よろしいサメを倒すんだ!

文字数 7,993文字

 どぉんっ!
 轟音、震動、衝撃、因縁に凝り固まった古い屋敷をゆさぶる。コーヒーが、カップの中で震える。
「もしかして、その井戸って」
 ビュイーイン!
 心臓が縮み上がる。人の不安をかきたてる警告音。スマホから鳴り響く!
「何っ、警報?」
「大水警報だ」
「おお、ほんとうだ」
「うっそ、アームストロングさん最新式?」
「画面が大きくて見やすいんじゃよ」
 地震以外に大水でも警報は鳴る、と。初めて知った。
「うっわあ、いつのまにかすっごい雨」
「ひゃっ、水っ、水だっ」
 ドアのすき間からちょろちょろと水が流れてる。磯の香り。
「まさか、地下室の井戸って」
「おお、海につながっておる」
 ざわっとさぶいぼが立つ。予感。
「お姉ちゃん、危ないっ」
 とっさに飛びつく。

 サメぇーんっ!

 ドアを破ってサメが! 普通サイズのサメが飛び込んできた! 額には逆さの五芒星がくっきりと赤く。赤く刻まれている。あれ知ってる、ホラー映画でよく見るやつだ! がぶりと噛みつく顎は空振り、ついさっきまでお姉ちゃんのいた場所を牙が噛む。代わりに食われたのは、私の帽子。危なかった、帽子が無かったらたぶん頭食われてた。どう言う理屈でそうなるのかは知らないけど、とにかく心で理解した。
 サメはドアに挟まったまま、じたばたしている。
「何なんだこれ!」
「悪魔の下僕じゃ! ホワイトシャークめ、まだ本体がここまで来るほどの力は無いから手下を送り込んで来たんじゃ!」
「なるほど、ちょっと安心した!」
「サミィ、危ない」
「おっと」
 サメが暴れる。フカヒレがかすめる。やっば、こっちはビキニなんだ、鮫肌でこすられたらたいへんだ!
 しかも小さい分、機動力がアップしてる。ドアに挟まってたサメは今にも抜け出しそうだ。早く、何とかしないと。脱出しないと。どこか逃げ道は……ああ、ドアの脇の壁にメキメキビキバキとヒビが入ってる。どーん、どーんっと何かが体をぶつけてる気配がする。床に染み出した海水に波紋が広がる。ひっくり返ったカップ……ってやっべーいっ! スポンサー様のコーヒーが失われた!
『シャーク、シャーク、シャーク、シャーク、シャーク!』
 サメウィスパーにあわせて何かが吠える。

 ぐぉおおおう!
 がおー!

 ドアの向こうで何かが吠えてる。

 がおー!
 がおー!
 がおぉおん!

 サメ映画のお約束。サメ映画のサメは、吠える。
 だから、わかる。姿は見えなくてもわかってしまう。

「もうダメだ、ドアの向こうは、サメで一杯なんだ……」
「おじょうさん、あんた方はわしを置いて逃げなされ」
 はっ!
 アームストロングさんの手に貼ったばんそうこうがはがれてる。そして、衝撃で開いた傷口から血が流れていた。
 いつから?
 ああ、もう、どたばたしすぎてわかんない。多分、いつ出血していても不思議はない。サメは血に敏感だ。ちょっとの出血でも、かぎつけて襲ってくる。
「あいつらは、わしの。アームストロング家の血を追ってくるのじゃ!」
「そこまで考えてるわけないでしょ! ホワイトシャーク本体ならともかく、あいつらはただのサメですよサメ! 目の前に獲物がいたら襲ってくる、それだけです!」
 実際、CGも他のサメ映画の使い回しだし。ドアから顏出してるやつはこれ、ブリザードジョーズで使ってたホオジロザメだし。
「つまり普通に危ないって訳ですよやだもーっ」

 ピンチ。
 窓に行くには、ドアからつき出したサメの前を通らなきゃいけない。
 唯一、敵がいない方向は鉄の壁。
 いや、待てよ。ここにあるの、全部、武器だ。武器なんだ。
「お姉ちゃん、下がって」
「サミィ?」
 サメ映画のビキニ美女は、サメに立ち向かったりしない。さっきのお姉ちゃんも逃げようとしなかった。食べに来るのを待っていた。
 サメ映画世界の法則の、外側から来た人間が干渉しない限りは、脚本で設定された以上の行動はとらない。それがこの世界の掟!
 私は違う。
 私は戦う。
 私なら、戦える。
「武器……」
 どれだ。サメをぶっ飛ばすのに最適な武器は。これだけ数が多いと迷う。

 シャリーン!

