大惨事ですがビーチフェスティバルは予定通り開催

文字数 5,769文字

 私、サミィ。アメリカのJK、16歳。二股かけた上に浮気した最低彼氏と別れて傷心のお姉ちゃんを元気づけるため、幼なじみのシンディと三人で海辺の町、クリスタルレイクビーチにヴァカンスに来たの。でも初日に巨大な白いサメがサーファーを丸のみする瞬間を目撃しちゃって大ショック。
「見て、あれ、サメが! 巨大なサメがががががアババババうばばばおぼぼぼぼ、ささささめめめっがあああっ」
 必死に訴えてるのに、だれも信じてくれない。
「あらあら、怖い夢を見たのね」
「よしよし、あたしたちがついてるから怖くないよ」
 ああっ、もう二人とも子供扱いしないでっ! 夢でも幻でもないの、お願い私の話を聞いて!
(ここがサメ映画の世界だと私だけが知っている)
 しかも私が着てるはビキニ。お姉ちゃんもビキニ。シンディもビキニ。着替えようとしてもビキニ以外の服を持ってない!
「ウソっ、私の生存率、低すぎ!」
 ちょっと気を抜いた瞬間に波打ち際に強制移動、笑顔で駆けてくるマッチョメン、喧嘩を売ってくる意地悪チアリーダー、便乗するどクズの元彼!
 サメ映画でやっちゃいけないアレコレがお手手つないで全力ダッシュで駆けてくる。

 怒濤のフラグフラグフラグラッシュの全部乗せ、このままじゃサメに食べられちゃう。だってここはサメ映画の世界で、私は金髪、衣裳はビキニだもの! きっとシナリオ上の表記は「ビキニ1、2、3」の「ビキニ3」、もしくは「水玉ビキニ」。消えても誰も気にしない。運が良ければ主人公の友達ポジションで回想シーンがワンチャン?
 冗談じゃない、せっかく転生したのに、死んでたまるかーっ!
 前世でたくわえた豊富なサメ映画知識を駆使してあの手この手で死亡フラグを回避。ビキニ娘の墓場ことビーチから遠ざかるのに成功したんだけど……。

 甘かった。

 シュガーペースト三重がけジャム増し増しのチョコレートドーナッツ並に甘かったよOMG。
 退避先の記念館で、目の前でチアリーダーと浮気男がヨットごとサメにひと飲み。オーシャンビューの窓をぶち割って飛び込む巨大サメ、市長が食われた。巻き添えで2、3人VIPも食われた!
「見たよね、サメ出たよね? 出たよね?」
 ここにサメが出ると皆が知った。だけどそれって映画のシナリオが進んだってこと。大惨事が近づいてるってこと。
 生き延びる戦いはまだ、始まったばかり。(すぐ終わるかもしれないけど)
 
『はぁい! クリスタルレイクビーチの非公式Vチューバー、クリスタルちゃんだよ! 今日は悲しいニュースがあります。クリスタルレイクビーチ記念館でちょっとした事故が発生して、ブレナン市長がお亡くなりになりました。でも安心して! ビーチフェスティバルは、副市長が主催を引き継いで開催します。市長の犠牲を無駄にしないために!』

