地球は回るサメも回る
文字数 6,800文字
私はサーガ。誇り高きヴァイキングの末裔 。16歳の夏、姉のキアステンと幼なじみのシンディと共にクリスタルレイクビーチにやってきた。不実な恋人に裏切られた姉を元気づけるために。
ヴァイキングの歴史は旅と戦いの歴史だ。私たちの祖先は海を旅し、海で戦い続けてきた。
しかし。
いかなる偶然かあるいは運命の女神 の気まぐれか。争いとは無縁なはずの美しくのどかなこの海で、思わぬ戦いに巻きこまれてしまったのだ。
サメが。封印されていた巨大な白い海の悪魔が復活し、人々を襲い始めたのだ。ビーチは飛び散る血潮 と肉片で赤く染まった。しかし町の人々は執拗にサメの存在を否定する。認めようとしない。緊急避難勧告が出ていいレベルの災害が起きているはずなのに!
隠す。隠す。晴れやかな笑顔と美しいおとぎ話、黄金の輝きで必死に隠す。
「この海には偽りが隠されている」
真実を暴くため、私たちは謎の老人の住む屋敷に向う。彼はかつて白サメを封印したアームストロング船長の子孫だった。
だが、英雄伝説の下に隠されていたのは、卑劣な掠奪と復讐の歴史だった。真実を知った私たちに、悪魔のサメ軍団が襲いかかる。
ヴァイキングは海の戦士! 海は戦いの場所!
「宣戦布告だ、私はもう恐れない!」
私は戦う。愛する家族とかけがえのない友を守るために。
生き抜くために!
金髪だけど。
ビキニだけど!
※
シーンが切り替わったら、あれほど浴びたサメの返り血も泥もあとかたも無く消えていた。濡れてぐしゃぐしゃになっていた髪の毛も、きれいに整えられてふわっふわ。さすがサメ映画!
でも私たちが着てるのはビキニ。かろうじて私はビーチパーカーを羽織ってるけどやっぱりビキニ。お姉ちゃんは赤、シンディは水色、私は苺っぽい水玉のビキニ。
「ここは変わらないんだなあ……」
ただ一つ、変化が起きている。サメに食べられた帽子は、戻らない。
何故ってサメが食べたから。
何か災害があった場合、町の人や観光客は大きくて広い場所に避難するように誘導される。で、この場合は何故かクリスタルレイクビーチ記念館だったりする訳です。うわぁ! 絶対おかしい。さっきのシーンでサメに市長が食べられたばっかりの現場なのに。確かに広いけど、現場には追悼の花束とロウソクがあるし、「立ち入り禁止」の黄色いテープが……
「あ」
サクっと撤去しやがったぁあ!
あくまで何事もないフリを押し通すみたいです。情報規制されないだけマシか。スマホとか没収されないし、SNSにも普通につながる。こう言うとこはゆるいです、ありがとう、ヒルイラム。
「わあ、トークネイドにも次々サメの写真、動画が上がってるよ……ってうわああああっ」
「どうしたのサミィ!」
「ホワイトシャークにフォローされたーっ!」
「トークネイドやってるんだ」
「どうやって?」
「サメはロレンチーニ器官で電磁波を感知することができる。観光地はどこに行ってもフリーWi-Fiに接続できる。故に、サメがネットワークに干渉しても不思議ではない!」
「はい、解説ありがとうございますウミノ博士!」
「サミィ、ブロックしなさい、ブロック!」
「はいっ」
ハッシュタグ #クリスタルレイクビーチ緊急 は、今やサメ情報タグだ。あとからあとからいくつもいくつも上がってくる。
それでも公式は頑として認めない。テレビに写るローカルニュースのアナウンサーは、引きつった笑顔でくり返す。年齢、性別、人種がくるくる変わる。だけど言ってることは同じ。
『みなさん、落ち着いてください。これまでに判明してるだけで48人が行方不明になりました。これからも増えます。みなさん、落ち着いてください。クリスタルレイクビーチは安全なビーチです。ここにはサメなんかいません! いません!』
一方で、避難してきた人たちのタブレットとスマホからは非公式Vチューバー「クリスタルちゃん」の声が流れる。
『クリスタルレイクビーチにサメが出現しています。危険です。みんな海岸には近づかないで。絶対に。写真や動画を撮影してないでとにかく逃げてください。クリスタルちゃんからのお願いです!』
さすがクリスタルちゃん、SNSの情報に反応して対応を変えてきた。
『ここにはサメなんかいません! 安全! 安全!』
