破滅の概念
文字数 6,822文字
私、鰐口ささめ、16歳。サメ映画大好きJK……だった。
世界的大運動会の強制ボランティアで炎天下でこき使われて、熱中症でダウン。おまけに仕切り おばさんボランティアに見捨てられ、死ぬまで放置された。あやうく自己責任で片づけられるとこだったんだけど……
死んだ直後に現場にミサイルが命中。何もかも爆発四散! 前世の私は完全に消えた。
ああ、何て悲惨な一生。
だけど死後の世界でおジゾー様に出会って、転生させてもらえることになった。嬉しい!
だけど希望を聞かれて焦る焦る! だって私、やり残したこととかとっさに思い付かないんだもの!
『あ、そうだ、秋の新作サメ映画を見たい』
その一言が運命を変えた。転生した先は、サメ映画の世界。まだ見てないから先が読めない。しかも私は金髪ビキニ娘の三人め!
ウソでしょ、私の生存率、低すぎ!
せっかく生まれ変わったのにこのままじゃ食べられちゃう。
食われてたまるか。
前世で無駄に溜め込んだサメ映画知識を駆使して死亡フラグを回避、回避、回避専念! どうにかこうにか生き延びて来たんだけど……。
(中略)
そして、破滅のサメがやって来る。
※
ホワイトシャークは進む。
私は背中に乗っている。さっき打ち込んだ黄金の銛につかまって。ちょうど柄頭の位置が私の胸の高さで、掴まるのにちょうどいい。なんかさっき刺した時とは明らかに長さが違ってるけど気にしない。だってこれはサメ映画だから。
昼でも夜でもない妙に明るい謎めいた青い光の中、波をけたてて進む。
「これ知ってる、夜間撮影の予算が無い時に青いフィルターかけて無理矢理夜にするアレだ」
『そーゆーメタい解説はやめてお願い』
「ごめん、気にしてたんだ」
『ちょっと』
白い鼻先が波しぶきをかきわける。顏を、手を体を空気の流れが通り過ぎ、髪の毛が背後になびく。今の私たち、かなりの速度で動いてる。それなのに、一向に変わらない。行く手に待ち受ける破滅のサメ の背ビレの大きさが。
「近づいてるはずなのに、大きくならない。これって変じゃない?」
『あれは概念だ。破滅と言う概念だ。故に、物理法則は通じない。あの圧倒的な大きさに近づく物は絶望するしかないのだ』
「なるほど。と言うことは」
ぐっと拳を握る。
「どんなに近づこうが、奴はこれ以上大きくはならない!」
『うっそぉ、何なんだこの前向きにすっ飛ぶ発想!』
「ビキニなめんな。伊達にサメ映画の中でここまで生き抜いていない」
『なるほど、根拠はないがすっごい説得力だ』
のっそぉおり。
破滅のサメが動く。サイズがでかすぎるからか、あるいは単にCGのデータが大きすぎてモーションの処理速度が遅いのか、動きがすごくもっさりしている。波の下、うっすら緑がかった灰色の体がうねる。
『シャーク、シャーク、シャーク、シャーク……』
来た。おなじみのシャークウィスパー。荘厳なパイプオルガンの演奏つき。近づいてくる。大きく聞こえる。
水面下から三角にとがった流線型のボディが浮上する。だばだばだと滝のように海水が落ちる。海面がゆれ……
「ゆれない?」
『概念だからな』
特撮の予算、無いんだ。実際、サメ映画のサメって大きさの割には泳いでも海は荒れない。
「来た………」
がばあっと口が開く。初めて恐怖を感じた。
「うわぁ。ちょっと大きい、かな」
『急に弱気になるなよぉおお! ここまで来ておいてええ』
ずーぞおぞぞぞぞぞぞぞぞぞ。サメが吸いこむ。海も空も、まとめてくしゃっとなって口に入って行く。
ばっくん。
もっさりした動きで口が閉じる。どうなってんの? 空間そのものが消えてる。何もない。のっぺりとどぎつい緑色に塗りつぶされている。
「グリーンバック?」
『虚無だ』
「グリーンバックだよね? 合成用の! 後で何かそれっぽい効果を合成するんだよね?」
『だから虚無だっつってるだろう! 合成すべきものが何も無いからああなってんだよ!』
むき出しのグリーンバック。それは完全なる虚無。
「何て恐ろしい」
『だーっ、ここで迷うな恐れるな!』
「うわっ?」
いきなり海面が荒れる。慌てて黄金の銛にしがみつく。
『お前が恐がると、あいつの影響受けちまうんだよ!』
「そうか、それは困る」
これが精神戦ってやつか!
