SNSで人気のあのサメちゃん
文字数 5,503文字
『ムーンバックスクリステルレイクビーチ支店』
もはやすっかりおなじみになった、ムンバカフェの看板のすぐ下に白い文字が浮かんでる。
ちょっと時間を置いて、二行めが出た。
『ビキニヴァルキリーの補給基地』
ビキニヴァルキリーで確定なんだ。って言うか、出演者には日本語テロップってこんな風に見えるんだ。二行目がシンディとウミノ博士の頭がぶつかりそうな位置だったんだけど、無意識に避けていた。たぶん、私以外の人にはこれ見えてない。
「ただいまー」
「おお、お帰り」
カフェに入って行くと、アームストロングおじいちゃんが迎えてくれる。
「活躍は動画配信で見ておったよ、怪我はないかね?」
「うん、大丈夫!」
「そうか、よかったのぉ……疲れたじゃろう、今、何か飲み物を」
「どうぞ」
「え?」
すっとトレイに乗った紙コップが出てくる。トールサイズ。
「キャラメルラテ泡たっぷりキャラメルシロップましましです」
おひげの店長さんだ。
「あの、まだ何も頼んでませんけど」
「これは店のおごりです」
「わあ、ドーナッツまである! うっそ、期間限定のデラックスドリームチョコミントファッジ・ドーナッツだぁ!」
おヒゲの店長さんは、胸に手を当てて深々と一礼した。
「シニョリーナたちは、クリスタルレイクビーチの女神です。太陽です、救いの天使です! サメと戦い、ビーチとサーファーと沢山の市民の命を守ってくれた! 私たちにはこんなことぐらいしかできませんが、応援しています。これで英気を養ってください」
「ありがとう、いただきます」
「あ、こちらのお嬢さんにはエスプレット1ショット追加を」
「ありがとう」
「ウミノ博士にはこちらのソイミルク使用のラテを」
「ありがとう」
「すごい、全員の好み覚えてるんだ」
「プロですから!」
店長さんは、ぱちっとウィンクをしてカウンターに戻って行く。何か、かわいい。
「いただきまーすっ」
誰かに感謝されるって、くすぐったいけど嬉しい。戦いで疲れた体に、活力が蘇る。
「んく、んく、ぷっはぁ……」
甘いふわっふわのラテを飲んで、一息ついた。至福の瞬間……が、一瞬で破られる。つけっぱなしのテレビから流れるローカルニュースによって! いや、もしかしてワイドショー? どっちだかわかんないよ、白々しい笑顔と妙にハイテンションのしゃべりがまったく同じなんだもの。もう、TV通販との区別もつかない。これがアメリカ流?
『はーい、私は今、北欧発のおっしゃれーな高級ホームセンター、numadaに来てまーす! 流行に敏感なトークネーダーのみなさんは既にご存知ですね? ここnumadaでは、サメのぬいぐるみが大人気! SNSが発端となって飛ぶように売れてます。サメだけどね!』
ぶっ!
思わず吹いた。泡ましましラテの泡を吹いた。
「何だってぇええ!」
髪が逆立つ。
この状況で、何故、サメのぬいぐるみが流行 るか?
あわてて画面を見る。青地に黄色のラインが入ったモダンな建物から続々と、サメのぬいぐるみを抱えた観光客の皆さんが出てくる。笑顔全開で出てくる。
何で? 何で? サメ、何で?
今、このクリスタルレイクビーチはサメに襲われて陸の孤島状態なのに! #サメ災害 なう、なのに!
市長も副市長もサメに食われてるのに。何よりもまず、さっき、サーフィン大会がサメの大群に襲われたばっかりなのに!