 きれいな音。
 消えずにそのまま高まって行く。

 キィイイイイイイ……

 どこだ。この音はどこから聞こえる?
「あれだ!」
 それは、巨大なハンマーだった。ヘッドは四角い鉄の塊、反対側は尖ってる。鍛冶屋さんが使うような、ごっつい両手持ちのハンマー。
「これは!」
 そのヘッドには、見覚えのある紋様が浮かび上がっていたからだ。
 縦線に横に飛び出した三角の突起。これ、見た。ついさっき。
「ソーン。雷神トールのルーン!」
 手を伸ばす。
 共鳴。
 胸元のサメの歯のペンダントが震えている。鈴のような音を奏でる。赤い印が輝く。
 まるで向こうから吸い付いてくるように、重たいはずのハンマーが軽々と手の中に滑り込んだ。まちがいない。
「おじょうさん、無茶だ! もっと軽いものを」
「いいえ。これは、私の武器」
 足を踏ん張る。 
「えぇえいっ!」
 周囲の動きか止まる。
 私は動く。
 動いているのは私だけ。
 きれいな半円の軌道を描いて、ドアから飛び出すサメを、正面から、たたきつぶす!

 ぐじゃあ!

 そして時が動き出す。
 サメは勢いで吹っ飛び、ドアの向こうへ。押し寄せていた下僕サメが群がり、がつがつがつと食い尽くした。あいつら仲間意識は無いんだ。
「すごいっ!」
「私、ほこり高いバイキングの末裔だから!」
「そうなのっ?」
「そうよ、確かおばあちゃんはデンマーク出身だった」
「あの温厚そうなおばあちゃんが?」

 脳内に、ぱぱっと記憶が閃く。iPhoneで北欧メタルをがんがんにかけるおばあちゃんの姿が。
「やっぱり故郷の音楽は最高だね、ウーラーっ!」

「ロックだ……」
「私の本名、キアステンだし」
「キャサリンじゃないの!?
「私はサーガ」
「サマンサじゃなくてっ?」
 たった今、そう言うことになりました。
「知らなかった……20年つきあってて知らなかった」
 びしっとスレッジハンマーをつきつける。
「宣戦布告だ。私は、もう、お前たちから逃げない!」
 びったん! 尾びれで床をたたいてサメがジャンプ! 逆さの五芒星が目の真ん中に刻印されたシュモクザメだ!
「おりゃあ!」
 ぐしゃあっと頭をつぶされて吹っ飛んだ。
「あたしも戦う!」
「シンディ!」
 褐色の筋肉を盛り上がらせたビーチの守護女神。筋肉の力でサメを一撃で沈めた。両手で抱えているのは……
「……それ消火器」
「消防士の娘だからね!」
「あっ、あぶない、またきた!」
「しつこいぞっこのサメ野郎!」
 シュモクザメの死体をとびこえて襲ってきたレモンザメ。その黄色い顏にアメリカ映画でおなじみの、非常用赤い斧(マスターキー)をたたき込む!
「くたばれ化け物!」
 飛び散る血! 人間じゃないから多分OK! しかしサメはもう一匹いた。皿のようにぐるんぐるんした大きな目が特徴のアオザメ。こいつはジャンプが得意なんだ! シュモクザメを飛び越えて襲ってくる。
「しまった!」
「シンディ、危ない!」
 
 びゅん。
 びゅんっ!
 矢が飛んできた。二本続けて。サメの目を射貫いた。落ちたところをすかさずハンマーと消火器でめった打ち!
「ウーラァアア!」

 ミンチにした。

「ありがとう、お姉ちゃん!」
 次の矢をつがえながらお姉ちゃんはにっこり。
 見交わして、私もにっこり、シンディもにっこり。
「私も誇り高きバイキングの末裔だからね!」
 輝いてる。二人の身に着けたサメの歯のお守りが、私のと共鳴してる。
 胸が熱い。
 手が熱い。
 体が熱い。
 全身の血が沸騰しそう。

「おおお、おおおお! 古き言い伝えは真であったかーっ」
「言い伝え?」
「うむ。我が一族に代々伝えられた伝説じゃ」
 伝えられた伝説って二重表現なんじゃあ。
 アームストロングさんが革表紙の本を開く。何故かそこだけ、鉛筆で描きこんだような挿し絵が出た。
「いつか青きサメの牙を身に着けた乙女が過去の過ちを正し、世界を救うと!」
「そのページさっきはありませんでしたよね、今できましたよね! あとイラストのタッチが微妙にヤバい、しかられる!」
 
 ぐぉおおおう!

