ウソ、私の生存率低すぎ!

文字数 5,774文字

「ふはっ」
 色がある。においがあって、音が聞こえる。
 ああ、転生したんだ。
 戻ってきた。体の重さ、聴覚、嗅覚、触覚、そして最後に視覚。ほんとにほんとに生き返ったんだ。死んでたことが夢みたい。
「ああ良かった、気がついたのね!」
 だれかいる? しかも近い。すごく近い。
「ごめんなさい!」
 怒られる! 条件反射で謝った。
「いいの、いいの、何も心配しなくていいの」
 しかられなかった。怒鳴られなかった。それどころか抱きしめられた、ハグされた。
 うそでしょうそでしょ何これ信じらんない、『心配かけた』のに怒られず怒鳴られずなじられずそれどころかハグされるなんてーっ! むぎゅうって、いいにおのする、すべすべして、あったかくてやわらかくってもっちもっちした……体? 生き物?
「もう大丈夫よ、サミィ、かわいいかわいいMy Angel!」
「あわ、あわわうわわ」

 何、何、何ごと、どうしたの、いったい何が起きてるの? 苦しく無い。痛くない、暑くない。OK、まずそこはクリア。その先は? むしろ気持ちいいです。どうしよう。いいの? 私、許されてるの? そんなことが許されるの? 許されるのが許されて、あれ、あれ、あわ、あわわ。あわ、あわわ、なんかいろいろこんがらがってきた、目が回る、ぐるぐるする。
「うーんー」
 ぐるぐるするから、何があるか見えた。
 涼しくて風通しのいい部屋で、さらさらのベッドに寝かされて(まるで天国!)金髪で青い目でおっぱいの大きな美人さんに抱きしめられている。ふかふかのふわふわのすべすべでいいにおい。
 待って待って、情報量多すぎ! とろけるほど気持ちいい、だけどそれを味わってていいの? 油断したとたんにひどい目にあうかもしれないじゃないかっ! 今までいつもそうだった。期待した瞬間裏切られる。

 いやいやいや、それは今までの私、転生したんだから、もうそんなことは……無いとは限らない。一回転生した程度で染みついた不幸がとれるとは限らない、かも。前世の因縁とかカルマとか……あーっ、もう!
 OK、落ち着こう私、まず現状を把握するんだ。

 サミィって呼ばれた。それが私の新しい名前。ささめとサミィ、あんまり変わらないけど返事するのに困らない、かな。そしてこの人は私のお姉ちゃん。初めて会うけどわかってる。
 おぅ? これってもしかして、転生先の知識が全部インプットされてる?
「よかったぁ、サミィ、目をさましてくれてっ」
「むぎゅぎゅぎゅぎゅっ」
 お姉ちゃん、腕力強い。さすがアメリカン。そうだ、ここはアメリカで私もアメリカ人。あれ、じゃあ今何語しゃべってるんだろう? それ以前に、なんかあばら骨がめきっていってる。気持ちいいけどそろそろ苦しい。
「キャシィ、キャシィ、おちついて。サミィがつぶれちゃうよ」
 きびきびした声が割って入る。
「ああっ、うっかりしてた! ごめんねサミィ、しっかりして!」
 ふにゅーっ、解放された。
「はい、二人とも深呼吸して」
「すーっ、はーっ、すーっ、はーっ」
「すーっ、はーっ、すーっ、はーっ!」
 新鮮な空気といいにおいをノドに出し入れしながら、救い主を見あげる。
 こっちは褐色の瞳に褐色の肌、ぽってりしたセクシーな唇に黒い髪の筋肉質のお姉さん。この人の情報もインプット済み。名前はシンディ、隣に住んでる幼なじみでお姉ちゃんの親友。(あ、うん、アメリカのドラマでよくある設定だね)
「サミィはこれ飲んで」
「あ、はい、ありがとう」
 重っ!
 渡されたコップはまるでまるでビールのジョッキみたい。500mlのペットボトルが丸ごと入りそうなサイズ、さすがアメリカ! 手のひらにつたわるここちよい冷たさ。中味は冷たい液体。一番欲しかったものだーっ!
「いただきますっ」
 ああぁああ、甘露ぉおお!
 飲んだ。飲んだ。ごっきゅごっきゅと音を立てて、息をするのも忘れて飲んだ。
 たぶん死んだ時、ノドのかわきも体が苦しいのも一度リセットされた。だけど生き返った、って言うか転生したら、体が思い出した。どんなに暑くて、水がほしかったのか。

