手足の関節がゆるんゆるんになってきた。気のせい? 心理的な落ち込み? いやいや、ちがう。もっとこう、ダイレクトな何かが起きてる感。
 まずいかなこれ。さっきまであんなに出てた汗が止まってる。体から熱が逃がせない。暑いはずなのに体の芯がガタガタぶるぶる震えてる。動きたいのに、体を上手く動かせない。
 やばい、やばいですこれ。危険信号です。水分を補給しなきゃ。

「ボランティアのみなさんにー、スポンサーからスポーツドリンクの差し入れでーす!」
 ああ、助かった、天の恵み! 配ってる人のところに行こうとしたら。
「うぐっ」
 横合いからどーんっと突き飛ばされた。びったんっとしがみついた街灯は、灼熱の金属製。市松がわっかになったお葬式みたいな垂れ幕が、びしびしびったんと顏を叩く。
 痛い。
 誰にやられたかは何となくわかる。お化粧のにおいで吐きそう。
「邪魔よ」
「年長者をうやまいなさい」
「ほんっとに思いやりに欠けてるんだから」
「自分さえ良ければいいんだわ。なんて卑しい。人間として歪んでる」
「ちょっとぐらい厳しくするのは、あなたのためなのよ」

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登場人物紹介

鰐口ささめ
16歳、サメ映画大好きJK。炎天下の強制ボランティアで熱中症に倒れ、見捨てられ、その死は隠匿される。
無惨な前世を救済すべくお地蔵様の慈悲により金髪ビキニ娘サミィとして転生するが、そこはサメ映画の世界だった。
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キャシィ
サミィの姉。グラマーな金髪美女。アメリカの大学生。妹をでき愛するお姉ちゃん。

彼氏に二股をかけられたあげく一方的に別れを告げられ、傷心を癒すべく妹と幼なじみのシンディと共にクリスタルレイクビーチにやってきた。

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シンディ
キャシィとサミィ姉妹の隣に住む。姉妹とは幼なじみ。鍛え上げた体とライフセイバーの資格を持つ男気のある姐さん。
父親は消防士。
傷心のキャシィを案じて二人をクリスタルレイクビーチに誘う。

待ち受ける災厄を知る由もなかった。

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