『いいかよく聞け水玉ビキニ。思い込みの強さこそがお前の強さとなるんだっつーの! つまり』
「つまり?」
『迷わなければ、負けない!』
「迷わなければ、負けない!」
いいこと聞いた。
「よ、よし、行くぞホワイトシャーク。ジャンプして、奴の鼻先を狙う!」
『おう、あの一撃、効くからな!』
「せーの、ジャーンプ!」
ホワイトシャークが跳ねる! 絶壁をも軽々と飛び越える高さ! 敵だったときはあんなに恐ろしかったジャンプが今となっては頼もしい。本来感じるはずの加速による衝撃は、青い牙から発生する光のバリアで緩和されている。苦しくないし、振り落とされそうにもならない!
『ぬう、距離が足りない!』
アポカリプスシャークはでかかった。
「あきらめないでホワイトシャーク! 奴の体を蹴ってもう一段階ジャンプするんだ!」
『蹴って?』
「三段跳びの要領だ!」
『よし、わかった!』
「今だ!」
迫るアポカリプスシャークの顎を、しっぽでびしりとたたいてさらに飛ぶ!
「もういっちょ!」
『おお!』
ばしり!
「仕上げだ!」
『よっしゃあ!』
びったぁあん!
飛んだ。飛んだ。ホワイトシャークの純白の体が宙に舞う。それはアポカリプスシャークに比べればあまりに小さい。その背にしがみつく私は、さながら芥子の一粒。
それが何?
「概念には、概念を!」
『そうだ、強気で行け! お前の目が! 精神が世界を変える! 俺は関係者だから奴には頭が上がらないけどお前はちがう。この世界の外側からやってきたお前は異分子だ。だが同時に、自由なのだ!』
「おおおおっ!」
黄金の銛を振り上げ、宙に飛ぶ。
「消えろーっ!」
落下の重力の力をもこめて、渾身の力で振り降ろす。ロレンツィーニ器官に突き立てる!
カン!
「え?」
やばい。
今、攻撃無効の音がした。
「きゃーっ」
はね飛ばされる。高々と空中にはね上げられ、落ちる! 待ち受けるのは虚無の顎門 !
「食われる!」
その時、光に包まれた。
闇を裂いて走る、青い光に。
見える。
青い牙に共鳴し、背後の海から四本。陸地からは、何本も、何本も!
『サミィたん、がんばって!』
『サーガ。私の愛する妹。あなたの勇気を信じてる』
『かわいいサミィ、自分を信じろ。あんたはできる子だ!』
『……君はまちがってない』
ベッキーちゃん。お姉ちゃん。シンディ。ウミノ博士!
『おじょうちゃん……あんたは奇跡を起こせる! わしは信じとるよ』
アームストロングおじいちゃん。
『みんなでビキニヴァルキリーを応援しよう! 信じて、明日が来ると!』
クリスタルちゃん!
『アメリカよ、永遠なれ!』
今のダレ?
とにかく、その他、何人、何十人、何百人、何千人もの人たちの心の声が聞こえる。これは希望の光、明日に通じる願いだ。
『がんばれビキニヴァルキリー……』
小さなつぶやきは、次第に呼びあい響きあう。クリスタルちゃんに導かれ、名も無きモブ、名前のある端役、割と重要な役……サメ映画「ホワイトシャーク〜悪魔の白サメ伝説」に存在する全ての人々の心の声が。明日を願う希望が、一つになる。
『負けるなビキニヴァルキリー!』
『がんばれビキニヴァルキリー』
『ビキニヴァルキリー!』
『ビキニヴァルキリー!』
いつしか合わさり、巨大なうねりとなって呪われし町クリスタルレイクビーチを震わせる!