「何で、今、サメ?」
「あれはアオザメだな。丸く大きな黒い目と青い体色、とがった鼻先の再現度が高い」
「微妙にヤバいですよあの目つき! カタギじゃないって感じ」
「うわ、すっごい。トークネードでバズってるよ! #numadaのサメ で検索かけたらほら」
「ひゃああああ」
思わず変な声が出た。
人形のベッドに寝かされたサメ、テーブルを囲むサメ、ベンチに座ってムーンバックスのスムージィを飲んでるサメ、会議室で会議中のサメ、車の運転をするサメ、パソコンに向うサメ、コタツに入ってるサメ(って今、真夏なのに!)……
これだけたくさんの人がクリスタルレイクビーチでサメのぬいぐるみ買ってるの? 嘘でしょほんと信じられない、これは、もしかして……
「ホワイトシャークの、陰謀?」
ぞわっと腕にさぶいぼが立つ。正解ってことだ。だって、さぶいぼは、ウソをつかない。
『ここで重要なお知らせ。クリスタルレイクビーチショッピングモールでは、この後、numadaのタイムセールが始まっちゃいます! もちろんサメのぬいぐるみもセールの対象商品です。楽しいイベント盛りだくさん。みんな、来てね!』
「こうしちゃいられない!」
ぐっとキャラメルラテを飲み干し、立ち上がる。
「モールに行くよ! ビキニヴァルキリー、出動!」
「Ja!」
ハンマー。弓矢。斧×2! 武器を抱えて走り出す。
『それでは次のニュースです。ワシントンDCに隕石が落下しました』
店を出る直前、ちらっと聞こえた大ニュース。
うわ、さらっと大惨事流した。
#サメ災害 以外の惨事の扱いは軽い軽いものすごく軽い。羽根より軽い。これって他の映画とのタイアップ企画?
とにかく、行こう。モールに行こう!
「遠くの隕石より近くのサメだ」
※
四角い軍用車両が、きぃっとタイヤをきしませて止まる。ここはショッピングモールの駐車場。青地に黄色で書かれた『numada』のロゴがまぶしい。いかにもその場の勢いで思いついたっぽい名前。そしてCGはめこみ合成っぽい看板! そもそも影が入って無い! フォントに影入れるくらい、今どきスマホのアプリでもできちゃうのに。どこまで手を抜くかヒルイラム。
車を降りて、武器を背負った。
お姉ちゃん、すっくと立つ私、そしてシンディ。
三人そろってびしっとポーズを決めてから、サングラスを外す。(あれ、いつからかけてたんだろう?)
「ねえサミィ」
「なぁに、お姉ちゃん?」
「勢いで来ちゃったけど、あのサメってぬいぐるみでしょ? 肌触りのいいフリース生地にふかふか なパンヤをつめただけの無害な玩具 よ? 人間を襲ったりするのかな」
すかさずインカムから流れる渋い声。
『ホワイトシャークは悪魔の化身。古来より悪魔は人形に乗り移って人間を襲って来た。よって、ホワイトシャークがぬいぐるみを利用してもまったく不自然ではないのだ!』
「解説ありがとう、ウミノ博士」
『さすが、おじさん!』
すごい知識だけどこれって海洋学者の守備範囲? 気にしてはいけない。だって博士だもの。
「さあ行こう!」
店の中にダッシュでin。中は白を基調にしたおしゃれな北欧っぽいショールーム。何となくなつかしいのは、きっとデンマークの血が呼びあうから。
そして中央のワゴンの中にみっちりぎっしり山盛りになったサメ。『SNSで大人気! サメのぬいぐるみ』
ぞわっとさぶいぼが立つ。
『シャーク、シャーク、シャーク、シャーク……』
ほら、聞こえてくる、シャークウィスパー。これは絶対、ただのふかふかのぬいぐるみなんかじゃない。
どーんっとハンマーで床をたたく。
「みんな逃げて! ここは危険です!」
店内の人がいっせいにこっちを見る。
「サメから離れて、逃げて!」
沈黙。サメを抱えたり、ショッピングカートに乗せたり、買い物袋に入れたサメを手からさげたり背中に背負ったり……この場にいる人でサメの近くにいない人は一人もいない。
「HAHAHAHAHAHA!」
一斉に笑い出した。ああ、いやぁな予感。
「サメだって!」
「これ、ぬいぐるみですよ!」
「ふっかふかのぬいぐるみ! ほら、こーんなにふっかふか。ふっかふか!」
「numadaのサメちゃん、サイコー!」
「そうじゃなくてですね」
ああ、こう言う時何て言えばいい? ぬいぐるみがモンスター化して襲ってくる? 実はそれは本物のサメなんです? ううん、どっちでもおかしい。信じてもらえない。もうちょっと、こう、説得力のある事を言わないと……
「危険なサメの大群が来るんです! だから、すぐに避難を」
「はぁ? 何言ってんですか」
ヤバいヤバい、私今、墓穴掘った?
