自己責任ってどゆことですか?
文字数 2,725文字
あっちにふらふら、こっちにふらふら。
壁とか街灯とかにつかまりながらやっとたどり着いたけど、配給の箱は既に空っぽでした。
「水筒持ってるでしょ。ほんと今の若い子は過保護よねぇ」
持ってるけど、すでに空っぽです。どのみちぬるい麦茶を飲んでもノドの渇きはぜんぜん消えない。スポドリはジュースだから禁止だし、塩飴はお菓子だからやっぱり禁止。
ああ。
頭がじりじりするー。髪の毛が熱くて、燃えそう。頭皮がヒリヒリ痛い。帽子被りたかったなー。制服の一部じゃないから着用禁止。はい、わかってます。でも被りたいなー。こめかみずっきんずっきんして、内側から破裂しそう。
首に巻いたタオル、せめて頭に被りたい。ちょっとだけならいいかなー。
「こら何やってんのみっともない!」
「はい、ごめんなさい」
「タオルは首にまく! それ以外の着用は禁止! さっきも言ったでしょう。 同じことを何度も言わせないで。ほんとにバカな子」
「………ごめんなさい」
あれ? 声が上手く出せない。
「はぁ? 何ボソボソ言ってんの。聞えないわよ。ちゃんと声出しなさいよイライラするわねぇ、ほんと今の若い子は甘やかされてるから!」
ごめん、おばさん。甘やかされてたら、今、こんなとこにいない。
「ぜー、はー、ぜー、はー」
「何そのわざとらしい息遣い。苦しいふりして休もうっての? あーあー、あたしたちがこーんなにがんばってるのに、すぐサボろうとする。あたしたちが若い頃はもっと苦労したのに」
「人格が卑しいのね」
「って言うか魂が汚れてるのよ」
なんでかな。
この人、しゃべるたびに私を否定する。私の存在、私の生きる意味、私の意志、全て否定する。私のことなんか、何も知らない人なのに。名前さえ知ろうとしない人なのに。私、この人に何か悪いことしたのかな。
関節のくったりがすごい勢いでレベルアップしてる。震えが手足の先まで広がってきた。心臓が、なんか、苦しい。息するのが、難しい。
「すいません、ちょっとやすんでいいですか」
雑巾みたいにノドを絞って、ひねり出す途切れ途切れのかすれ声。
きっとまたなんか言われる。けど、今言わないと私、死んじゃう。
「んもー、ほーらねえ?」
「若い子はすぐなまける」
めがまわる。
視点が定まらない。
もう、人の顏が顏に見えない。
「もっと苦しい人がいっぱいいるのにねぇ」
「ちょっと可愛いからって甘えてんじゃないわよ? おじさんとちがってあたしたちはごまかされないんだからね?」
もうだめ、限界です。
がちっと膝がアスファルトをたたく。手のひらも痛い。あれ、もしかして私、四つんばいになってる。
「あーあーあー、もうカンベンしてよぉ。そうやって、仮病まで使って休みたいの?」
「国民が一丸となってる時に!」
「きっと純日本人じゃないのよ」
「やっぱりね、そんな気がしたわ」
「髪の毛がちょっと茶色っぽいし」
「目もぱっちりしすぎなのよ」
「気持ち悪い」
じゅんにほんじんってなんだろぉ。このひとたちなにいってるのかわかんない、あついなー、さむいなー。
「気持ち悪い」
「ゴミだわ」
「寄生虫ね」
「ゴミはゴミ箱に捨てなきゃね」
「燃えるゴミ? 燃えないゴミ?」
燃やすの? これ以上熱くするの? 勘弁してください。本気? 冗談? それとも熱くて幻聴が聞こえてるのかな。
「ほら、そんなとこでぼさーっとしてたら邪魔よ、こっちに来なさい」
おばさんたちが、四人がかりで腕をつかんで引きずります。痛いです。爪が食い込むしお化粧と加齢臭が一緒になって吐きそうです。口の中すっぱい。
「自分で歩け、このクソゆとり世代が!」
ゆとりはもう私の前でとっくに終わってます。
「ほら、ここにいなさい」
暑い暑いコンクリートのベンチの上に放り出されました。石焼きビビンバの気分です。
「後で上の人に報告するから覚悟しなさいよ」
「もう二度と、この町をまともに歩けないようにしてやるから!」
言ってることの意味がわかりません。そもそも私、都民じゃないし。ああ、だからこんな目に合うのかな。
まあいいや、とにかく座れる、休める。
じり、じり、じり。
夏の太陽が真上から照りつけてくる。口の中はからっから。もう唾液も出ない。おばさんたちは、スポーツドリンク飲んでアイス食べながら日陰でおしゃべりしてる。すごい笑い声。ガラス割れそう。
いいなあ、涼しそうだなあ。楽しいかどうかはわかんないけど、日陰なのはいいなあ。
「ちょっと、いつまでサボってる気?」
「あらら、この子唇が紫になってる!」
「顏が真っ赤ねー、ゆでダコみたい、ぎゃはははは!」
「ちょっとちょっとちょっと。泡吹いてるわよ」
「ほんとだ、白目むいてるわ。誰か呼んできた方がよくない?」
救急車よんでください、電話かけるだけでいいです、とにかくおばさんたち以外の誰か呼んで。お願い。
「まって」
「え?」
「今呼んだら問題になるわ」
マジ?
