決戦!船上パーティー

文字数 6,222文字


 青い海のど真ん中で船を停める。
 くるくる回るミラーボール。
 今どき貴重なCDラジカセ(ところでカセットって何?)からガンガンに流れるラップミュージック……それともディスコミュージック? とにかくノリがいい。
「イェーイ」
「やっほー!」
 お姉ちゃんと、シンディと、私とベッキーちゃんとウミノ博士。炭酸飲料を飲んで、ピザとフライドポテトを食べながら大騒ぎ。
「これってパーティー?」
「うーん、よくわかんないけどぉ」
 とにかくダンス、ダンス、ダンス! ふりつけは思いつきででたらめ。とにかくリズムに合わせて体を動かすのが何だか楽しい。
「楽しいからいいんじゃね?」
「だね!」
 ただ一人だけ動きがキレッキレの人がいる。ウミノ博士だ。
「すごーい」
「おじさん、鍛えてるからね!」
「博士なのにっ?」
「海洋学者は、体力勝負だから!」
「そうか、海で調査するものね!」
「納得した?」
「納得した」
「よーしっ乾杯だーっ」
 アップルソーダを満たした紙コップをぶつけて乾杯する。
「かんぱーいっ」

 一気に飲み干す。乾いたのどに、キンキンに冷えたアップルソーダが気持ちいい。冷たく泡立つ液体が口からのど、胸と降りて行く。そして胃に到達した直後、入れ違いにごぼっと不安の塊がこみあげる。
(これで、いいんだろうか)
 一度考え出したらとまらない。
(こんなことしてて、本当にサメが来るんだろうか)
 いかんいかん、ネガティブ思考にのみこまれる! 船の舳先にまわりこんで柵にもたれかかる。風にあたろう。海を見よう。ああ、でも。パーティー用の提灯に照らされた後部甲板から、暗い前部に移ったのが逆効果だった。
 暗い海を眺めていると、お腹の中で不安の塊がぐんぐん膨らむ。ずっしりみっしり重くなる。
「どうしたの、サミィ」
「お姉ちゃん」
 そーっとそーっと動いたはずなのに、ちゃんと見ててくれたんだ。白い柔らかい手がぴとっと胸に当たる。
「あ」
 こんなに近くにいるのに。体のデリケートな部分を触られてるのに、ちっとも恐くない。心地よい。愛してるから。愛されてるから。
「ここに溜まってることがあるなら言って。何でも聞くよ?」
「うん……」
 あったかいなあ。あったかいなあ。体の内側からぐいぐい圧迫する冷たい塊が、つるっと口からこぼれだす。
「あのね。心配なんだ私」
 お姉ちゃんは静かに聞いている。青い瞳でじっと私を見つめてる。うなずいた。でも何も言わない。私が自分から言うのを、待ってくれてる。安心する。
「こんなことして、ホワイトシャークをおびき出せるのかなって。自信満々に言っちゃったけど、心配なんだ。また、手下のサメしか来なかったらどうしよう。しかもここ、海の真ん中だよ。勢いで出てきちゃったけれど、取り囲まれて、船ひっくり返されたらどうしよう」
 のどが震える。体の真ん中が震える。止められない。
 だって水落ちは、サメ映画最大の死亡フラグ! どんなに浅い水でも、一度落ちたら助からない。ビキニ娘ならなおさらに。
「私の判断で、みんなを巻きこんじゃう……」
「サミィ。大丈夫よサミィ」
 髪の毛。
 くしゃくしゃとなで回される。白くてほっそりした優しい指。弓矢を正確無比に操りサメを射貫く戦士の指。
 優しく私の髪の毛の間にもぐりこみ、なで回す。お姉ちゃんの手が動くにつれて、不安の塊がすーっと溶ける。不思議。
「この夏休みはほんとに信じられないくらい大変なことが起きた。ううん、今も起きてる真っ最中だけど、あなたのおかげで助かった」
 近づいてくる。お姉ちゃんの青い瞳、きれいなおでこ。大理石の女神像みたい。
「ごめんね、最初にサメに気づいたのはあなたなのに、夢だとか気のせいとか言っちゃって」
 こつん、と触れ合った。
「私はあなたを信じてる。大丈夫、きっと上手く行く」
「お姉ちゃん……」
「自分を信じて、サーガ」
「うん!」
「あなたは戦士。あなたの判断にまちがいは無い!」
「うん!」
「世界一かわいい、私の妹だもの!」
 ああ。
 知らなかった。いままで16年生きてきて、初めて知った。
 世界中でたった一人に信じてもらえるだけで、救われる時ってあるんだ。
「お姉ちゃん。私も大好き。世界一の私のお姉ちゃんだ!」
 手を伸ばしてしがみつく。お姉ちゃんの手が私の背中に回る。
「勝つよ。絶対に」
「うん。勝つよ」
「私たち、最強のサメ退治姉妹(シスターズ)なんだから」
「うん!」
 ぽんっと頭に手が置かれる。このがっしりしたたくましい手。必ず背中を支えてくれる強い手を私は知ってる。
「ちょっとお二人さん、だれか忘れてないか?」
「シンディ!」
「私も一緒だぞ、サミィ。キャシィ」
「僕も、一緒だよ」
「ベッキーちゃん」
「サミィちゃんのこと信じてる。僕は武器で戦うことはできないけど、全力でバックアップするから!」
 嬉しい。
 冷たく重苦しい不安の塊が、じゅわーっと音を立てて蒸発する。
 そうだ。
 私はサーガ。サメ退治の戦士。もう、死に至る状況まで言いなりになって流されるだけの無力なJKじゃない。
 私を愛してくれる人がいる。私が愛している人たちがいる。それだけで人は強くなれる。
 もう迷わない。大切な人たちを守るために、ホワイトシャークを倒すんだ!
 武器も持ってるしな!