『シャークシャークシャークシャーク』
うわぁん、シャークウィスパーがどんどん激しくなってる。これは、来ちゃう、あれが来ちゃう!
「ここはショッピングモールだよ?」
「ああっ、その先を言っちゃだめぇ!」
「こんなとこにサメが来るはずがない!」
『シャァアアアアアク!』
言っちゃった。言ってしまった、禁断の言葉、死の呪文。
言わずにはいられないんだ。だってサメ映画の登場人物だから。そう言う風にできている。呼吸をするのと同じレベルで禁断の言葉を言っちゃうんだ。それがこの人たちの存在意義 、生きる道、いや死ぬ道?
『シャァアアアアアク! シャークシャーク、シャーアークーッ!』
カッとサメぐるみの目が赤く光る。
背ビレに赤い星が浮かび、布の牙が硬くなる。ぐわっと縫い付けただけの口が開く。ありえないサイズに頭がふくれあがり、ばっくん、と自分を抱える客を丸のみ!
サメぇ〜〜〜ん!
「うわぁあああああああああ」
食った。
ふかふかのぬいぐるみが、人を食った!
「サメだぁああ!」
悪魔サメの本性を現したサメちゃんが、買い物客を襲う! 阿鼻叫喚の大惨事。一人一サメ、ポータブルサメ災害、腕の中の死神。もはや数が多すぎる。大事に抱えているぬいぐるみが、そのままサメになって噛みついてくるんだ。みんな自分の死を持ち運んでるのも同然、距離が。距離が圧倒的に近すぎる。対処できない!
「まにあわない!」
画面の外から血が飛び散る。白いショールームが赤く染まる。このために白いセットにしたのか、素晴らしい悪趣味、だけど今は!
「お姉ちゃん! シンディ!」
「ええ!」
「おお!」
「行くよ。ビキニヴァルキリー、アッセンブル!」
※
泣いている。
小さな女の子が泣いている。暗く狭い四角い箱の中で。
「こわいよう、こわいよう、パパ……ママぁ!」
現実は無慈悲だ。両親は既に靴とスマホを残して消えた。床に飛び散る血痕。食われる直前、二人はとっさに娘を展示されたクローゼットの中に隠したのだ。
少女の頼れるものはもはやただ一つ。両親が最後にプレゼントしたぬいぐるみだけ。
「こわいよ、サメちゃん。こわいよぉ……」
ふかふかの体に顏をうずめる。青い生地は優しく涙をうけいれる。寄る辺ない少女にとっては、サメが涙をふいてくれるような気がした。
「たすけてぇ……」
ガチャリ。とつぜんクローゼットが開いた。
「まぶしい……」
「もう大丈夫、助けに来たよ!」
救い主は三人のビキニを着た女戦士 。
「さあ、こっちへ……」
ぐずぐず鼻をすすりながら女の子はクローゼットを出る。
「っ!」
金髪ポニーテールのヴァルキリーが息をのむ。
「そのサメは危険だ! すぐに捨てて!」
女の子は大粒の涙を流して、首を横に振った。強く。強く!