『海岸に近づかないで。逃げて! 逃げて!』
『安全! 安全!』
『逃げて! 逃げて!』
だんだん大きくなる。
クリスタルちゃんの、アイスクリームソーダがしゅわっとはじけるような甘い声が広がる。
『安全! あんぜ……!』
『逃げて! 逃げて! 逃げて!』
比率が逆転する。
Vチューバーの真実の声が、偽物の情報しか流さないローカルニュースを打ち消した。
『逃げて! 逃げて! 逃げて! 逃げて!』
だけどここはサメ映画の世界。私たちは、どこにも逃げられない。
ホワイトシャークは、愛する人を奪われた乙女の恨みの化身。
乙女の愛する人は、この町の強欲な船乗りに殺された。
クリスタルレイクビーチの町は、度重なる掠奪によって栄えたのだ。
ホワイトシャークが恨んでいるのは、この町そのもの。あれだけ大きいんだ、クリスタルレイクビーチにいる人間を一人残さず食べ尽くすことだってできる。
サメ映画だから。
サメ映画だから!
何だってできる。
サメ映画のサメは、最強最悪の災厄だから。
「とにかく、もっと落ち着ける場所に行こう」
「そうね、ここは騒がしいし、サメ臭いし……」
何で他の人は気にしないんだろう。サメ映画の登場人物だから?
「よし、こう言う時は」
必ず移動が成功する魔法の言葉を唱える。
「ラグジュアリーな雰囲気でゆったりくつろげるムーンバックスカフェクリスタルレイクビーチ店に行って、泡たっぷりキャラメルホイップラテを飲もう!」
定番商品だから、インパクトが薄い。念のため、もうひと押ししとこう。
「オプションでチョコチップ入れて!」
「いいね! こう言う時こそムーンバックスカフェクリスタルレイクビーチ店だな!」
「そうね、私もちょうどムーンバックスカフェクリスタルレイクビーチ店であったかいコーヒー飲みたいなって思ってたの!」
「ムーンバックスカフェクリスタルレイクビーチ店なら、お食事メニューも充実してるしね!」
まばたき一つで私たちは、ほんのり薄暗くて快適なカフェのテーブルを囲んで座っていた。
「ムーンバックスカフェクリスタルレイクビーチ店へようこそ!」
はい、移動完了。
「泡たっぷりキャラメルホイップラテ、トールでチョコチップ増し、LLサイズでお願いします!」
これで当面の安全は確保された。
「ウミノ博士、さっそくこの本を見てください」
アームストロングさんから借りた本をテーブルに乗せる。白紙だったページに『青き牙を胸にサメに立ち向かう乙女』の絵が新しく浮かび出したんだもの、きっとまだ何か出る。秘められた真実が隠れてるはず。
「途中からこの本、白紙なんです。だけどページに触るとほんの少し、ざらっとした引っかかりを感じる」
絶対何か書かれてるはずだから、そんな感じがしたっておかしくない。
「見えないだけで、絶対何か書かれてると思うんです!」
それを海洋学者に聞いてどうする、って気がしない訳でもないんだけど今んとこ出演してる中で唯一の学者だし。海洋学者なら、海に関することなら何でもわかるはず。
「む、これは」
黒いピッチピチのタンクトップの上に白シャツを羽織った筋肉質のおじさんは、スキンヘッドで強面で、学者と言うより歴戦の傭兵っぽい。だけどこの人は海洋学者。あくまで学者。姪っ子のベッキーちゃんが言ってるからそう決まってる。
アームストロングおじいちゃんも博士って呼んでたし。
だからこの人は海洋学者。
ウミノ博士は、ごっつい手のひらですっと本の表紙をなでた。拳銃やバズーカを握るのに慣れてそうな手だけど、あくまでこの人は学者。学者なんです。
「この表紙は、サメの皮でできている!」
「ええっ、そうだったんですか!」
何となくそんな予感はしてた。
「昔からサメの皮は加工されて、ハンドバッグや鞄、財布に使われてきた」
「ワサビおろすだけじゃないんだ」
「日本刀の柄や鞘にも使われている」
「おお、さすが日系人、詳しい」
そしてB級映画的なざっくり感。
ウミノ博士はぱらぱらと本をめくる。掠奪の歴史、怒れる乙女、黒ミサ、ホワイトシャーク、苦悩する船長、黒ミサ、ホワイトシャークを封印する船長、ギリギリな絵柄の青きサメの牙を胸に抱いた乙女。
「なるほど、確かにこの先は白紙だな」
くん、くん。
嗅いでる!