 えらい人が死んでも、サメの出現は隠す。執拗に隠す。絶対隠す。観光地としてイメージダウンになるから。
 そしてビーチフェスティバルは中止にならない。

『スペシャルゲストに、世界的大運動会代表の水球チームをお迎えして親善試合が行われるよ! みんな楽しみにしてね!』

 サメの出る海で水球? 何それ冗談でしょう、HAHAHA、危険が危ない、自爆だ、手の込んだ集団自殺、それって何てハラキリですか!
 何で誰も止めないの。何で誰も言わないの。「サメが出て危ないから中止にしよう」って!
 もはや狂気。おかしい、やりたくないと思いつつ、みんな誰も言い出せないのかもしれない。他人と違うことを言うと、いじめられるから。それが怖くて言えない。従う。流される。
 うう。
 何だか背筋がぞわぞわする。こんな嫌なこと、前にもあった。
 とにかくフェスティバルが開催されようと中止になろうとやるべきことは一つ。
 言うよ。私、言うよ、言っちゃうよ!
「逃げよう」
 映画の登場人物なら言えない一言。だけど私には言える。
「そうね、帰ろう」
「車とってくる」
 言えば、ちゃんと気づいてくれるんだ。聞いてくれるんだ。誰も言わないってだけ。もっと早く言えば良かった……ううん。これはお姉ちゃんとシンディがサメを見たから成立したこと。映画の進行に合わせて、事態は変わる。
「家に帰ろう!」
 元々私たちは観光客。この町の外からやってきた人。危険地域となった今、もはや留まる意味は無い。
「ベッキーちゃんも一緒に」
「ありがとう。でも、僕は、おじさんといるよ。大丈夫、おじさんは海洋学者だから!」
 あ、それなら大丈夫だ。

 サメ映画のお約束。海洋学者は割と終盤まで生き残る。そして、家族と一緒にいる登場人物は、生存率が高い!

「じゃあ、携帯番号交換しよっ」
「うん!」

 これで安心。いつでも連絡がとれる。
 怒濤の勢いで荷物をまとめて、シンディの運転する車に乗り込み、いざ脱出!
(ちょっと待て、このシチュエーション、やばい)

 サメ映画……に限らずホラー映画全般のお約束。あせって車で逃げると、事故る。

「ブレーキ! シンディ、ブレーキぃいいーっ!」
「Oh!」
 急ブレーキ、きしむタイヤ、回る視界、ゆれる車体、食い込むシートベルト。危なかった。ベルトを忘れてたら多分このシーンで死んでいた。
「危なかった……もうちょっとで崖から落ちるところだった……って、崖ぇええっ!?」
 そう、崖。
「ひにゃあああああっ!」
 来る時はちゃんと道だった所が、崖になってる。なぜって橋が落ちてるから! 私たちが乗った赤いSUVの前輪が、カリっと砂利を踏む。コロンコロンコロンと落ちて行く先ははるか下の土砂溜まり。特撮班、気合い入れ過ぎーっ!
「あわ、あわわわ」
「後退、後退ーっ!」
 ぎゅるぎゅると後退。四輪駆動でほんっとによかった。下がった瞬間、今まで車が乗ってた路面にひびが入り、落ちた。どぉんっとすごい音がした。
「ぎぃにゃああああああーっっ!」
「どゆことなのこれーっ」
『臨時ニュースですっ! 町を出る唯一の道路、クリスタルレイクビーチブリッジが土砂崩れで通行止めになりました。詳しい情報はトークネードのハッシュタグ #クリスタルレイクビーチ緊急 で検索してね!』
 絶好のタイミングでスマホから流れるVチューバーのアナウンス。
「通行止めなんて生やさしいレベルかーっ!」
 拳を握って叫ぶ。ああ、クリスタルちゃんが目の前にいたらチョップの一発二発かましたい気分! ヴァーチャルでよかった! 二次元に手は届かない。中の人とは物理的に距離があるから殴れない。
 さすがB級映画、特にサメとは関係なくさくっと土砂崩れが起きた。しかも一箇所しか町の出入り口が無いとか絶対おかしい。不自然極まりない。絶対、つっこまれますってば、これがサメ映画でなければ! その割にミニチュア(多分)使って特撮がんばってるし。こう言う職人芸が、ほんと好きですヒルイラム映画。自分が出演者でなければ!