「しまった、新手のサメだ!」
 正面からの第一波を撃破したから油断してた! 今や退路は二つ。背後の窓から飛び出すか、それとも壊れたドアに特攻するか。
 ってあれ? 窓とドアの配置が微妙に変わってない?
 気にしてはいけない、サメ映画ではよくあることだ。
 ドアに刺さってたサメをぶっ殺したから、部屋の配置が変わって窓から『も』逃げられるようになったんだ。

 サメ映画のお約束。あらゆる障害はサメの形でやってくる。

 ドアが開かない? よろしい、サメを倒せ。
 火事だ! よろしい、サメを倒せ。
 肩こりだ、頭痛だ! よろしい、サメを倒せ。
 彼氏が欲しい! よろしい、サメを倒せ!
 いっけなーい、遅刻、遅刻! よろしい、サメを倒せ!
 ウソ、私の年収低すぎ? よろしい、サメを倒せ!

 とにかく、サメさえどーにかすればあらゆる問題は解決する。
 ゾンビ映画ならゾンビ。殺人鬼(スラッシャー)映画なら殺人鬼。サメ映画だからサメ。
 今回はサメがいて窓から出られなかったのが、サメを倒して移動できるようになった。
 どうする? すぐに屋敷から出られる窓か。サメだらけの玄関ホールに通じるドアか。どっちだ?
「窓……?」
 待って待ってちょっと待って!
 この家は確か、岬の崖っぷちにあった。窓の外は(ちいさな裏庭くらいはあるかもしれないけど)すぐ海。うかつに窓辺に立ったら、サメが来る。きっと来る。
 普通は来ないけど、これはサメ映画だから、来る。

 危ない、あやうくシナリオライターの罠にはまるところだった!

「安易な道に走ってはいけないんだ……私はほこり高きバイキングの末裔。バイキングは逃げない」
 ハンマーを握り、前に出る。ドアの向こうでサメが吠える。
「敵を打って、前に出る!」
「Ja!」
「Yeah!」
 お姉ちゃんとシンディが横に立つ。三人一緒なら恐くない。迷いは無い。
「アームストロングさん、私たちから離れないで!」
「おう!」
「本も忘れずに」
「おお、いかんいかん」
「それ大事な手がかりだから! 絶対忘れないで!」
「サミィ、来るわ!」
 おおっと。
 びゅん。弓弦が鳴り、三匹のサメが頭を貫かれる。すごい、お姉ちゃんいっぺんに三本矢を撃った!
「映画で覚えたのよ」
「なるほど!」
 シンディがサメを刻む。刻む。非常用の赤い斧(エマージェンシーアックス)の二刀流でザクザクと景気良く! 斧だけど二刀流。
「すごい、急所を一撃だ!」
「ライフセイバーだからね!」
 救いかたをしってるってことは、殺しかたも知ってるってことなんだ……。

 ガオー!

 雑魚サメが仲間の死体に群がりがつがつむさぼる中、一際大きなサメが飛び出した。上の尾びれが長く脇腹に縞模様のあるイタチザメ。鼻先にくっきり刻印された赤い逆さの五芒星は悪魔と契約した印。そして……
「貴様らの、弱点だ!」
 今決めた。そう決めた。
 悪魔の赤い星めがけて、ハンマーを叩きつける! ぐしゃり、手応えあり! サメの頭が潰れる。全身を包む禍々しいオーラが消えて、勢い良く吹っ飛んだ。もう、あいつはただのサメ。カマボコの材料! 
 馴染んできた。ハンマーが手に馴染んで、もう握ってるって意識すらなかった。
「これが、バトル馴れってやつか!」
 サメウェーブがとぎれる。
「今だ!」
 玄関ホールへ飛び出した。
 
 サメぇ〜ん。
 突然のサメ!
「ああっ二階からサメが!」
「心配いらん、木彫りじゃ!」
 顎が動く。
 ハンマーを下から振り上げ、勢いで飛び上がる!
「ウラァ!」
 ごしゃあ! 下あごを上に、腹を見せてオオメジロザメが吹っ飛ぶ。
「あぶない所だった」
 動かない彫像は無い。むしろ彫像があったら動く。

 ごぼおっ!

