立ち上がれビキニ戦士
文字数 5,242文字
ずっと気になってた。
自分はもうここから先へは行けないと知った時、人は何を思うのだろう。
自分の一生はここでおしまい。消える。やりかけの事を何ひとつ続けることもできず家にすら帰れずあと10秒も数えないうちに死ぬとわかった時。
私は知っている。
ただ、この苦しいのが終わるのだとそれだけ考えていた。私を『緩慢な死』と言う逃げ道のない行き止まりに追い込んだ人たち。助ける意志もなくただ私が死ぬのを待ってる人たち。そんなゴミ以下の 人間に対する怒りもなく。
あの人たちのすることに納得したから?
いいえ、ちがう。絶対に。
怒ったって何も変わらないから。怒る力も、もう残ってなかったし。
だけど、今はちがう。
私は変えた。
サメに食われて終わるはずだった運命を。
無いはずの未来を勝ち取り、今も生きてる。
これって、もしかして、けっこうすごいことなんじゃあない?
だって私、サメ映画の金髪ビキニ娘なんだよ!
「ビキニでも、サメと戦えるんだ」
それは一つの革命。
大貧民で、カードが4枚そろった瞬間。最弱の3が、最強になる。
私は、私の運命を変える。大事な家族を守るために。転生してたった一日で私は、今までの人生で絶対手に入れられなかった愛情と、家族と、一緒にいて苦しくない友達と出会った。転生してたった一日だけど、手放したくないものを手に入れてしまった。
これって我がまま? エゴ?
前世では。日本のJKとしては得られなかった愛情、友情。たった一日でもそれを知ってしまったら……愛されることが当然だと言う時間の甘さを一度知ってしまったら、もう手放せない。
だから。
私は戦う。
サメ映画の世界では、どんなにつらいことも、悪い事も、災いも不幸も理不尽な運命も、サメを倒せば解決する!
文句があるならいらっしゃい。ハンマーで、ぶちのめす。
※
響くファンファーレ。青空に弾ける煙花火。
世界的大運動会サーフィン大会優勝者をゲストに迎え、クリスタルレイクビーチのサーフィン大会が行われようとしている。
ビキニを着た美女、マッチョで歯の光るサーファー、ゴールドメダリスト 。
サメのランチになりそうな人ばかりがずらずらずらーっと横一列、サーフィンボードを抱えて白い砂浜に並ぶ。
そう、ここはサメの食べ放題会場。
エキストラは暑くて疲れている。
「ここは安全です。クリスタルレイクビーチは安全なビーチです。ここにはサメなんかいません! 絶対にいません!」
無意味にハイテンションなアナウンスが響く。合間合間に入るうつろな笑い声。本気でここにいたいと思ってる人がいったい何人いるんだろう?
エキストラは暑くて疲れている。
「ここにはサメなんかいません! 絶対にいません! だからみんな安心してサーフィンを楽しんでください。せっっかく世界的大運動会のゴールドメダリストがいるんです、多少の事故で中止する訳には行かないんです!」
多少の事故。きわめてあいまいな基準。ふんわりしたニュアンス。
「市長は死にました。副市長も死にました。この大会を実行するのは二人の意志を継ぐことです」
充分な大事件。
「さあみなさん、予定通りにサーフィン大会を始めましょう!」
言ってる本人はサーフィンしない。この場 にいるかどうかすら怪しい。
「訳がわからないよ」
地獄への案内人は、自分はいつも安全な所から叫ぶ。
「さあみなさん、予定通りにサーフィン大会を始めましょう!」
ほんとにしゃべってるのは人間なんだろうか。
映画的には人間である必要も無い。アナウンスのために作られた人格のない声と顏。ううん、顏すらないね。だってカメラに写らないから。
殺人犯はかわいい女の子を狙う。何も悪い事をしていない金髪の可愛い女の子を。
視聴者は殺人犯を憎む。
サメもかわいい女の子を食べる。何も悪い事をしていない金髪の可愛いビキニの女の子を。
出たと思ったらもう食べてる。良くて足しか残らない。きれいに食べる。
予算が足りなければ水に引き込まれて赤い血だけが浮かぶ。
だけどサメは憎まれない。だってサメ映画ってそう言うものだから。
悪い奴、憎まれる奴もサメに食われる。
男性、女性、子供、人種も年齢もどうでもいい。人のいやがることをして、五分後にはサメに食われてる。
だってサメ映画だから。
まっしろな砂浜。これから血塗れになるのにふさわしい白い砂。青い空。
ずらりと並んだサーファーは、お皿に並べられたサメのスシ。
真ん中に立つ日焼けした逆三角体型のマッチョな男性。胸に光るゴールドメダル。何でつけてんだ、とかつっこんではいけない。だって彼の役割はゴールドメダリスト、だからひと目でわかるようにメダルをつけてなきゃいけないのだ。
その周囲にはぴっちぴちのビキニ美女。サメに食われるために作られた役。私もかつてはあの中の一人だった。今は違う、でもだからこそ。
私が救う。
私が戦う。
ビキニの運命を、ビキニが変える!