「死ぬまで待ちましょう」
ああ、やっぱり私もうアウトなんですね、そんな気がしてた。ゆで卵は二度と二度と生卵には戻れない。
「死んでから見つかれば自己責任よ」
待って、私見捨てられるの?
「そうね、自己責任」
見捨てられるんだ……。
しょうがない、そう言う運命だったんだ。クラスで誰もやりたがらないボランティアを押し付けられて、お母さんに嫌み言われて、しかたなくここまで流されてきたから。
いやなら、もっと早くに言えば良かったんだ。
しょうがない。
あー、でも、でもでも、見捨てるんだったらせめてせめてスポドリください。贅沢はいいません。一口でいいです、ノドかわいたまま死ぬのはつらい。
「さ、打ち水しましょう」
ぱしゃぱしゃまき散らされる水が、高温の水蒸気になって、むわっと来ます。蒸す。蒸せる。暑い。
ああ、その水を、地面ではなくせめて私にかけて。助けて、なんて贅沢は言いません。見捨てるのなら、せめて死に水ぐらいください。
おばsなんたちが、こっち見てる。視線を感じる。だけど水をかけてくれる気配は無い。
ダメですか。
ダメなんですか。
「まだ生きてる?」
「やあねぇ、さっさと死んでくれないかしら。迷惑ねえ」
その一言が、とどめをさした。
ぷつっと切れる。何かが切れる。
暑いのも寒いのもすーっと遠ざかる。体の感覚が消える。
「本当役立たずなんだから」
ごめんなさい、役立たずで。
でも、もう死ぬからいいよね。許してくれますよね。
ああ。
やっと。
終わる。
壁とか街灯とかにつかまりながらやっとたどり着いたけど、配給の箱は既に空っぽでした。
「水筒持ってるでしょ。ほんと今の若い子は過保護よねぇ」
持ってるけど、すでに空っぽです。どのみちぬるい麦茶を飲んでもノドの渇きはぜんぜん消えない。スポドリはジュースだから禁止だし、塩飴はお菓子だからやっぱり禁止。
ああ。
頭がじりじりするー。髪の毛が熱くて、燃えそう。頭皮がヒリヒリ痛い。帽子被りたかったなー。制服の一部じゃないから着用禁止。はい、わかってます。でも被りたいなー。こめかみずっきんずっきんして、内側から破裂しそう。
首に巻いたタオル、せめて頭に被りたい。ちょっとだけならいいかなー。
「こら何やってんのみっともない!」
「はい、ごめんなさい」
「タオルは首にまく! それ以外の着用は禁止! さっきも言ったでしょう。 同じことを何度も言わせないで。ほんとにバカな子」
「………ごめんなさい」
あれ? 声が上手く出せない。
「はぁ? 何ボソボソ言ってんの。聞えないわよ。ちゃんと声出しなさいよイライラするわねぇ、ほんと今の若い子は甘やかされてるから!」
ごめん、おばさん。甘やかされてたら、今、こんなとこにいない。
「ぜー、はー、ぜー、はー」
「何そのわざとらしい息遣い。苦しいふりして休もうっての? あーあー、あたしたちがこーんなにがんばってるのに、すぐサボろうとする。あたしたちが若い頃はもっと苦労したのに」
「人格が卑しいのね」
「って言うか魂が汚れてるのよ」
なんでかな。
この人、しゃべるたびに私を否定する。私の存在、私の生きる意味、私の意志、全て否定する。私のことなんか、何も知らない人なのに。名前さえ知ろうとしない人なのに。私、この人に何か悪いことしたのかな。
関節のくったりがすごい勢いでレベルアップしてる。震えが手足の先まで広がってきた。心臓が、なんか、苦しい。息するのが、難しい。
「すいません、ちょっとやすんでいいですか」
雑巾みたいにノドを絞って、ひねり出す途切れ途切れのかすれ声。
きっとまたなんか言われる。けど、今言わないと私、死んじゃう。
「んもー、ほーらねえ?」
「若い子はすぐなまける」
めがまわる。
視点が定まらない。
もう、人の顏が顏に見えない。
「もっと苦しい人がいっぱいいるのにねぇ」
「ちょっと可愛いからって甘えてんじゃないわよ? おじさんとちがってあたしたちはごまかされないんだからね?」