 ああ、今、この瞬間、ノドの中を冷たい液体が通ってる。
 細胞の一つ一つが大喜びで吸いこんでる。カラカラで苦しいのが消えてゆく。ただの水じゃない。何これ、すっごいポーション?
「ふはーっ、おいしいっ、これ何?」
「経口補水液だよ。砂糖と塩とレモン果汁でちょっちょっとね」
「えっ、まさか手作り!? 作れるんだ」
「ライフセイバーだからね」
「すごいー、シンディ、さすがーっ」
 鍛え上げた肉体が、お姉ちゃんとは対照的。お姉ちゃんは肩もお腹も胸も丸くてふわんっとしていて、マシュマロっぽい。ブラからほにゃっと脇がはみだしてるとこもマシシュマロって感じ。シンディは褐色でみっちりしてて、ナッツぎっしりのチョコバーって感じ。腹筋もばっきばきに割れている。
 あれ? 何で脇とか腹筋が見えるんだろう?
「ありがとうシンディ。ほんと、心臓が止まるかと思った、この子がビーチで急にぐったりした時は!」
「もう大丈夫、大急ぎでロッジに運んだからね。こう言う時は体を冷やすのが大事なんだ」
「さすが、馴れてる!」
「ライフセイバーの資格もってるから! 水分補給はこまめにね、サミィ」
「ヴァカンスではしゃぎすぎちゃったかな」
 微妙にセンスが古いし説明的な台詞だけど、おかげで今どこにいるかがわかった。ここは海辺のロッジで、私たち三人は休暇で遊びに来た。OK、わかりやすい。
 ふにっとほっぺたをつつかれる。
「やんちゃさん」
「ごめんなさい」
 あ、またあやまっちゃった。魂に染みついてるんだなあ、この叱られ体質。
「ンもうっ、サミィったら水くさいんだからーっ」
 力一杯ハグされて、キスの雨が降ってきた。やわらかい唇。あったかい唇。ほっぺにも目にも鼻にも耳にも降ってくる。すごい、こんな激しいキス、海外ドラマとか洋画でしか見たことないよ!
「こーゆー時は、ありがとうって言えばいいのよ!」
「ありがと……」
「どういたしまして!」
 そっかぁ。ごめんなさい、じゃなくて、ありがとうって言えば、それでよかったんだ。
 
 再びハグぎゅーっ! アメリカンの愛って激しい。何となくだけど自分のサイズ感がつかめてきた。前世からあまり変わってないみたい。って言うかほとんど変化無し。
 これって転生? それとも転移? 前の自分と同じくらい成長した体、だけど記憶もある、名前もある、家族も存在してる。だから転生なんだろうな。変則的だけど。
 私はサミィ。もう、鰐口ささめじゃない。
 金髪美人のお姉ちゃんに褐色マッチョな幼なじみ。
 二人とも優しい。
「うっ」
 どうしよう。私、私、生まれてきて今まで十六年、こんなに全力で全肯定されたこと無い。こんなに、愛情こめて抱きしめられたこと無い。アメリカではこれが標準?
 あれかな、これ、アメリカの学園ドラマの世界かな。ベタベタのおやくそく満載、何ひとつ予想外のものはない。この、実家に帰ったような安心感。ここで映画を見なさいってことなのかな。OK、赤ちゃんから再スタートするより手っ取り早い。もともと「ホワイトシャーク」はアメリカの映画だし。現代の日本に転生しても、どうせまた炎天下でボランティアやらされる。
 私はアメリカのハッピーな女子高生! もう、日本の(検閲削除)なJKじゃない。
 ありがとうおジゾーさま、いい仕事してます!