『ビ、キ、ニ!』
『ビ、キ、ニ!』
『ビ、キ、ニ!』
「熱い。熱いぞぉおお! 力が湧いてくる!」
『ビ、キ、ニ!』
『ビ、キ、ニ!』
私はサミィ、金髪ビキニ娘その3。
本名はサーガ。誇り高きヴァイキングの末裔。そして、サメ退治のヒーローチーム、ビキニヴァルキリーの一員。
私は戦う。大好きなお姉ちゃん、優しくて強いシンディ、一緒にいて楽しい友だちベッキーちゃん。
やっとつかんだしあわせを守る。
私の愛する、サメ映画世界を救う。
『ビ、キ、ニ!』
『ビ、キ、ニ!』
私は負けない
『ビ、キ、ニ!』
『ビ、キ、ニ!』
私は、負けない。
ペンダントが熱い。握りしめ、叫ぶ。
「ビキニヴァルキリー、GO!」
いまいち語呂が悪いけど、ビキニは外せない。だって私のアイデンティティだもの!
まばゆい。
青き閃光に包まれる。
変わる。変わる。ホワイトシャークが変わる。
『おおお!』
体の表面が金属の輝きを帯びて、タイル状に分割され、カシャカシャと回転してる。変形してる。モーフィングだ!
胸ビレは腕に。尻尾が分割されて足に。
「こ、これは、もしかして……」
丸みを帯びたメタリックホワイトの装甲。胸甲部分にぺかーっと青い水晶体が浮かぶ。
「ああ、そうだ、やっぱりそうだ」
胸、腹、肩、最後に顎がぱかっと開いて、デフォルメされた顏が出現した。
「巨大ロボットだーっ!」
『完全変形! 超絶海洋魔神ホワイトシャーク!』
「……なんか、ネーミングが悪役っぽい」
『ホワイトシャークナイト!』
「OK!」
語尾にKnightをつければ正義の味方っぽくなる。それが、巨大ロボットの掟!
変形したのは、いい。だけど私はまだ外側。
「えーっと、どこから乗ればいいんだこれ」
『決めろ! それが事実となる』
「OK、わかった、それじゃあ搭乗!」
ペンダントが光る。青い光がホワイトシャークナイトの胸の水晶体にのびる。水晶体に今、たどり着く。
次の瞬間、私は吸いこまれた。青く輝く、水晶の中に!
「すっごい」
これなら物理的に変形パターンを作る必要がない。撮影予算に優しい。しかも、操縦席じゃなかった。暗くしてそれっぽい機械を並べたヒルイラム社の物置でも無かった。
頭上に広がる無限の星空。ただし星の配置はあまり正確じゃないし、青や緑の雲がぐるぐると渦を巻いている。要するに、非現実的。物理法則を超越した場所だとビジュアルで訴えてくる。親切。わかりやすい!
海に浮かぶホワイトシャークの上に、立っている私。そして目の前にはホワイトシャークの頭からつき出した黄金の銛。
「なんかさっきまでとあんましかわんない」
『予算の都合だ。さっさと操縦桿を握れ!』
「操縦桿って……やっぱり、これ?」
黄金の銛を握る。
「あっ」
見える。見えるぞ。目の前にいるアポカリプスシャークと、さらに広がったショッキンググリーンの虚無が!
「いけない、いつの間にか虚無が広がっている! このままでは、お姉ちゃんたちの乗ってる船が危ない!」
しかし、ロボになってもサイズは変わらない。アポカリプスシャークはとんでもなく巨大……いや、いや、問題ない。所詮相手は概念だ。概念と概念のぶつかり合い、すなわち『言ったもん勝ち』だ!
「ホワイトシャークナイト。やつの口の中へ飛び込め!」
『ええーっ、やだーっ、そんなことしたら食べられちゃうじゃないですかーっ』
ロボになったら何かちょっと女の子っぽくなった。同化したから、私っぽさが移ったのかな。声はおじさんのままだけど。やたらと低くて渋いおじさんのままだけど。
「心配するな。奴の中には、奴が食った空間が存在している。そう簡単に消化されたりはしない。幸い私たちは小さい! だから奴の奥深く、中枢部まで入り込んで、本体 をたたく!」
『なるほど、わかった!』
黄金の銛をぐっと握った。
「GO!」
『イタイ』
「ごめん、やっぱ痛いんだ」
ぐっさり刺さってるものね。
『いや、痛くない! 全然痛くない! 痛いような気がするだけ!』
「そうか、じゃあ、改めて、GO!」
巨大ロボホワイトシャークナイトは青い光に包まれ、流星になる。食われるのではない。これは、突入だ。故に自分で動きをコントロールできるのだ。もっさりと閉じるアポカリプスシャークの牙を余裕ですりぬけ、奥へ、奥へ、奥へ……
「何だこれ」
海と空がごっちゃになって渦を巻いている。見てると吸いこまれそう。
渦の中心に、いたぞ、あれがアポカリプスシャークの本体 だ。白い体にくすんだ緑の斑点、外殻 とは逆のカラーリング。大きさはホワイトシャークナイトの約五倍、まだまだでかいが、これなら倒せる。何故って巨大ロボ戦だから!