インカムに手を触れる。
「こちらサミィ、準備完了。ジャミング始めて」
『こちらベッキー、了解!』
「さあ、サーファーのみなさん、安心して海にお入りくだ………ザザ、ガガー、ピー!」
さすがベッキーちゃん、仕事が速い。無責任なアナウンスが遮られる。
入れ違いにVチューバー、クリスタルちゃんの声が流れ出す。
『みなさん! 海岸にはサメが出ます。危険です。逃げて、逃げて、すぐに逃げて!』
ざわっと観客が騒ぐ。
サメ映画世界の登場人物は、何も考えていない。だけど、他の誰かから教えられれば動くのだ。
『危ない、逃げて!』
今だ!
グォオン!
四角いごっつい軍用車の大馬力エンジンがうなりを上げる。無意味にかっこよく砂丘を飛び越えて、走る。波打ち際を走る。砂を蹴立てて、ゴールドメダリストの目前で横付けにする。
「な、何なんだ君たちは!」
「はい、下がって!」
「アッ、ハイ」
サーフィンするために出てきた役だから、割と押しに弱いんだ。うん、だいたいわかってきた。
「みなさん、ここは危険です、下がってください!」
言われるまま素直に下がるサーファーの皆さん。ざわつく客席、ガラス張りの放送席ではアナウンサーがムキになって叫んでるけど音声はブロックされてるから聞こえない。たぶんあの顏、カメラに写ってない。お見せできないレベルですんごい表情してるから。あ、下品なハンドサイン出した、アウトアウト、完全にアウト。
アウトな人は無視してシンディと、お姉ちゃんと、私。三人並んで海に入る。カウントダウン開始。
一、二、三、四……
『シャーク、シャーク、シャーク、シャーク……』
聞こえてくるシャークウィスパー。
「感じる、奴らは近くにいる」
「油断するな、備えよう」
『こちらベッキー。サメ反応接近。数が多すぎて数え切れないよ!』
ざばぁ! 最初の背ビレが水面に浮かぶ!
「サメです、逃げて!」
来たな悪魔のサメ軍団。逆さのペンタクルは、今回はわかりやすく背ビレに刻印されている。ホワイトシャークの手下、過去のサメ映画のCGを使い回……再利用したモブサメの集団。
「サメだあ!」
客席の人、波打ち際のサーファーが逃げ出す。映画のお約束のタイミングよりちょっとだけ早い。その『ちょっとだけ』で救われる命がある。スクリーンの中ではただのモブ、だけど同じ砂浜に立っていると感じる。この人たち生きている。サメに食べられたら死ぬ。サメのサイズ的に丸のみは無理、半分になるか足だけ残るか水に引きずり込まれて水が赤くなるか砂浜に血が飛び散るパターン。でも私には全部見える。
『シャーク、シャーク、シャーク、シャーク……』
シャークウィスパーが近づく。ウィスパーがシャウトに変わる。
『シャーク! シャーク! シャークシャークシャーク!』
サメはまっしぐらに向かってくる。
私たち自身が囮。私たち自身が餌!
「ただのビキニと思うなよ!」
じゃきっと武器を構える。どっから出したかは気にしない!
シンディは真っ赤な斧の二刀流、お姉ちゃんは弓矢、そして私はハンマー。今やすっかりなじんで手の一部。重ささえ感じず自由自在に振り回せる。
真っ先に動くのはお姉ちゃん。矢を三本つがえて、放つ。
一本、二本、サメの目を貫く。
三本めは、口で受け止めた。学習してる?
しかし。
「甘い」
がきっ。
サメが矢を噛む。その瞬間、矢が爆発! サメの顎を吹っ飛ばす!