「あ」

 転生のお約束のチート能力? もらうの忘れた気がするけど、こう言うものなのかも知れない。他にも順番待ちしてる人がいっぱいいるって言ってたし。私より辛い人はたくさんいるんだろうし、おジゾーさまも忙しかったんだ。こーゆーの馴れてる。いつものこと、いつものこと。それに、平和な学園ドラマではそんなもの必要ないよね!
 ふわっと窓から風が吹き込む。
 ああ、海の香りがする。日本の海とはちがう、何となくサラっとしてカラっとしたにおい。海だけど。
 白いカーテンがひるがえり、見える。まぶしい青空。白い砂浜、色とりどりのパラソル、そして白いリクライニング寝椅子!(ビーチチェア、かな?)
「おお、絵に描いたようなリゾートビーチ!」
 うねる波。ゼリーみたいな波を、マッチョむきむきなサーファーが、ダイナミックに滑り抜ける!
「わお、かっこ……い?」

 エメラルドの波の向こう側、不意に浮かぶ白い巨大な影。流線型の体、とがった口、見覚えのありすぎる三角に開いた口、無数の牙! 牙、牙ぁああ!

「いぃ?」
 サメ。
 サメ。
 何度見てもサメ。

 サメだーっっっ!

 口は動くのに声が出ない。(今の私、sharkって言ってるのかなサメって言ってるのかな)
 まごうことなきサメが。ものすごく大きな白いサメが! ばっくんと口を開いて、サーファーを……食べた!
「あ」
 ばっくり一口、ほとんど丸のみ、サーフボードも残らない。
「え、え、え、えぉあっ、おう、お、お、あうっ」
「どうしたの、サミィ?」
「サメっ、サメがっ」
 窓の外を指さす。
 お姉ちゃんは目をまんまる。シンディも目をまんまる。固まってる。
 いない。
 あんなに大きなサメなのに、もう影も形もない。サーファーもいない。ひと口で丸のみされたから。
「今そこに、すっごく大きな白いサメがっ、サーフィンしてる人をばっくんって、ばっくんって!」
 二人は顏を合わせて、同時にくすっと笑った。
 背筋が凍る、汗がふきだす、さぶいぼが立つ。
 強烈に、イヤな予感がするっ! しょうがないわねえ、とか、あらあらこの子ってば、とか。怖い夢見て泣いてる幼稚園児を抱きしめる直前の慈愛に満ちた表情!
「サミィったら、まだ夢を見てるのね」
「ここは安全なビーチだぞ?」
 ダメダメダメダメダメお姉ちゃんs、その先絶対ゆっちゃだめぇえっ!
 何を言おうとしてるかわかっちゃう。イヤな予感しかしない!
「こんな所にサメが出るはずが無い」

 ぎゃーっ!

 言った!
 言った!
 言っちゃった! 禁じられた言葉、滅びの言霊、最強のサメ召喚呪文。今いちばん言ってはいけないことゆったぁあ!
 汗がふき出す。口の中はカラッカラ、胃がきゅーっとしまる。
 だれか。助けて。

『ハロー、クリスタルレイクビーチ! 非公認ご当地Vチューバー、クリスタルちゃんの生配信の時間だよぉ』
 つけっぱなしのタブレットから、Vチューバーの動画が流れる。いい感じに力の抜けた、どこか遠くの夢の国から聞こえるような、ふわっと透明でほんのり甘い声。
 マリンルックのツーテイルの女の子が、控えめ笑顔でポーズを決める。
『町の伝統行事、ビーチフェスティバルまであと二日! 楽しみですねぇ、どっきどきーのわっくわくーですねっ!』
 サイダーの泡みたいな可愛い声で、さらっと死亡フラグぶっこんできたぁ!
 わかっちゃった。この故郷に帰ったような安心感。なじみっぷりの正体。
「ここって、まさか、サメ映画の世界!」
 まさか。
 まさか。
 いや、ここで今見たものを否定しちゃいけない。肌の表面にぼつぼつ浮いてるさぶいぼはウソをつかない。