「よーし自撮り(セルフィ)しよう!」
 四人で肩を組んで、自撮り棒でかしゃり。
「イェーイ!」
「トークネードにもあげちゃうよ!」
「イェーイ!」
「#クリスタルレイクビーチ #来いよホワイトシャーク で!」
 さあ来い、ホワイトシャーク。ビキニ娘が船上パーテイーだ。SNSにも自撮り写真をあげて調子に乗ってるぞ。中年だけど、マッチョマンも一緒だぞ。条件はそろった。出ずにはいられまい!
 羽織っていたパーカーを脱いで、力一杯放り投げる。
 来いよ、ホワイトシャーク。これは宣戦布告だ!

『シャーク、シャーク、シャーク、シャーク……』

 聞こえる。シャークウィスパーだ。近づいている。急速に……
「来たぁ、サメ反応接近中。一体だけど…………でかい!」
「来たわね!」
「親玉のお出ましか!」
「準備はできてる」
 そっとハンマーを握った。
 青い海面が白く染まる。

 サメぇーん!

 来た。ホワイトシャークだ! 一口で飲み込まないのは、まだ映画の尺が足りないからだ。ここで一口でごちそうさましちゃったら、映画としての充分な長さを確保できないからだ。延々と20分流すエンドロールとか、インディーズならともかくヒルイラム映画では許されない。
 盛り上がった海面が割れる。豪華客船のように、山のように巨大な真っ白いサメ。
 でかい
 でかいから海面の盛り上がりも大きい。サメの起こした波で船が激しくゆさぶられる。下からどぉんっと震動が襲う。
「あっ」
「お姉ちゃん!」
 お姉ちゃんがバランスを崩す。体が浮かぶ。両手で弓に矢をつがえて船の舳先に立っていたから!
 とっさに手をのばすけど、届かない。落ちる。お姉ちゃんが落ちる。ホワイトシャークの待ち受ける荒れ狂う海へ。
「おねえちゃーん!」
 迷わず飛び込んだ。必死で泳いだ。水をかいた。
(お姉ちゃん。お姉ちゃん、お姉ちゃん!)
 塩辛い水を飲む。海の水が鼻に、目に飛び込む。痛い。染みる。見えない。
「げほっ」
 ベッキーちゃんが叫んでる。
「おじさん、早く船をっ」
「くっ、エンジンがかからない!」
 こんな時に!