眉間に皺 を寄せて、口をへの字に結んで、渋い顏でページに顏をくっつけて、においを嗅いでる。すっごく、危ない人っぽい。
「やはりそうか……」
「何がわかったの、おじさん!」
ウミノ博士はざかざかと大股でカウンターに歩いて行って、渋い声で一言。
「すみません、フカヒレスープを一つ!」
「何故!」
「はい、フカヒレスープですね。Lですか、Sですか?」
「Lサイズで」
「あるんかいっ!」
「ホットですか、アイスですか」
「ホットで」
「アイスもあるのっ?」
ウミノ博士は真面目な顏で戻ってくると、ふたをとって、本の上でカップをさかさまにして……
「え、ちょっと待って!」
ばしゃあ!
ぶちまけた。
あっつあつのフカヒレスープを、ページの上にぶちまけた!
「あわわわわわっ、何てことするんですかーっ!」
「落ち着いて、見たまえサミィくん」
「お」
サメぇえん……。
古い紙にフカヒレースープがしみ込む。
「この本は、サメのエキスにひたすことによって文字が浮かぶのだ。本来はサメの血を装丁していたのだろう。だがムーンバックスカフェのフカヒレスープは本物のフカヒレを使っているから、この通り!」
「あ、CMだ」
フカヒレスープのおいしそうなにおいが広がる中、白紙のページに文字が! 絵が! じわっと出てきた!
「新しいページだ」
『封印されたホワイトシャークは、黄金の銛を引き抜くと復活する』
「ですよねー」
『銛が引き抜かれた痕は、癒えない傷となって残り続ける。未来永劫』
「えっ!」
『癒えない傷が弱点だ。そこを攻撃すれば、ホワイトシャークを倒すことができる』
「よっしゃあ! 弱点ゲット!」
勝利の鍵が見えた。刺さっていた銛は三本。つまり穴は三つ。弱点は三つある!
「あ、いや、ちょっと待って」
記憶がきゅるるっと巻き戻る。一つ前のシーンに飛ぶ。
崖の下から飛び上がったホワイトシャーク。がーっと開いた巨大な顎。額には、ぽっかり開いた穴が、一つ、二つ……。
「うぇ?」
一つ、二つ。
二つしかない!
「一個ふさがってる!」
どうして?
答えが今、まさにページに浮かんだ。
『ただし、特別な血筋の人間を食べると、傷は塞がる。特別な血筋とは、アームストロング、ブレナン、キャンピオン。掠奪の首謀者であり、町の名家となった家系である』
「マジ? じゃあ、もう市長食べられてるじゃん! ブレナン家、一人食べられてるじゃん!」
もしも私たちが戦わなかったら、あの時……屋敷にサメの大群が押し寄せた時、アームストロングさんが食べられてたんだ。
「おじいちゃん!」
「お、おう、なんじゃね、おじょうさん」
アームストロングさんのお口のまわりに、ホイップミルクの泡がついてる。そうだよね、飲むときそこにつくよね。
「絶対に、このお店、出ちゃだめですよ!」
「わかった」
「約束して」
「約束しよう」
よし、これで安全確保。
チロリン!
