こんな所にサメが来るはずがn
文字数 7,055文字
6 ホワイトシャークの伝説
あっさり来ました、クリスタルレイクビーチ記念館 。
『クリスタルレイクビーチ記念館にようこそ! ここはクリスタルレイクビーチの歴史と現在、未来を映像と資料と音で多次元的にご紹介する総合文化施設です!』
うるさくもなく小さくもない適度な音量でくり返し流れる心地よいアナウンス。
お金かけてるなあ。
言ってることはよくわかんないけど、美術館と博物館と図書館と劇場を一緒にした施設っぽい。窓が大きくて、建物もきれいで明るい。新しい建物独特のにおいがする。
お金かけてリニューアルしたっぽい。人もいっぱいいる。お土産屋さんもいっぱいあるし、おしゃれカフェスペースもある……もちろんムーンバックス提供。ふわっふわの緑の芝生の中庭には、わたあめやポップコーン、ホットドックにキャラメルアップル(アメリカ式リンゴ飴)の屋台が出てるし、ピエロが風船配ってるし、人形芝居やったりレモネード売ってる小学生がいたりチェスやってるおじいちゃんがいたり、演奏会したり、ビンゴ大会してたりブルーベリーパイの早食いコンテストまでやってて何やってんだかだんだんわかんなくなってるけど人を集めるのには成功してる感じ。
「にぎやかだね」
「サミィ、離れちゃだめよ」
「あっうん」
「手、つなごうか」
「はい」
白くてやわらかい手が私の手を包む。
「私、過保護かな」
「ううん、そんなことない!」
「あっ」
お土産物屋さんに、あのサメ歯のペンダントが並んでた。謎おじぃからもらったあれだ。何か、よくわかんないけど、人気商品っぽい。「SNSで大ブレイク!」手書きのポップがそえてある。
こーゆーノリって全世界共通なのかな。しみじみとペンダントを眺めていると……。
「サミィ! サミィじゃないか!」
不意に声をかけられた。
「はいっ?」
視線が合う。久しぶりに同じくらいの高さ。
茶色い瞳に黒髪ストレートのおかっぱ頭、まるっこい眼鏡をかけて、着てるのはTシャツに短パン。これは、他の観光客と同じ。Tシャツの胸には陽気な文字「ようこそクリスタルレイクビーチへ!」そしてサメ。水兵帽を被ってヒレで挨拶している、フレンドリーで微妙にかわいくない、ゆるサメ。
「僕だよ僕! 久しぶりだね!」
なんっとなく懐かしい気がするんだけど、困った、どうしよう。
没個性すぎて、誰なのかよくわかんない! 男子なのか女子なのかもわからない。できれば女子かな、女子の方がいいな。記憶の中からすぐに出てこない。でも、でも、なんかこの人、私に会えてすごく嬉しそうだし、目をきらっきらさせてるし、背の高さとか体のほそっこさとか親近感増し増しだし。えーとえーっとえっとえっとえっと。
閃いた。
(思い出せないなら、この場で決めちゃえばいいじゃない)
「ああ、あなたはっ!」
「そう、僕は!」
「あなたはっ!」
「僕は!」
「中学で同じクラスだったベッキーちゃん!」
勢いでちゃん、までつけちゃった。ちゃん、まで。
何で中学生かって言うと、少なくとも今の(つまり高校の)クラスメイトの中に記憶がなかったし、久しぶりってことは夏休み前より長いこと会ってないって意味だと思ったし、とにかくこれが最善の策かなって! どうだろう、これでよかったの?
ベッキーちゃん(仮名)はうつむいて、拳を握って、ぷるぷる震えてる。
「あ、あの」
んぱっと顏をあげた。満面のスマイル。よかった、正しい選択をしたんだ。
「そうだよ! うれしい、僕を覚えててくれたんだねっ!」
何か、ちょっと声が高くなったような気がする。肩も細くなったような。気のせい、かな?
ベッキーちゃんは僕っ子。だけどここ、アメリカだから今私たち、英語でしゃべってるはずだよね。一人称代名詞って、いったい何て翻訳されてるんだろう?