「ちがうもん! おともだちだもん!」
※
ああっ!
これ知ってる、私、知ってる。
ヒルイラムお得意の!感動作品 に見せかけてスゴクヒドイ場面に繋ぐ前振りだ!
このままじゃ、あの女の子は食べられちゃう。
さすがに食べられる瞬間は写されないけど、画面の外からびしゃあって血が飛び散るんだ。
観客からは見えない、だけど私は見てしまう。目の前で、あの子が無惨に食べられるのを。
それなのに、あぁそれなのに、女の子はますますサメを強く抱きしめる。決定的瞬間が、どんどん近づいている。
「このこは、わたしの、たいせつなおともだち!」
うわぁこの脚本家、持ち上げて落とすつもりだ。
『シャーク、シャーク、シャーク、シャーク!』
高まるシャークウィスパー。いやだ、そんなの絶対にいやだ!
このままサメ映画のお約束に流されていいのか?
ぎゅんっとものすごい勢いで思考が加速する。
胸のペンダントが熱い。
ぬいぐるみは子どものおともだち。人形遊びやままごとで、子どもの望む役割を演じる。何かで読んだことがある。雛人形は子どもの成長を願って不運を避けるために飾るんだって。人形に神様を降ろして、子どもが一緒に遊ぶための物だとも。
えーとえーと何だっけ、依代 ? ヒトガタ? 人形には悪魔も乗り移る。だけど神様だって宿るんだ。
だから。
だから。
この子が友だちだと言うのなら、このサメはともだちなんだ!
サメの目が光る。背後から別のサメが近づいている。しかも特Lサイズ。
「あぶないっ!」
ばしぃん!
背ビレに浮かぶ逆さまの赤い星が、弾け飛ぶ!
サメぇん!
実体化したサメが、幼い少女に襲いかかる。
サメぇん!
しかし、少女の抱えたサメが口を開けて、襲ってきたサメを丸のみした!
「助けた?」
「サメが、人を助けた?」
びちびちとしっぽを振る青いサメを、女の子はぎゅっと抱きしめる。
「だって、このこはおともだちだもん!」
うそ。
今、何が起きたの?
こうなったらいいな、と思った。
そうなった。
私が、映画を、変えた。
もはやすっかりおなじみになった、ムンバカフェの看板のすぐ下に白い文字が浮かんでる。
ちょっと時間を置いて、二行めが出た。
『ビキニヴァルキリーの補給基地』
ビキニヴァルキリーで確定なんだ。って言うか、出演者には日本語テロップってこんな風に見えるんだ。二行目がシンディとウミノ博士の頭がぶつかりそうな位置だったんだけど、無意識に避けていた。たぶん、私以外の人にはこれ見えてない。
「ただいまー」
「おお、お帰り」
カフェに入って行くと、アームストロングおじいちゃんが迎えてくれる。
「活躍は動画配信で見ておったよ、怪我はないかね?」
「うん、大丈夫!」
「そうか、よかったのぉ……疲れたじゃろう、今、何か飲み物を」
「どうぞ」
「え?」
すっとトレイに乗った紙コップが出てくる。トールサイズ。
「キャラメルラテ泡たっぷりキャラメルシロップましましです」
おひげの店長さんだ。
「あの、まだ何も頼んでませんけど」
「これは店のおごりです」
「わあ、ドーナッツまである! うっそ、期間限定のデラックスドリームチョコミントファッジ・ドーナッツだぁ!」
おヒゲの店長さんは、胸に手を当てて深々と一礼した。
「シニョリーナたちは、クリスタルレイクビーチの女神です。太陽です、救いの天使です! サメと戦い、ビーチとサーファーと沢山の市民の命を守ってくれた! 私たちにはこんなことぐらいしかできませんが、応援しています。これで英気を養ってください」
「ありがとう、いただきます」
「あ、こちらのお嬢さんにはエスプレット1ショット追加を」
「ありがとう」
「ウミノ博士にはこちらのソイミルク使用のラテを」
「ありがとう」
「すごい、全員の好み覚えてるんだ」
「プロですから!」
店長さんは、ぱちっとウィンクをしてカウンターに戻って行く。何か、かわいい。
「いただきまーすっ」
誰かに感謝されるって、くすぐったいけど嬉しい。戦いで疲れた体に、活力が蘇る。
「んく、んく、ぷっはぁ……」
甘いふわっふわのラテを飲んで、一息ついた。至福の瞬間……が、一瞬で破られる。つけっぱなしのテレビから流れるローカルニュースによって! いや、もしかしてワイドショー? どっちだかわかんないよ、白々しい笑顔と妙にハイテンションのしゃべりがまったく同じなんだもの。もう、TV通販との区別もつかない。これがアメリカ流?