スマホが鳴った。
「ぎゃーっ! またホワイトシャークにフォローされてるうっ! ブロックしたはずなのに!」
「新しくアカウント作ったんだわ。今度のは『white_shark2』よ!」
「見え見えだな」
「ブロックしなさい、ブロック!」
「はい」
「よしこっちもブロックだ! 通報もするぞ!」
「私も!」
「僕も!」
「しつこいなあサメ」
「サメは血のにおいを嗅ぎつけて、どこまでもどこまでも追ってくるのだ」
「ほんっとしつっこいなあ!」
「狼は陸のサメだ……とジャック・ロンドンも言っている。故にサメは海のサメなのだ」
「なるほど、しつこいはずだ!」
「海の狼じゃなくて?」
「それはシャチ」
「きゃーっ」
となりの席のカップルが悲鳴をあげた。
「また、サメ動画がアップされてるぅ、こわいわこわいわぁ、ダーリン、こーわーいーわぁん」
この、妙に鼻にかかった甘ったるくひきのばした声、聞き覚えがある。
あ、あ、あぁーっ!
口をぱくぱくしても声が出ない。
そこに居たのは、じゃらじゃらとネックレスとブレスレットをつけたチアリーダー! ただし、ビキニの色がオレンジから黄色に変わっている。そして隣にいるのは。
「だーいじょうぶだよ、ハニー。この僕が、君を守ってあげるからね!」
二股浮気男! 衣裳がアロハシャツに変わってるけど、あの顏は忘れない。名前は忘れても顏は忘れない。
でもでも何で? 何でこの人たちここにいるの? ヨットごとサメに食べられたはずなのに!
「どうしたの、サミィ」
「え、いや、そのっ」
まずい、お姉ちゃんとあの二人が鉢合わせしたらトラブルの元!
「?」
しぃまったぁあ、目が合った! お姉ちゃんとネックレスビキニチアリーダー、ばっちり見つめあってるーっ!
「?」
「?」
うそ。
スルーした。全然知らない人を見たみたいに。
「あぁん、こわいわぁ、アーサー」
「大丈夫だよ、エミリー!」
って。
もしかして。
「別の人?」
俳優さんは同じだけど、キャラクターとしては別ってこと?
そう言うシステムなの?
サメに食べられた登場人物が、別人としてまた出てる。衣裳がちょっと変わって名前も別だけど、映画の中では別人として認識される。だから別の人ってこと?
「まさかね……ってうぇえっっ?」
疑問が木っ端みじんに吹っ飛んだ。何故なら目の前を今、サーファーの人が歩いて行ったから。
ムーンバックスカフェの店員のユニフォームを着て。
あの人、最初にサーフボードごとホワイトシャークに飲み込まれたはずなのに。まるでずっと前から、カフェで働いてたような顏をしてるし、きっと周りの人はそう思ってる。いや、もしかしたら普段はここで働いて趣味でサーフィンしてるのかも、あるいは双子の兄弟かもしれない……
「ひにゃあ」
って市長ーっ!
市長がっ!『今日クリスタルレイクビーチに来ました』って描かれたクソダサTシャツ着て、パナマ帽被ってマンゴースムージィ飲んでる! 完ぺきに観光客の役だあっ!
「あは、あは、あははっ」
音がする。
サメぇ~~ん。
頭の中で、サメ真実の音がする。
サメぇ~~~ん。
サメに食べられた登場人物は、すぐに別の役でまた出てくるんだ。そうやって、永遠にサメ映画の中で生き続けるんだ……。
まさに、サメ映画輪廻!
だからヒルイラムのサメ映画には、いつも見覚えのある俳優さんが出てくる。いや、サメ映画常連の俳優さんがいるから同じ顏の人が出てくるのか。この場合、どっちが先なの?
「いや、今はそこにかまってる場合じゃない!」
『みなさん、副市長のキャンピオンです』
「いやああ、何なのこれ!」
ネックレスビキニ(元)チアリーダーが叫ぶ。スマホの動画を見て叫ぶ。たった今、トークネイドにアップされた動画だ。
「これか!」
ローカルニュースが決して報道しない真実の瞬間。
『みなさん、副市長のキャンピオンです。ビーチフェスティバルは必ず成功させてみせます。亡き市長の意志を次いで』
シャッッ
画面を過 る白い影。
スロー再生でもう一度。
『亡き市長の意志ぉぉおおおお次いでぇええええ』
シャーク!