「きゃー、久しぶりーっ」
「久しぶりーっ」
両手を握って、ぴょんぴょん飛び跳ねる。
よかった。女の子でよかった。女の子同士なら、手をつなぐのもハグするのも平気。
そして私の脳内には既に、ベッキーちゃんが家に遊びに来て、一緒にお姉ちゃんとシンディの焼いたクッキーを食べてる記憶が芽生えてる。これは、私たち四人の共通の記憶。映画でさくっとはさまれる回想シーン。
「どうしてここに?」
「夏休みで遊びに来たの。ベッキーちゃんは?」
話したらどんどん記憶が鮮明になってくる。中学時代の記憶。お姉ちゃんとシンディの時と同じだ。
「僕は、おじさんの手伝いで来たんだ」
「おじさん?」
「海洋学者なんだ。この記念館 の監修を頼まれてて……」
その時、アナウンスが流れる。
『まもなく「ホワイトシャーク伝説」の上映が始まります。もちろん無料! 最後まで無料! よい子のみなさんはシアターへどうぞ!』
ホワイトシャーク伝説!
一瞬で思考がしゃきっとする。きゃっきゃうふふな女の子モードはお預け、サバイバルモードに切り替えだ。アニメか実写か知らないけれど、とにかくこの映画には私が知りたい情報がつまってる。生き延びる手がかりがある!
「行こう! 見ないと!」
「うん」
サメ映画的にはこの出会いってどんな意味があるんだろう。
はっと気がつくとソーダとポップコーン持って劇場の椅子に座ってた。キャラメルアップルまで持ってた。飲食物OKなの? 他の人も同じ装備だからこの際気にしない。
開幕ベルとともに室内が暗くなって、音楽が流れてスクリーンにヒルイラムのロゴが映る。
(え、ヒルイラム?)
こんなとこにまでお遊び入れてくる!
チャンチャカチャーン♪
クラシカルチープなファンファーレとともにアニメ映画が始まった。茶色い紙にペンで描いたような味のあるカートゥーン。
『ホワイトシャーク伝説!』
これ今、映画のメイン画面に写ってるんだろうな、このアニメが。
『時は300年前、18世紀』
いきなり大きく出たなぁ!
『クリスタルレイクビーチは、巨大な白いサメに襲われた』
ざばーっと海から出てきた巨大な白いサメが、船や家をばくばくたべる。人も食べる。ばくばく食べる。
『ギャーたすけてぇえ』
『わーわーわー、食べられるぅう』
棒読みの悲鳴とともに、顏の部分だけ古い写真を切り取ってはりつけた棒人間がサメに食べられる。ばりばりむしゃむしゃ音がする。縮尺が若干変な感じだけど、リアルな縮尺で作ったら人間が小さすぎて迫力ないものね。ところでしっかり赤いしぶきが出てるのは年齢制限的にOKなんだろうか。クレヨンで描いたテイストで、血に見えないからOK?
『海は血に染まり人々は絶望に泣き叫ぶ』
ゆっちゃったよ、血って!
『おお神よ、クリスタルレイクビーチは、サメに食い尽くされるしかないのか?』
OMG! OMG! 画面に書き文字が飛び交う。初めて見る略語なのに私は知っている。それが「Oh My God!」の略だって。
『その時、奇跡が起きた!』
奇跡ぃいい?
うへえ。口がぐにゃーっと歪んだ。
奇跡が解決策?
B級映画特有のご都合主義と奇跡は根本的に違うよ! そこはゆずれない。どうちがうかって? たまたまそこに鉄パイプとかチェーンソーが転がってるのと、空から「奇跡」って書かれたでっかい手が降りてきてサメを潰すのはレベルがちがう。これじゃあ何のヒントにもならない。
がっくり肩を落としたその時、ぽつりとベッキーちゃんがつぶやいた。
「伝説には真実の欠片が隠れている」
「!」
『勇敢なるエイブラハム・アダム・アームストロング船長が! 黄金の銛を手に立ち上がる!』
金色に輝くぴかぴかのトライデントを構えた船長さん登場。マッチョでクールでイケメンだ。歯が白く光ってる。
ホワイトシャークに飛び乗って、頭にぶすっ!
トライデントを突き刺す!
刺す!
刺す!
刺す!
全部で三本。
「三本の黄金の銛によって、悪魔の白サメは永遠に封印されたのです」
封印。
それって、解かれるの前提じゃないかーっ!