『今だサーガ』
あっ。役名じゃなくて名前で呼んだ。
『ハンマーを構えろ』
「でも、ハンマーは船に置いて来ちゃったよ」
『呼べば来る! あのハンマーとお前は、雷神トールのルーンで結ばれている』
「なるほど、そうか、納得した!」
手を伸ばして叫ぶ。
「来い、雷神 ハンマー!
びゅん。
来たよ。
ほんとに飛んできた。
がつんと握る。数多のサメの血肉を砕き、ここまで生き抜く道を開いた頼もしい武器を構える。黄金の銛が、光の粒となってハンマーに吸いこまれた。
「ふぉおおおおおお! 溢れる力! 黄金の輝きぃいいい!」
私は巨大ロボ。巨大ロボは私。
ロボの握る武器は私の武器!
両手で握る巨大ハンマー。ぶるんっとヘッドがふるえて、三つに分かれた。一本の柄に三本のヘッド。
『見よ、これぞ伝説の黄金三つ又 ハンマー! 打撃力も攻撃回数も三倍!』
「くらえ、アポカリプスシャーク!」
振り上げる。
「撲 って滅ぼすと書いて撲滅 !」
海を蹴って、ジャンプ!
「一撃! 二撃! 三撃! 三発撲れば木っ端みじんと吹き飛ばす!」
振り降ろす。アポカリプスシャークの鼻先、この映画のサメの急所、ロレンツィーニ器官めがけて、全力で。
「砕けろ、潰れろ、素粒子 になれ! ホワイトシャークナイトエターナルアブソリュートトリプルあたーっく!」
ぱっかーん!
当たった。
気持ちいい音。
極限まで研ぎ澄まされた目には全て見えた。ハンマーがアポカリプスシャークコアの頭部にめり込んで、じわじわと砕いて行く有り様が……
「ウウウウウウウウウウウウウウウウウウウラーーーーーーーーー−っ!」
祖先から受け継ぐバイキングの雄叫びをあげて、振り抜いた!
問答無用の爽快感。
夏の夜明の最初の朝日に向かって両手を広げて深呼吸するみたいにすかっと爽やか。
「気持ちいーい……」
永劫とも思える沈黙。
そして、時間が動きだす。
振り抜けるハンマー。
ホワイトシャークナイトはアポカリプスシャークコアをつきぬけて、海面に膝をつく。
「撲滅!」
サ……サ………
サメぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!
破滅のサメは爆発四散。光となって飛び散った。
世界を救いたい? よろしい、サメを……
「サメを、倒したぞーーーーーーーーーっ!」
不可思議な渦が、消えた。
そこには、本物の星空。本物の海。知らなかった、クリスタルレイクビーチの海って、こんなにきれいだったんだ……
「ぅえ? 虚無が消えてる?」
銀の光を砕いて粒にして、紺碧の夜にふりまいたような星空。
広がり昇る淡い光の粒は、砕け散ったアポカリプスシャーク。破滅の夢の名残。
『あああ……見えるぞ、感じるぞ。あの散らばった一粒一粒から、新たなるサメ映画が生まれるのだ……』
どこからか音楽が聞こえてくる。シャークウィスパーのメロディと同じ、だけど明るくて元気と勢いがある。
星空を上から下に流れる白い文字。フォントが全部同じでのぺーっとしてるし英語だけど、わかる。
これはエンドロールだ。
やった。勝ったんだ。私は生きてる。
これでエンディング。世界は終わらない。
世界の破滅は、完全に解決したんだ!