まごうことなきホワイトシャーク。
副市長は食われた。
ビーチなんかで演説してるから。
ついでに二つめの傷もふさがった。特別な血筋の二人目、キャンピオン家の人間が食われたから。残る傷はあと一つ。ヤバい。このままではせっかくつかんだ勝機が失われてしまう!
「おじいちゃん、ぜったいこのお店出たらダメだからねっ」
「お、おう、わかったぜよ」
いろいろ混乱してるみたいです。
ヴァイキングの歴史は旅と戦いの歴史だ。私たちの祖先は海を旅し、海で戦い続けてきた。
しかし。
いかなる偶然かあるいは
サメが。封印されていた巨大な白い海の悪魔が復活し、人々を襲い始めたのだ。ビーチは飛び散る
隠す。隠す。晴れやかな笑顔と美しいおとぎ話、黄金の輝きで必死に隠す。
「この海には偽りが隠されている」
真実を暴くため、私たちは謎の老人の住む屋敷に向う。彼はかつて白サメを封印したアームストロング船長の子孫だった。
だが、英雄伝説の下に隠されていたのは、卑劣な掠奪と復讐の歴史だった。真実を知った私たちに、悪魔のサメ軍団が襲いかかる。
ヴァイキングは海の戦士! 海は戦いの場所!
「宣戦布告だ、私はもう恐れない!」
私は戦う。愛する家族とかけがえのない友を守るために。
生き抜くために!
金髪だけど。
ビキニだけど!
※
シーンが切り替わったら、あれほど浴びたサメの返り血も泥もあとかたも無く消えていた。濡れてぐしゃぐしゃになっていた髪の毛も、きれいに整えられてふわっふわ。さすがサメ映画!
でも私たちが着てるのはビキニ。かろうじて私はビーチパーカーを羽織ってるけどやっぱりビキニ。お姉ちゃんは赤、シンディは水色、私は苺っぽい水玉のビキニ。
「ここは変わらないんだなあ……」
ただ一つ、変化が起きている。サメに食べられた帽子は、戻らない。
何故ってサメが食べたから。
何か災害があった場合、町の人や観光客は大きくて広い場所に避難するように誘導される。で、この場合は何故かクリスタルレイクビーチ記念館だったりする訳です。うわぁ! 絶対おかしい。さっきのシーンでサメに市長が食べられたばっかりの現場なのに。確かに広いけど、現場には追悼の花束とロウソクがあるし、「立ち入り禁止」の黄色いテープが……
「あ」
サクっと撤去しやがったぁあ!
あくまで何事もないフリを押し通すみたいです。情報規制されないだけマシか。スマホとか没収されないし、SNSにも普通につながる。こう言うとこはゆるいです、ありがとう、ヒルイラム。
「わあ、トークネイドにも次々サメの写真、動画が上がってるよ……ってうわああああっ」
「どうしたのサミィ!」
「ホワイトシャークにフォローされたーっ!」
「トークネイドやってるんだ」
「どうやって?」
「サメはロレンチーニ器官で電磁波を感知することができる。観光地はどこに行ってもフリーWi-Fiに接続できる。故に、サメがネットワークに干渉しても不思議ではない!」
「はい、解説ありがとうございますウミノ博士!」
「サミィ、ブロックしなさい、ブロック!」
「はいっ」
ハッシュタグ #クリスタルレイクビーチ緊急 は、今やサメ情報タグだ。あとからあとからいくつもいくつも上がってくる。
それでも公式は頑として認めない。テレビに写るローカルニュースのアナウンサーは、引きつった笑顔でくり返す。年齢、性別、人種がくるくる変わる。だけど言ってることは同じ。
『みなさん、落ち着いてください。これまでに判明してるだけで48人が行方不明になりました。これからも増えます。みなさん、落ち着いてください。クリスタルレイクビーチは安全なビーチです。ここにはサメなんかいません! いません!』
一方で、避難してきた人たちのタブレットとスマホからは非公式Vチューバー「クリスタルちゃん」の声が流れる。
『クリスタルレイクビーチにサメが出現しています。危険です。みんな海岸には近づかないで。絶対に。写真や動画を撮影してないでとにかく逃げてください。クリスタルちゃんからのお願いです!』
さすがクリスタルちゃん、SNSの情報に反応して対応を変えてきた。
『ここにはサメなんかいません! 安全! 安全!』
『海岸に近づかないで。逃げて! 逃げて!』
『安全! 安全!』
『逃げて! 逃げて!』
だんだん大きくなる。
クリスタルちゃんの、アイスクリームソーダがしゅわっとはじけるような甘い声が広がる。
『安全! あんぜ……!』
『逃げて! 逃げて! 逃げて!』
比率が逆転する。
Vチューバーの真実の声が、偽物の情報しか流さないローカルニュースを打ち消した。
『逃げて! 逃げて! 逃げて! 逃げて!』
だけどここはサメ映画の世界。私たちは、どこにも逃げられない。
ホワイトシャークは、愛する人を奪われた乙女の恨みの化身。
乙女の愛する人は、この町の強欲な船乗りに殺された。
クリスタルレイクビーチの町は、度重なる掠奪によって栄えたのだ。
ホワイトシャークが恨んでいるのは、この町そのもの。あれだけ大きいんだ、クリスタルレイクビーチにいる人間を一人残さず食べ尽くすことだってできる。
サメ映画だから。
サメ映画だから!