 ここまで徹底的に避けてたことがある。

 一つ海に落ちる事
 一つ海で泳ぐ事
 やったら必ずサメに食われる。ビキニ娘は海に落ちたら死んじゃう。サメに食われて死ぬ!
 暗い水は中に何がいるかわからない。何をしても体が浮かばない。ばしゃばしゃと水をかいて強引に上あがる。これ絶対サメを呼び寄せてる。もしホワイトシャーク以外の下僕サメが近くにいたら、私は絶好の標的だ。下からサメ目線でばしゃばしゃしてるビキニ娘を見あげるアングル。近づいてって……
「んぐっ」
 迷うな。恐れるな。絶対、この先にお姉ちゃんはいる。両手でぐいっと水をかいて浮かび上がる。海面に顏を出す。
「お姉ちゃん! 」
「サミィ!」
 いた! 腕を伸ばし、かたく抱き合う。生きてる。生きてる。まにあった!
「お姉ちゃん!」
 よし、お姉ちゃんは確保した、ウミノ博士の船はどっちだ? 
 海面はいつの間にかミルクみたいな霧に覆われている。霧の向こうにぼんやり明かりが見える。ちっちゃい。豆電球みたい。
 うそでしょ、こんなに流されてたなんて!
「がぼごぼがぼっ」
 波被った。海水飲んじゃった。息できない。沈みそう。
(真剣にピンチだ……)
「あ」
 背後から、がしっとたくましい腕に支えられる。
「シンディ!」
「あたしが来たからもう大丈夫!」
「沈んじゃうよ」
「大丈夫、ライフジャケット着てるから!」
「さすがライフセーバー!」
 だけどウミノ博士の船にはもう戻れない。
 どうしよう。
 その時、霧を裂いて現れた白い影。
「ホワイトシャーク!?

 ドッドッドッドッド。

 ちがう、これはエンジン音。サメにエンジンは無い。塩水で霞んだ目をこらす。意外、それは、古びた釣り船!
 操舵席に翻る鮮やかなオレンジの雨合羽。
「おじょうちゃん!」
「おじいちゃん!」
 アームストロング船長だ!
「つかまれ!」
 飛んできたロープつき浮輪をつかんで船に上がる。小さな釣り船は、四人が乗り込むとぎしぎしゆれる。海面までの位置が近い。
「何で、ここに」
「クリスタルちゃんの動画を見てのぉ。あんたらが危ないと知って、居ても立ってもいられなくなった。海の男じゃからな!」
「ありがとう」
 助かった。絶妙のタイミングだった。嬉しいけど……嬉しいけど……危険だーっ

 ビキニ。
 海。
 食べられちゃいけない人!(もしくはサメ退治の決定打)

 カシャカシャピキーンっと音を立てて、そろう、そろう、サメスロットロルがそろう。

『シャーク、シャーク、シャーク、シャーク』
 来る。霧を割って巨大な白い背ビレが来る。不吉な三角。破滅の白。三つの特別な家系の最後の一人を狙ってまっしぐらに向かってくる。 
 まるでさっきのくり返し。たぶん映像は使い回し。ホワイトシャークが浮かびあがる。滝のように落ちる海水。ゆれる釣り船。口が開く。
 船が小さいから不利、しかもハンマーはウミノ博士の船に置いて来ちゃった。泳ぐのに邪魔だったから!
「武器は。武器は!」
「これを使いなされ!」
「こ、これはっ」
「ちょっと借りて来た」
「ありがとうっ」

 時間の流れが止まる……ううん、ゆっくりと。ものすごくゆっくりと動いてる。水の音が間延びして低く聞こえる。波しぶきも空中に止まってる。お姉ちゃんも、シンディも、アームストロングおじいちゃんも、動きがゆっくりになっている。
 スローモーションか!
 映画のおやくそく。
 だけど、私は違う。 
「うぉおおおおおお!」
 ほらね、叫ぶ声はいつもの高さ、いつもの早さ。動ける。そうだ、前回岬でこいつと戦った時もそうだった。私はスローモーションの中でも動ける。だって私の魂は、サメ映画世界の外側からやってきたから。
 映画を外側から見る、観客の世界から来たからだ。記憶も、認識も全て保ったまま。

 ピキィン!

 甲高い音。頭の中を光のラインが走る。
 観客の視点(オーディエンスアイ)。これが! これこそが私のチート能力だったんだ! そうなんですね、おジゾーさま!
 ならば、使わせてもらおう。前世の辛い辛い死に様の救済として。代価として与えられた、この能力。
 現世の幸せを守るために使わずして、いつ使う!
 今!
 今
 今しかない!