サメ映画のお約束。封印は解かれるためにある。
そう、既に封印は解かれてる。たぶん、映画開始後五分で解かれてる。
『こうしてクリスタルレイクビーチは救われました。船長の偉業を讃え、三本の黄金の銛は、町のエンブレムになったのです』
ああ、だから三本のトライデントが交差したシンボルがあちこちにあるんだ。旗とか看板とか。風船とか。こんなにうじゃうじゃあったのかって、今気づいた。映画でよくあるよ『意識するなり、急に目に付く』小道具のアレ。
『エイブラハム・アダム・アームストロング船長の黄金の銛は、当館にレプリカが展示中です!』
画面ではサメに刺さっていたトライデントがくるくる回りながら拡大、急にリアルになって、実写になって、ガラスケースに収まった。
『みんなも伝説の黄金の銛をその目で見よう!お土産物屋 さんでグッズも売ってるよ!』
「あるんだ……」
「うん。あるんだ。ここの展示物の、目玉」
「なるほどー」
行くしかない。
「これがアームストロング船長の黄金の銛かー」
「すごーい」
展示室は明るい。海に面した壁全体が大きなガラス窓になってる。オーシャンビューだ。青い海、白い砂浜、白くくだける波頭。ガラス越しに見える海に、今にも手が届きそう。
3フロアぶち抜きの大きな展示室には、1/1サイズの船。
「アームストロング船長の乗っていた船を再現しました、だって」
「すっごいお金かかってる!」
そして甲板の真ん中にガラスケースに収められた黄金のトライデントのレプリカ!
「うわー、ほんとにピカピカの金色だ」
石突きには青い透明な宝石がはまってる。
「もしかして、あれ、サファイア?」
「伝説では、そう言われてるね」
ベッキーちゃんがくいっと眼鏡の位置を整える。
「複製品とは言え、これもかなりお金かかってるんだよ。本物の武器職人が作ったんだ」
「やっぱり武器って扱いなんだ」
「古文書に残された挿し絵と記述を可能な限り現代の技術で復元した。人類の叡知の結晶だよ!」
腰に手を当てて、ばーんっと音がしそうなくらい、ポーズを決めて自信たっぷりに言い切った。
「復元監修:ドクター・ウミノ……あ、これって」
「そう、僕のおじさんさ!」
「すごい! ベッキーちゃんのおじさん、すごい!」
「海洋学者だからね!」
これって海洋学の範疇 なのかな。ちょっと疑問、でもとにかく、すごい。古文書読んでこんな正確な武器を復元しちゃうんだからすごい。
あとベッキーちゃんって日系だったんだ。何となくなつかしかった訳がわかった。
「ね、ね、ここに立って、そうそう、ここから見るの!」
ベッキーちゃんに手をひかれて、甲板の上をちょこまかぴょんぴょん。お姉ちゃんとシンディは一歩後ろから見守っている。
「わあ!」
迫力最高! 絶好のアングルだった! ガラス越しに広がる青い海を背に、模型の船は本当に海に浮かんでるように見える。そして透明な台に乗って、ガラスケースに収められた黄金のトライデントはまるで……まるで、青くきらめく海に突き立ってる。絶妙の角度! 映像よりもピッカピカ。石突きの青いサファイアもぴっかぴか。何となく合体ロボットの玩具っぽいけどぴっかぴか。
「これって、写真撮影OKだよね?」
「もちろん! そのためのレプリカだもの」
「じゃあ、みんなで一緒に撮ろうか」
「そうね」
「え、僕も?」
「もちろん」
黄金のトライデントを前に、四人で並んで、スマホを自撮りモードにして……
「はい、チーズ!」
かしゃり。
「ん?」
画面のすみっこに何か白いものが写ってる。不吉な予感。ばっと振り返れば広がる青い海。そして白い……
「よかった、ヨットだ」
サメじゃない。
間に防波堤を挟んでるだけで、海と記念館の距離はきわめて近い。それにしてもあのヨット、どっこで見たような……あ、甲板で何か光った。じーっと目をこらして正体を確かめる。大量のネックレスとブレスレットをつけたオレンジ色のビキニのおっぱい大きな若い美女!
そうだ、これ浮気男とネックレスビキニチアリーダーが歩いてった先のマリーナに浮かんでたヨットだ!(自分の記憶力にびっくり)
「ちょっと遠いなあ」
もっとよく見えるといいんだけど。
思った瞬間、ぐっと視界がクローズアップした。ヨットの上の光景が、見えた。
ネックレスビキニチアリーダーが、浮気男といちゃいちゃしてる。並んで座って、互いの首に腕を巻き付いて、細長いグラスに注いだ泡立つ金色の液体を飲んでる。あまつさえ体にかけてる。すごくベトベトしそう。
「はっ!」
ビキニ。
クルージング。
カップル。
いちゃつく。
チーンといい音が聞こえた。
死のビンゴがそろったぁ!