何だってできる。
サメ映画のサメは、最強最悪の災厄だから。
「とにかく、もっと落ち着ける場所に行こう」
「そうね、ここは騒がしいし、サメ臭いし……」
何で他の人は気にしないんだろう。サメ映画の登場人物だから?
「よし、こう言う時は」
必ず移動が成功する魔法の言葉を唱える。
「ラグジュアリーな雰囲気でゆったりくつろげるムーンバックスカフェクリスタルレイクビーチ店に行って、泡たっぷりキャラメルホイップラテを飲もう!」
定番商品だから、インパクトが薄い。念のため、もうひと押ししとこう。
「オプションでチョコチップ入れて!」
「いいね! こう言う時こそムーンバックスカフェクリスタルレイクビーチ店だな!」
「そうね、私もちょうどムーンバックスカフェクリスタルレイクビーチ店であったかいコーヒー飲みたいなって思ってたの!」
「ムーンバックスカフェクリスタルレイクビーチ店なら、お食事メニューも充実してるしね!」
まばたき一つで私たちは、ほんのり薄暗くて快適なカフェのテーブルを囲んで座っていた。
「ムーンバックスカフェクリスタルレイクビーチ店へようこそ!」
はい、移動完了。
「泡たっぷりキャラメルホイップラテ、トールでチョコチップ増し、LLサイズでお願いします!」
これで当面の安全は確保された。
「ウミノ博士、さっそくこの本を見てください」
アームストロングさんから借りた本をテーブルに乗せる。白紙だったページに『青き牙を胸にサメに立ち向かう乙女』の絵が新しく浮かび出したんだもの、きっとまだ何か出る。秘められた真実が隠れてるはず。
「途中からこの本、白紙なんです。だけどページに触るとほんの少し、ざらっとした引っかかりを感じる」
絶対何か書かれてるはずだから、そんな感じがしたっておかしくない。
「見えないだけで、絶対何か書かれてると思うんです!」
それを海洋学者に聞いてどうする、って気がしない訳でもないんだけど今んとこ出演してる中で唯一の学者だし。海洋学者なら、海に関することなら何でもわかるはず。
「む、これは」
黒いピッチピチのタンクトップの上に白シャツを羽織った筋肉質のおじさんは、スキンヘッドで強面で、学者と言うより歴戦の傭兵っぽい。だけどこの人は海洋学者。あくまで学者。姪っ子のベッキーちゃんが言ってるからそう決まってる。
アームストロングおじいちゃんも博士って呼んでたし。
だからこの人は海洋学者。
ウミノ博士は、ごっつい手のひらですっと本の表紙をなでた。拳銃やバズーカを握るのに慣れてそうな手だけど、あくまでこの人は学者。学者なんです。
「この表紙は、サメの皮でできている!」
「ええっ、そうだったんですか!」
何となくそんな予感はしてた。
「昔からサメの皮は加工されて、ハンドバッグや鞄、財布に使われてきた」
「ワサビおろすだけじゃないんだ」
「日本刀の柄や鞘にも使われている」
「おお、さすが日系人、詳しい」
そしてB級映画的なざっくり感。
ウミノ博士はぱらぱらと本をめくる。掠奪の歴史、怒れる乙女、黒ミサ、ホワイトシャーク、苦悩する船長、黒ミサ、ホワイトシャークを封印する船長、ギリギリな絵柄の青きサメの牙を胸に抱いた乙女。
「なるほど、確かにこの先は白紙だな」
くん、くん。
嗅いでる!