『はーい、私は今、北欧発のおっしゃれーな高級ホームセンター、numadaに来てまーす! 流行に敏感なトークネーダーのみなさんは既にご存知ですね? ここnumadaでは、サメのぬいぐるみが大人気! SNSが発端となって飛ぶように売れてます。サメだけどね!』
ぶっ!
思わず吹いた。泡ましましラテの泡を吹いた。
「何だってぇええ!」
髪が逆立つ。
この状況で、何故、サメのぬいぐるみが
あわてて画面を見る。青地に黄色のラインが入ったモダンな建物から続々と、サメのぬいぐるみを抱えた観光客の皆さんが出てくる。笑顔全開で出てくる。
何で? 何で? サメ、何で?
今、このクリスタルレイクビーチはサメに襲われて陸の孤島状態なのに! #サメ災害 なう、なのに!
市長も副市長もサメに食われてるのに。何よりもまず、さっき、サーフィン大会がサメの大群に襲われたばっかりなのに!
「何で、今、サメ?」
「あれはアオザメだな。丸く大きな黒い目と青い体色、とがった鼻先の再現度が高い」
「微妙にヤバいですよあの目つき! カタギじゃないって感じ」
「うわ、すっごい。トークネードでバズってるよ! #numadaのサメ で検索かけたらほら」
「ひゃああああ」
思わず変な声が出た。
人形のベッドに寝かされたサメ、テーブルを囲むサメ、ベンチに座ってムーンバックスのスムージィを飲んでるサメ、会議室で会議中のサメ、車の運転をするサメ、パソコンに向うサメ、コタツに入ってるサメ(って今、真夏なのに!)……
これだけたくさんの人がクリスタルレイクビーチでサメのぬいぐるみ買ってるの? 嘘でしょほんと信じられない、これは、もしかして……
「ホワイトシャークの、陰謀?」
ぞわっと腕にさぶいぼが立つ。正解ってことだ。だって、さぶいぼは、ウソをつかない。
『ここで重要なお知らせ。クリスタルレイクビーチショッピングモールでは、この後、numadaのタイムセールが始まっちゃいます! もちろんサメのぬいぐるみもセールの対象商品です。楽しいイベント盛りだくさん。みんな、来てね!』
「こうしちゃいられない!」
ぐっとキャラメルラテを飲み干し、立ち上がる。
「モールに行くよ! ビキニヴァルキリー、出動!」
「Ja!」
ハンマー。弓矢。斧×2! 武器を抱えて走り出す。
『それでは次のニュースです。ワシントンDCに隕石が落下しました』
店を出る直前、ちらっと聞こえた大ニュース。
うわ、さらっと大惨事流した。
#サメ災害 以外の惨事の扱いは軽い軽いものすごく軽い。羽根より軽い。これって他の映画とのタイアップ企画?
とにかく、行こう。モールに行こう!