ゼリーのような透き通った波の向こうに浮かぶ白い影。潜水艦でもヨットでもない。三角の背びれ、ばっくりと開いた口に並ぶ尖った牙。
「サメだーっ!」
「まさか!」
「そんな!」
「こんな所にサメが来るはずがない!」
うわぁあああああん! 最強のサメ召喚呪文唱えちゃったよーっ! しかも三人! 危険度三倍!
『シャーク!』
不意打ちでばんっとBGMの大サビ、ボリューム最大。
サメが。巨大な白いサメがザバーっと顏を出して、ヨットをばりんっとかみ砕いた!
食べた。
食べた。
食べちゃった。
ヨットの後ろ半分を、ビキニチアリーダーと二股浮気男もろとも食べちゃった。
「サメーっ! 見たよね、ねえ、今の見た? 見たよねっ!」
「ちょっと待て、今の何、アレ」
「だからっサメなんだってば! 伝説のホワイトシャーク!」
今度は、証拠が残ってる。ばっくり巨大な歯形のついたヨットの残骸!
悲鳴があがる。
次の瞬間、ぐわっと海面が盛り上がる。
「ああ、サメがっ! サメがっ!」
『シャァアアアアアアァアアアアクゥウウ!』
サメ映画見ながら思ってた。いつも疑問に思ってた。何でみんな、食べられる時サメが来るまでのんびり待ってるんだろうって。
今ならわかる。あれはサメの視点から見た人間なんだ。極限まで神経伝達速度が加速されたサメの目から見れば、人間なんて止まったハエも同然!
ざっばーん!
ホワイトシャークが跳ねる!
影が落ちる。
光が遮られ、展示室が薄暗くなる。
でかい。まるで、まるでこれじゃあクジラだ、タンカーだ! 最初に見た時と微妙にスケールが違うし明らかにもう古代巨大鮫 なんてレベルの大きさじゃないけど、悪魔のサメだし! 近い近い近い、微妙にゆっくりした速度で近づいてくる。頭のとこに穴が空いてる。一つ、二つ、三つ。もしかして、黄金のアレの刺さってた痕?
めき。
みき。
バリーン!
ガラスをつきやぶった!
「きゃーっ!」
「こっち来んなーっ」
「サミィあぶなーいっ!」
抱き合う私とベッキーちゃん、覆いかぶさるお姉ちゃんとシンディ。
一塊になった私たちは、巨大なサメの前であまりに小さく、あまりに無力。4人まとめて跡形も無く飲み込まれてそれでおしまい。
「いやーっ! せっかく転生したのに死にたくなーいっ!」
熱い。胸元が熱い。
サメが迫る。巨大な鼻先、巨大な牙……
「あっ!」
ガオン!
サメが飛ぶ。
飛び散る火花。空気を震わせる衝撃。耳が痛い。
はじいた。
サメをはじいた。
青く輝く透明な障壁 が、巨大な白いサメをはじき飛ばした!
ちょっと待って何でこの体勢で見えるの? でも見える。クレーンに乗ってカメラを構えてるようにロングショットで、自分たちの状況を見ている。はじき飛ばされたサメは空中で体をひねって方向転換。たまたま二階から降りてきたスーツ姿の(アロハでも海パンでもビキニでもない)男の人を、ばくっと飲み込んだ。
丸のみ。丸のみ。階段ごと丸のみ。半分じゃない。足が残ったりしない。全年齢に優しい。
でも食べた。さっきまでそこにいたのにもういない。周りにふわふわ漂ってた風船が、パンパンパンっと破裂する。
ガオォオン!