眉間に
「やはりそうか……」
「何がわかったの、おじさん!」
ウミノ博士はざかざかと大股でカウンターに歩いて行って、渋い声で一言。
「すみません、フカヒレスープを一つ!」
「何故!」
「はい、フカヒレスープですね。Lですか、Sですか?」
「Lサイズで」
「あるんかいっ!」
「ホットですか、アイスですか」
「ホットで」
「アイスもあるのっ?」
ウミノ博士は真面目な顏で戻ってくると、ふたをとって、本の上でカップをさかさまにして……
「え、ちょっと待って!」
ばしゃあ!
ぶちまけた。
あっつあつのフカヒレスープを、ページの上にぶちまけた!
「あわわわわわっ、何てことするんですかーっ!」
「落ち着いて、見たまえサミィくん」
「お」
サメぇえん……。
古い紙にフカヒレースープがしみ込む。
「この本は、サメのエキスにひたすことによって文字が浮かぶのだ。本来はサメの血を装丁していたのだろう。だがムーンバックスカフェのフカヒレスープは本物のフカヒレを使っているから、この通り!」
「あ、CMだ」
フカヒレスープのおいしそうなにおいが広がる中、白紙のページに文字が! 絵が! じわっと出てきた!
「新しいページだ」
『封印されたホワイトシャークは、黄金の銛を引き抜くと復活する』
「ですよねー」
『銛が引き抜かれた痕は、癒えない傷となって残り続ける。未来永劫』
「えっ!」
『癒えない傷が弱点だ。そこを攻撃すれば、ホワイトシャークを倒すことができる』
「よっしゃあ! 弱点ゲット!」
勝利の鍵が見えた。刺さっていた銛は三本。つまり穴は三つ。弱点は三つある!
「あ、いや、ちょっと待って」
記憶がきゅるるっと巻き戻る。一つ前のシーンに飛ぶ。
崖の下から飛び上がったホワイトシャーク。がーっと開いた巨大な顎。額には、ぽっかり開いた穴が、一つ、二つ……。
「うぇ?」
一つ、二つ。
二つしかない!
「一個ふさがってる!」
どうして?
答えが今、まさにページに浮かんだ。
『ただし、特別な血筋の人間を食べると、傷は塞がる。特別な血筋とは、アームストロング、ブレナン、キャンピオン。掠奪の首謀者であり、町の名家となった家系である』
「マジ? じゃあ、もう市長食べられてるじゃん! ブレナン家、一人食べられてるじゃん!」
もしも私たちが戦わなかったら、あの時……屋敷にサメの大群が押し寄せた時、アームストロングさんが食べられてたんだ。
「おじいちゃん!」
「お、おう、なんじゃね、おじょうさん」
アームストロングさんのお口のまわりに、ホイップミルクの泡がついてる。そうだよね、飲むときそこにつくよね。
「絶対に、このお店、出ちゃだめですよ!」
「わかった」
「約束して」
「約束しよう」
よし、これで安全確保。
チロリン!
スマホが鳴った。
「ぎゃーっ! またホワイトシャークにフォローされてるうっ! ブロックしたはずなのに!」
「新しくアカウント作ったんだわ。今度のは『white_shark2』よ!」
「見え見えだな」
「ブロックしなさい、ブロック!」
「はい」
「よしこっちもブロックだ! 通報もするぞ!」
「私も!」
「僕も!」
「しつこいなあサメ」
「サメは血のにおいを嗅ぎつけて、どこまでもどこまでも追ってくるのだ」
「ほんっとしつっこいなあ!」
「狼は陸のサメだ……とジャック・ロンドンも言っている。故にサメは海のサメなのだ」
「なるほど、しつこいはずだ!」
「海の狼じゃなくて?」
「それはシャチ」
「きゃーっ」
となりの席のカップルが悲鳴をあげた。
「また、サメ動画がアップされてるぅ、こわいわこわいわぁ、ダーリン、こーわーいーわぁん」
この、妙に鼻にかかった甘ったるくひきのばした声、聞き覚えがある。
あ、あ、あぁーっ!