「確かにサメの表皮は硬い。でも体内は!」
パキパキパキィ! サメは内側から白く凍りついて、内側から爆発四散!
「見たか、液体窒素の力!」
作ったのはベッキーちゃん。どんな原理で凍って爆発するかは謎だけどとにかくすごい! 液体窒素すごい!
「おりゃあ!」
ざくざくと赤い斧が一閃、二閃! 十文字に切り裂かれたサメが吹っ飛び、海に沈む。
「ウラァアアっ!」
来た。第三の波!
「来い! サメ野郎!」
右にブン! オオジロザメの頭を粉砕!
左にブン! シュモクザメの目玉を粉砕!
真ん中にブゥウン! レモンザメをミンチに!
後はもう手当たり次第。
『逃げて! みんな逃げて! サメです。サメが出ます! 危険、危険んんぅ、危険!』
「おぉりゃああ! おりゃ、おりゃ、おりゃりゃああ!」
サメとの戦いは一撃必殺。サメが飛びかかってくる一瞬が勝負。殺るか、食われるかだ!
「ウラァ! ウラァ! ウーラーーーーーーっ!」
手応えあり。
潮の流れはこっちにある!
返り血はすぐに波しぶきに洗い流される。ビーチは血に染まり、肉片が浮かぶ。
「オラァ!」
ブゥウウン。
ハンマーでぐしゃり、最後の一匹が沈んだ。
『やったぁ! サメは撃退されました! ありがとうビキニヴァルキリー!』
ビキニヴァルキリー?
「誰のこと?」
『三人のビキニヴァルキリーに拍手を!』
シンディと、お姉ちゃんと、私。
「私たち?」
歓声があがる。
「ほんとに私たちのこと? 私、ほめられてるの? マジで? ほんとに?」
「本当に本当よ、サミィ」
「あたしたちのことだ。あんたのことだ、サミィ」
「ふわぁ……」
胸の中にほわあっと広がるあたたかみ。ハチミツ入りのレモネードを飲んだみたい。
勝利の充足感。
だけど、シャークウィスパーはまだ消えない。小さくなったけど、まだ聞こえてる。
胸のサメ牙ペンダントの青い光が、まだ消えない。
「見てる……」
ぐいっと一歩前に出る。
「あいつが、見ている」
海面が盛り上がる。青いゼリーみたいな波。サーフィンするには絶好の波の中に白い影が浮かぶ!
同じだ。初めて見た時と同じ。
「ホワイトシャーク!」
がばあっと口が開く。本当ならサーファーをひとのみするはずだった凶悪な顎。ずらりと並んだ牙、牙、牙。
がっちん!
空しく空 を噛む。
「ざまぁ見ろ!」
ホワイトシャークは海に沈む。悔しげに尾っぽが海面をたたく。どうやって潜ったんだろう? こんな波打ち際で、潜れるだけの深さがあるんだろうか。
「逃げるな! 勝負しろ!」
これ以上尺を稼ぐ気か。シャークなだけに!(あ、いや、ちょっと待ってこのシャレ、英語じゃあ通じない)
叫んでもホワイトシャークは戻らない。青い海に消えた。シャークウィスパーも消えた。青いサメ牙の光も消えた。
「おのれホワイトシャーク!」
もう、ビキニ娘が海に入るくらいじゃ出て来ないってか! 変な知恵つけやがって!
「勝負しろ! 上がってこい! その頭に、鉄槌を下してやる!」
あり? 何だろうこれ、胸のあたりに字が浮かんでる。あ、これ字幕か! 《》でくくられて斜体のかかったフォント。
もしかして私、今デンマーク語でしゃべった?
「気づかなかった……」
「サミィ」
お姉ちゃんが肩に手をおく。
「深追いは禁物よ」
「うん、そうだね」
私たちには船がない。やれるのは、ここまでだ。
ひらひらとポスターがはためく。
『午後からは水球大会です』
「おおっと、こうしてる場合じゃない!」
「行こうぜ!」
「ええ、サメを倒さなきゃ!」
雑魚サメとの戦いは続く。
これはあくまで対処療法。
雑魚サメをいくら倒しても、あいつがいる限りサメの襲撃は終わらない。そしてあいつは学んだ。冒頭のスナックだったはずの私たちが、今やサメ狩りの戦士。ビキニヴァルキリーだと。だから攻めてこなかったんだ。何て狡猾な!