サメはびったーんっと尻尾で床をたたいてジャンプ。入ってきた穴をさらにぶち破り、海に飛び込んで、消えた。
そして時間が動き出す。
「きゃああああああああーっ!」
「市長が! 市長がーっ!」
ふわふわと宙に舞う、ちぎれた垂れ幕にはでかでかと印刷されている。『次の市長選もブレナン市長を』
今、食べられたの、市長なんだ。
「ね……見たでしょ? サメ、見たでしょ?」
「サメ……だ」
「サメだわ……」
「サメだったね」
やっと伝わった。だけどそれは映画が一段階進んだってことでもある。エンディングに向けて。その手前のクライマックス……大惨事 に向かって。
お姉ちゃんと、シンディと、ベッキーちゃんは顏を見合わせて、叫んだ。
「サメーーーーーーーーーーっ!」
ものすごく、アンモニア臭い。
あっさり来ました、クリスタルレイクビーチ
『クリスタルレイクビーチ記念館にようこそ! ここはクリスタルレイクビーチの歴史と現在、未来を映像と資料と音で多次元的にご紹介する総合文化施設です!』
うるさくもなく小さくもない適度な音量でくり返し流れる心地よいアナウンス。
お金かけてるなあ。
言ってることはよくわかんないけど、美術館と博物館と図書館と劇場を一緒にした施設っぽい。窓が大きくて、建物もきれいで明るい。新しい建物独特のにおいがする。
お金かけてリニューアルしたっぽい。人もいっぱいいる。お土産屋さんもいっぱいあるし、おしゃれカフェスペースもある……もちろんムーンバックス提供。ふわっふわの緑の芝生の中庭には、わたあめやポップコーン、ホットドックにキャラメルアップル(アメリカ式リンゴ飴)の屋台が出てるし、ピエロが風船配ってるし、人形芝居やったりレモネード売ってる小学生がいたりチェスやってるおじいちゃんがいたり、演奏会したり、ビンゴ大会してたりブルーベリーパイの早食いコンテストまでやってて何やってんだかだんだんわかんなくなってるけど人を集めるのには成功してる感じ。
「にぎやかだね」
「サミィ、離れちゃだめよ」
「あっうん」
「手、つなごうか」
「はい」
白くてやわらかい手が私の手を包む。
「私、過保護かな」
「ううん、そんなことない!」
「あっ」
お土産物屋さんに、あのサメ歯のペンダントが並んでた。謎おじぃからもらったあれだ。何か、よくわかんないけど、人気商品っぽい。「SNSで大ブレイク!」手書きのポップがそえてある。
こーゆーノリって全世界共通なのかな。しみじみとペンダントを眺めていると……。
「サミィ! サミィじゃないか!」
不意に声をかけられた。
「はいっ?」
視線が合う。久しぶりに同じくらいの高さ。
茶色い瞳に黒髪ストレートのおかっぱ頭、まるっこい眼鏡をかけて、着てるのはTシャツに短パン。これは、他の観光客と同じ。Tシャツの胸には陽気な文字「ようこそクリスタルレイクビーチへ!」そしてサメ。水兵帽を被ってヒレで挨拶している、フレンドリーで微妙にかわいくない、ゆるサメ。
「僕だよ僕! 久しぶりだね!」
なんっとなく懐かしい気がするんだけど、困った、どうしよう。
没個性すぎて、誰なのかよくわかんない! 男子なのか女子なのかもわからない。できれば女子かな、女子の方がいいな。記憶の中からすぐに出てこない。でも、でも、なんかこの人、私に会えてすごく嬉しそうだし、目をきらっきらさせてるし、背の高さとか体のほそっこさとか親近感増し増しだし。えーとえーっとえっとえっとえっと。
閃いた。
(思い出せないなら、この場で決めちゃえばいいじゃない)
「ああ、あなたはっ!」
「そう、僕は!」
「あなたはっ!」
「僕は!」
「中学で同じクラスだったベッキーちゃん!」
勢いでちゃん、までつけちゃった。ちゃん、まで。
何で中学生かって言うと、少なくとも今の(つまり高校の)クラスメイトの中に記憶がなかったし、久しぶりってことは夏休み前より長いこと会ってないって意味だと思ったし、とにかくこれが最善の策かなって! どうだろう、これでよかったの?
ベッキーちゃん(仮名)はうつむいて、拳を握って、ぷるぷる震えてる。
「あ、あの」
んぱっと顏をあげた。満面のスマイル。よかった、正しい選択をしたんだ。
「そうだよ! うれしい、僕を覚えててくれたんだねっ!」
何か、ちょっと声が高くなったような気がする。肩も細くなったような。気のせい、かな?
ベッキーちゃんは僕っ子。だけどここ、アメリカだから今私たち、英語でしゃべってるはずだよね。一人称代名詞って、いったい何て翻訳されてるんだろう?