「って言うか何でVチューバー? ラジオじゃなくて?」
「地方の事故は、ネットにもメディアにもニュースが流れるのが遅いんだ。結局SNSが一番、情報が早い」
 試しにスマホを見る。えーとえーと、白地に青い竜巻のアイコン『talk nado』これだ。
「うわ、ほんとだすっごい勢いでトークネードのハッシュタグが更新されてる。動画も上がってる」
「けっこう人、来てるのね」
「パクり投稿と全然関係ない動画とアフィリエイトもすごい勢いで上がってる」
「暇な人、いるのね」
「どうしよう、バスも止まっちゃったよ」
「同じ道使ってるからなぁ……」
「そうだ、鉄道! 鉄道なら!」
「そいつは無理だな。ほら」
 シンディが冷静に指さすその先で、崩れた鉄橋から派手な音を立てて列車が落ちて行った。
 妙に玩具の列車が落ちたっぽい作り物感。多分あれもミニチュア。職人芸の光るミニチュア。いや、そうじゃなくて!
「うわああん、大惨事ーっ」
「とにかく、引き返すぞ!」
 さらっと流されたのは、きっとサメが絡んでいないから。シナリオ的にも、映像的にも、予算と尺を()く時間がないからだ。それが、サメ映画のお約束。

 大惨事はまだまだ続く。むしろここまでが前菜だった。

『シャーク、シャーク、シャーク、シャーク、シャーク……』

 ずーっと聞こえるサメウィスパー。近づきもしないけど決して消えない。逃げられない。
 空港に行ったら、目の前で離陸したヘリコプターが、海からジャンプしたサメにかみつかれて落とされた。この間わずか九秒。
「サメだーーーーっっ!」
 もはや白い巨大サメの存在を誰も無視できない。真っ昼間に太陽を浴びて堂々とジャンプ。顎が大きく動く。これはよいサメ映画。傑作の予感しかしない。
 ただし、自分が登場人物でなければの話。
(あぁあ、できれば劇場で見たかったです、おじぞーさまぁ……)
「そうだ、船! 船で脱出しましょう! 船なら港にいくらでもあるしっ」
「お姉ちゃんおちついてーっ、今海に出るのはサメの口に飛び込むようなもんだよーっ」
「ああ。サミィの言う通りだ」
 (マリーナ)は地獄と化した。

『シャーク、シャーク、シャーク、シャーク、シャーク……』

 抑揚のないサメウィスパー。いとけない子供の囁きに、クスクス笑いが不規則に混じる。
 ひっくり返ってかみ砕かれた船の残骸とか、モザイクのかかった肉片っぽい何かがぷかぷかと漂っている。海面に点々と散らばる、モザイクがかかっていてもヤバさが伝わるレベルの赤黒さ。これ、Blu-rayでモザイクが消えるタイプだ。

『シャーク、シャーク、シャーク、シャーク、シャーク……』

「サメだ……サメだぁああ」
 陸の土砂崩れ、海と空のサメ。クリスタルレイクビーチは完全に封鎖された。
 町から出られない。
 世界が、全力で殺しに来てる。
「もうだめだ、どこにも逃げ場なんてない。このままじわじわと最後の一人になるまで食べ尽くされるんだ……」
 
 警察じゃあ太刀打ちできない。もはや軍隊でなきゃどうにかできないレベルの怪物。だけど軍隊と言っても所詮はヒルイラム作品、せいぜい自動小銃かまえた迷彩服の人が5、6人出てきてパンパン撃って、サメに食べられて退場するのが関の山!
 すでに今から目に見える。
 でなきゃあらゆる段階すっ飛ばしていきなり核ミサイルが飛んでくる。サメの形のキノコ雲があがってエンディングなんだ。
 私、くわしいから知ってる。
 多分、映画の主人公が最終的にはサメを退治するだろうけど(どこにいるんだろう、誰なんだろう?)それまでに私たち、きっと食べられる。陸海空全てが封鎖された今、逃げ回っても限界がある。
「あは、あはは、あははははははー」
 人間、追いつめられると笑っちゃうらしい。それも抑揚のない、乾いた笑い。頬の筋肉がほとんど動かないタイプの。
「もうダメだ、サメに食べられるんだ……それが金髪ビキニ娘の宿命なんだ」
「大丈夫よサミィ! あなたのことは、お姉ちゃんが守るから!」
「にゅっ」
 ぎゅむっと抱きしめられた。ああ、こんな緊迫した状況でも、お姉ちゃんのハグは気持ちいい。やわらかくって、いいにおいがして、安心する……。
「そうだ、サメなんか、あたしがぶっ飛ばしてやる!」
「みゅっ」
 ぎゅうむむむ。シンディが、お姉ちゃんの上からさらにハグ。がっちりして、熱くて、安心する。
 守られてる。
 筋肉とおっぱいの二重の壁に。
「お姉ちゃん……シンディ……」
 うれしい。うれしいけど。震える腕を回して抱き返す。
 うれしいけど二人とも今、めっちゃ死亡フラグ立ててるーっ!
「この旅が終わったら、今度は山に行こう」
「そうね、山にはサメは出ない!」
 さらに追加したーっ!