口をぱくぱくしても声が出ない。
そこに居たのは、じゃらじゃらとネックレスとブレスレットをつけたチアリーダー! ただし、ビキニの色がオレンジから黄色に変わっている。そして隣にいるのは。
「だーいじょうぶだよ、ハニー。この僕が、君を守ってあげるからね!」
二股浮気男! 衣裳がアロハシャツに変わってるけど、あの顏は忘れない。名前は忘れても顏は忘れない。
でもでも何で? 何でこの人たちここにいるの? ヨットごとサメに食べられたはずなのに!
「どうしたの、サミィ」
「え、いや、そのっ」
まずい、お姉ちゃんとあの二人が鉢合わせしたらトラブルの元!
「?」
しぃまったぁあ、目が合った! お姉ちゃんとネックレスビキニチアリーダー、ばっちり見つめあってるーっ!
「?」
「?」
うそ。
スルーした。全然知らない人を見たみたいに。
「あぁん、こわいわぁ、アーサー」
「大丈夫だよ、エミリー!」
って。
もしかして。
「別の人?」
俳優さんは同じだけど、キャラクターとしては別ってこと?
そう言うシステムなの?
サメに食べられた登場人物が、別人としてまた出てる。衣裳がちょっと変わって名前も別だけど、映画の中では別人として認識される。だから別の人ってこと?
「まさかね……ってうぇえっっ?」
疑問が木っ端みじんに吹っ飛んだ。何故なら目の前を今、サーファーの人が歩いて行ったから。
ムーンバックスカフェの店員のユニフォームを着て。
あの人、最初にサーフボードごとホワイトシャークに飲み込まれたはずなのに。まるでずっと前から、カフェで働いてたような顏をしてるし、きっと周りの人はそう思ってる。いや、もしかしたら普段はここで働いて趣味でサーフィンしてるのかも、あるいは双子の兄弟かもしれない……
「ひにゃあ」
って市長ーっ!
市長がっ!『今日クリスタルレイクビーチに来ました』って描かれたクソダサTシャツ着て、パナマ帽被ってマンゴースムージィ飲んでる! 完ぺきに観光客の役だあっ!
「あは、あは、あははっ」
音がする。
サメぇ~~ん。
頭の中で、サメ真実の音がする。
サメぇ~~~ん。
サメに食べられた登場人物は、すぐに別の役でまた出てくるんだ。そうやって、永遠にサメ映画の中で生き続けるんだ……。
まさに、サメ映画輪廻!
だからヒルイラムのサメ映画には、いつも見覚えのある俳優さんが出てくる。いや、サメ映画常連の俳優さんがいるから同じ顏の人が出てくるのか。この場合、どっちが先なの?
「いや、今はそこにかまってる場合じゃない!」
『みなさん、副市長のキャンピオンです』
「いやああ、何なのこれ!」
ネックレスビキニ(元)チアリーダーが叫ぶ。スマホの動画を見て叫ぶ。たった今、トークネイドにアップされた動画だ。
「これか!」
ローカルニュースが決して報道しない真実の瞬間。
『みなさん、副市長のキャンピオンです。ビーチフェスティバルは必ず成功させてみせます。亡き市長の意志を次いで』
シャッッ
画面を
スロー再生でもう一度。
『亡き市長の意志ぉぉおおおお次いでぇええええ』
シャーク!
まごうことなきホワイトシャーク。
副市長は食われた。
ビーチなんかで演説してるから。
ついでに二つめの傷もふさがった。特別な血筋の二人目、キャンピオン家の人間が食われたから。残る傷はあと一つ。ヤバい。このままではせっかくつかんだ勝機が失われてしまう!
「おじいちゃん、ぜったいこのお店出たらダメだからねっ」
「お、おう、わかったぜよ」
いろいろ混乱してるみたいです。