『どうやら、私にも時が来たようだ』
あれ? ホワイトシャークナイトの体から、金色の光の粒が湧き出してる。って言うか粒になってる。
『ありがとうビキニヴァルキリー。ありがとう』
「ホワイトシャークナイト……」
そうか、あなたも光に還 るんだね。
『またあおう! 君の守った世界。君の愛するサメ映画世界で!』
「……うん」
いや。
それ、ヤバくない? いい話っぽく終わってるけど、さらっとヤバくない!?
世界的大運動会の強制ボランティアで炎天下でこき使われて、熱中症でダウン。おまけに
死んだ直後に現場にミサイルが命中。何もかも爆発四散! 前世の私は完全に消えた。
ああ、何て悲惨な一生。
だけど死後の世界でおジゾー様に出会って、転生させてもらえることになった。嬉しい!
だけど希望を聞かれて焦る焦る! だって私、やり残したこととかとっさに思い付かないんだもの!
『あ、そうだ、秋の新作サメ映画を見たい』
その一言が運命を変えた。転生した先は、サメ映画の世界。まだ見てないから先が読めない。しかも私は金髪ビキニ娘の三人め!
ウソでしょ、私の生存率、低すぎ!
せっかく生まれ変わったのにこのままじゃ食べられちゃう。
食われてたまるか。
前世で無駄に溜め込んだサメ映画知識を駆使して死亡フラグを回避、回避、回避専念! どうにかこうにか生き延びて来たんだけど……。
(中略)
そして、破滅のサメがやって来る。
※
ホワイトシャークは進む。
私は背中に乗っている。さっき打ち込んだ黄金の銛につかまって。ちょうど柄頭の位置が私の胸の高さで、掴まるのにちょうどいい。なんかさっき刺した時とは明らかに長さが違ってるけど気にしない。だってこれはサメ映画だから。
昼でも夜でもない妙に明るい謎めいた青い光の中、波をけたてて進む。
「これ知ってる、夜間撮影の予算が無い時に青いフィルターかけて無理矢理夜にするアレだ」
『そーゆーメタい解説はやめてお願い』
「ごめん、気にしてたんだ」
『ちょっと』
白い鼻先が波しぶきをかきわける。顏を、手を体を空気の流れが通り過ぎ、髪の毛が背後になびく。今の私たち、かなりの速度で動いてる。それなのに、一向に変わらない。行く手に待ち受ける
「近づいてるはずなのに、大きくならない。これって変じゃない?」
『あれは概念だ。破滅と言う概念だ。故に、物理法則は通じない。あの圧倒的な大きさに近づく物は絶望するしかないのだ』
「なるほど。と言うことは」
ぐっと拳を握る。
「どんなに近づこうが、奴はこれ以上大きくはならない!」
『うっそぉ、何なんだこの前向きにすっ飛ぶ発想!』
「ビキニなめんな。伊達にサメ映画の中でここまで生き抜いていない」
『なるほど、根拠はないがすっごい説得力だ』
のっそぉおり。
破滅のサメが動く。サイズがでかすぎるからか、あるいは単にCGのデータが大きすぎてモーションの処理速度が遅いのか、動きがすごくもっさりしている。波の下、うっすら緑がかった灰色の体がうねる。
『シャーク、シャーク、シャーク、シャーク……』
来た。おなじみのシャークウィスパー。荘厳なパイプオルガンの演奏つき。近づいてくる。大きく聞こえる。
水面下から三角にとがった流線型のボディが浮上する。だばだばだと滝のように海水が落ちる。海面がゆれ……
「ゆれない?」
『概念だからな』
特撮の予算、無いんだ。実際、サメ映画のサメって大きさの割には泳いでも海は荒れない。
「来た………」
がばあっと口が開く。初めて恐怖を感じた。
「うわぁ。ちょっと大きい、かな」
『急に弱気になるなよぉおお! ここまで来ておいてええ』
ずーぞおぞぞぞぞぞぞぞぞぞ。サメが吸いこむ。海も空も、まとめてくしゃっとなって口に入って行く。
ばっくん。
もっさりした動きで口が閉じる。どうなってんの? 空間そのものが消えてる。何もない。のっぺりとどぎつい緑色に塗りつぶされている。
「グリーンバック?」
『虚無だ』
「グリーンバックだよね? 合成用の! 後で何かそれっぽい効果を合成するんだよね?」
『だから虚無だっつってるだろう! 合成すべきものが何も無いからああなってんだよ!』
むき出しのグリーンバック。それは完全なる虚無。
「何て恐ろしい」
『だーっ、ここで迷うな恐れるな!』
「うわっ?」
いきなり海面が荒れる。慌てて黄金の銛にしがみつく。
『お前が恐がると、あいつの影響受けちまうんだよ!』
「そうか、それは困る」
これが精神戦ってやつか!