「悪魔のようにずる賢いってのはこのことか」
そもそも悪魔だし。
自分はもうここから先へは行けないと知った時、人は何を思うのだろう。
自分の一生はここでおしまい。消える。やりかけの事を何ひとつ続けることもできず家にすら帰れずあと10秒も数えないうちに死ぬとわかった時。
私は知っている。
ただ、この苦しいのが終わるのだとそれだけ考えていた。私を『緩慢な死』と言う逃げ道のない行き止まりに追い込んだ人たち。助ける意志もなくただ私が死ぬのを待ってる人たち。そんな
あの人たちのすることに納得したから?
いいえ、ちがう。絶対に。
怒ったって何も変わらないから。怒る力も、もう残ってなかったし。
だけど、今はちがう。
私は変えた。
サメに食われて終わるはずだった運命を。
無いはずの未来を勝ち取り、今も生きてる。
これって、もしかして、けっこうすごいことなんじゃあない?
だって私、サメ映画の金髪ビキニ娘なんだよ!
「ビキニでも、サメと戦えるんだ」
それは一つの革命。
大貧民で、カードが4枚そろった瞬間。最弱の3が、最強になる。
私は、私の運命を変える。大事な家族を守るために。転生してたった一日で私は、今までの人生で絶対手に入れられなかった愛情と、家族と、一緒にいて苦しくない友達と出会った。転生してたった一日だけど、手放したくないものを手に入れてしまった。
これって我がまま? エゴ?
前世では。日本のJKとしては得られなかった愛情、友情。たった一日でもそれを知ってしまったら……愛されることが当然だと言う時間の甘さを一度知ってしまったら、もう手放せない。
だから。
私は戦う。
サメ映画の世界では、どんなにつらいことも、悪い事も、災いも不幸も理不尽な運命も、サメを倒せば解決する!
文句があるならいらっしゃい。ハンマーで、ぶちのめす。
※
響くファンファーレ。青空に弾ける煙花火。
世界的大運動会サーフィン大会優勝者をゲストに迎え、クリスタルレイクビーチのサーフィン大会が行われようとしている。
ビキニを着た美女、マッチョで歯の光るサーファー、
サメのランチになりそうな人ばかりがずらずらずらーっと横一列、サーフィンボードを抱えて白い砂浜に並ぶ。
そう、ここはサメの食べ放題会場。
エキストラは暑くて疲れている。
「ここは安全です。クリスタルレイクビーチは安全なビーチです。ここにはサメなんかいません! 絶対にいません!」
無意味にハイテンションなアナウンスが響く。合間合間に入るうつろな笑い声。本気でここにいたいと思ってる人がいったい何人いるんだろう?
エキストラは暑くて疲れている。
「ここにはサメなんかいません! 絶対にいません! だからみんな安心してサーフィンを楽しんでください。せっっかく世界的大運動会のゴールドメダリストがいるんです、多少の事故で中止する訳には行かないんです!」
多少の事故。きわめてあいまいな基準。ふんわりしたニュアンス。
「市長は死にました。副市長も死にました。この大会を実行するのは二人の意志を継ぐことです」
充分な大事件。
「さあみなさん、予定通りにサーフィン大会を始めましょう!」
言ってる本人はサーフィンしない。
「訳がわからないよ」
地獄への案内人は、自分はいつも安全な所から叫ぶ。
「さあみなさん、予定通りにサーフィン大会を始めましょう!」
ほんとにしゃべってるのは人間なんだろうか。
映画的には人間である必要も無い。アナウンスのために作られた人格のない声と顏。ううん、顏すらないね。だってカメラに写らないから。
殺人犯はかわいい女の子を狙う。何も悪い事をしていない金髪の可愛い女の子を。
視聴者は殺人犯を憎む。
サメもかわいい女の子を食べる。何も悪い事をしていない金髪の可愛いビキニの女の子を。
出たと思ったらもう食べてる。良くて足しか残らない。きれいに食べる。
予算が足りなければ水に引き込まれて赤い血だけが浮かぶ。
だけどサメは憎まれない。だってサメ映画ってそう言うものだから。
悪い奴、憎まれる奴もサメに食われる。
男性、女性、子供、人種も年齢もどうでもいい。人のいやがることをして、五分後にはサメに食われてる。
だってサメ映画だから。
まっしろな砂浜。これから血塗れになるのにふさわしい白い砂。青い空。
ずらりと並んだサーファーは、お皿に並べられたサメのスシ。
真ん中に立つ日焼けした逆三角体型のマッチョな男性。胸に光るゴールドメダル。何でつけてんだ、とかつっこんではいけない。だって彼の役割はゴールドメダリスト、だからひと目でわかるようにメダルをつけてなきゃいけないのだ。
その周囲にはぴっちぴちのビキニ美女。サメに食われるために作られた役。私もかつてはあの中の一人だった。今は違う、でもだからこそ。
私が救う。
私が戦う。
ビキニの運命を、ビキニが変える!