「遠くの隕石より近くのサメだ」
※
四角い軍用車両が、きぃっとタイヤをきしませて止まる。ここはショッピングモールの駐車場。青地に黄色で書かれた『numada』のロゴがまぶしい。いかにもその場の勢いで思いついたっぽい名前。そしてCGはめこみ合成っぽい看板! そもそも影が入って無い! フォントに影入れるくらい、今どきスマホのアプリでもできちゃうのに。どこまで手を抜くかヒルイラム。
車を降りて、武器を背負った。
お姉ちゃん、すっくと立つ私、そしてシンディ。
三人そろってびしっとポーズを決めてから、サングラスを外す。(あれ、いつからかけてたんだろう?)
「ねえサミィ」
「なぁに、お姉ちゃん?」
「勢いで来ちゃったけど、あのサメってぬいぐるみでしょ? 肌触りのいいフリース生地に
すかさずインカムから流れる渋い声。
『ホワイトシャークは悪魔の化身。古来より悪魔は人形に乗り移って人間を襲って来た。よって、ホワイトシャークがぬいぐるみを利用してもまったく不自然ではないのだ!』
「解説ありがとう、ウミノ博士」
『さすが、おじさん!』
すごい知識だけどこれって海洋学者の守備範囲? 気にしてはいけない。だって博士だもの。
「さあ行こう!」
店の中にダッシュでin。中は白を基調にしたおしゃれな北欧っぽいショールーム。何となくなつかしいのは、きっとデンマークの血が呼びあうから。
そして中央のワゴンの中にみっちりぎっしり山盛りになったサメ。『SNSで大人気! サメのぬいぐるみ』
ぞわっとさぶいぼが立つ。
『シャーク、シャーク、シャーク、シャーク……』
ほら、聞こえてくる、シャークウィスパー。これは絶対、ただのふかふかのぬいぐるみなんかじゃない。
どーんっとハンマーで床をたたく。
「みんな逃げて! ここは危険です!」
店内の人がいっせいにこっちを見る。
「サメから離れて、逃げて!」
沈黙。サメを抱えたり、ショッピングカートに乗せたり、買い物袋に入れたサメを手からさげたり背中に背負ったり……この場にいる人でサメの近くにいない人は一人もいない。
「HAHAHAHAHAHA!」
一斉に笑い出した。ああ、いやぁな予感。
「サメだって!」
「これ、ぬいぐるみですよ!」
「ふっかふかのぬいぐるみ! ほら、こーんなにふっかふか。ふっかふか!」
「numadaのサメちゃん、サイコー!」
「そうじゃなくてですね」
ああ、こう言う時何て言えばいい? ぬいぐるみがモンスター化して襲ってくる? 実はそれは本物のサメなんです? ううん、どっちでもおかしい。信じてもらえない。もうちょっと、こう、説得力のある事を言わないと……
「危険なサメの大群が来るんです! だから、すぐに避難を」
「はぁ? 何言ってんですか」
ヤバいヤバい、私今、墓穴掘った?
『シャークシャークシャークシャーク』
うわぁん、シャークウィスパーがどんどん激しくなってる。これは、来ちゃう、あれが来ちゃう!
「ここはショッピングモールだよ?」
「ああっ、その先を言っちゃだめぇ!」
「こんなとこにサメが来るはずがない!」
『シャァアアアアアク!』
言っちゃった。言ってしまった、禁断の言葉、死の呪文。
言わずにはいられないんだ。だってサメ映画の登場人物だから。そう言う風にできている。呼吸をするのと同じレベルで禁断の言葉を言っちゃうんだ。それがこの人たちの
『シャァアアアアアク! シャークシャーク、シャーアークーッ!』
カッとサメぐるみの目が赤く光る。
背ビレに赤い星が浮かび、布の牙が硬くなる。ぐわっと縫い付けただけの口が開く。ありえないサイズに頭がふくれあがり、ばっくん、と自分を抱える客を丸のみ!
サメぇ〜〜〜ん!
「うわぁあああああああああ」
食った。
ふかふかのぬいぐるみが、人を食った!