 私たちはサメ映画のビキニ娘。水に入ったら一分でサメに食べられる運命(さだめ)
 私たちはサメ映画のビキニ娘。自分から死亡フラグを立てる(さが)。ちょっとでも気を抜いたら、たぶん、即死。
 ここまで生き延びてこられたのは、私が前世で蓄積してきたサメ映画知識を駆使して「死なない」選択をしてるから。

 海で泳がない。
 スポンサーのお店に入って、最新メニューを注文する。
 意地悪をしない。
 三人1セットの登場人物で一人だけ禁断の言葉を口にしていない。
「こんな所にサメが来るはずがない」
 私だけが、言ってない。三人ともいってたら、きっと三人揃って丸のみされてた。
 一回サメに襲われたけど、奇跡的に回避されたのはきっとそのおかげ。

 この世界がサメ映画だと、私だけが知っている。見えない壁、世界を支配する法則を知っている。

 何をしても逃げられない。逃げられないなら、他に生き残る方法を探すしかない。こうなったら、脚本家との知恵比べだ!

 この世界がサメ映画だと知ってるのは、私だけ。

 お姉ちゃんが私を守ろうとしてる。
 シンディがサメを倒そうとしてる。
(今まで、ここまで愛されたことなかった。優しくされたこと、なかった。受け入れてもらえたこと、なかった)
 私だけが、この二人を救える。

 この世界がサメ映画だと知ってるのは、私だけ。

 守らなきゃ。
 守りたい。
 死なせたくない。
 守ってみせる!
 一人だけ生き残るのなら、多分いけそうな気がする。取るに足らない脇役がいつの間にか映画の外にフェードアウトするのはよくある事だもの。だけど3人1セットのビキニ娘が全員死なずに生き延びるとなると……。
 難易度ガンガンに上がってるけど、もう、自分だけで逃げるなんてできないよ!
 では、どうする? どうすればいい? 

 かしゃり。

 胸元でペンダントがゆれる。サメの歯がビーズとふれあって、軽い音がした。
「あのおじいさんに会いに行こう。きっと、何か知ってる!」
 記念館のアニメ映画だけじゃない。絶対、もっとヤバい何かがある。
 クリスタルレイクビーチに潜む、おぞましい秘密を白日のもとに暴き出すんだ!
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登場人物紹介

鰐口ささめ
16歳、サメ映画大好きJK。炎天下の強制ボランティアで熱中症に倒れ、見捨てられ、その死は隠匿される。
無惨な前世を救済すべくお地蔵様の慈悲により金髪ビキニ娘サミィとして転生するが、そこはサメ映画の世界だった。
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キャシィ
サミィの姉。グラマーな金髪美女。アメリカの大学生。妹をでき愛するお姉ちゃん。

彼氏に二股をかけられたあげく一方的に別れを告げられ、傷心を癒すべく妹と幼なじみのシンディと共にクリスタルレイクビーチにやってきた。

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シンディ
キャシィとサミィ姉妹の隣に住む。姉妹とは幼なじみ。鍛え上げた体とライフセイバーの資格を持つ男気のある姐さん。
父親は消防士。
傷心のキャシィを案じて二人をクリスタルレイクビーチに誘う。

待ち受ける災厄を知る由もなかった。

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