ネ申降臨

文字数 4,624文字

 その瞬間、全てが停止した。
「ちょーっとちょっとちょっと、ちょーっと! タンマタンマ、ちょっと待ちなさいって!」
 頭の中にだれかが直接話しかけてくる。
「そんなのあり? ジョーダンでしょう! よくない、よくない、たいへんよろしくなーいっ」
「……ダレ?」
 声は足下から聞こえてくる。直に話しかけてるんだけど、何かそっちから聞こえる。つまり、ホワイトシャークだ。
「サメがしゃべったぁあああ!」
「落ち着け金髪ビキニその3! 私は、脚本家(かみ)だ!」
「あ、やっぱりそう言う役名なんだ、私」


「そうだ、金髪ビキニその3。お前は、世界の掟を狂わせた」
「………はい?」
「ビキニ娘がサメを倒すなどあってはならないことなのだ!」
「知るか! 私には……バイキングの末裔サーガには、守りたいものがあるんだ!」
「知るか! いいか、よく聞け水玉ビキニ。お前が守りたいそいつら……赤ビキニと水色ビキニ、眼鏡ギーク、謎じじぃ! 全て、俺がさらさらーっと深く考えずに脚本に書いた1〜2行の走り書きに従ってそう言う風に動いてるにすぎないんだよぉ。それなのに。お前ときたらどんっどん勝手に設定増やしやがって。お前のせいで! 登場人物が変わってんだよ。眼鏡ギークなんざ、性別まで変えやがった!」
「そうなの?」
 ベッキーちゃん、男の子だったんだ!
「そうなの、じゃねぇよ! 本来はあの眼鏡ギーク少年とマッチョ海洋学者が主役だったんだ」
「あ、それっぽい。ってか大作映画にそんな感じの組み合せあったような」
「だーかーらーっ、そこは追求せんでよろっしい! お前は眼鏡ギークと再会して、ちょっといい雰囲気になった直後に惨たらしくサメに食われるはずだったんだ。引っ込み思案な少年がサメと戦う決心をするきっかけになるだけだったんだ!」
「つまり記念館のシーンででホワイトシャークに食われて退場予定だった、と」
「そう、そこ! わかってんじゃねーか! なのに、自分でハンマーかついで戦いやがって。挙げ句伝説の戦士だ? ビキニヴァルキリーだ? 冗談じゃねぇ、お前のせいで映画が予想外の方向に突っ走ってるんだよ! 暴走してるんだよぉおおお!」
「暴走じゃない。私が望んだ。私が願った。その結果だ。それにゼロから作ったんじゃあない。萌芽はあった。それを伸ばして、花開くまで導いただけ!」
「だーっ、叙事詩的に言えば押し切れると思ってんだろこの中二病が!」
「残念でした、こちとらリアル高二病だ! ビキニ舐めんな!」
「そう、ビキニだよビキニ! ビ、キ、ニ! だいたい、映画開始後十分以内にお前ら三人とも食われてる予定だったんだぞ! あ、監督は水色ビキニは戦士枠で残してもいいって言ってたけどな」
「なるほど、よっくわかった。わかりました。私は映画に干渉して、勝手にキャラ設定や内容を変えてる、それがけしからんってことですね?」
「その、通り! わかってんじゃないか、苺ビキニ!」
「だけど、あなたたちのやってることと、どう違いがあるんですか? 脚本を現場で変更とかよくあることでしょ! あなただってさっき、監督がシンディの役を戦士枠にしようとしてたじゃない!」
「あ、う、それは」
 うろたえた。図星だ。
「映画ってそーゆーもんだから」
「だったら! 私が変更したっていいよね。私はチート(そーゆー)能力を持ってるんだから!」
「よくない! ぜんっぜんよくなーいっ」
 神のサメ(ホワイトシャーク)は逆ギレした。大人げない。
「だいったいお前、何でおとなしく食われないんだよ! 食われてもすぐに別の役柄で映画に再登場するんだぞ。このすばらしいサメ映画輪廻システムになぜ抗う?」
「だって死んだらリセットされるでしょ、私は私じゃなくなっちゃうんでしょ。それがイヤなんだっつの! わかれよ!」
「わからん! いいからおとなしく食われろよ、たかがビキニ娘のくせに!」
「うるさい、私は今を守りたいんだ。そんな風に押し付けて、怒鳴って、脅す奴らのせいで前世の私は……鰐口ささめは、死んだんだ。その記憶と悲しみは今も消えない。だから決めた。私は決めたんだ。もう二度と流されない。屈しないぞ! 娘の一挙一動をことごとく否定して蔑んで、バカにして、お前はバカで不幸な出来損ないだと罵ってその癖バイト代をたかってソシャゲの課金に突っ込む母親と、娘の存在を無視して世間体ばかりとりつくろう父親に比べたら……鰐口ささめを取り巻いていた現実に比べたら、お姉ちゃんもシンディもベッキーちゃんもウミノ博士もアームストロングおじいちゃんも、れっきとした血の通った人間だ! 守る価値はある。私が決めた! 私が望んだ! 文句あるか?」
「大ありだ! 空気読めよ、金髪ビキニの分際で」
「やなこった、ただのビキニと思うなよ!」
「だーかーらめんどくさいんだよ! 観客の視点と認識を持った奴が登場人物として映画の中にいるからーっ!」
「あ、やっぱりそう言うことなんだ」
「何お前わかってなかったの?」
「何となく? そんな気はしてました。今確信した」
「っかーっ! 勘弁してくれぇええっ! こーんなっあいまいな未成年一人のせいでっホワイトシャークはたいへんだよっ!」
「へ? それって白い巨大サメがってこと? それとも、映画そのものってこと?」
「お前自分が何したかわかってねぇだろぉおっ」