「きゃー、久しぶりーっ」
「久しぶりーっ」
両手を握って、ぴょんぴょん飛び跳ねる。
よかった。女の子でよかった。女の子同士なら、手をつなぐのもハグするのも平気。
そして私の脳内には既に、ベッキーちゃんが家に遊びに来て、一緒にお姉ちゃんとシンディの焼いたクッキーを食べてる記憶が芽生えてる。これは、私たち四人の共通の記憶。映画でさくっとはさまれる回想シーン。
「どうしてここに?」
「夏休みで遊びに来たの。ベッキーちゃんは?」
話したらどんどん記憶が鮮明になってくる。中学時代の記憶。お姉ちゃんとシンディの時と同じだ。
「僕は、おじさんの手伝いで来たんだ」
「おじさん?」
「海洋学者なんだ。この
その時、アナウンスが流れる。
『まもなく「ホワイトシャーク伝説」の上映が始まります。もちろん無料! 最後まで無料! よい子のみなさんはシアターへどうぞ!』
ホワイトシャーク伝説!
一瞬で思考がしゃきっとする。きゃっきゃうふふな女の子モードはお預け、サバイバルモードに切り替えだ。アニメか実写か知らないけれど、とにかくこの映画には私が知りたい情報がつまってる。生き延びる手がかりがある!
「行こう! 見ないと!」
「うん」
サメ映画的にはこの出会いってどんな意味があるんだろう。
はっと気がつくとソーダとポップコーン持って劇場の椅子に座ってた。キャラメルアップルまで持ってた。飲食物OKなの? 他の人も同じ装備だからこの際気にしない。
開幕ベルとともに室内が暗くなって、音楽が流れてスクリーンにヒルイラムのロゴが映る。
(え、ヒルイラム?)
こんなとこにまでお遊び入れてくる!
チャンチャカチャーン♪
クラシカルチープなファンファーレとともにアニメ映画が始まった。茶色い紙にペンで描いたような味のあるカートゥーン。
『ホワイトシャーク伝説!』
これ今、映画のメイン画面に写ってるんだろうな、このアニメが。
『時は300年前、18世紀』
いきなり大きく出たなぁ!
『クリスタルレイクビーチは、巨大な白いサメに襲われた』
ざばーっと海から出てきた巨大な白いサメが、船や家をばくばくたべる。人も食べる。ばくばく食べる。
『ギャーたすけてぇえ』
『わーわーわー、食べられるぅう』
棒読みの悲鳴とともに、顏の部分だけ古い写真を切り取ってはりつけた棒人間がサメに食べられる。ばりばりむしゃむしゃ音がする。縮尺が若干変な感じだけど、リアルな縮尺で作ったら人間が小さすぎて迫力ないものね。ところでしっかり赤いしぶきが出てるのは年齢制限的にOKなんだろうか。クレヨンで描いたテイストで、血に見えないからOK?
『海は血に染まり人々は絶望に泣き叫ぶ』
ゆっちゃったよ、血って!
『おお神よ、クリスタルレイクビーチは、サメに食い尽くされるしかないのか?』
OMG! OMG! 画面に書き文字が飛び交う。初めて見る略語なのに私は知っている。それが「Oh My God!」の略だって。
『その時、奇跡が起きた!』
奇跡ぃいい?
うへえ。口がぐにゃーっと歪んだ。
奇跡が解決策?
B級映画特有のご都合主義と奇跡は根本的に違うよ! そこはゆずれない。どうちがうかって? たまたまそこに鉄パイプとかチェーンソーが転がってるのと、空から「奇跡」って書かれたでっかい手が降りてきてサメを潰すのはレベルがちがう。これじゃあ何のヒントにもならない。
がっくり肩を落としたその時、ぽつりとベッキーちゃんがつぶやいた。
「伝説には真実の欠片が隠れている」
「!」
『勇敢なるエイブラハム・アダム・アームストロング船長が! 黄金の銛を手に立ち上がる!』
金色に輝くぴかぴかのトライデントを構えた船長さん登場。マッチョでクールでイケメンだ。歯が白く光ってる。
ホワイトシャークに飛び乗って、頭にぶすっ!
トライデントを突き刺す!
刺す!
刺す!
刺す!
全部で三本。
「三本の黄金の銛によって、悪魔の白サメは永遠に封印されたのです」
封印。
それって、解かれるの前提じゃないかーっ!