インカムに手を触れる。
「こちらサミィ、準備完了。ジャミング始めて」
『こちらベッキー、了解!』
「さあ、サーファーのみなさん、安心して海にお入りくだ………ザザ、ガガー、ピー!」
さすがベッキーちゃん、仕事が速い。無責任なアナウンスが遮られる。
入れ違いにVチューバー、クリスタルちゃんの声が流れ出す。
『みなさん! 海岸にはサメが出ます。危険です。逃げて、逃げて、すぐに逃げて!』
ざわっと観客が騒ぐ。
サメ映画世界の登場人物は、何も考えていない。だけど、他の誰かから教えられれば動くのだ。
『危ない、逃げて!』
今だ!
グォオン!
四角いごっつい軍用車の大馬力エンジンがうなりを上げる。無意味にかっこよく砂丘を飛び越えて、走る。波打ち際を走る。砂を蹴立てて、ゴールドメダリストの目前で横付けにする。
「な、何なんだ君たちは!」
「はい、下がって!」
「アッ、ハイ」
サーフィンするために出てきた役だから、割と押しに弱いんだ。うん、だいたいわかってきた。
「みなさん、ここは危険です、下がってください!」
言われるまま素直に下がるサーファーの皆さん。ざわつく客席、ガラス張りの放送席ではアナウンサーがムキになって叫んでるけど音声はブロックされてるから聞こえない。たぶんあの顏、カメラに写ってない。お見せできないレベルですんごい表情してるから。あ、下品なハンドサイン出した、アウトアウト、完全にアウト。
アウトな人は無視してシンディと、お姉ちゃんと、私。三人並んで海に入る。カウントダウン開始。
一、二、三、四……
『シャーク、シャーク、シャーク、シャーク……』
聞こえてくるシャークウィスパー。
「感じる、奴らは近くにいる」
「油断するな、備えよう」
『こちらベッキー。サメ反応接近。数が多すぎて数え切れないよ!』
ざばぁ! 最初の背ビレが水面に浮かぶ!
「サメです、逃げて!」
来たな悪魔のサメ軍団。逆さのペンタクルは、今回はわかりやすく背ビレに刻印されている。ホワイトシャークの手下、過去のサメ映画のCGを使い回……再利用したモブサメの集団。
「サメだあ!」
客席の人、波打ち際のサーファーが逃げ出す。映画のお約束のタイミングよりちょっとだけ早い。その『ちょっとだけ』で救われる命がある。スクリーンの中ではただのモブ、だけど同じ砂浜に立っていると感じる。この人たち生きている。サメに食べられたら死ぬ。サメのサイズ的に丸のみは無理、半分になるか足だけ残るか水に引きずり込まれて水が赤くなるか砂浜に血が飛び散るパターン。でも私には全部見える。
『シャーク、シャーク、シャーク、シャーク……』
シャークウィスパーが近づく。ウィスパーがシャウトに変わる。
『シャーク! シャーク! シャークシャークシャーク!』
サメはまっしぐらに向かってくる。
私たち自身が囮。私たち自身が餌!
「ただのビキニと思うなよ!」
じゃきっと武器を構える。どっから出したかは気にしない!
シンディは真っ赤な斧の二刀流、お姉ちゃんは弓矢、そして私はハンマー。今やすっかりなじんで手の一部。重ささえ感じず自由自在に振り回せる。
真っ先に動くのはお姉ちゃん。矢を三本つがえて、放つ。
一本、二本、サメの目を貫く。
三本めは、口で受け止めた。学習してる?
しかし。
「甘い」
がきっ。
サメが矢を噛む。その瞬間、矢が爆発! サメの顎を吹っ飛ばす!
「確かにサメの表皮は硬い。でも体内は!」
パキパキパキィ! サメは内側から白く凍りついて、内側から爆発四散!