 どぉおん!

 海の彼方から不気味な轟音が響く。夜空を不吉な黄色の稲妻が走る。下から上へ。上から下へ。
「何、あれ」
 それは稲妻と呼ぶにはあまりに大きく、長く、くっきりとしている。決して消えず、空のみならず海面にも不吉なひび割れが広がってる。
「何これ、空が……海が、割れる?」
「その通りだよぉおっ! お前が! 無茶苦茶なことするからっ! 映画(せかい)が終わっちまうんだよお!」
「うわあ、そーゆー大事なことを、全く動きの無い会話シーンで延々と説明してくのすごくサメ映画っぽい! って言うか! あなた神様なんでしょ?」
「神にも逆らえない物があるんだよ! スポンサー様とか! 会社の偉い人とか!」
「身もフタもなーい!」
「それがサメ映画だから!」
 意味の無いようなあるような言い争いをしてる間にビキビキメキメキとひび割れが広がって、ぱっきーん! っと海が。空が割れた。劣化したプラスチックみたいに割れて、とがった欠片が吹っ飛んだ。
「うお、ほんとに割れた!?
「来た来た来たぁああっ!」
 割れた空の向こうから、巨大なサメが。この距離であれだけのサイズに見えるんだからそりゃあもう、既に世界規模で巨大なサメが、ぬうっと入って来る。
「アポカリプス・シャークだあ!」
「世界の終わりも、サメなんだ」
「とーぜんだろっ! サメ映画なんだから! 災厄は全て、サメの形をしてるんだよぉおっ! それが世界的真実なの!」
 なるほど納得した。
「でもどうして、そんな事に?」
「お前だよ! 冒頭5分で」
「さっきの半分になった!」
「冒頭5分でサメに食われるはずのビキニ娘が! よりによってサメ退治のヒーローだと! ビキニヴァルキリーだと! ふざけんな! そんなの有り得ない! しかもホワイトシャーク(ラスボス)を封印しやがった。お前のせいで、世界の法則が狂っちまったんだよ! だーかーらーあいつがやってきたんだ! あいつの目的はただ一つ、法則の狂った世界を食って、食って、食い尽くすことだ!」
「うわっ、この映画まるごと無かったことにする気だな!」
 狂ってるのはどっちだ。負けない。負けてたまるか。こんな押し付け、不許可だ。絶対受け入れない、認めない。
「私はサーガ、誇り高きヴァイキングの末裔、そして最強のサメ退治ヒーローチーム『ビキニヴァルキリーズ』のメンバー……」
「だーっ、まーた勝手な設定でっちあげやがって! やめて、お願いだからやめて! ほら破滅のサメがスピードアップしてる!」