 玄関ホールに開いた真っ黒な穴から、海水とサメが吹き上がる。井戸からサメがわいてくる。後から後から。後から後から!
 サメの噴水だ。間欠泉だ。チョコレートファウンテンだ!
「おお神様、家の中はサメでいっぱいじゃあ」
 恐怖のサメサメわんこそば、もしくはサメサメ回転寿司。
 倒しても倒してもキリが無い。
 考えろ、考えるんだサミィ。この場でサメ映画世界の法則を知っているのは私だけ。お姉ちゃんもシンディもアームストロングおじいちゃんも、サメ映画世界の常識にとらわれている。

 サメがいるから屋敷から出られない。
 よろしい、サメを倒すんだ。

 サメはどこから来る?
 玄関ホールの床に開いた真っ黒な穴、その下の井戸からわいてくる。海につながる、地下室の井戸から。
「よし、井戸をふさごう」
「どうやって?」
「えーっと、えーっと……」
 井戸から吹き上がる水で、家の中は床上浸水。屋敷のあちこちに置かれていた物がぷかぷか流されてきてる。網、ブイ、操舵輪、浮輪……あっ!
「やっぱりあった、酸素ボンベ!」
 サメ退治のお約束。本来ならそう派手に爆発するものじゃない。だけどここはサメ映画の世界。サメ映画物理に従い、酸素ボンベは大爆発する。そう決まっている。
「シンディ、あのボンベを穴に投げ込んで! お姉ちゃん、火矢を作って、ボンベを打って」
「わかったわ」
「よし、まかせろ!」
「アームストロングさん、お酒とハンカチとマッチ貸してください」
「ささ、これを使いなされ」
 やっぱり持ってた、さすが海の男。しかも雨ガッパのポケットに入ってたから濡れてない! 完ぺき。
 お姉ちゃんが受け取り裂いたハンカチにお酒を浸す。矢の先端に巻き付け、マッチを吸って近づけると、燃えた。
「よし、じゃあ始めるぞ!」
 シンディが軽々と酸素ボンベをかついで穴に向かう……その時、サメの牙が光った。最初に私のペンダント、次にシンディ。
「!」
 シンディがはっと身構えた瞬間、穴からサメが飛び出す。
「あぶない!」 
「これでも食らえ、化け物!」
 シンディは酸素ボンベを縦にしてサメの口に突っ込んだ。つっかえ棒になって、サメは口を閉じられない。

 アガーッ!

「飛んでけーっ!」
 もがくサメを、フルスイングでぶっ飛ばす! でかい図体が災いした。酸素ボンベをくわえたサメは、他のサメを道連れにして落ちて行く。ぽっかりと口を開ける地獄のサメ井戸に向かって!
「食らえ!」
 お姉ちゃんが弓を射る。
 命中!
 燃える矢がボンベに突き刺さる。さすがサメ映画世界。物理法則完全無視!
 と。
 横からひょいっとアームストロングさんが穴をのぞきこむ。
「おまけじゃ」
 投げ込んだのは火のついたダイナマイト。
「あるんなら最初っから出してくださいよーっ!」
「すまんのぉ、年をとるどうしても忘れっぽくなってのぉ」
「いいから、逃げるぞ!」
「あぶないから! もうすぐ爆発するから!」

 サメが落ちて行く。
 火矢の突き刺さった酸素ボンベと火のついたダイナマイトをくわえて。
 もう、私たちをさえぎるものはない。
「ウラァッ!」
 ドアをハンマーでぶち破り、飛び出した。
「走って!」
 直後に大爆発!
「伏せて!」
 屋敷の中は渦巻く炎で満たされ、窓が内側から外側に吹っ飛ぶ。屋根をぶち破る盛大な水柱。
「やったぁ!」
 ぼたぼた飛び散るサメの焼き肉。
「見たか、ホワイトシャーク!」
 波間に浮かぶ白い影。そうだ、奴はずっとそこでまちかまえていた。安易に窓から飛び出すであろう私たちを飲み込むために……。

 ざばぁ!

 跳ねる。
 跳ねる。
 ホワイトシャークが跳ね上がる。
「こんのぉ……」
 胸が熱い。体が熱い。私、今光ってる。青い光に包まれてる。
 崖を蹴って飛び上がり、いまやすっかり我が身の一部となった巨大ハンマーを振り上げた。
「調子に乗るなよ、貴様ぁ!」
 襲いかかる白いサメ。額に空いた穴二つ。
 つき出した鼻先を、殴る! そこはロレンチーニ器官。ゼリー状の流動体に満たされた、サメの最も敏感な感覚器官だ。

 ぐわぁおお!