「見たか、液体窒素の力!」
作ったのはベッキーちゃん。どんな原理で凍って爆発するかは謎だけどとにかくすごい! 液体窒素すごい!
「おりゃあ!」
ざくざくと赤い斧が一閃、二閃! 十文字に切り裂かれたサメが吹っ飛び、海に沈む。
「ウラァアアっ!」
来た。第三の波!
「来い! サメ野郎!」
右にブン! オオジロザメの頭を粉砕!
左にブン! シュモクザメの目玉を粉砕!
真ん中にブゥウン! レモンザメをミンチに!
後はもう手当たり次第。
『逃げて! みんな逃げて! サメです。サメが出ます! 危険、危険んんぅ、危険!』
「おぉりゃああ! おりゃ、おりゃ、おりゃりゃああ!」
サメとの戦いは一撃必殺。サメが飛びかかってくる一瞬が勝負。殺るか、食われるかだ!
「ウラァ! ウラァ! ウーラーーーーーーっ!」
手応えあり。
潮の流れはこっちにある!
返り血はすぐに波しぶきに洗い流される。ビーチは血に染まり、肉片が浮かぶ。
「オラァ!」
ブゥウウン。
ハンマーでぐしゃり、最後の一匹が沈んだ。
『やったぁ! サメは撃退されました! ありがとうビキニヴァルキリー!』
ビキニヴァルキリー?
「誰のこと?」
『三人のビキニヴァルキリーに拍手を!』
シンディと、お姉ちゃんと、私。
「私たち?」
歓声があがる。
「ほんとに私たちのこと? 私、ほめられてるの? マジで? ほんとに?」
「本当に本当よ、サミィ」
「あたしたちのことだ。あんたのことだ、サミィ」
「ふわぁ……」
胸の中にほわあっと広がるあたたかみ。ハチミツ入りのレモネードを飲んだみたい。
勝利の充足感。
だけど、シャークウィスパーはまだ消えない。小さくなったけど、まだ聞こえてる。
胸のサメ牙ペンダントの青い光が、まだ消えない。
「見てる……」
ぐいっと一歩前に出る。
「あいつが、見ている」
海面が盛り上がる。青いゼリーみたいな波。サーフィンするには絶好の波の中に白い影が浮かぶ!
同じだ。初めて見た時と同じ。
「ホワイトシャーク!」
がばあっと口が開く。本当ならサーファーをひとのみするはずだった凶悪な顎。ずらりと並んだ牙、牙、牙。
がっちん!
空しく
「ざまぁ見ろ!」
ホワイトシャークは海に沈む。悔しげに尾っぽが海面をたたく。どうやって潜ったんだろう? こんな波打ち際で、潜れるだけの深さがあるんだろうか。
「逃げるな! 勝負しろ!」
これ以上尺を稼ぐ気か。シャークなだけに!(あ、いや、ちょっと待ってこのシャレ、英語じゃあ通じない)
叫んでもホワイトシャークは戻らない。青い海に消えた。シャークウィスパーも消えた。青いサメ牙の光も消えた。
「おのれホワイトシャーク!」
もう、ビキニ娘が海に入るくらいじゃ出て来ないってか! 変な知恵つけやがって!
「勝負しろ! 上がってこい! その頭に、鉄槌を下してやる!」
あり? 何だろうこれ、胸のあたりに字が浮かんでる。あ、これ字幕か! 《》でくくられて斜体のかかったフォント。
もしかして私、今デンマーク語でしゃべった?
「気づかなかった……」
「サミィ」
お姉ちゃんが肩に手をおく。
「深追いは禁物よ」
「うん、そうだね」
私たちには船がない。やれるのは、ここまでだ。
ひらひらとポスターがはためく。
『午後からは水球大会です』
「おおっと、こうしてる場合じゃない!」
「行こうぜ!」
「ええ、サメを倒さなきゃ!」
雑魚サメとの戦いは続く。
これはあくまで対処療法。
雑魚サメをいくら倒しても、あいつがいる限りサメの襲撃は終わらない。そしてあいつは学んだ。冒頭のスナックだったはずの私たちが、今やサメ狩りの戦士。ビキニヴァルキリーだと。だから攻めてこなかったんだ。何て狡猾な!
「悪魔のようにずる賢いってのはこのことか」
そもそも悪魔だし。