 愛し愛される家族。一緒に居ても辛くない友だち。協力してくれる人たち。戦った結果、得られた評価。惜しみなく与えられる賞賛。全て、前世の私には無かったもの。
 奪われたくない。
 奪われてたまるか!
 我欲万歳、俗物上等。
「だって私、まだ16歳だもの!」
 解脱にはまだ、早すぎる。

 甲板を走った。アームストロング船長からもらった武器をぐるぐるまわして、遠心力で放り投げる。と、見せかけて柄の端っこをもう一度つかみ、勢いで飛ぶ!
 物理の法則完全無視。でも飛べた。途中で空中にとどまる水しぶきを蹴ってスピードアップ!
「行くぞ、行くぞ、行くぞ、行くぞぉおお!」
 がばあっとホワイトシャークが口を開く。こいつにとっては私1人を食べたところで、ガム一粒、あめ玉一個にも満たないだろう。それぐらいのサイズ差。
「せやあっ!」
 サメの鼻先、ロレンツィーニ器官を武器の石突きで一撃。
 ホワイトシャークが吠える。

 見たか、これぞ古代から伝わる永遠の真理『タンスの角に足の小指をぶつけたら痛いの法則』!

 ぶったたいた反動でさらに高く飛ぶ。目指すはサメの後頭部。真新しい傷口が三つ。二つは塞がっている。一つは市長を、もう一つは副市長を食べて塞がった。だけど真ん中の一つは! ばっくりと生々しく口を開けている。アームストロング船長を食べていないから、まだ塞がっていない傷口。
「そこがっ! 貴様の急所だあっ!」
 武器を握って振りかざす。アームストロング船長が、記念館に寄ってちょっと借りてきたある物を。
「食らえっ!」
 きらめく黄金、輝くサファイア。
 三つ又の、黄金の銛!
「たとえレプリカでも! 再現度が高ければ、力が宿る!」
 そう、お守りとはすなわち何か神聖なものの形をマネしたものである!
 シヴァ神のリンガしかり。北欧のトールハンマーしかり。仏様の姿を写したあらゆる仏画、仏像、十字架、イコン、聖ヤコブのホタテ貝、実例はいっぱいある、いくらでもある!
「だから。これも、封印の力があるのだ!」
 ちょっと、とか、もしも、とか絶対言わない。迷わない。私が、私が、私が正義だ。私がこうと信じたら、私がこれと決めたらそうなるんだ。
 だって私は観客の魂を持った出演者!

「たとえ縫い針一本でも、急所に刺せば死ぬ!」

 私が言えば、事実になる。
 塞がらない傷口に、黄金の銛を突き立てる。
 ザクぅ! 手応え有り!
 だけど、まだ浅い。ここで満足しちゃいけない。
「せやあっ」
 石突きの上に立ち、踏む! 踏みにじる! 蹴る! 反動で飛び上がって、後方空中一回転。勢いつけて、狙い定めて……跳び蹴り!
 黄金の銛を、白い鮫肌の奥深くまで……
 打ち込む!
 
 ドジュウウウン!

 鮫肌を貫通し、肉の中へ。
「うぉおおおおお!」
 足を軸に回転する。高速きりもみ回転でさらにねじ込む! 飛び散る血。サメ肉!
 奥へ、奥へ、もっと奥へ。
「これで、終わりだあ!」
 仕上げのひと蹴り、もう二度と引き抜けないように。残っているのは柄の端っこに埋め込まれたサファイアだけ。
『シャーク、シャ……』
 ぶつり。
 唐突に途切れるシャークウィスパー。
 封印、完了。
「勝った」
 ホワイトシャーク、完!
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登場人物紹介

鰐口ささめ
16歳、サメ映画大好きJK。炎天下の強制ボランティアで熱中症に倒れ、見捨てられ、その死は隠匿される。
無惨な前世を救済すべくお地蔵様の慈悲により金髪ビキニ娘サミィとして転生するが、そこはサメ映画の世界だった。
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キャシィ
サミィの姉。グラマーな金髪美女。アメリカの大学生。妹をでき愛するお姉ちゃん。

彼氏に二股をかけられたあげく一方的に別れを告げられ、傷心を癒すべく妹と幼なじみのシンディと共にクリスタルレイクビーチにやってきた。

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シンディ
キャシィとサミィ姉妹の隣に住む。姉妹とは幼なじみ。鍛え上げた体とライフセイバーの資格を持つ男気のある姐さん。
父親は消防士。
傷心のキャシィを案じて二人をクリスタルレイクビーチに誘う。

待ち受ける災厄を知る由もなかった。

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