「海に帰れ!」
 もういっちょ、殴る!

 ごいーん!

 火花が散る。
 青い火花が。
 巨大な白いサメに比べれば、あまりに小さな私のちっぽけな一打。
 だけど、効いた。
 手応えがあった。

 がちん!

 ホワイトシャークの顎が閉じる。残念でした、おあいにくさま。ビキニ娘を食べそこなったね。

 あががーっ 
 
 悔しそうに吠えて、尻尾で崖を一撃。海に落ちる。負けサメの遠吠えだ。
 一方で私は崖っぷちに着地。やったね!
 だけどたいへん、足が地面に触れると同時に青い光が消えた!
「あわ、あわわーっ」
 崖っぷちにもほどがある。落ちる落ちる!
「あぶないサミィ!」
 お姉ちゃんが後ろから抱きとめてくれた。
「あ、ありがとう……」
「こっちよ」
 誘導されて、無事に安定した地面にたどり着く。
 よく見たらシンディがお姉ちゃんをつかんで、さらにお姉ちゃんが私を抱きとめてくれていたんだ。
 そうだよね、ハンマー込みだったもんね、重いよね。ほんとにあぶなかった。
「あぶなかったのぉ、おじょうさん」
 アームストロングさんも無事。

 そう、本当に、危なかったんだ。
 本来なら絶対、さっきのシーンで私か、お姉ちゃんかシンディか、アームストロングさんの誰かが食べられてた。
 あるいは全員か。
 やったぞ。勝ち抜いた。脚本家の罠を(って言うかそれが元々のシナリオなんだろうけど)打ち破った! かーなーり力技だけど。
 だけど、ホワイトシャークもただでは帰っていなかった。
「何てこと」
 車が。私たちの乗ってきた赤いSUVが、ぺしゃんこにつぶれている。悔しまぎれにあいつのはね飛ばした大岩で!
「やられた」
 移動力が大幅にダウン。致命的打撃。
 ぐぉん!
 轟音。水たまりを蹴散らして(そういえば雨が降っていた)カニみたいにひらべったい四角い車体の高機動車が走ってくる。
「車!」
 私たちの目の前で止まり、ドアが開いた。
「サミィ!」
 眼鏡、おかっぱ、そばかす!
「ベッキーちゃん! どうして、ここに?」
「おじさんの手伝いで……」
 運転席に、記念館でちらっと見かけた背の高いごっつい男の人が座っている。
「おお、ウミノ博士ではないか!」
「え、アームストロングさん知りあい?」
 共に死闘を乗り越えた私たちは、すでに身内も同然。ベッキーちゃんがうなずく。
「海洋学者だからね!」
「なるほど、そうか!」
 調査で聞き込みしてきたとか取材したとか多分そう言う関係なんだけどサメ映画だからこれでおっけー。問題無し。
 サメ映画だから。

 サメ映画なのに。
「どうしよう」
 ぎゅっとハンマーの柄をにぎる。
「サメに、勝っちゃった」
 ビキニ娘なのに。サメとガチバトルして勝っちゃった。世界の法則にまっこうから組み付いて、ひっくり返しちゃった。番狂わせにもほどがある。動画配信ならコメントで画面が埋まるレベル。

 ごろごろ、どどぉん。

 雷鳴がとどろく。
 低く、鈍く。

 あれは本当に、雷?
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登場人物紹介

鰐口ささめ
16歳、サメ映画大好きJK。炎天下の強制ボランティアで熱中症に倒れ、見捨てられ、その死は隠匿される。
無惨な前世を救済すべくお地蔵様の慈悲により金髪ビキニ娘サミィとして転生するが、そこはサメ映画の世界だった。
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キャシィ
サミィの姉。グラマーな金髪美女。アメリカの大学生。妹をでき愛するお姉ちゃん。

彼氏に二股をかけられたあげく一方的に別れを告げられ、傷心を癒すべく妹と幼なじみのシンディと共にクリスタルレイクビーチにやってきた。

イメージアイコンは とびはねメーカー で作りました。

シンディ
キャシィとサミィ姉妹の隣に住む。姉妹とは幼なじみ。鍛え上げた体とライフセイバーの資格を持つ男気のある姐さん。
父親は消防士。
傷心のキャシィを案じて二人をクリスタルレイクビーチに誘う。

待ち受ける災厄を知る由もなかった。

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