「サメだぁああ!」
悪魔サメの本性を現したサメちゃんが、買い物客を襲う! 阿鼻叫喚の大惨事。一人一サメ、ポータブルサメ災害、腕の中の死神。もはや数が多すぎる。大事に抱えているぬいぐるみが、そのままサメになって噛みついてくるんだ。みんな自分の死を持ち運んでるのも同然、距離が。距離が圧倒的に近すぎる。対処できない!
「まにあわない!」
画面の外から血が飛び散る。白いショールームが赤く染まる。このために白いセットにしたのか、素晴らしい悪趣味、だけど今は!
「お姉ちゃん! シンディ!」
「ええ!」
「おお!」
「行くよ。ビキニヴァルキリー、アッセンブル!」
※
泣いている。
小さな女の子が泣いている。暗く狭い四角い箱の中で。
「こわいよう、こわいよう、パパ……ママぁ!」
現実は無慈悲だ。両親は既に靴とスマホを残して消えた。床に飛び散る血痕。食われる直前、二人はとっさに娘を展示されたクローゼットの中に隠したのだ。
少女の頼れるものはもはやただ一つ。両親が最後にプレゼントしたぬいぐるみだけ。
「こわいよ、サメちゃん。こわいよぉ……」
ふかふかの体に顏をうずめる。青い生地は優しく涙をうけいれる。寄る辺ない少女にとっては、サメが涙をふいてくれるような気がした。
「たすけてぇ……」
ガチャリ。とつぜんクローゼットが開いた。
「まぶしい……」
「もう大丈夫、助けに来たよ!」
救い主は三人のビキニを着た
「さあ、こっちへ……」
ぐずぐず鼻をすすりながら女の子はクローゼットを出る。
「っ!」
金髪ポニーテールのヴァルキリーが息をのむ。
「そのサメは危険だ! すぐに捨てて!」
女の子は大粒の涙を流して、首を横に振った。強く。強く!
「ちがうもん! おともだちだもん!」
※
ああっ!
これ知ってる、私、知ってる。
ヒルイラムお得意の!
このままじゃ、あの女の子は食べられちゃう。
さすがに食べられる瞬間は写されないけど、画面の外からびしゃあって血が飛び散るんだ。
観客からは見えない、だけど私は見てしまう。目の前で、あの子が無惨に食べられるのを。
それなのに、あぁそれなのに、女の子はますますサメを強く抱きしめる。決定的瞬間が、どんどん近づいている。
「このこは、わたしの、たいせつなおともだち!」
うわぁこの脚本家、持ち上げて落とすつもりだ。
『シャーク、シャーク、シャーク、シャーク!』
高まるシャークウィスパー。いやだ、そんなの絶対にいやだ!
このままサメ映画のお約束に流されていいのか?
ぎゅんっとものすごい勢いで思考が加速する。
胸のペンダントが熱い。
ぬいぐるみは子どものおともだち。人形遊びやままごとで、子どもの望む役割を演じる。何かで読んだことがある。雛人形は子どもの成長を願って不運を避けるために飾るんだって。人形に神様を降ろして、子どもが一緒に遊ぶための物だとも。
えーとえーと何だっけ、
だから。
だから。
この子が友だちだと言うのなら、このサメはともだちなんだ!
サメの目が光る。背後から別のサメが近づいている。しかも特Lサイズ。
「あぶないっ!」
ばしぃん!
背ビレに浮かぶ逆さまの赤い星が、弾け飛ぶ!
サメぇん!
実体化したサメが、幼い少女に襲いかかる。
サメぇん!
しかし、少女の抱えたサメが口を開けて、襲ってきたサメを丸のみした!
「助けた?」
「サメが、人を助けた?」
びちびちとしっぽを振る青いサメを、女の子はぎゅっと抱きしめる。
「だって、このこはおともだちだもん!」
うそ。
今、何が起きたの?
こうなったらいいな、と思った。
そうなった。
私が、映画を、変えた。