サメ映画のお約束。封印は解かれるためにある。
そう、既に封印は解かれてる。たぶん、映画開始後五分で解かれてる。
『こうしてクリスタルレイクビーチは救われました。船長の偉業を讃え、三本の黄金の銛は、町のエンブレムになったのです』
ああ、だから三本のトライデントが交差したシンボルがあちこちにあるんだ。旗とか看板とか。風船とか。こんなにうじゃうじゃあったのかって、今気づいた。映画でよくあるよ『意識するなり、急に目に付く』小道具のアレ。
『エイブラハム・アダム・アームストロング船長の黄金の銛は、当館にレプリカが展示中です!』
画面ではサメに刺さっていたトライデントがくるくる回りながら拡大、急にリアルになって、実写になって、ガラスケースに収まった。
『みんなも伝説の黄金の銛をその目で見よう!
「あるんだ……」
「うん。あるんだ。ここの展示物の、目玉」
「なるほどー」
行くしかない。
「これがアームストロング船長の黄金の銛かー」
「すごーい」
展示室は明るい。海に面した壁全体が大きなガラス窓になってる。オーシャンビューだ。青い海、白い砂浜、白くくだける波頭。ガラス越しに見える海に、今にも手が届きそう。
3フロアぶち抜きの大きな展示室には、1/1サイズの船。
「アームストロング船長の乗っていた船を再現しました、だって」
「すっごいお金かかってる!」
そして甲板の真ん中にガラスケースに収められた黄金のトライデントのレプリカ!
「うわー、ほんとにピカピカの金色だ」
石突きには青い透明な宝石がはまってる。
「もしかして、あれ、サファイア?」
「伝説では、そう言われてるね」
ベッキーちゃんがくいっと眼鏡の位置を整える。
「複製品とは言え、これもかなりお金かかってるんだよ。本物の武器職人が作ったんだ」
「やっぱり武器って扱いなんだ」
「古文書に残された挿し絵と記述を可能な限り現代の技術で復元した。人類の叡知の結晶だよ!」
腰に手を当てて、ばーんっと音がしそうなくらい、ポーズを決めて自信たっぷりに言い切った。
「復元監修:ドクター・ウミノ……あ、これって」
「そう、僕のおじさんさ!」
「すごい! ベッキーちゃんのおじさん、すごい!」
「海洋学者だからね!」
これって海洋学の
あとベッキーちゃんって日系だったんだ。何となくなつかしかった訳がわかった。
「ね、ね、ここに立って、そうそう、ここから見るの!」
ベッキーちゃんに手をひかれて、甲板の上をちょこまかぴょんぴょん。お姉ちゃんとシンディは一歩後ろから見守っている。
「わあ!」
迫力最高! 絶好のアングルだった! ガラス越しに広がる青い海を背に、模型の船は本当に海に浮かんでるように見える。そして透明な台に乗って、ガラスケースに収められた黄金のトライデントはまるで……まるで、青くきらめく海に突き立ってる。絶妙の角度! 映像よりもピッカピカ。石突きの青いサファイアもぴっかぴか。何となく合体ロボットの玩具っぽいけどぴっかぴか。
「これって、写真撮影OKだよね?」
「もちろん! そのためのレプリカだもの」
「じゃあ、みんなで一緒に撮ろうか」
「そうね」
「え、僕も?」
「もちろん」
黄金のトライデントを前に、四人で並んで、スマホを自撮りモードにして……
「はい、チーズ!」
かしゃり。
「ん?」
画面のすみっこに何か白いものが写ってる。不吉な予感。ばっと振り返れば広がる青い海。そして白い……
「よかった、ヨットだ」
サメじゃない。
間に防波堤を挟んでるだけで、海と記念館の距離はきわめて近い。それにしてもあのヨット、どっこで見たような……あ、甲板で何か光った。じーっと目をこらして正体を確かめる。大量のネックレスとブレスレットをつけたオレンジ色のビキニのおっぱい大きな若い美女!
そうだ、これ浮気男とネックレスビキニチアリーダーが歩いてった先のマリーナに浮かんでたヨットだ!(自分の記憶力にびっくり)
「ちょっと遠いなあ」
もっとよく見えるといいんだけど。
思った瞬間、ぐっと視界がクローズアップした。ヨットの上の光景が、見えた。
ネックレスビキニチアリーダーが、浮気男といちゃいちゃしてる。並んで座って、互いの首に腕を巻き付いて、細長いグラスに注いだ泡立つ金色の液体を飲んでる。あまつさえ体にかけてる。すごくベトベトしそう。
「はっ!」
ビキニ。
クルージング。
カップル。
いちゃつく。
チーンといい音が聞こえた。
死のビンゴがそろったぁ!