『いいかよく聞け水玉ビキニ。思い込みの強さこそがお前の強さとなるんだっつーの! つまり』
「つまり?」
『迷わなければ、負けない!』
「迷わなければ、負けない!」
いいこと聞いた。
「よ、よし、行くぞホワイトシャーク。ジャンプして、奴の鼻先を狙う!」
『おう、あの一撃、効くからな!』
「せーの、ジャーンプ!」
ホワイトシャークが跳ねる! 絶壁をも軽々と飛び越える高さ! 敵だったときはあんなに恐ろしかったジャンプが今となっては頼もしい。本来感じるはずの加速による衝撃は、青い牙から発生する光のバリアで緩和されている。苦しくないし、振り落とされそうにもならない!
『ぬう、距離が足りない!』
アポカリプスシャークはでかかった。
「あきらめないでホワイトシャーク! 奴の体を蹴ってもう一段階ジャンプするんだ!」
『蹴って?』
「三段跳びの要領だ!」
『よし、わかった!』
「今だ!」
迫るアポカリプスシャークの顎を、しっぽでびしりとたたいてさらに飛ぶ!
「もういっちょ!」
『おお!』
ばしり!
「仕上げだ!」
『よっしゃあ!』
びったぁあん!
飛んだ。飛んだ。ホワイトシャークの純白の体が宙に舞う。それはアポカリプスシャークに比べればあまりに小さい。その背にしがみつく私は、さながら芥子の一粒。
それが何?
「概念には、概念を!」
『そうだ、強気で行け! お前の目が! 精神が世界を変える! 俺は関係者だから奴には頭が上がらないけどお前はちがう。この世界の外側からやってきたお前は異分子だ。だが同時に、自由なのだ!』
「おおおおっ!」
黄金の銛を振り上げ、宙に飛ぶ。
「消えろーっ!」
落下の重力の力をもこめて、渾身の力で振り降ろす。ロレンツィーニ器官に突き立てる!
カン!
「え?」
やばい。
今、攻撃無効の音がした。
「きゃーっ」
はね飛ばされる。高々と空中にはね上げられ、落ちる! 待ち受けるのは虚無の
「食われる!」
その時、光に包まれた。
闇を裂いて走る、青い光に。
見える。
青い牙に共鳴し、背後の海から四本。陸地からは、何本も、何本も!
『サミィたん、がんばって!』
『サーガ。私の愛する妹。あなたの勇気を信じてる』
『かわいいサミィ、自分を信じろ。あんたはできる子だ!』
『……君はまちがってない』
ベッキーちゃん。お姉ちゃん。シンディ。ウミノ博士!
『おじょうちゃん……あんたは奇跡を起こせる! わしは信じとるよ』
アームストロングおじいちゃん。
『みんなでビキニヴァルキリーを応援しよう! 信じて、明日が来ると!』
クリスタルちゃん!
『アメリカよ、永遠なれ!』
今のダレ?
とにかく、その他、何人、何十人、何百人、何千人もの人たちの心の声が聞こえる。これは希望の光、明日に通じる願いだ。
『がんばれビキニヴァルキリー……』
小さなつぶやきは、次第に呼びあい響きあう。クリスタルちゃんに導かれ、名も無きモブ、名前のある端役、割と重要な役……サメ映画「ホワイトシャーク〜悪魔の白サメ伝説」に存在する全ての人々の心の声が。明日を願う希望が、一つになる。
『負けるなビキニヴァルキリー!』
『がんばれビキニヴァルキリー』
『ビキニヴァルキリー!』
『ビキニヴァルキリー!』
いつしか合わさり、巨大なうねりとなって呪われし町クリスタルレイクビーチを震わせる!