 ちがう、見たかったのはこーゆーのじゃない。

「どうしたの、サミィ?」
「映画見たいの? せっかくビーチに来たのに?」
「もったいない! こんなにいい天気なのに」
 首をかしげる二人のお姉ちゃんたち。実のお姉ちゃんと幼なじみのお姐ちゃんが着てるのは、ビキニ。
 うぎゃあ。
 今までまったく違和感感じなかったけど、ビキニ。二枚の三角を紐でつないだトップスに、逆三角のボトム。
(死装束だ)
 お姉ちゃんのは赤、シンディのは水色。どっちもビキニ、紛れもなくビキニ。なるほど、ビキニだから肩や脇、お腹が見えるのは当然、必然。
「まさかっ」
 枕元に置いてあったスマホをつかみ、カメラをセルフに切り替える。細長い四角い画面に映るのは私。
 お姉ちゃんと同じ、くりんとカールした金髪、髪形は憧れのポニーテール! 青い目、お姉ちゃんと同じ。白い肌、バラ色の頰、雪華石膏の額、鼻のまわりにソバカスがうっすら散ってる。
「あ、かわいい」
「当然よ! 私の妹だもの!」
 んでもって、私もビキニ!
 赤地に白い水玉でなんかイチゴケーキっぽいイメージで、布の面積はお姉ちゃんたちより多いけど、やっぱりビキニ。フリルでウェストとか胸の谷間をそれとなくカバーしてるけど、トップスとボトムズに完全にわかれていてお腹が出てるし、どう控えめに見てもビキニ!

 サメ映画。
 金髪。
 ビキニ。

 チーンっと頭の中でベルが鳴る。
「ウソっ、私の生存率、低すぎっ?」
 オジゾーさま、ひどいっ!
 サメ映画を見たいって言ったけど、サメ映画に出たいとは言ってないぃっ! しかも、よりによって金髪ビキニ娘!
「あんまりだ。あんまりだ。あんまりだああっ!」
「まだ混乱してるみたいね」
「あ、サメってあれかなー」
 絶妙なタイミングで窓の外をバスが通りすぎる。海とロッジの間に道が通ってたんだ。車体にはマリンハットをかぶって、すちゃっと右ヒレをかかげた白いサメの絵。妙にフレンドリーで、丸っこい。カートゥーン? ゆるキャラ? とにかくゆるい。あと微妙に可愛くない。こう言うとこもアメリカの田舎っぽい。白い歯を光らせてほほ笑んで、横に浮かんだ吹き出しにポップな書体でこう書かれていた。
『ようこそ、クリスタルレイクビーチへ!』
 あ、英語が読める。すごい。
 って、そうじゃなくて。
 クリスタルレイクビーチ?
 湖なの? ビーチなの? どっち?
「確かにサメだ」
「サメだね」
 しまった。完全に、説明するタイミングを失った……。
「さ、サミィも元気になったし、ビーチにくり出すよ!」
「そうね、せっかくの夏休みなんだし」
「キャシィも、あんな浮気男のことなんか忘れて新しい恋を見つけるんだ。いいね?」
「う、うん」

 ぎゃーっ(本日、二度目)
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登場人物紹介

鰐口ささめ
16歳、サメ映画大好きJK。炎天下の強制ボランティアで熱中症に倒れ、見捨てられ、その死は隠匿される。
無惨な前世を救済すべくお地蔵様の慈悲により金髪ビキニ娘サミィとして転生するが、そこはサメ映画の世界だった。
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キャシィ
サミィの姉。グラマーな金髪美女。アメリカの大学生。妹をでき愛するお姉ちゃん。

彼氏に二股をかけられたあげく一方的に別れを告げられ、傷心を癒すべく妹と幼なじみのシンディと共にクリスタルレイクビーチにやってきた。

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シンディ
キャシィとサミィ姉妹の隣に住む。姉妹とは幼なじみ。鍛え上げた体とライフセイバーの資格を持つ男気のある姐さん。
父親は消防士。
傷心のキャシィを案じて二人をクリスタルレイクビーチに誘う。

待ち受ける災厄を知る由もなかった。

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