ゼリーのような透き通った波の向こうに浮かぶ白い影。潜水艦でもヨットでもない。三角の背びれ、ばっくりと開いた口に並ぶ尖った牙。
「サメだーっ!」
「まさか!」
「そんな!」
「こんな所にサメが来るはずがない!」
うわぁあああああん! 最強のサメ召喚呪文唱えちゃったよーっ! しかも三人! 危険度三倍!
『シャーク!』
不意打ちでばんっとBGMの大サビ、ボリューム最大。
サメが。巨大な白いサメがザバーっと顏を出して、ヨットをばりんっとかみ砕いた!
食べた。
食べた。
食べちゃった。
ヨットの後ろ半分を、ビキニチアリーダーと二股浮気男もろとも食べちゃった。
「サメーっ! 見たよね、ねえ、今の見た? 見たよねっ!」
「ちょっと待て、今の何、アレ」
「だからっサメなんだってば! 伝説のホワイトシャーク!」
今度は、証拠が残ってる。ばっくり巨大な歯形のついたヨットの残骸!
悲鳴があがる。
次の瞬間、ぐわっと海面が盛り上がる。
「ああ、サメがっ! サメがっ!」
『シャァアアアアアアァアアアアクゥウウ!』
サメ映画見ながら思ってた。いつも疑問に思ってた。何でみんな、食べられる時サメが来るまでのんびり待ってるんだろうって。
今ならわかる。あれはサメの視点から見た人間なんだ。極限まで神経伝達速度が加速されたサメの目から見れば、人間なんて止まったハエも同然!
ざっばーん!
ホワイトシャークが跳ねる!
影が落ちる。
光が遮られ、展示室が薄暗くなる。
でかい。まるで、まるでこれじゃあクジラだ、タンカーだ! 最初に見た時と微妙にスケールが違うし明らかにもう
めき。
みき。
バリーン!
ガラスをつきやぶった!
「きゃーっ!」
「こっち来んなーっ」
「サミィあぶなーいっ!」
抱き合う私とベッキーちゃん、覆いかぶさるお姉ちゃんとシンディ。
一塊になった私たちは、巨大なサメの前であまりに小さく、あまりに無力。4人まとめて跡形も無く飲み込まれてそれでおしまい。
「いやーっ! せっかく転生したのに死にたくなーいっ!」
熱い。胸元が熱い。
サメが迫る。巨大な鼻先、巨大な牙……
「あっ!」
ガオン!
サメが飛ぶ。
飛び散る火花。空気を震わせる衝撃。耳が痛い。
はじいた。
サメをはじいた。
青く輝く透明な
ちょっと待って何でこの体勢で見えるの? でも見える。クレーンに乗ってカメラを構えてるようにロングショットで、自分たちの状況を見ている。はじき飛ばされたサメは空中で体をひねって方向転換。たまたま二階から降りてきたスーツ姿の(アロハでも海パンでもビキニでもない)男の人を、ばくっと飲み込んだ。
丸のみ。丸のみ。階段ごと丸のみ。半分じゃない。足が残ったりしない。全年齢に優しい。
でも食べた。さっきまでそこにいたのにもういない。周りにふわふわ漂ってた風船が、パンパンパンっと破裂する。
ガオォオン!
サメはびったーんっと尻尾で床をたたいてジャンプ。入ってきた穴をさらにぶち破り、海に飛び込んで、消えた。
そして時間が動き出す。
「きゃああああああああーっ!」
「市長が! 市長がーっ!」
ふわふわと宙に舞う、ちぎれた垂れ幕にはでかでかと印刷されている。『次の市長選もブレナン市長を』
今、食べられたの、市長なんだ。
「ね……見たでしょ? サメ、見たでしょ?」
「サメ……だ」
「サメだわ……」
「サメだったね」
やっと伝わった。だけどそれは映画が一段階進んだってことでもある。エンディングに向けて。その手前のクライマックス……
お姉ちゃんと、シンディと、ベッキーちゃんは顏を見合わせて、叫んだ。
「サメーーーーーーーーーーっ!」
ものすごく、アンモニア臭い。