『ビ、キ、ニ!』
『ビ、キ、ニ!』
『ビ、キ、ニ!』
「熱い。熱いぞぉおお! 力が湧いてくる!」
『ビ、キ、ニ!』
『ビ、キ、ニ!』
私はサミィ、金髪ビキニ娘その3。
本名はサーガ。誇り高きヴァイキングの末裔。そして、サメ退治のヒーローチーム、ビキニヴァルキリーの一員。
私は戦う。大好きなお姉ちゃん、優しくて強いシンディ、一緒にいて楽しい友だちベッキーちゃん。
やっとつかんだしあわせを守る。
私の愛する、サメ映画世界を救う。
『ビ、キ、ニ!』
『ビ、キ、ニ!』
私は負けない
『ビ、キ、ニ!』
『ビ、キ、ニ!』
私は、負けない。
ペンダントが熱い。握りしめ、叫ぶ。
「ビキニヴァルキリー、GO!」
いまいち語呂が悪いけど、ビキニは外せない。だって私のアイデンティティだもの!
まばゆい。
青き閃光に包まれる。
変わる。変わる。ホワイトシャークが変わる。
『おおお!』
体の表面が金属の輝きを帯びて、タイル状に分割され、カシャカシャと回転してる。変形してる。モーフィングだ!
胸ビレは腕に。尻尾が分割されて足に。
「こ、これは、もしかして……」
丸みを帯びたメタリックホワイトの装甲。胸甲部分にぺかーっと青い水晶体が浮かぶ。
「ああ、そうだ、やっぱりそうだ」
胸、腹、肩、最後に顎がぱかっと開いて、デフォルメされた顏が出現した。
「巨大ロボットだーっ!」
『完全変形! 超絶海洋魔神ホワイトシャーク!』
「……なんか、ネーミングが悪役っぽい」
『ホワイトシャークナイト!』
「OK!」
語尾にKnightをつければ正義の味方っぽくなる。それが、巨大ロボットの掟!
変形したのは、いい。だけど私はまだ外側。
「えーっと、どこから乗ればいいんだこれ」
『決めろ! それが事実となる』
「OK、わかった、それじゃあ搭乗!」
ペンダントが光る。青い光がホワイトシャークナイトの胸の水晶体にのびる。水晶体に今、たどり着く。
次の瞬間、私は吸いこまれた。青く輝く、水晶の中に!
「すっごい」
これなら物理的に変形パターンを作る必要がない。撮影予算に優しい。しかも、操縦席じゃなかった。暗くしてそれっぽい機械を並べたヒルイラム社の物置でも無かった。
頭上に広がる無限の星空。ただし星の配置はあまり正確じゃないし、青や緑の雲がぐるぐると渦を巻いている。要するに、非現実的。物理法則を超越した場所だとビジュアルで訴えてくる。親切。わかりやすい!
海に浮かぶホワイトシャークの上に、立っている私。そして目の前にはホワイトシャークの頭からつき出した黄金の銛。
「なんかさっきまでとあんましかわんない」
『予算の都合だ。さっさと操縦桿を握れ!』
「操縦桿って……やっぱり、これ?」
黄金の銛を握る。
「あっ」
見える。見えるぞ。目の前にいるアポカリプスシャークと、さらに広がったショッキンググリーンの虚無が!
「いけない、いつの間にか虚無が広がっている! このままでは、お姉ちゃんたちの乗ってる船が危ない!」
しかし、ロボになってもサイズは変わらない。アポカリプスシャークはとんでもなく巨大……いや、いや、問題ない。所詮相手は概念だ。概念と概念のぶつかり合い、すなわち『言ったもん勝ち』だ!