 もはや地球規模で巨大な背ビレが海を割って近づいてくる。くすんだ緑がかった灰色で、先端が白い。
 アポカリプス・シャークはホホジロザメでもタイガーシャークでもアオザメでもなく、ヨゴレだった。渋い選択。ここに来るまでに目ぼしいサメCGのストックを使い切ったか。画素が粗くなってきたのか、輪郭が微妙にカクカク歪んでる。
「見ろ、見ろ、ぜーんぶお前のせいだかんな! 世界はお前の存在なんか望んでいないんだよわかれ! お前なんかどうでもいいんだよ! お前が何をしたって世界は変わらないんだ、無力な存在なんだよ、おとなしくサメに食われろ!」
「言ってることが矛盾だらけでツッコミが追いつかないんですけど」
 こいつ、ウソを言っている。
 わかった、わかった、わかっちゃったぞ!
「世界が法則をねじまげて、あーんな怪物まで呼び出して私を消そうとしてるのは、私の行動が実際に映画を変えてるからだよね。あなたさっきそう言ったよね。それって凄いことだよね」
「うぐぐ」
「私は、無力じゃない」
「ふぐぅっ」
「それこそ、神をも越える存在が手を下すくらいのせっぱ詰まった事態になってるんだ」
「あうあうあうあうあー」
「何度でも言う。私は、無力じゃない。私は実際世界を変えている」
 確信が深まる。ホワイトシャーク=脚本家が動揺している。
「私の存在を世界が望まない? だったら世界を壊して、変えてやる」
「わぁああん、怖いことサラっと言いやがったよこの子はーっ!」
「別キャラで別の人生送ったって意味ないんだよわかれ。私が私でなくなって、お姉ちゃんがお姉ちゃんじゃなくなったら意味ないんだよ。私は今の人生がいいの。他のはイヤなの。わかった? だから戦う。邪魔すんな、ひっこんでろ!」
「うげえっ、お前の発想は、お前の思考はっサメ映画世界の登場人物には許せない発想だあっ」

 これだけとち狂ってる場面でも、一つだけ揺るがない真実がある。
 古来、日本の節分では全ての災厄は鬼の姿をとってやって来た。鬼を追い払えば、災厄は退けられると。
 サメ映画では、全ての災厄はサメの形をとって現れる。悪魔の呪いも、世界の破滅も。
 そう、全てはサメのせいなんだ。
 明けない夜は無い。切れないサメは無い。

 世界が破滅する? よろしい、サメを倒すんだ!

「世界は終わらせない。だって私、サメ映画、好きだもの!」
「金髪ビキニ3!」
 ここまで延々と『サメ映画のお約束中のお約束、ぱっと見無意味な堂々巡りの言い争い』を繰り広げてきて、気づいちゃったことがある。
 ホワイトシャークがくり返し言ってることがある。
 何故、私を消そうとしていたのか。何故こんなに必死になって私の存在を排除しようとしたのか。
 その理由、本音がわかった。
「あなただって、終わらせたくないんでしょ? だから私を消そうとした」
「何故それを!」
「これだけしつこく言われたらだれだってわかる。私だってわかるよ!」
「うむむむ、鋭い。鋭いな苺ビキニ!」
「だけど今、破滅のサメがそこにいる……」
 間をすっ飛ばせ。一気に自分の望む結論を言い切れ。それがサメ映画で生き抜く道。
 サメ映画生存道!
「私たちの目的は同じだ。一緒に戦おう、ホワイトシャーク!」

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登場人物紹介

鰐口ささめ
16歳、サメ映画大好きJK。炎天下の強制ボランティアで熱中症に倒れ、見捨てられ、その死は隠匿される。
無惨な前世を救済すべくお地蔵様の慈悲により金髪ビキニ娘サミィとして転生するが、そこはサメ映画の世界だった。
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キャシィ
サミィの姉。グラマーな金髪美女。アメリカの大学生。妹をでき愛するお姉ちゃん。

彼氏に二股をかけられたあげく一方的に別れを告げられ、傷心を癒すべく妹と幼なじみのシンディと共にクリスタルレイクビーチにやってきた。

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シンディ
キャシィとサミィ姉妹の隣に住む。姉妹とは幼なじみ。鍛え上げた体とライフセイバーの資格を持つ男気のある姐さん。
父親は消防士。
傷心のキャシィを案じて二人をクリスタルレイクビーチに誘う。

待ち受ける災厄を知る由もなかった。

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