もうだめ、限界です。
がちっと膝がアスファルトをたたく。手のひらも痛い。あれ、もしかして私、四つんばいになってる。
「あーあーあー、もうカンベンしてよぉ。そうやって、仮病まで使って休みたいの?」
「国民が一丸となってる時に!」
「きっと純日本人じゃないのよ」
「やっぱりね、そんな気がしたわ」
「髪の毛がちょっと茶色っぽいし」
「目もぱっちりしすぎなのよ」
「気持ち悪い」
じゅんにほんじんってなんだろぉ。このひとたちなにいってるのかわかんない、あついなー、さむいなー。
「気持ち悪い」
「ゴミだわ」
「寄生虫ね」
「ゴミはゴミ箱に捨てなきゃね」
「燃えるゴミ? 燃えないゴミ?」
燃やすの? これ以上熱くするの? 勘弁してください。本気? 冗談? それとも熱くて幻聴が聞こえてるのかな。
「ほら、そんなとこでぼさーっとしてたら邪魔よ、こっちに来なさい」
おばさんたちが、四人がかりで腕をつかんで引きずります。痛いです。爪が食い込むしお化粧と加齢臭が一緒になって吐きそうです。口の中すっぱい。
「自分で歩け、このクソゆとり世代が!」
ゆとりはもう私の前でとっくに終わってます。
「ほら、ここにいなさい」
暑い暑いコンクリートのベンチの上に放り出されました。石焼きビビンバの気分です。
「後で上の人に報告するから覚悟しなさいよ」
「もう二度と、この町をまともに歩けないようにしてやるから!」
言ってることの意味がわかりません。そもそも私、都民じゃないし。ああ、だからこんな目に合うのかな。
まあいいや、とにかく座れる、休める。
じり、じり、じり。
夏の太陽が真上から照りつけてくる。口の中はからっから。もう唾液も出ない。おばさんたちは、スポーツドリンク飲んでアイス食べながら日陰でおしゃべりしてる。すごい笑い声。ガラス割れそう。
いいなあ、涼しそうだなあ。楽しいかどうかはわかんないけど、日陰なのはいいなあ。
「ちょっと、いつまでサボってる気?」
「あらら、この子唇が紫になってる!」
「顏が真っ赤ねー、ゆでダコみたい、ぎゃはははは!」
「ちょっとちょっとちょっと。泡吹いてるわよ」
「ほんとだ、白目むいてるわ。誰か呼んできた方がよくない?」
救急車よんでください、電話かけるだけでいいです、とにかくおばさんたち以外の誰か呼んで。お願い。
「まって」
「え?」
「今呼んだら問題になるわ」
マジ?
「死ぬまで待ちましょう」
ああ、やっぱり私もうアウトなんですね、そんな気がしてた。ゆで卵は二度と二度と生卵には戻れない。
「死んでから見つかれば自己責任よ」
待って、私見捨てられるの?
「そうね、自己責任」
見捨てられるんだ……。
しょうがない、そう言う運命だったんだ。クラスで誰もやりたがらないボランティアを押し付けられて、お母さんに嫌み言われて、しかたなくここまで流されてきたから。
いやなら、もっと早くに言えば良かったんだ。
しょうがない。
あー、でも、でもでも、見捨てるんだったらせめてせめてスポドリください。贅沢はいいません。一口でいいです、ノドかわいたまま死ぬのはつらい。
「さ、打ち水しましょう」
ぱしゃぱしゃまき散らされる水が、高温の水蒸気になって、むわっと来ます。蒸す。蒸せる。暑い。
ああ、その水を、地面ではなくせめて私にかけて。助けて、なんて贅沢は言いません。見捨てるのなら、せめて死に水ぐらいください。
おばsなんたちが、こっち見てる。視線を感じる。だけど水をかけてくれる気配は無い。
ダメですか。
ダメなんですか。
「まだ生きてる?」
「やあねぇ、さっさと死んでくれないかしら。迷惑ねえ」
その一言が、とどめをさした。
ぷつっと切れる。何かが切れる。
暑いのも寒いのもすーっと遠ざかる。体の感覚が消える。
「本当役立たずなんだから」
ごめんなさい、役立たずで。
でも、もう死ぬからいいよね。許してくれますよね。
ああ。
やっと。
終わる。