「ホワイトシャークナイト。やつの口の中へ飛び込め!」
『ええーっ、やだーっ、そんなことしたら食べられちゃうじゃないですかーっ』
ロボになったら何かちょっと女の子っぽくなった。同化したから、私っぽさが移ったのかな。声はおじさんのままだけど。やたらと低くて渋いおじさんのままだけど。
「心配するな。奴の中には、奴が食った空間が存在している。そう簡単に消化されたりはしない。幸い私たちは小さい! だから奴の奥深く、中枢部まで入り込んで、
『なるほど、わかった!』
黄金の銛をぐっと握った。
「GO!」
『イタイ』
「ごめん、やっぱ痛いんだ」
ぐっさり刺さってるものね。
『いや、痛くない! 全然痛くない! 痛いような気がするだけ!』
「そうか、じゃあ、改めて、GO!」
巨大ロボホワイトシャークナイトは青い光に包まれ、流星になる。食われるのではない。これは、突入だ。故に自分で動きをコントロールできるのだ。もっさりと閉じるアポカリプスシャークの牙を余裕ですりぬけ、奥へ、奥へ、奥へ……
「何だこれ」
海と空がごっちゃになって渦を巻いている。見てると吸いこまれそう。
渦の中心に、いたぞ、あれがアポカリプスシャークの
『今だサーガ』
あっ。役名じゃなくて名前で呼んだ。
『ハンマーを構えろ』
「でも、ハンマーは船に置いて来ちゃったよ」
『呼べば来る! あのハンマーとお前は、雷神トールのルーンで結ばれている』
「なるほど、そうか、納得した!」
手を伸ばして叫ぶ。
「来い、
びゅん。
来たよ。
ほんとに飛んできた。
がつんと握る。数多のサメの血肉を砕き、ここまで生き抜く道を開いた頼もしい武器を構える。黄金の銛が、光の粒となってハンマーに吸いこまれた。
「ふぉおおおおおお! 溢れる力! 黄金の輝きぃいいい!」
私は巨大ロボ。巨大ロボは私。
ロボの握る武器は私の武器!
両手で握る巨大ハンマー。ぶるんっとヘッドがふるえて、三つに分かれた。一本の柄に三本のヘッド。
『見よ、これぞ伝説の
「くらえ、アポカリプスシャーク!」
振り上げる。
「
海を蹴って、ジャンプ!
「一撃! 二撃! 三撃! 三発撲れば木っ端みじんと吹き飛ばす!」
振り降ろす。アポカリプスシャークの鼻先、この映画のサメの急所、ロレンツィーニ器官めがけて、全力で。
「砕けろ、潰れろ、
ぱっかーん!
当たった。
気持ちいい音。
極限まで研ぎ澄まされた目には全て見えた。ハンマーがアポカリプスシャークコアの頭部にめり込んで、じわじわと砕いて行く有り様が……
「ウウウウウウウウウウウウウウウウウウウラーーーーーーーーー−っ!」
祖先から受け継ぐバイキングの雄叫びをあげて、振り抜いた!
問答無用の爽快感。
夏の夜明の最初の朝日に向かって両手を広げて深呼吸するみたいにすかっと爽やか。
「気持ちいーい……」
永劫とも思える沈黙。
そして、時間が動きだす。
振り抜けるハンマー。
ホワイトシャークナイトはアポカリプスシャークコアをつきぬけて、海面に膝をつく。
「撲滅!」
サ……サ………
サメぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!
破滅のサメは爆発四散。光となって飛び散った。
世界を救いたい? よろしい、サメを……
「サメを、倒したぞーーーーーーーーーっ!」
不可思議な渦が、消えた。
そこには、本物の星空。本物の海。知らなかった、クリスタルレイクビーチの海って、こんなにきれいだったんだ……
「ぅえ? 虚無が消えてる?」
銀の光を砕いて粒にして、紺碧の夜にふりまいたような星空。
広がり昇る淡い光の粒は、砕け散ったアポカリプスシャーク。破滅の夢の名残。
『あああ……見えるぞ、感じるぞ。あの散らばった一粒一粒から、新たなるサメ映画が生まれるのだ……』
どこからか音楽が聞こえてくる。シャークウィスパーのメロディと同じ、だけど明るくて元気と勢いがある。
星空を上から下に流れる白い文字。フォントが全部同じでのぺーっとしてるし英語だけど、わかる。
これはエンドロールだ。
やった。勝ったんだ。私は生きてる。
これでエンディング。世界は終わらない。
世界の破滅は、完全に解決したんだ!
『どうやら、私にも時が来たようだ』
あれ? ホワイトシャークナイトの体から、金色の光の粒が湧き出してる。って言うか粒になってる。
『ありがとうビキニヴァルキリー。ありがとう』
「ホワイトシャークナイト……」
そうか、あなたも光に
『またあおう! 君の守った世界。君の愛するサメ映画世界で!』
「……うん」
いや。
それ、ヤバくない? いい話っぽく終わってるけど、さらっとヤバくない!?